Ep.1 銃使いの章

 建物の中に入ってからもニュクスの銃撃は止まなかった。
 外での発砲音に気付いた男たちが各々武器を携え、侵入者だ、迎撃戦だと飛び出して来る。そんな彼らをニュクスは容赦なく持っている銃で撃ち倒し、奥を目指して歩いて行った。
 ジェレマイアはニュクスから少し距離を取りながら彼の後ろをついて行く。倉庫内はジェレマイアが想像していたよりも広く、複数の大部屋に分けられており、どの部屋にも大量のコンテナや木箱が無造作に積み上げられていた。
 一体どこに目的の顧客リストはあるのだろうか。ニュクスは迷わず歩いて行くが、分かっていて進んでいるのか、それとも適当なのかジェレマイアには判断できない。
 
「……ひえ」

 帰りたい。可能であれば今すぐに帰りたい。
 南エリアが物騒で危険な場所だというのは聞いていた。しかしここまで治安が悪いとは思わなかった。
 この件が済んだら二度と近付くまい。そう胸に誓っていると、建物の最奥部と思しき場所に辿り着いた。
 
「多分ここにあると思うが……」

 先を歩いていたニュクスがその場にいた男たちを銃で倒したところで銃を下ろし、無遠慮に部屋の中へと踏み込む。
 その部屋は資料室として使われているのか、壁一面に本棚が並び、更にそれぞれの棚全てに本やファイルがみっちりと詰まっていた。

「……ああ、あった。これだな」

 ニュクスは室内を見渡し、しばらくして部屋の中心に置かれている机へと向かい、その上に置かれている分厚い冊子を手に取った。
 中身をパラパラと捲って確認するニュクスを見て、ジェレマイアもそろそろと近付き、彼の背後から覗き込む。年季の入った紙の頁には、依頼主の顧客と思しき人物たちの名や連絡先が几帳面な字で大量に書き込まれていた。

「まだ悪用されてねえとは思うが……まあ、念の為だ。ここの端末全部ぶっ壊すぞ」
「え、端末を……ぶっこ……?」

 ジェレマイアはニュクスの言葉に軽く首を傾げた。目的のものを回収したならば、もう帰れば良いではないか。そう言おうとしたジェレマイアの心中を察したのか、ニュクスは更に続けた。

「名簿は取り返したが、中身をデータ化されてる可能性がある。怪しい機器は全部壊すんだよ」
「あ……なるほど、そういうーー」

 言われてみれば、周囲にはいかにもな中型端末が幾つも置かれていた。ニュクスの言う通り、名簿を取り返しても中の情報を盗られてしまっていては意味がない。
 ジェレマイアが納得し、近くにある端末へ近づこうとした、その時だった。
 
「伏せろ!」
「……ッ!?」

 突然、ニュクスが声を上げた。
 何があったのかジェレマイアには分からなかったが、その緊迫した叫びに反射的に頭を手で守り、身を低くした。
 次の瞬間、ジェレマイアの頭上を何かが飛んで行き、直後衝撃音が周囲に響き渡った。

「……え?」

 何故ニュクスが伏せろと言ったのか。理由はすぐに分かった。
 顔を上げ、衝撃音がした方を見ると、先程まで部屋の中心にいたはずのニュクスが壁際に座り込んでいた。
 否、座り込んでいたと言うよりは、崩れ落ちていたと言った方が正しいかも知れない。先程の衝撃音はニュクスが何らかの現象によって吹っ飛び、壁に叩き付けられた事で発生したものだった。

「……っち」

 派手な音だったが、ニュクスの意識はまだあった。しかし負傷したのか、頭部から血を流している。
 そしてその周囲には、この場に存在するには些か不自然な、砕けた氷の塊が幾つも散乱していた。

「ニュクスさん!?」
「来るんじゃねえ!」

 ニュクスの怪我に驚き、彼の下へ駆け寄ろうとしたところで制止の声が上がった。その鋭い声にジェレマイアはびくりと震え、言われた通りその場に踏みとどまる。
 何故、先程は伏せろと言ったのか。また、あの衝撃音は何だったのか、どうして怪我をしてしまったのか。彼の周りに落ちている氷の塊は何なのか。次から次へと疑問が湧き、ジェレマイアは混乱した。

「くそ……まだ生きてる奴が、いやがった……」
「……え」

 建物内の敵はーー犯罪組織の者たちは殲滅したのではなかったのか。先導して敵を倒していくニュクスの後について歩いていたが、動く人影は見られなかった。
 まさか、どこかに潜んでいたのか。嫌な汗がジェレマイアの背中を伝う。ニュクスを攻撃した何かは、ジェレマイアの背後から飛んで来た。つまり、今もまだ己の背後にいると言うことだ。

「全く、随分と派手にやってくれましたねえ?」

 恐る恐る振り返ってみると、部屋の入口となる場所に武装した男が三人立っていた。先頭に立っているのがリーダー格なのか、他の二人よりも身なりが良い。
 彼の片手には短い杖が握られており、その先端からは強い冷気が発せられていた。
 
「……魔術師、か」

 ニュクスが掠れた声で呟いた。
 
 「いかにも。保管庫が襲撃に遭っていると聞いて来てみれば……全く、こんな若造二人に何を手間取っていたのか。我が組織も腑抜けたものです」
 
 ぽんぽん、と。自らの手のひらを杖の先端で叩きながら男が笑う。その言葉を聞いた部下らしき男たちは「申し訳ございません」と小さな声で謝罪し、頭を下げた。
 先程ニュクスを攻撃したのはこのリーダー格の男だったのか。彼を壁に叩きつけるほどの氷塊を魔術によって生成し、勢い良く発射した。ジェレマイアは咄嗟に伏せた事で避けられたが、警告を飛ばしたニュクスはそれを喰らってしまった。一応、防御は試みたものの、流石に生身で勢いのある氷塊を受け止めるのは厳しかったらしく。今こうして崩れ落ちている状態となっている。
 ニュクスは立ち上がらず、座り込んだ状態のまま男たちを睨み見据える。意識はあるが、やはり頭部への衝撃が響いているのだろう。顔を顰め、苦しげに息を吐いている。
 
「さて、侵入者さん。その帳簿を返して頂きましょうか」

 男が杖をニュクスに向けーー吹っ飛ばされた衝撃で手放したのだろうーー彼の直ぐ側に落ちている帳簿を返すよう促す。

「返すって……」

 奪ったのはそちらではないかと。言いかけた言葉をジェレマイアは飲み込んだ。余計なことは言わない方が良いだろう。下手に刺激すれば、男は氷塊をこちらに飛ばして来るかもしれない。
 ここは様子を見て、場馴れしているだろうニュクスに任せようと。出来るだけ音を立てない様にしながら近くにあった木箱の後ろに隠れ、ジェレマイアはニュクスと男たちのやり取りを見つめた。
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