ambivalence
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「久しぶりだね、なまえ」
唐突にかけられた懐かしい声。弾かれるようにふり返ると、見慣れない
「君に私は撃てないよ」
引き金に添えた指先が震える。拳銃を持つ手に力をこめた。うるさい。今さら何の用。言いたかった言葉は喉につっかえて、かわりに出たのは「なんで」という情けない声だった。
「迎えにきた、と云ったら君は納」
「はぁ?」
「得してくれないだろうね」
「するわけないでしょ」
「判ってるよ」
「…相変わらず
「私はいつも大真面目だよ」
こつ、こつ、とコンクリートを打つ音が近づいてくる。伸びる人影がわたしの影と重なって、軽い音がぴたりと止んだ。正面に立ちすくんだ男は流れるようにその額を銃口に押しつけてきた。
「撃ちたければ撃ち給え。なまえと死ねるなら本望だよ」
男はポケットから拳銃を取り出すと、躊躇なくわたしに向けてそう言った。
男の温度のない瞳が本気だと告げていて背筋が冷えた。
少しでも指を引いたらこの男──太宰さんに、わたしも殺される。
思わず引き金から手を離すと、太宰さんの薄い唇が弧を描いた。
「死ぬならひとりで死んでください」
「つれないじゃあないか!私と一緒に死ぬって約束してくれたのは嘘だったのかい!?」
「どこの物好きななまえとした約束ですか」
「勿論、愛しい私のなまえだよ」
私のなまえ、わざとらしく強調されたそれに眩暈がした。耳当たりのいい言葉を並べればわたしが騙される、…とまでは思っていないだろうけど気分が悪かった。どこまで嘘で本当かわからない。何もかも太宰さんの手のひらの上で踊らされているような、出口の見えない迷宮に突き落とされたような、あの感覚。
「……2年前に“あなたのなまえ”は死にました。今のわたしはマフィアのみょうじなまえです」
拳銃を降ろした太宰さんは、笑みを浮かべたままじっとわたしを見つめている。あの日、わたしを置いて行方を眩ましたこの男の計画がどこまで続いているかわからない。今、わたしは自分の意志で拳銃を降ろしたけれど、この男の前で意志なんかあってないようなものだ。もしかしたらここで会うことも、わたしの反応ひとつすら計算されていて、太宰さんが敷いたレールの上を歩かされているだけなのかもしれない。
「嗚呼、その通りだよなまえ」
パン、と乾いた音がして閃光が走る。
間髪入れずに手のひらにじんわりとした痛みが広がった。
今の音は銃声だ。
持っていた拳銃を撃たれたんだ。
理解が追いついたころには太宰さんが目の前にいて、痺れの残る指先を絡めとられていた。
「マフィアの幹部だった私は2年前に死んでいる。そしてたった今、マフィアのなまえも死んだよ。だからまた、新しく始めよう。今度はモノでも奪う側でもない、救う側の私と君で」
その手に触れた瞬間、頭の中を覆っていた靄が一気に晴れる。まっ新らなデータに書き換えられたみたいに、ずっと居座っていた誰かの記憶も声も感情も消えていく。
やっと、解放された。身体中が軽くなるような感覚は久しぶりだった。
ふっ、と意識が遠のいて足から力が抜ける。
「おっと」
懐かしい香りに包まれる。ずっと会いたくて、二度と会いたくなかったひとのもの。容易くわたしを受け止めた太宰さんの、包帯だらけの腕にぎゅっと抱き寄せられた。
「辛かっただろう?」
「だ、ざい、さ」
「安心し給え。これからは文字通り死なば諸共、だよ」
「せめて一蓮托生って言ってくれたら
「生憎、私は
では行こうか。私達の探偵社へ。
そういって微笑んだ太宰さんは、今まで見たことがないくらい優しい顔をしていた。
2022.12.10
去年書いたらしい
