Ep.2 風使いの章
南エリアでの騒動から三ヶ月が経った。
あの日以降、ジェレマイアが南エリアに近付くことは無かった。友人と飲みに行くことは何度かあったものの、だいたいは東エリアの繁華街の、絶対に信頼できる店にしか行かなかった。
そもそも、以前に比べれば飲みに行く頻度が減っていた。ぼったくり事件が軽いトラウマになっていたのもあるが、各々が大学卒業に向けた準備で忙しくなり、顔を合わせる時間も減っていたのだ。
「ーー以上で今日の講義は終了だ。各自、復習を忘れないように」
本日最後の講義が終了した。
魔術の基礎を学ぶ必修科目。ジェレマイアが一番苦手とする科目で、更に一番苦手な講師による講義だ。出来ることならサボりーー欠席したいところだが、既に何度もすっぽかした経験があり、出席日数はギリギリになっていた。
これ以上欠席するようなことがあれば、単位を落としてしまう。勉強が嫌いでも、留年まではしたくない。そのため、ジェレマイアは講義室の最後方にある端の席で渋々参加していた。とは言え、そりの合わない講師の小難しい話は苦痛でしかなく、聞いているふりをしてノートの端に適当な落書きをし、時間が過ぎるのを待っていた。
「はー終わった終わった。ジェリーはこの後どうする? 飯行くか?」
講義終了の合図と共に、隣の席にいた友人が大きく伸びをしながらジェレマイアに訊ねた。週の最後の講義が終わった。明日は講義が無い、完全な休日。普段は朝から講義があるため、早起きは必須。だが、講義が無ければその心配も無く、夜更かしもし放題だ。
今週は卒業準備で慌ただしく過ごした。朝から晩までレポートや論文を頑張った。だから、この週末くらいは遊んでも良いのではなかろうか。そんな気持ちが、ジェレマイアと友人の中にはあった。
「うーん、そうですね。久しぶりに飲みに行きたーー……」
酒は決して強くない。どちらかと言えば下戸だ。飲めて精々、度数の低いリキュール系を2、3杯。それでも、友人たちと飲むのは好きだった。
皆で飲み過ぎず、節度を持てば大丈夫。あんなトラブルは二度と起こさない。だから、皆で良く行く大衆居酒屋にでも。そう思って友人に向けてジェレマイアが口を開きかけた、その時だった。
「ああ、そうだ」
ジェレマイアの言葉は、思い出したように発せられた講師の声によって遮られた。
「今から呼ぶ学籍番号の者は、この後残るように」
「……ッ!」
居残り宣言。その言葉を聞いた瞬間、講堂内に緊張が走った。この場に残らされる意味を、全員が理解していた。講師による説教。先日の試験結果についてか、あるいは講義中の態度に問題があったからなのか。何れにしても彼の話は長く、一度捕まれば解放されるのに相当時間が掛かる。
絶対に呼ばれたくない。残りたくない。だから、どうか。各々が自分の番号を呼ばれないよう祈った。ジェレマイアも両手を胸元で組み、普段信仰していないーーどこの宗教のものかも分からぬ神に向けて必死に祈った。
「番号19269」
「…………げえ」
しかし現実は悲しく、非情で。
講師が呼んだ番号は、ジェレマイアのものだった。
思わず講師の方を見る。瞬間、彼と目が合ってしまった。意味深な笑みを浮かべる様子に、嫌な予感がする。気付かないふりをして出て行くという手もあったが、後で面倒になる。
隣にいた友人はジェレマイアの様子に苦笑しながら「ご愁傷様」と小さく呟き、去って行く。
行かないで下さい、一緒に話を聞いて下さい。そう言って引き留めたかったが、友人の逃げ足は速かった。
「……はあ」
薄情者、なんて言える立場ではない。いつか彼が呼び出された時も、ジェレマイアは講師の説教を聞きたくない一心で、同じように彼の前から逃げた。もしかしたら、今の状況はその時の仕返しなのかもしれない。つまり、完全なる自業自得。過去の自分を呪わずにはいられなかった。
折角の楽しい週末が台無しだ。出来るだけ早く終わることを祈りながら、ジェレマイアは他の生徒たちが出て行くのをその場で待った。
