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第壱章・はじまりの涙

遙か昔……人は神を信じ、災厄や飢饉から生命を守り続けてきた。
この町・サティアルカティは世界を支える神を崇めたてまつる都市の一つ。
その神の名をセシオ・レ・ネシスといった。
かつてサティアルカティを大噴火から守り、突然姿を消した世界を見捨てた薄情な神の名……。



第壱章・はじまりの涙

サティアルカティには規律が存在しない。
何をやっても何を壊しても罪にはならない。
代わりに、多数の組織がある。
故に独自のルールと罰が多数存在する。
ルールに逆らったものに与えられる罰、簡単に言えば集団リンチである。
もちろんいきなり実力行使にいくわけではない。
あくまで最終手段である。
言葉でわからない奴は力で納得させる。
その対象は主に盗賊や殺人。
そのため、ルールを遵守させる組織の殆どが強く、それでいて優しいものが多い。
その組織の一つに所属している青年・アウグストゥスは今日も巡回警備に当たっていた。

* * *

夜にとけ込んでしましそうな藍色の髪が風に煽られて揺らいだ。
目に入りそうな前髪を鬱陶しそうに払うその指は細く、長かった。
闇に浮き上がる白の肌。
見るもの全てが逃れられなくなりそうな妖艶な空色の瞳。
整えられた顔は不機嫌そうに歪められていた。
その身に纏う黒のロングコートは前をボタンでしっかりとめてある。
腰にはベルトをしていて、そこには一振りの刀が刺してあった。
露店の主人がふとその青年を見つけると、いきなり声を張り上げた。

「おい!アウグストゥス!!」

青年は足を止め、藍色の髪をなびかせてその露店に足を向けた。
露店の主人が片手をあげて軽く挨拶をする。
青年・アウグストゥスはさっきの不機嫌な表情とはうって変わって微笑した。

「呼び止めるとは珍しいですね。何か?」

発せられた声は鈴を連想させた。
主人は相変わらずの美声だなあとつぶやき、店に並べてあった手のひらにすっぽりと収まる大きさの赤く丸い新鮮な果実を一つ掴みアウグストゥスに渡した。
あえて何も言わないでいると、アウグストゥスの方から話しかけてきた。

「これは?」

期待通りの反応に主人はうんうんと何度も首を縦に振り、やっと口を開いた。

「新商品さ、なんでも北の方で穫れたらしいぜ。」

「北で……」

「まあ一つかじってみろ、これが旨いんだ。おだいはいらねえぜ。巡回警備のお礼だよ。」

一息にそこまで言うと、主人は手を振った。
それはあっちにいけ、というジェスチャーに類似していたが、ここでは別れる時に使う「がんばれよ」という挨拶だ。
アウグストゥスはにこりと微笑んで軽く頭を下げた。
そして巡回警備に戻る。
その手には先ほどの赤い果実が握られていた。
にぎやかな通りをあえてはずれたアウグストゥスは人があまり近寄らない酒屋に足をわざわざ運んだ。
そういうところに盗賊などが集まるからだ。
そして案の定、酒屋に盗賊らしきゴロツキがいた。
貧相なみなりをしているゴロツキの手にはどこからか奪い取ったであろう高価な金属があった。

「どうだよ、これなんか高く売れるぜ」

ゴロツキの一人がそういって宝石が散りばめられたネックレスを手に取った。
あきらかに女物だ。
アウグストゥスは息を吐くとそのゴロツキの集団に近づいた。

「失礼」

そう言ってゴロツキの手からネックレスを受け取った。
奪うようにではなく、なめらかな手つきでいつの間にかアウグストゥスの手にネックレスが移動していた。
ゴロツキはやっとアウグストゥスに気づき一瞬警戒したがすぐに余裕を取り戻しアウグストゥスにつかみかかった。
ゴロツキの巨大な手が、華奢な肩を鷲掴みする。

「返すんだなにいちゃん。痛い目にあいたくねえだ」

ゴロツキの足が霞んだ。

「ろ!!」

瞬間的にアウグストゥスの顔面にけりがくりだされた。
避ける間もなく、頭にあたったけりの威力は首の骨を折ることができる。
……普通の人間相手なら。
ゴロツキの足はなにもない場所をないだ。

「!?」

ゴロツキが目を見張ったそのときにアウグストゥスはゴロツキの懐に飛び込んでいた。
容赦ない手刀がゴロツキの眉間にたたき込まれ、ゴロツキは倒れぴくりとも動かなくなった。
それを見ていたゴロツキの仲間は得物を手に、アウグストゥスを囲んだ。
アウグストゥスも刀の柄に手を添え、目にもとまらぬ早さで抜いた。
そのときにはもう決着が付いていた。

* * *

連行されていくゴロツキを見送るまもなくアウグストゥスは盗品を持ち主の元に返しに行っていた。
ほとんどは配り終えたのだが……
一つだけ、蝶の髪飾りだけが持ち主不明だ。

「どうしましょう……?」

ふと、アウグストゥスは足を止め、目を閉じた。
風の音に紛れてかすかに泣く声が聞こえる。
アウグストゥスは目を閉じたまま声のする方に足を進めた。
音源はすぐに見つかった。
立ち入り禁止の森の出口付近に、座り込んで目をこする少女がいた。
真珠のような大粒の涙をこぼし、声を極力殺して泣いている。
なぜこんな夜中に十に満たないように見える子供がいるのだろうか?
アウグストゥスは静かに近づき、隣にしゃがんだ。

「どうしたのですか?」

少女が顔を上げた。
かわいらしい顔は涙でぐっしょり濡れている。
黒の大きな瞳がアウグストゥスをうつした。

「……セレ、ネ」

「セレネ?」

「セレネ、たいせつなものおとしちゃったあ」

そういって再びぽろぽろと涙をこぼす。
アウグストゥスは苦笑した。
子供ならではの行動だと思ったから。

「一緒にさがしましょうか」

少女・セレネが大きな瞳をさらに大きく開いて、まじまじとアウグストゥスをみた。

「……うん」

しばらくしてセレネはうなずいた。
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