Ep.2 風使いの章

「ああ? 何だお前」

 ジェレマイアの存在に気付いた男たちが振り返り、睨んでくる。凄味のある視線に身が竦んだ。威圧感に圧倒されそうだ。いつぞやの南エリアで入ったぼったくりバーの店員の様だと、それとなく思った。
 男たちは訝しげにジェレマイアを見ていたが、やがて顔に傷のある男が『なあ、こいつもしかして……』とスキンヘッドの男に耳打ちした。

「あー、なるほどな? テメエがそうか」
「…………はい?」

 短いやりとりの後に、二人の表情が僅かに変化した。怒っているのは変わらないが、その中に愉悦の様なものが入り交じっている。

「テメエが肩代わりしてくれるんだろ? あの女の借金を」
「借金って……何の話をしてるんですか?」

 いきなり言われても何のことだかさっぱり分からない。ジェレマイアは思わず眉を顰め、男たちに聞き返した。

「とぼけんなって。テメエは連帯保証人だろうが」
「……れんたい、保証人……?」
「そうだよ、この契約書にサインしてあるじゃねえか」

 頭上に更なる疑問符を浮かべるジェレマイアに向けて、スキンヘッドの男が傍らのカウンターに置かれていた書類を取り上げ、突き出した。

「これは……」

 目の前に出された書類には覚えがあった。
 いつだったか、彼女がジェレマイアの名義を貸して欲しいと頼んできた。店の開業のためにどうしても必要なものだからと。両手を合わせて頼み込んでくる彼女に対し、深く追求もせず承諾し、指定された欄へ名前を記入した。

「…………」

 確かに書類にサインしていた。改めて文面に目を通すと、ジェレマイアを借金の連帯保証人にする契約書であることが分かった。

「あの女が飛びやがったからな。」
「……、飛んだ?」

 連帯保証人とは何か。分からないほど馬鹿ではない。ただ、自分がなっていることに今この瞬間まで全く知らなかった。そして、男たちの言う『飛んだ』の意味も、薄らと理解できた。
 ぶわ、と。全身の穴という穴から汗が噴き出る。いやまさか。そんな事は。彼女が自分を捨てる筈が無い。きっと何かの間違いだ。借金だけ残して消えてしまったと言うのか。あり得ない。彼女はそんな人間じゃない。
 信じられない。信じたくない。情報の波に飲み込まれ、頭が混乱する。

「ああ、可哀想になあ。アンタ、あの女に騙されちまったんだな」
「え……」
「胡散臭えとは思ったんだよ。あの女、ボスに金を借りるのは三度目になるんだが。今回も金を返せるほどの稼ぎがあるようには見えなかったからなあ。借りるだけ借りて、責任は全部アンタに擦り付けてドロンした、と」
「…………」

 男の話を聞いて、今度は全身の血がざっと引いていくような感じがした。
 騙された。嘘だ、と叫びたい気持ちと、そう言えば日頃から少し気になる行動があったようなと納得しかける気持ちが交互に湧き上がる。
 彼女は最初からそのつもりだったのか。そうなれば最初に会った時の、バッグをひったくられたと言うのも自分と接触するための演技だったのかも知れない。

「そーゆー訳だから。兄ちゃん、あの女の借金、ちゃんと返してくれよ?」
「…………金額……は、いくらになります、か……?」

 ショックは大きいが、今は目の前の借金問題を解決しなければ。下手に出れば何をされるか分からない。それに、多少の借金ならば何とかなるかも知れない。そう思って、ジェレマイアは恐る恐る男たちに訊ねた。
 しかし。

「500万だ」
「ごっ……ご、ごご……!?」

 男たちが提示した金額を聞き、ジェレマイアは絶句した。
 とても払える金額ではない。以前のぼったくりバーで請求された金額の比ではない。100万ですら見たことが無いのに、500万なんて。どうすれば工面できると言うのか。

「む、無理ですそんなお金……ッ」
「ああ、そうだろうなあ。金持ちには見えないし、普通の学生じゃあそんな稼ぎもない」

 男たちは分かってると言わんばかりに頷く。その目には哀れみと嘲りの色が同時に滲んでいた。

「じゃ、じゃあっ……」

 それでも、見逃してくれるかも知れないと。男たちの反応を見たジェレマイアは淡い希望を抱いた。

「体売ろうや」
「……はい?」

 言われた言葉が一瞬理解出来なかった。

「金が無いなら、体で払えっての。一応、病気持ってるようには見えねえし? 腎臓だけでも良い値段になるが」
「足りなければ目ん玉とかどうだ? 人体愛好家なら腕とかもアリかもしれん」
「や、それは……」

 臓器売買。男たちの提案を聞き、ジェレマイアが抱いた希望は泡のように儚く消えていった。彼らは冗談ではなく、本気で言っているのだろう。二人で内臓の部位を挙げては、幾らになるか予想し、計算している。

「もうちっと肉付きと顔が良ければそのまま売り飛ばしても良かったんだがなあ」
「いや、意外とこういう素朴な感じが良いって奴もいるぜ?」

 男たちが下品な声を上げて笑う。女だったら娼館に売れたのに。こんな貧相な体じゃ需要が無いだろ。夜帝なら買ってくれるかもしれないぞ。呆然とするジェレマイアの前で、男たちはそんなやり取りをしていた。二重の意味で馬鹿にされていると感じたのは、きっと気のせいでは無いだろう。

「で、でもそんなこと東エリアで許されるわけ……」

 東エリアの治安は中立都市で最も良いとされている。下手な犯罪行為はすぐに警察が動き、取り締まられる。男たちが言っているようなことも、出来ないはずだとジェレマイアは思った。

「ああ? 何言ってんだ、ここは南エリアだぞ」
「へ……?」
「住所見てねえのかよ。」

 そう言ってスキンヘッドの男はカウンターの上に置かれていた郵便物を顎で指す。
 そんな馬鹿なと思いつつ、ジェレマイアは郵便物を手に取った。彼女宛に届いている手紙に記載されているのは、確かに南エリアの住所だった。彼女は東エリアだと言っていた気がするが、勘違いしていたのだろうか。それとも、嘘を吐いていたのだろうか。

「…………」

 詰んだ。完全に詰んだ。

「まあ俺たちもそこまで鬼じゃあない。期限を設けてやる。1ヶ月だ。1ヶ月以内に500万。払えなければお前をバラして内臓を貰う」
「そ、そんな……」
「おっと、俺たちから逃げられると思うなよ?」
「俺たちは金を返してくれるまで追いかけるからな。隠れたって無駄さ。すぐに見つけてやる」
「あ、う……」

 男たちが死神に見えた。金を用意できなければ、死ぬしかないのだろうか。他に手立てはないのだろうか。

「手段は問わねえ。とにかく金掻き集めて来な」
「恨むならあの女を恨めよ」
「それじゃ、また近いうちに来るぜ」

 そう言って男たちは笑いながら去って行った。

「……どうすれば……」

 500万なんて大金、どう頑張ったって手に入らない。
 警察に相談するにしても、説明の仕方が分からない。取り合って貰えない可能性も高いーーと言うか、東エリアではなく、南エリアとのトラブルだと介入できないだろう。かと言って世話になっている施設にこれ以上の迷惑は掛けられない。

 残されたジェレマイアはただ呆然と立ち尽くしていた。

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