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第参章・約束の夢見鳥

『きれいだわ』

セレネを森で見失い、あの青い蝶の髪飾りを髪につけるようになってからもう三年の月日が流れた。
あれからあの森で少女の死体が発見されたりする事はなく、セレネは本当に行方をくらませた。
無事であればいい、無事に生きていてくれればそれでいいと何度も思った。
しかし胸のわだかまりが消えることはなく、三年間ずっと苦しんでいた。
それも、徐々に時間という霧の中に消え始めた。
そんな時あの奇跡が起きた。

* * *

「……はあ。」

アウグストゥスは今日何回目かのため息をついた。
仕事がうまくいかない。
何をやってもすっきりしない。
当たり前と言えば当たり前だ。
朝、妙に現実味のある夢を見た。
しかもこの大切な町が大洪水に呑まれる夢だ。
自分は為す術もなくただ流されていく人々を呆然と見つめていた。
そして洪水が自分を……。
そこで目が覚めた。
それだけなら嫌な夢で済ませることができただろう。
問題は起床してすぐの知らせだった。

「いつもにまして川の水位が高い。」

まさかあの夢の通りになるのではないのだろうか。
それが頭から離れない。

「大丈夫……ですよね。」

アウグストゥスは無意識に髪飾りに触れた。

* * *

『ダメですよ。』

アノ子ノ声ガスル

『諦めたらそこで終わってしまいます。諦めてはダメです。』

アノ子ガ教エテクレタ
アノ子ガ助ケテクレタ
今度ハ
私ガ教エルノ
私ガ助ケルノ

約束……
約束ダヨ
髪飾リハ返シテネ
私ハ諦メナイト約束スル
アナタハソレヲ肌身離サズ持ッテイテ
ソレハアナタヲ守ルモノ
アナタノ大切ナモノヲ守ルモノ

* * *

正夢……とはこのことを言うのだろうか。
アウグストゥスは迫りくる巨大な水の壁を見上げ、立ち尽くしていた。
高さはゆうに50mを越える。
そんな水の壁が町に迫っていた。
町人は高台へと避難するが、あの高台は50mもない。
みんな呑まれる。
あの水の怪物に。
回避する方法なんてない。
逃げる力が人間にはない。
これがきっと運命だったのだ。
滅びるのが……きっと。

「これは……もう終わりですね」

このまま死のう。
そう覚悟した……が

「あ き ら め る の ?」

懐かしい少女の声がした。
弾かれたように振り返るアウグストゥスの前にはセレネがいた。
赤い髪飾りが光を弾く。

「諦めるの?」

少女が再び問う。
アウグストゥスは疲れたように首を振った。

「こんな自然災害に、立ち向かう術なんて」

「何故立ち向かうの?」

セレネがすっと目を細めた。
あのとき、髪飾りを探していたとき見た妙に大人びた雰囲気をセレネはまとっていた。

「立ち向かはなくていいの」

「じゃあ」

「勘違いするな、人の子よ」

瞬間セレネの体から光が放たれた。
とっさに目をかばったアウグストゥスは、先ほどまでセレネがいた場所に、女性がたっていることに気づいた。
その周りには、火でできた深紅の蝶。

「おまえが言った。」

セレネ・炎の神は言った。

「諦めるなと、諦めたらすべて終わりなのだと」

炎の神は両手を掲げた。
その手に巨大な火の玉がうまれる。

「人は嫌いだ。だが……」

あえて言葉を区切った炎の神は一度アウグストゥスを見て口を開いた。

「おまえは、嫌いじゃない」

同時に炎の玉が水の壁に飛んでいった。
轟音、そして多量の水蒸気が町すべてを包んだ。

* * *

五年後……
アウグストゥスはとある神社の前に座っていた。
その手には、刀と青い髪飾り。
足下には赤い髪飾りの破片。
あの大洪水の危機から町を救ったセレネは再び行方不明となった。
ただ赤い蝶の髪飾りが落ちていた。
アウグストゥスは青い髪飾りを高く放り投げると刀を走らせた。
足下の赤い破片と同じように青い髪飾りも破片へと姿を変えた。

「……。」

アウグストゥスは髪を鬱陶しそうに払うと身を翻した。

「返しましたよ」

その呟きは風にかき消された。
その呟きに「うん」と答えた声も。

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