Ep.1 銃使いの章

「……ことわる、と……言ったら?」
「そうですね、それでしたら……」  

 ニュクスの返答は想定の範囲内だったのか、男は微笑みながら杖の先端に冷気を収束させていく。周囲の気温が一気に冷えていく感覚に、ジェレマイアは身震いした。このリーダー格の男は、魔術師の中でもなかなかの手練れだ。扱えるのが氷の力だけだったとしても、ジェレマイアでは太刀打ち出来ないだろう。一応、ジェレマイアも魔術の心得はある。しかしジェレマイアは魔術を使うのが苦手で、比較的簡単な灯りの術でも失敗することがある。
 まずいかもしれない。そうジェレマイアが思っている間に男は冷気を凝華させ、二つの氷塊を形成した。

「……あ」

 それは先端が鋭く尖った、細い氷柱の様な形状だった。刺さったら痛そうだと。ジェレマイアが思う間も無く、男は氷塊をニュクスに向けて放った。

「……ーーっ!」 

 ニュクスは男が何をしようとしていたかをそれとなく察したが、頭部の衝撃から回復しきっていない身では対処が間に合わない。軽く身を捩り避けようとするものの、男の放った氷塊はニュクスの右肩と左大腿部に突き刺さった。
 急所では無い。しかし深々と刺さったそれは簡単に抜けるようなものではなく、駆け抜ける激痛にニュクスは目を見開き、声にならない悲鳴を上げる。
  
「嬲り殺しにして差し上げましょう」
「……テメエ、わざと……」

 今の攻撃はわざと急所を外した。その部位だけでは致命傷にならない。そしてそれ故に、苦痛が長引く。男の思惑に気付いたニュクスは引きつった笑みを浮かべ、反撃に出ようと左手に銃を握ろうと意識を集中させる。

「させませんよ」
「ぐっ……!」

 ニュクスの動きを読んだ男が新たな氷塊を飛ばし、彼の左手の甲を貫く。その痛みにニュクスは息が詰まり、呻き声を上げた。
 銃の顕現よりも男の氷塊の方が速い。男がまた冷気を収束させている。次はどこを狙おうか、楽しんでいるようにも見えた。
     
「……おい、もやし野郎」

 これはまずい状況では無かろうかと。ジェレマイアが木箱の陰から様子を伺っていると、その存在を思い出したらしいニュクスがジェレマイアに声を掛けた。

「もや……えっ?」

 誰がもやし野郎だ。そう思ったが、ここで自らに声が掛かったことに対し、ジェレマイアは驚きの声を上げた。
  
「魔法使いだってんなら……こいつ等何とかして見せろよ」
「な、何とかって言っても……」
「殺せつっても、どうせ出来ねえんだろ? ……だったらせめて戦闘不能にさせろってんだ、よーーっ……!」
「ひっ……!?」
 
 ニュクスが言い終わる前に、男の新たな氷塊が二つ放たれた。一つは彼の頬を掠め、もう一つは右足首に突き刺さる。それを見たジェレマイアは悲鳴を上げ、その場で身を竦ませた。
 
「おや、魔法使いなんですか? 貴方」

 それまでジェレマイアのことは眼中に無かった男が、初めてニュクスから視線を外してジェレマイアの方を見た。相変わらず彼の周囲には冷気が漂っており、反撃の隙を与えてくれない。

「何の取り柄も無さそうな一般人だと思っていましたが……」
「え、えっと……その」
「もし本当にそうなら、貴方も見逃せませんね」
「ひゃぎぃッ!?」

 男の標的がニュクスからジェレマイアに切り替わり、氷塊がジェレマイアに向かって飛んで来る。反射的に伏せたお陰で当たりはしなかったものの、頭上を通過し、その先の壁に深々と刺さった氷塊にジェレマイアはぞっとした。ニュクスもそうだが、自分もあんなものをまともに喰らってしまったらただでは済まない。

「ニュ、ニュクスさん! 一旦帳簿を返しましょう! このままだと……」

 どっちも殺される。
 彼らのテリトリーに侵入してきたのは自分たちだし、奪おうとしているのも自分たちだ。本来は返してもらう立場なのだが、今はそんな事を言っている場合ではない。
 ニュクスが帳簿を返そうとしないから男が攻撃してくるのだ。それならば一度諦め、帳簿を返して謝罪をすれば。ジェレマイアはそう思い、ニュクスに提案した。
 
「……お前、本っ当に……バカだな」
「……え?」

 けれどニュクスの口から出たのは、ジェレマイアへの罵倒の言葉だった。
 恐る恐る木箱から顔を出し、ニュクスの方を見遣る。負傷し、苦痛で顔を歪めているが、その中には明らかな呆れの色が見て取れた。
 
「こいつ等が今帳簿を返して、俺達を見逃すと……本気で思ってんのか?」
「いや、それは……」
「返したところで、そのまま口封じに殺すに決まってんだろ……ーーッ、ぐぅ……!」

 ニュクスが言い終わる前に、男が新たな氷塊を飛ばし、彼の身に突き刺す。氷塊一つ一つのサイズは決して大きくは無いものの、数が増えればそれだけ傷も生まれる。頭部の衝撃からは回復しても、今度は少しずつ刻まれていく傷によってニュクスはまともに動くことが出来なかった。

「そん、な……」
「まだ頭の中お花畑なのか? 良い加減現実見やがれ……ッ」
「あ、ぅ……」
  
 信じたくないが、ニュクスの言う通りだ。
 今この場で男たちに頭を下げ、帳簿を返したところで大人しく帰してもらえるだろうか。穏便にことが済むだろうか。
 考えるまでもなく、答えは否だ。ここは治安の悪さで有名な南エリアで、今いる場所まで来る間に、ニュクスは多くの人間を撃ち倒してきた。犯罪組織に属する者たちの間にどれだけの仲間意識があるかは分からないが、今までの行いに対する報復があったとしても何ら不思議ではない。仮に無かったとしても、組織を襲撃した存在を簡単に見逃すような真似はしない筈だ。

「ど、どうすれば……」

 この状況を打破する術が思いつかない。話し合いで解決ーーは、まず出来ないだろう。実力行使の強行突破も先手を打たれた状態故に難しい。
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