ambivalence
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診断メーカー「恋と呼ぶには遅すぎて、愛と呼ぶには早すぎる」から拝借しています。
「ねえなまえ、心中ごっこしようよ」
ある昼下がり、太宰くんが唐突にそう切り出してきた。携行食片手に書類をまとめていた手を止めて太宰くんを見る。青白い顔に浮かぶ満面の笑み、こういう時の太宰くんは陸なことを云い出さない。実際、あの不健康そうな唇から出てきたのは『心中』という不吉な二文字に『ごっこ』がついた最悪な真似事遊びだった。深入りしないに越したことはない。無視しよう。そう決めて、何事もなかったように書類へ視線を戻した。
「心中は!ひとりじゃ!出来ないッ!」
「五月蝿い!!」
「聞こえているじゃあないか」
うっかり突っ込みを入れてしまったが最後、ご満悦そうな太宰くんに書類を奪われてしまう。束になったそれをぴらぴら流し見したかと思うと、手元にあった印鑑で押印しまくっていた。
「はい許可許可~」
「バッカまだ確認してないのに!」
「幹部の私が許可を出すと云っているんだ。誰も疑問に思うまいよ」
「万が一不備があったらどうしてくれんの!」
「五月蝿いなもう!心中ったら心中するの!」
びし、と人差し指を突きつけてきた太宰くんは、子供のように駄々を捏ねて暴れ始めた。まず卓子上の書類を両手で持ち、中心から裂いた。数時間分の努力の結晶が一瞬で散り散りになり、声にならない悲鳴が漏れる。これ以上犠牲を出すまいと両手で囲めば、今度はわたしの私物を手当たり次第に投げ始めた。宙を舞うペン、食べかけの携行食、それからわたしの携帯。あらゆるものが床に当たって跳ねる音を聞き届け、すぐさま地面に膝をついた。
「判りました心中ごっこでも何でも付き合います!だからこれ以上はご勘弁を!」
神の御膳が如く手を組み懇願すると、太宰くんは嘘のように上機嫌になった。まるでこうなるのが判っていたみたいな、その選択を選ばされているような、そう錯覚するほど一瞬の出来事だった。まぁ実際そうなんだろう。太宰くんの想像を超える物は何処にもない、少なくともマフィア内には。
「善は急げだよ、なまえ。今すぐ出掛けよう」
「出掛ける?何処に?」
「矢張り心中と云ったらあれだろう?」
「何?」
川だよ川、だそうだ。
太宰くんの部下に車を走らせること数十分、目的の場所についたわたしたちは、宛もなく川原を散策していた。
太宰くんを訝しげに見ていた運転手は、我関せずといった様子で何も突っ込んでこなかった。道中無言で車を走らせた後、太宰くんの「お疲れさまー」を合図にさっさと立ち去ってしまった。太宰くんへの忠誠心が低いことに安堵しつつ、こんな上司に付き合わされたんじゃ堪ったもんじゃない、と心の中で同情しておいた。
高架下の川に人影は見当たらず、一面が丈の短い草で覆われていた。少し遠くから聞こえる
「のどかだねえ」
水面に日射しが反射して、目を細めた太宰くんがそう呟く。穏やかな川の流れを眺めながら、肺一杯に息を吸い込んだ。マフィアの抗争や密輸品受け渡しでの一悶着が嘘みたいな、表社会で云うところの平和がそこにあった。まるで異世界にでも来たような錯覚を覚えそうになるそれは、どんなに渇望しても二度と手に入らない景色だった。
マフィアに──太宰くんに拾われた日から腹は決まってる。元より普通の人生とは違う道を歩んできて、太宰くんに見捨てられたらそのまま死んでいた命だ。例え裏社会だろうと此処がわたしの居場所。これ以上の幸福を望むことはない。し、そんなことはマフィアでは許されない。言い聞かせるように反復して目を閉じる。
「なまえ、こっち」
太宰くんがわたしを呼ぶ声がした。目を開くと骨盤辺りまで水に浸かる太宰くんがいた。慌てて川岸まで駆け寄ると、丁寧に揃えられた太宰くんの靴と外套があった。遺書が挟まっていたら本当に自殺しそうな状況だ。太宰くんの性格上、遺書を残すとは思えないけど。絵に描いたような自殺セットから目を逸らして、前方の太宰くんに向かって声を張り上げた。
「何やってんの、危ないよ!」
「残念ながら水深は浅いらしい。これじゃあ簡単に死ねないね」
手招きをする太宰くんがどんどん遠くなる。迷う間もなく靴を脱ぎ捨て、川の中に足を入れた。足先からひんやりした感触が広がって、寒くもないのに体が震えた。構うことなく歩を進めると、早く早くと急かす声が近くなる。
やっと追いついたと思った頃には、川の中央まで来てしまっていた。
「お手をどうぞ」
仰々しくお辞儀をした太宰くんから手が差し出される。紳士的な口振りとは裏腹に、太宰くんの瞳は従う以外の選択を求めていなかった。その目に躊躇っている内に手を取られ、太宰くんに引き寄せられてしまう。
