Ep.1 銃使いの章

「あ、ぐッ……!」

 ニュクスが何とか反撃を試みようとして、男の氷塊に妨害を受け、傷を負う。男の嬲り殺しにする発言は本気らしく、ニュクスの体にはじわじわと傷が刻まれて行き、床にも血が広がり始めていた。
 氷塊が刺さった部位から体温が奪われて行くのが分かる。失血死が先か、凍死が先か。一瞬不吉な考えが脳を過ったが、ニュクスはまだ諦めてはいなかった。
 
「おい、死にたくねえならッ……一発、かまして見せろ……!」
「い、一発って言っても……」
「何でも良い……殺れねえなら、せめて動きを止めろってんだ……!」

 確かにニュクスがまともに動けない今、状況を打破するにはジェレマイアが動くしかない。魔術は使えないが、魔法は使える。練度も申し分ないと自負している。
 しかし、自らの意志で人に魔法を放った事がない。誰かを攻撃しようなんて、考えたこともなかった。

「…………」

 出来ることなら、人には使いたくない。傷付けたくない。
 けれど、今ここで力を使わなければ、自分もニュクスも殺される。そうなれば飲み代が払えず、人質となっている親友たちも殺される。
 怖い。逃げたい。冷気による寒さと恐怖で体が震える。
 木箱を隔てた向こう側ではニュクスの呻くような悲鳴と男の笑い声がする。ジェレマイアの様子から、自分に攻撃はしてこないと思ったのだろう。既に眼中にないようで、ニュクスを痛めつけ、楽しんでいるようだった。完全に舐められている。それが何故かーー本当に何故なのかは分からなかったがーージェレマイアは少し腹が立った。

「……あ、ああああっ……ーーもう!」
 
 どうにでもなれーー
 
 半ばヤケクソだった。
 人を傷付けるのは嫌だが、ここで殺されるのはもっと嫌だ。
 両手を顔の前で組み、目をきつく閉じながら祈るような体勢で風を『呼んだ』。
 その瞬間、室内の冷気を吹き飛ばす勢いでジェレマイアを中心に強風が吹き荒れた。

 「なにーー……ッ!?」
 
 突然発生した強風に男が驚き、ニュクスから意識が逸れる。直後にぞん、と。嫌な音が鼓膜を震わせた。

「ぐあァああああああああああっ!」
「…………っ!?」

 一度巻き起こった風は徐々に勢いを弱めて行き、やがて空気に溶け込むようにして消えた。
 もの凄い悲鳴を聞いたような気がするが、今の声は何だろうかと。ジェレマイアが恐る恐る目を開き、そちらの方を見遣ると、右の肩から血飛沫を上げ、絶叫している男がいた。傍らに控えていた部下たちも同様に傷を負い、各々が所持していた武器を床へ落とし、呻いている。

「あ……」

 ジェレマイアが生み出した風は一瞬にして刃となり、男たちに襲いかかった。不可視でありながら確かにそこに『在る』と分かる刃に対し、男たちは防ぐことも逃れることも出来なかった。仮に出来たとしても、それまで何もせずただ隠れていた存在が自分たちに牙を剥くなど、思っても居なかっただろう。ジェレマイアが魔法使いだと言うのも、嘘や冗談だと捉えていたのかも知れない。
 
「くたばりやがれッ……!」

 その隙にニュクスは負傷していない方の手に銃を握り、銃口を男の頭部に向けて発砲した。ニュクスの動きに男が気付いたが、もう遅い。パァン、と。高く短い音と共にニュクスの銃弾が男の頭を撃ち抜いた。

「ひ……ッ!」

 撃たれた男の体がぐらりと傾く。ニュクスは更に傍らに控えていた部下たちにも発砲し、同じように頭部を撃ち抜いた。悲鳴を上げる間もなく彼らは床に倒れ、動かなくなる。建物に侵入する前から何度も見ている光景だが、それでもジェレマイアが慣れる事はなかった。
  
「……は、は。やれば出来るじゃねえか」

 男たちが完全に動かなくなったのを確認し、ニュクスはジェレマイアの方を向く。
 間一髪。ジェレマイアの魔法のお陰で、状況を打破することができた。ここに来るまで完全にお荷物状態だったが、最後の最後で役に立った。如何な状態であれ、これは褒めるべきだと。ニュクスは小さく笑いながら言葉を紡いだ。
 
「……ひゃい」

 魔法を人に向けて放ってしまったことに多少の後悔はあるものの、最悪の事態は回避できたのだと知り、ジェレマイアは安堵の溜息を漏らした。ニュクスの言葉は届いていたが、何と応えれば良いのか分からない。恐怖からの開放により、先程までの緊張が嘘のように全身が脱力していた。

「おい、腰抜けてんのか? ……だっせえな」

 体に突き刺さった氷塊を引き抜き、投げ捨てながらニュクスが立ち上がる。全身傷だらけだったが、傷口自体は小さいからか、出血も思ったよりは少なかった。
 ニュクスはゆっくりと木箱の方に歩み寄り、隠れていたジェレマイアを見下ろす。ジェレマイアはへたり込んだ状態から動くことが出来なかった。恐怖は去った。しかしその反動が思った以上に大きかった。寒さのせいか、まだ体が震えている気がする。
 
「だって……すっごい怖かったです、し……」
 
 こんな経験、今までにしたことが無い。ジェレマイア自身は直接手を下していないものの、短時間で何人もの人が闘争によって負傷し、倒れた。東エリアでは有り得ない、完全なる非日常。それがこの地域での日常であると言われても、未だに信じられなかった。
 そして、その非日常を当たり前のように受け入れているニュクスという存在も、信じられなかった。簡単に人を傷付けるし、殺すし。状況によっては自分も見捨てられていたーー最悪直接撃たれていたかも知れないと思うと、ぞっとした。
 
「……まあ、目的のブツは手に入ったんだ。壊すモノ壊して、さっさと帰るぞ」

 ジェレマイアの言いたいことを理解したのか、ニュクスは暫く黙り込み、やがて深い溜め息と共に肩を竦めた。

「か、帰るって……ニュクスさん、その怪我じゃ」
「あ? これ位大したことねえよ」
「でも……あの、まだ血が出てるじゃないですか……」
「……確かに痛ぇけどな、歩ける内はまだ平気だ。もっとひでえ怪我なんざ、何度もしてる」
「ええ……」
「良いから、早くしろ」

 これよりも酷い怪我とは、どれ程のものなのか。流石に聞く勇気は無かった。
 まだなにか言た気なジェレマイアに対し、ニュクスが話を切り上げようと手を差し出して来た。掴まって、立ち上がれと言う事なのか。

「これ以上うだうだ言ってると置いて行くぞ」 
「えっ、あっ……は、はい……」 
 
 言いたいことや思うことは色々あったが、見ず知らずの土地に置いて行かれるのは困る。この場所に来るまでバイクを走らせるニュクスの後ろにしがみついていた為、帰り道も分からない。
 選択肢など無かった。取り敢えず、ここは大人しくニュクスに従い帰ろうと。ジェレマイアはおずおずとニュクスの手を取ると、引き上げられる様にして立ち上がった。
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