ambivalence
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「みょうじか、お早う。早速だが本日の業務内容を説明する。唐変木の出勤時刻は14分33秒後だが現れないだろう。何故なら奴につけた発信器は河から微塵も動かないからだ。みょうじ、お前が探して来い。手段は問わない、日没前に連れ戻せ。説明は以上だ。
武装探偵社と書かれた扉を開け、開口一番云われたのがそれだった。国木田さんはひと息で云い切ると、矢鱈洗練された回れ右をして机に戻っていく。唐変木──太宰さんを探して連れ戻す、それが今日の業務らしい。何でわたしがって云いたいのをぐっと堪えて、でも了承するのも癪ではぁ、なんて気の抜けた声が出た。
ふと視線を感じて見渡すと、親指を立てるナオミちゃんと目があった。何がグッドだ。
最近の国木田さんは憑き物が取れたように落ち着いているらしい。春野さんが云ってた。
「却説、唐変木の回収依頼は完了。次は15分以内に書類をまとめ、10時きっかりに外出をし、10時32分発の電車に乗って...…」
これでもだ。どう見ても落ち着いてな……いや、春野さんが云うんだから間違いない。カチカチと忙しないボールペンの音もわたしを急かしてる訳じゃない、はず。
「おーいみょうじー」
間延びした声が割り込んでくる。ちょっと奥の方で、乱歩さんが電子端末片手にふんぞり返っているのが見えた。軽く会釈をすると「お早う!」からっとした挨拶が返ってくる。
「今日も今日とて辛気臭い顔をしてるねえ!気分がいいから特別に偉大なる名探偵が助言をしてあげよう」
懐から眼鏡を取り出すのが見えた瞬間、わたしは乱歩さんの前まで詰め寄っていた。乱歩さんの異能力『超推理』で解けない謎はない。完璧な助言をもらって探す手間が省けて業務という名のパシリから解放される!これぞ一石三鳥!乱歩さん万歳!
「お願いします!」
「宜しい」
慣れた手つきで眼鏡を掛け、乱歩さんが息を吸った。そして、得意げに胸を反らすはずだった。
「…………………あー、なんか……あれだね。はは。……うん。……………僕への土産は中華街の饅頭で宜しく」
妙に歯切れ悪く言い終えた乱歩さんは、つまらなそうに指の甘皮を弄っていた。
「一寸乱歩さん!今の何ですか!?」
「はいはい判ってるってば。大きな声出さないでよ」
はいこれ、と乱暴に電子端末を押し付けられる。液晶の中で、赤い円がゆっくり明滅していた。国木田さんが云ってた発信器はこれのことらしい、しげしげと見ていると乱歩さんがこくりと頷いた。
「太宰に一泡吹かせたいなら君から仕掛けろ。後手に回れば思うツボだ」
「……………は?」
突きつけられた人差し指を見詰め、やっと出てきたのがその一言だった。あの国木田さんが手を焼き、乱歩さんに並ぶ頭脳を持つ太宰さんに先手を打つ?わたしが?
「絶対無理でしょ。今の今まで見抜かれなかった試しがないんですけど」
「君はなーーーーーんにも判ってない!阿呆だ!」
「だから困ってるんじゃあないですか!」
「しかしそれが君の武器だ!僕らのような天才は変化球に弱い!全力で投げろ!」
「何を!?」
「助言タイム終わり!飽きたから寝る!」
いいか、中華街の饅頭だぞ!とだけ言い残し、偉大なる名探偵は机に突っ伏してしまった。その衝撃で、食い散らかされた菓子袋たちがふわりふわりと一斉に宙を舞う。やけに目についたひとつを引ったくり、ゴミ箱に向かって全力で投げつけた。まったく惜しくないところに落ちたし「物に当たるな!」国木田さんにも怒鳴られた。堅物め。
すべきことをすべきだ、何時だか国木田さんが云った座右の銘が頭を過ぎる。あれは軛だ。堅物が故に自分の首を締めている。けど、それが国木田さんの矜持でもあって、理想に向かって克己する姿は格好良くもある。だからわたしもすべきことをすべきなのかもしれない。
「みょうじ、就業開始時刻は1分13秒前に過ぎたぞ。何をもたもたしている」
……なんて、莫迦正直に思えたらとっくにやってる。
「なんか気が重くて……連れ戻したって文句云われるだけだし……乱歩さんも助けてくれないし……」
「お前の主張は尤もだ。俺達は日々、奴から与えられる重圧や理不尽に耐えている。これを見ろ」