あの日以降、ジェレマイアが南エリアに近付くことは無かった。友人と飲みに行くことは何度かあったものの、だいたいは東エリアの繁華街の、絶対に信頼できる店にしか行かなかった。
そもそも、以前に比べれば飲みに行く頻度が減っていた。ぼったくり事件が軽いトラウマになっていたのもあるが、各々が大学卒業に向けた準備で忙しくなり、顔を合わせる時間も減っていたのだ。
「ーー以上で今日の講義は終了だ。各自、復習を忘れないように」
本日最後の講義が終了した。
魔術の基礎を学ぶ必修科目。ジェレマイアが一番苦手とする科目で、更に一番苦手な講師による講義だ。出来ることならサボりーー欠席したいところだが、既に何度もすっぽかした経験があり、出席日数はギリギリになっていた。
これ以上欠席するようなことがあれば、単位を落としてしまう。勉強が嫌いでも、留年まではしたくない。そのため、ジェレマイアは講義室の最後方にある端の席で渋々参加していた。とは言え、そりの合わない講師の小難しい話は苦痛でしかなく、聞いているふりをしてノートの端に適当な落書きをし、時間が過ぎるのを待っていた。
「はー終わった終わった。ジェリーはこの後どうする? 飯行くか?」
講義終了の合図と共に、隣の席にいた友人が大きく伸びをしながらジェレマイアに訊ねた。週の最後の講義が終わった。明日は講義が無い、完全な休日。普段は朝から講義があるため、早起きは必須。だが、講義が無ければその心配も無く、夜更かしもし放題だ。
今週は卒業準備で慌ただしく過ごした。朝から晩までレポートや論文を頑張った。だから、この週末くらいは遊んでも良いのではなかろうか。そんな気持ちが、ジェレマイアと友人の中にはあった。
「うーん、そうですね。久しぶりに飲みに行きたーー……」
酒は決して強くない。どちらかと言えば下戸だ。飲めて精々、度数の低いリキュール系を2、3杯。それでも、友人たちと飲むのは好きだった。
皆で飲み過ぎず、節度を持てば大丈夫。あんなトラブルは二度と起こさない。だから、皆で良く行く大衆居酒屋にでも。そう思って友人に向けてジェレマイアが口を開きかけた、その時だった。
「ああ、そうだ」
ジェレマイアの言葉は、思い出したように発せられた講師の声によって遮られた。
「今から呼ぶ学籍番号の者は、この後残るように」
「……ッ!」
居残り宣言。その言葉を聞いた瞬間、講堂内に緊張が走った。この場に残らされる意味を、全員が理解していた。講師による説教。先日の試験結果についてか、あるいは講義中の態度に問題があったからなのか。何れにしても彼の話は長く、一度捕まれば解放されるのに相当時間が掛かる。
絶対に呼ばれたくない。残りたくない。だから、どうか。各々が自分の番号を呼ばれないよう祈った。ジェレマイアも両手を胸元で組み、普段信仰していないーーどこの宗教のものかも分からぬ神に向けて必死に祈った。
「番号19269」
「…………げえ」
しかし現実は悲しく、非情で。
講師が呼んだ番号は、ジェレマイアのものだった。
思わず講師の方を見る。瞬間、彼と目が合ってしまった。意味深な笑みを浮かべる様子に、嫌な予感がする。気付かないふりをして出て行くという手もあったが、後で面倒になる。
隣にいた友人はジェレマイアの様子に苦笑しながら「ご愁傷様」と小さく呟き、去って行く。
行かないで下さい、一緒に話を聞いて下さい。そう言って引き留めたかったが、友人の逃げ足は速かった。
「……はあ」
薄情者、なんて言える立場ではない。いつか彼が呼び出された時も、ジェレマイアは講師の説教を聞きたくない一心で、同じように彼の前から逃げた。もしかしたら、今の状況はその時の仕返しなのかもしれない。つまり、完全なる自業自得。過去の自分を呪わずにはいられなかった。
折角の楽しい週末が台無しだ。出来るだけ早く終わることを祈りながら、ジェレマイアは他の生徒たちが出て行くのをその場で待った。
