ambivalence
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
暗闇の中に声が浮かぶ。
「
「私は魂取られるって聞いたよ」
「怖ぁー、魔女じゃん」
好き放題云ってくれているそれに、反論も弁解も出来なかったのは記憶に新しい。だって事実だし、と思ったら最後。どんなに理不尽だろうが罵声を浴びようが「だって事実だし」と自分の声が邪魔をしてくるようになる。流石に魂のくだりは盛り過ぎだけども、情報を抜き取るみたいに捉えれば強ち間違いじゃないのかもしれない。…なんて、相手に譲歩までし始めるんだから笑えない。
「人が何考えてるか判るんでしょ?」
「神様に与えられた力だね」
「
そうかと思えば手の平を返して頼ってくる時もあって、一貫性のない態度には随分振り回された。人間は慣れる生き物とは言い得て妙で、何度も繰り返される内に遇い方も愛想笑いも上達して、それなりに仲良くやれるまでにはなっていた。立ち回りさえ間違えなければ単純明快な連中だ、そして同時にこうも思う。結局人は、物事を自分の見たいように見て、聞きたいように聞く自分勝手な生き物だ、と。わたしは娯楽として消費され、意思だの人格だのといった余分な要素は切り捨てられてしまう。
便利な道具として、奇妙な力を人助けのために使う。それがわたしの世界で課せられた、わたしの使命だった。
本当に、下らない。誰かの心情を見透かせるから何?力を持った者は世の為人の為に尽くす?莫迦莫迦しい。好きで手に入れた力じゃないし、こんな物がわたしを満たしてくれた事なんか一度だってない。それでも上手く協調してきた心算だったのに、お母さんとお父さんだけはいつも優しかったのに。突然家は追い出されるし行く宛もないし、生きてたって善いことなんか一つもなかった。
何度思ったか知れないそれは、底無しの闇に溶けていく。
「────」
誰かがわたしを呼ぶ声がする。声がする方から光が差し込み、暗然たる世界を照らしていく。ぎゅっと瞑った瞼の裏で赤と白が明滅する。遮ろうと伸ばした手は、誰かの腕を掴んでいた。
✕ ✕ ✕
「あ、起きた」
つい
「僕が起きろと云ったら一秒で起き、書類を纏めろと云ったら五秒で纏めるのが君の仕事だ!ほら見て、先刻から森さんの催促が鳴り止まないのだよ。あーあ、こんな事なら引き受けるんじゃあなかった!」
一息に捲し立てられた怒声が耳を劈く。寝起きの頭で理解出来る訳もなく、右から左に言葉が突き抜けていった。間髪入れずにぐわんと視界が揺れて、締め付けるような頭痛がした。
これ駄目なやつだ、起きてられない。勝手にそう判断した身体は、騒ぐ少年を無視して後ろに倒れていく。いそいそと布団へ戻るわたしを見るなり、目の前の少年は唇を尖らせた。
「悠長だねえ。此所が何処か判らない癖に」
「…判んない。貴方も誰」
「命の恩人を忘れるとはいい度胸だ。刮目せよ!我が名は太宰、迷い犬を懐柔し導く主人なのだ!」
太宰と名乗った少年の声が、そう広くもない部屋に反響する。得意気に胸を反らせた太宰を見詰めること数秒間、先に沈黙を破ったのは太宰の携帯だった。渋々
「ねえ、これ黙らせてよ」
ぺいっと投げ捨てられた携帯が顔面に当たり「痛っ」嫌でも声が出る。善い事考えた。これが君の初任務ってことにしよう。名案だとでも云うように指を打ち鳴らした太宰は、頬を撫でるわたしを無視してそう続けた。
この男と会って間もないどころか、状況も場所も何一つ判らない。そんな状態で抵抗すればどうなるか──あんまり想像したくない。おまけに身体は鉛のように重たいし、逃げ出したいほど命が惜しくもない。過去最高に気力を失った状態で出す結論は一つしかなかった。
枕元に落ちた携帯を拾い上げ、迷うことなく電源
「黙らせたよ」
電源落としただけだけど静かになればいいんでしょ。黙らせてって云ったのそっちだから。文句がきてもいいように反論をぐるぐるさせていると、携帯を受け取った太宰は「面白い!」と高らかに云った。
「問題解決能力は皆無だが心意気は購うよ。何せポートマフィアの首領に逆らったのだから」
「……へ?」
意図的に作られた静寂に、間抜けな声がぽつんと浮かぶ。