ぺらりと突きつけられた紙にはわたしと国木田さんの名前が並んでいた。眼鏡を押し上げた国木田さんと目の前の紙を交互に見て、いやまさかと心当たりを振り払う。だってこれ、こんなことしたってわたしと国木田さんには何の得もない──
「当分の間、太宰のお守りは俺とみょうじが交代で行うことにした。自由に希望休を取っても構わんが、原則ひと月につき三日までに抑えてもらいたい。その他、時間の相談があれば聞こう」
──のに、そのまさかを突きつけられて、やっと出てきたのは「シフト制?」の一言だった。しかし国木田さんは本気なようで、眼鏡の奥からやってくる眼光はわたしを通り越して一点を刺していた。いいな、みょうじ。苦々しげにわたしの名前を呟く国木田さんに、はいと頷くことしかできなかった。
「ちなみにこれって残業手当的なやつつくんですか?」
「今度、俺の行きつけの飯屋に連れて行ってやろう」
「会社負担じゃないんだ」
「何か文句があるのか?」
「国木田さんは文句ないんですか?」
「あるに決まってるだろ」
「ですよね」
「必ず連れ戻せ。奴を捻り潰すぞ」
だそうだ。手帳を強く握りしめる国木田さんに、記憶の中の素敵帽子が重なる。そういえばこんな光景は前にもあったし、大宰さんは何処に行っても似たようなことばかりやってる。何度煙に巻かれても諦めない姿が懐かしくて、思わずふっと口元が緩んでしまった。もしも中也と国木田さんが出会ったら意気投合するんだろうか。ふたりが手を組めば大宰さんを。いや、そんなことないな、たぶん。
ありえないたらればを想像してるのが可笑しくて、堪えきれなかった笑みがふ、とこぼれる。と、国木田さんの額に青筋が浮かぶのが見えた。
「何が可笑しいみょうじ、その薄笑みは挑発と受け取るぞ」
「滅相もございません!流石国木田さんだなあって感服していただけですとも!ええそうですとも!」
「その白々しい態度、日ごとに太宰に似てきていないか?否、俺が知らないだけで元からなのか?そもそもお前達は一体何なのだ?突然現れたと思ったら恋人だの何だの」
「行ってきまーす!!!!」
もう訂正も反論も面倒臭い。こういう時は逃げるが勝ちだ。一目散に扉に向かうと、後ろから「そういうところも気に食わん!」負け惜しみにも似た怒号が飛んできた。悪いのは全部太宰さんなのに。
国木田さんの怒りのボルテージが上がる前に、今度こそ探偵社を後にした。
✕ ✕ ✕
河川敷は冬の匂いがした。肺いっぱいに息を吸い込むと冷んやりした感覚が広がっていく。こう寒いと外出する気すら起きないけど、端末の赤い円はさっきと同じ場所で明滅していた。目を凝らすと、水面から覗く二本の足が見える。
「いやそうはならんでしょ」
声に出すと、白い息が空気に溶けた。
すらりとした無駄に長い足は、河の流れに逆らうことなく進んでいく。このまま見送ったら海の藻屑にでもなるのだろうか。運良く引き上げに成功したところで「ちぇっ」とか云われるのがオチだ。助けるだけ無駄無駄、気が済むまで沈ませておけばいいんだ。
「──ええい、ままよ!」
そう思うのに、何故かわたしはアウターを脱ぎ、河に向かって飛び込んでいた。
ざぶんと音を立てて全身が水に包まれる。冷たいとかいうレベルじゃない。肺がひゅっと縮んで、皮膚がびりびりと痺れ出して、頭がぼうっとした。
“なまえ”
誰かの声が聞こえる。目の前には川が流れていて、対岸に手を振る人影が見えた。このまま赤い橋を渡って死んだとして、太宰さんは何か思うのだろうか。すぐに浮かんだのはなまえばっかりずるい!って不貞腐れる姿。うん、これだ。これでしかない。あの人がわたしを想って悲しむとかない。気色悪すぎる。
“────ッ”
人影が大きく手を振った。呼ばれてる。
そう直感すると、足は自然と前に進み出す。さようなら太宰さん。せいぜい悔しがれ。心の中で別れを告げながら、足先を水面に沈ませる、
その瞬間、後方に勢いよく引っ張られる感じがして、沈みかけていた意識も身体も一気に浮上していった。
「────ッはぁ……はぁっ、ごほっ……うぁ……!」
水流に逆らう身体はあれよあれよという間に引き戻され、岸に叩きつけられた。痛い。寒い。苦しい。悶えるわたしの横で「ぶぇーっくしょい!」とわざとらしいくしゃみが響いた。幻聴じゃない。間違いなくすぐそばで聞こえた声の正体は確認するまでもなかった。