「強引だね」
「日本男児たるもの、多少強引にでも女性を
「尤もらしい理由つけて正当化ですか。物は云い様ですね」
「大和撫子が聞いて呆れるねえなまえ。三歩下がって私を立て給えよ」
「生憎、お上品なマフィアなんかいないし、死んでも太宰くんの体裁は守りません」
「…うふふふふ、そうこなくちゃ」
一際強く腕を引かれたかと思うと、わたしの体は水中に引きずり込まれていた。逃がさないとでも云いたげに指を絡め取られ、抵抗の手段が奪われてしまう。不意打ちで潜った水中で我慢できるわけもなく、苦しさで吐き出した泡が上っていくのが見えた。目、口、鼻、あらゆるところに水が入り込み、苦痛に耐えながら太宰くんの手を握る。
何だ、死ぬってこんなものか。ふと頭にそんな言葉が過った。悩み、迷い、絶望し、それでも生きようと足掻いたところで死ぬのは一瞬だ。人生が、文字通り泡になって空気に溶ける。退屈で莫迦げた世界で生きるに値する意味が、欲しい。
入り込む水に混ざった『何か』は太宰くんの声をしていたような気がした。その意味を考えようとしたけれど、頭がぼうっとして何も考えられなくなっていく。心地よい浮遊感の中で意識を手離しかけた時、急激に上昇していく気配がした。
「─────ッッッはぁ~~~~~!死ぬかと思った!ねえなまえ、一瞬だけど三途の川見えなかった?興味深い!今際の際に見る幻か否か、この目で確かめようじゃあないか!」
「がッ、……!げほっ……ごほっ……!」
「あっ、狡い!私より死にかけてる!」
飲み込んだ水が咳と共に溢れ、勝手に排出されていく。兎に角苦しくて必死に息を吸い込んでいると、太宰くんに顔を固定されて上を向かされる。何事か呟く太宰くんの顔を見つめること数秒間、ふいに近付いてきたそこはわたしの唇に押し当てられて、否応なしに息を吹き込まれていた。
「んっ、…………」
「……はっ、…私より先に死のうだなんていい度胸、だね」
それが太宰くんのもので、太宰くんに
「……死ねェ!!!!!」
ごす、と鈍い音がした。顔面で拳を受け止めた太宰くんからしたもので、ほぼ同時に「いっっったぁ!?」という悲鳴が響き渡った。
「私は命の恩人なのだよ!?感謝こそされど殴られる筋合いはない!」
「元を辿れば心中ごっことか云い出したの太宰くんだし、危うく溺死させられるところだったし、無理やり接吻してきたし、悪いのあんたしかいないんだよ!!」
「情熱的なあまり接吻と勘違いさせてすまなんだ。あれは人工呼吸と云って君の呼吸の補助を」
「じゃあこれは正当防衛って云うんだよ!!」
もう一度振り上げた手で太宰くんの頬を思い切り叩く。パン、今度は乾いた音が反響した。大袈裟にのけ反った太宰くんの腕を振りほどき、素早く川岸まで引き返した。
接吻の件は一生揶揄われるのが目に見えてる、太宰くんにとって些末な事だろうけどわたしは違う。こんな莫迦に付き合ったのが間違いだった。なんて後悔したところで時間は巻き戻ってくれないし、濡れた服も体もびしょびしょのままだ。
やり場のない気持ちをぐるぐるさせながら岸に上がって頭を振る。過去を悔やむのは無益だ。変えられるのは未来だけ。今わたしがやらなきゃいけないのは未来をより良くすることだ。無理やりにでも気持ちを切り替えたわたしは、脱ぎ捨てた靴に手を伸ばした。
「そんなに急いで何処へ行く心算だい?」
…けど、それは叶わなかった。
音もなく現れた太宰くんに腕を掴まれて、ぐ、と力が籠められる。締め上げられた部分に痛みが走り、思わず顔を顰めた。
「実にいい眺めだよ、なまえ」
「…最低」
「お褒めに預かり光栄だねえ」
「もう絶対やらないから。他の人と心中して」
笑顔の太宰くんから目を逸らして吐き捨てる。美女だか何だか知らないが、好きなだけ心中して仲良くあの世に逝けばいい。胸中で悪態ついていると、太宰くんの小さな呟きが聞こえた。
「他の人?………否、君じゃなければ」
何?と聞き返そうとしたものは言葉にならなかった。それは太宰くんに口を塞がれたからで、流れるように腰に手を回されたからで、詰まるところわたしの初接吻は事故じゃ済まされなくなっていた。
触れ合うだけのそこから熱を感じて目を瞑る。今開いたら、何か余計なことまで考えてしまいそうだった。こんな巫山戯た男に絆される、なんて笑えない。冗談じゃない。だから五月蝿い鼓動も頬の熱も、全部ぜんぶ気のせいだ。
「存外悪くなかっただろう?」
「……最悪だよ」
負け惜しみのように溢れたそれに太宰くんが微笑する。わたしの心中を見透かしたように笑う太宰くんは、「帰ろうか」と呟いた。
2023.11.04
こんなんばっかじゃねぇか!
以下コピペ
太宰夢へのお題は
"心中ごっこをしよう"
"人違い?いいえ、貴方でなくては"
"嫌いだよと嘘を吐いた"
です
