Ep.1 銃使いの章

 犯罪組織のアジトは南エリアの外れに位置する、荒廃したビル街の中にあると言う。
 月桂樹からはバイクを駆って30分ほど。ジェレマイアはニュクスの運転する大型バイクの後部に座らされ、どう言ったルートを走って来たかも分からぬまま到着した。道中、かなりの速度が出ていたのは覚えている。しっかり掴まっていないと振り落とされるかもしれない、落ちたら後は知らんと言われ、ジェレマイアは必死になってニュクスの身にしがみついていた。運転は荒っぽく、本当に振り落とされると思った。
 既にそれだけで体力を削られた気分だったが、仕事はまだ始まっていない。犯罪組織のアジトとなっている倉庫の近くまで来ると、ニュクスは建物の陰に隠れ、見張りの立っている正面の入り口を見据えながらジェレマイアに声を掛けた。
   
「俺が先導してやるからテメエは後ろから援護しながらついて来い」
「援護……?」
「俺が殺り損ねた奴を始末しろっつってんだよ。大体蹴散らして行くつもりだが、撃ち漏らしが無ぇとも限らねえ。死角にいる奴を見逃す可能性もある」

 ニュクスの話を聞きながら、ジェレマイアは彼の後ろからそろりと顔を出し、これから突撃する建物の様子を伺う。入り口には見張りと思しき男が二人立っている。見るからにいかつい、カタギとはとても思えぬ風体。片方の男の腰にはナイフが収まるホルスターが下がっており、もう一人の男は両手で銃を抱えるようにして持っていた。
 
「あの」
「あ?」
「その、ニュクスさんは……どうやって殴り込みをするんですか?」

 ジェレマイアが見る限り、ニュクスは何の武器も持っていない、丸腰の状態だった。まさか素手でーー文字通り殴り込むとは思えない。元々単身で乗り込むつもりだったようだが、どうやって大勢を相手にするつもりなのか。

「ああ、これを使うんだよ」
「……え?」

 先程までは何も持っていなかったはずのニュクスの手の中には、拳銃が握られていた。白銀の銃身が空から降り注ぐ月明かりに照らされ、きらりと輝く。
 
「今、どうやって」

 そう言えば今しがた、撃ち漏らしがどうのと言っていた。つまり、彼の得物はこの銃ということになる。しかし、一体どこから出したのか。ホルスターは身につけていないし、懐から出すような仕草も見せていない。
 
 「俺は異端者だ。銃を好きな様に出して撃てんだよ」

 異端者。
 それは自然界から見放された、特異な能力を持つ者たちの総称だった。魔法でも魔術でもない、不思議な力。存在は知っていたが、実際に見るのは初めてで、ニュクスの説明を聞いたジェレマイアの目が丸くなった。

「行くぞ」
「えっ……あ、はい……?」

 ジェレマイアの疑問が解決し、話は済んだと思ったのか。ニュクスはジェレマイアの反応を待たずに建物の陰から飛び出し、見張りの男たちがいる方へ駆けていった。 
 男たちが近付いてくるニュクスに気づくと声を上げた。止まれ、お前は何だと言っているように聞こえたが、ジェレマイアが確認するより先にニュクスは彼らに持っている銃を向け、そのトリガーを握り込んだ。
 発砲音と共に男たちは倒れ、地面に蹲る。その横を、ニュクスは何も言わずに通り過ぎ、建物の中へと入って行った。

「……うそ、でしょう……?」

 まるでアクション映画のワンシーンだ。ニュクスは男たちに何の躊躇いもなく発砲し、倒れた彼らに見向きもしない。東エリアであれば大問題、大騒ぎになる光景だった。
 南エリアの治安が悪いことは、以前から知っていた。けれど実情を目の当たりにするのは初めてで、ジェレマイアはただ戸惑うことしか出来なかった。
 ニュクスが入った建物の中から怒声と銃声、そして悲鳴が上がる。時折爆発音のような音も聞こえてきた。中で何が起こっているのかは、何となくだが想像できた。

「…………」

 どうしよう。
 ジェレマイアは困惑していた。確かにお金に困っていると言ったし、ニュクスについて行くと決めたのはジェレマイア自身だ。ただ、こんな殺し合いの現場に居合わせることになるとは思っても見なかった。先程の平然と人を撃って行ったニュクスの行動は信じられないし、人の心があるのかと問いたくなった。人殺しは犯罪だ。いくら南エリアが無法地帯だと言っても、そんな事が許されて良いはずがない。
  
「おい、何ぼさっとしてんだ。さっさとついて来い」
 
 いつまで経ってもついて来ないジェレマイアが気になったのか、ニュクスが建物の中から顔を出し、促して来る。

「あ、あの」
「あ?」
「人を撃つのは……は、犯罪じゃないんですか?」
「はあ?」

 ジェレマイアの質問に、ニュクスは片眉を跳ね上げ、何を言っているんだとばかりにジェレマイアを睨み返す。その鋭い眼差しにジェレマイアは一瞬怯むも、やはり何の躊躇いもなく人を殺めたニュクスを見逃すことが出来なかった。

「お前、この街の事本当に何も分かってねえんだな」
「……え?」
「この街じゃ強い奴が正義だ。平和ボケしてんのか知らねえが、そんな甘い考えしてるとすぐに殺されるぞ」
「そ、そんな、でも」
「どうせお前、サツの所行って相手にされなかったから月桂樹に来たんだろ? アイツ等にも言われなかったか?」
「……っ」

 何も言い返せなかった。ニュクスの言う通り、月桂樹を訪れる前に駆け込んだ交番では全く相手にして貰えなかった。それどころか、この街で起こる事は皆『自己責任』だと言われた。

「俺のやり方が気に入らねえならさっさと帰れ。別にこの仕事は俺だけでも完遂できる。邪魔するならテメエを今ここでぶっ殺すぞ」

 それだけ言うとニュクスはジェレマイアの返答を待たず、再び建物の中へと消えて行った。

「…………」

 頭がおかしい、イカれている。そう言いたくなるのを必死に堪えた。今の自分は、相手に偉そうにものを言える立場ではない。友人たちを助けるには、彼についていくしかないのだ。
 ニュクスに撃たれた男たちが倒れた状態で呻き声を上げている。幸い、と言うべきか。急所は外れているらしく、まだ息がある。しかし暫くは動けないだろう。

ーーごめんなさい。

 撃たれた傷が致命傷でありませんように。赤の他人で悪人であるとは言え、目の前で人が死ぬところは見たくない。密かに願いながらジェレマイアはニュクスの後に続き、建物の中へ足を踏み入れた。

 
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