「い、いの、ちしら、しらずだねなまえは」
「だ、だざ、だざい、さんが、あんなとこッ、いるから、でしょがッ!」
「い、いいじさつびよ、びよりだったから。お、おおおぼえ、てるかい?この河」
「そんなんあとにしてくださッ!い!!」
隣で歯をかちかちと打ち鳴らし、真紫の唇で「また死に損なった」と云ったのはやっぱり太宰さんだった。馬鹿じゃないのと突き放せば、おそろいだねと返ってくる。一瞬何のことかわからなかったけど、ついと唇を指差した大宰さんに合点がいった。こんなことで揃ったって嬉しくない。
「と、ととッ、りあえず……あたたたまれるばしょ……」
「とっととあたたた?」
「あったたたまれるばしょ」
「くっついたねえ」
震える肩にぼすっと何かが掛けられた。じっとりと濡れて重たくて、ほんのり甘い匂いに包まれる。
「水も滴る美しいお嬢さん。今の貴女も素敵だけれど、春の兆しのようなやわらぎこそ、貴方に相応しい」
仰々しく膝をつくと、大宰さんはわたしの甲に口付けを落とした。ゆっくり離れていく唇が、挑発的な視線が、やけにまとわりつく感じがした。吹き抜ける雨上がりの香り、風に誘われてやってきた懐かしい風景、草の上にちょこんと並んでいた靴と外套。
「そっか、この河……」
あのとき大宰くん──大宰さんが羽織っていたのは首領の黒い外套で、わたしの肩には褐色の外套がかかっている。風をはらんだ袖をきゅっと握って空を見た。くるくると舞う葉が色褪せた世界を彩っていく。
「のどかだねえ」
河のせせらぎにかき消されそうな声。独り言のような言葉が記憶の縁をなぞって落ちる。思い出したくなかった。……いや、忘れたつもりだったのに。捨てきれなかった残骸があの日を映し出していた。心中ごっこなんて騒ぎ出して、水中まで引きずり込まれて、事故じゃ済まされなかったあれを。
「……懲りないね」
「君こそ。飽きもせず私の嗜好に付き合い、濡れ鼠になる」
一寸遅かったけど、と付け足した大宰さんが笑う。余裕そうな顔が悔しくて「付き合わされてたの」と悪態づくと、大宰さんは少し迷った風に目を泳がせてから「そうだね」と呟いた。
「帰ろうか」
その言葉に特段意味はなかったのかもしれない。あったとしても、わたしが気づくように仕向けるんだろう。壊して、置いていって、また救って。この人は何回同じことを繰り返すんだろう。そしてわたしは、何回同じ目にあえば懲りるんだろうね。大宰さんに振り回されたから?国木田さんに押し付けられたから?どれもしっくりくるようで違う。温もりが逃げた甲と、添えられた指先が目に留まる。
「……ああ、そっか」
きっとどっちでもないし、どっちでもある。
「…………っ、」
握られたままの手を滑らせて、今度はわたしから大宰くんの手を取った。びくりと肩を揺らした大宰くんなんてお構い無しに、指先に唇を寄せる。少し濡れたそこが熱を帯びて、俯いたままの顔も熱くなって、生きてるんだなぁと頭の片隅で思う。
「あのね大宰くん、心中はひとりじゃできないんだよ」
それだけ伝えて顔を上げる。思ってる事の半分も伝わらない、届ける気のない言葉たち。真正面から受け止めた大宰くんは、指先とわたしを交互に見て、それからあいてるほうの手で顔を覆ってしまった。わたしの。
「土臭いんだけど」
「一説によると土に触れ体内の不要な磁気を放出することで健康促進に繋がるらしい」
「今関係ないよね」
「……はぁ、誰の入れ知恵だ。国木田君は有り得ないし、なまえが思いつく訳ないし」
そうそう土と云えば地面を使った自殺法があってね。地面に優しく抱き締めて貰うのだけど。嗚呼、転ぶとも云うね。ぶつぶつ続ける大宰くんの手を退けると、悔しそうで嬉しそうな複雑な表情をしていた。こういうところも器用だなって思いながら、僅かに赤い頬を見詰める。成程、一泡どころじゃ済まなかったらしい。
「土と云えば土饅頭!饅頭と云えば中華街!というわけで、はい、大宰さん立って」
ぐいぐいと手を引っ張れば、物騒だなあとボヤいた大宰さんが立ち上がる。見計らったように風が吹いて、大宰さんとわたしの上着が宙を舞う。揉みくちゃのまま河に突っ込むそれを見守り、互いの顔を見る。ふ、とどちらともなく笑って、着替えてからね、と呟いた。
2026.3.22
11/11ページ