今、今この男は何て云った?ポートマフィアの首領に逆らったとか何とか。誰が?わたしが?巷を騒がせるポートマフィアの首領に?逆らう?何時?頭を駆け巡っていく疑問符の数々に、全身から血の気が引いていくのを感じる。突き詰めれば突き詰めるほど明白だ。先刻の着信相手が“ポートマフィアの首領”、此奴は態と“森さん”と呼んでわたしを油断させたのだ。それが何の為かは検討もつかないけれど、太宰は心中を見透かすようににぃ、と口端を吊り上げた。
「いいねえいいよなまえ。そうでなくちゃあ僕のモノ──元い犬は勤まらない」
「モノも犬もなった覚えない」
「厭だなあもう忘れちゃったの?死の淵に立つ君を救ったというのに」
「助けてほしいなんて」
「云ってない、なんて云わせないよ。君から僕に救いを求めただろう?」
「そ………」
んな訳ない、と続けようとした言葉が止まる。脳内で巻き戻しがかかり、つい数時間前の記憶が再生された。確かあの時の会話はこう。「助けてほしいかい?」「ひと思いにお願いします」意味は違うけどわたしから太宰に救いを求めた、ように受け取れなくもない。でも、だって、あの時はそれ以外に選択なかったし。なんて口にした途端、後悔するくらい叩きのめされるんだろう。諦めて口を噤むと、太宰はそれすら見越したように笑っていた。むかつく。
「ていうか何でわたしの名前知ってるの。名乗った覚えないんだけど」
「君の事なら何でも知ってるよ。名前、年齢、家族構成、苦手な物から初恋の相手に至るまで凡てだ。夜の支配者たるポートマフィアに不可能はない」
「え、キモッ!」
「まるで知性を感じない罵倒だね」
脊髄反射の如くだってキモいし!と叫べば、太宰は呆れたように首を振った。キモいどころじゃない、気色悪過ぎる。何もかも。何が夜の支配者だ。非合法組織に目をつけられるほど派手な生活は送ってない。し、この男に会うまでは周囲にやや邪険にされる一般人だったはず、なのに。家を追い出された瞬間から──此奴に出会ってしまった時から何もかも滅茶苦茶だ。
「異能力者は一般人じゃないし、滅茶苦茶なのは僕に会う前からでしょ」
「………」
「顔に書いてある」
本当に最悪だ。
たった数時間で色々起きすぎてわたしの許容量を超えている、情報過多だ。ずい、と布団を持ち上げて視界を遮断する。気休めにもならないけど、太宰のあの目を見ているよりマシだ。虚空を映す瞳は此処じゃない何処かを見据えている。世の理を超越する『異能力』、それに頼らずとも凡てを見通す不気味さがこの男にはあった。
他者の心情を視る事はあっても、わたしの内側が暴かれる事はない。それが普通で、当たり前だった。…はずだった。
築き上げてきた常識が崩れていく音がする。
「
わたしの心情などお構い無しに、布越しのくぐもった声がそう告げる。
「出掛けるって、もう夜じゃないの」
「夜遊びは初めてかい?温室育ちのお嬢さん」
「うっさい」
「此処は金と謀略が物を云う世界、侮られたら終わりだ。君もそれなりの格好をしなくちゃあね」
云うや否や、勢いよく布団を剥ぎ取られてしまう。照明に目が眩み、わたしを見下ろす太宰の顔に影ができる。影に隠れようが見えていようが、太宰の顔には何の感情も浮かんでいない。抑揚のない声に無機質な表情、何処となく浮世離れした雰囲気の此奴は一体何なんだろう。何故、わたしを拾ったんだろう。犬だのモノだの云ってるけど、本当はそんなもの必要ないはず。
そこまで考えてからはっとする。
わたしなら『視れる』かもしれない。
「起こして」
力なんていらない、無くなればいいとずっと思っていた。けど今は、自分の意思で、自分の為に使おうとしている。
此の男の事が知りたい。衝動に突き動かされるまま、太宰に向かって両手を伸ばしていた。
「…やれやれ、困ったお嬢さんだ」
渋々といった様子で伸びてきた腕を、掴む。握った指先に意識を集中させた。
「僕、疲れるの嫌いだから早く離して」
掴んだままの両腕を左右に揺らされる。ゆっくり身体を起こすと、握った手を振り払われてしまった。
頭には、誰の記憶も浮かばなかった。
2023.12.19
まだ疑ってるから「くん」づけしてないよ
10/10ページ
