初雪
緋色の制服の上に灰色の外套を纏った凛々しい々士官は
降りしきる雪の中、馬上で白い息を吐きながら
ほんの一瞬、恐らく、無意識のうちに、二階の窓を見上げた。
その放心したような表情に、見送りに立っていた老執事は
はっとした。
「たったいま
お帰りになられました。
ところで、先ほどのお話では
来週のC・・・大公妃主催の夜会へは
ソフィア様もご一緒に出席されるご予定とのことですが?」
「ああ、ソフィアにベルサイユの舞踏会を見せてやりたいからな。
そういえば、彼女も出席するつもりでいるのかもしれないな」
「・・・あの方は、いつ拝見しても惚れ惚れいたしますなあ。
この頃、いっそう美しくなられた気がします。
華やかさに、何やら憂いが加わったようで」
「そうだな」
と、彼も同意した。
────確かに、以前は美しいと言っても
溌剌として、多少潔癖すぎるような少年のそれ、であったのに
ふと気がつけば、いつのまにか陰影の濃い艶麗な
成熟した美しさに変わっている。
しかし成熟したと言っても、女に成りきっているというわけではなく
男のものとも、女のものともつかない
むしろ、そのために男も女も誘ってしまうような妖しさで
しかも、当の本人にはその自覚がないくせに
周囲の視線だけは敏感に感じ取っているようで
神経質な少女のように肩に触れられただけでも
ぎくりと身を震わせる・・・。
「時折、わたくしでもゾクリとすることがございますよ。
あの青い瞳が、鋼のように光るとき、一瞬、魔性を見たようで」
「ああ・・・
あの時折見せる冷たい目つきは、恐らく育ちのせいだろう。
少女の頃から、否応なしに男たちの目に晒されて続けて
来たわけだからな。
知らず知らずのうちに、いろいろな方法で自分を守る術を
身につけて来たのだろうしな。
あれは氷の華だ、所詮、氷の処女だと高をくくって
不埒な目で見たりすると、いきなりあの挑みかかろうとする刹那の
雌豹のような目を据えられ、男は身が竦むような思いがするんだ。
しかし、また、そこが、ある男たちにとっては
たまらない魅力なのだろうな・・・
知性と野性が悪魔のように交錯するあの目に
幻惑されてしまうのだろう。いすれにせよ、うかつに近寄れない。
まさに氷の処女だな」
と、北欧の貴公子は
少し愉快そうに言った後
『しかし、彼女は
どうなっていくのだろう・・・』
と、考え込んだ。
────長生きは、なさらないわ・・・。
何気なく言った妹の言葉もどこか、真実のような気が
してくるのだった。
「しかし、若様
あのような、素っ気ない一見、冷たそうな女性こそが
実は心の中にも身体の中にも一途に燃えるものを
秘めていらっしゃるものです。
きっと貞淑な奥様になられます。
少々、変わった育ちの方ですが、容姿も人柄もお家柄も教養も
まず、申し分ないでしょう。
小柄なご婦人が多いフランス女性としては背も高くて健やかそうです。
きっと、賢くて丈夫なお子を沢山、お生みになれます」
「・・・はあ!?
あはは・・・彼女の妊婦服姿など想像もつかぬ・・・
・・・なんだ
じいは、わたしに、彼女に求婚せよとけしかけているのか!?
あはは・・・
わたしなんぞ、歯牙にもかけないよ。
並の男では、それこそ彼女に切り捨てられてしまうよ。
彼女とは、友人という間柄で十分。
しかし、少々無鉄砲なところもあるが
彼女ほど誠実で裏表の無い宮廷人というのも珍しいぞ。
友人としては、あれほど得がたい人物はない」
────人というものは
自分のこともよくは解ってはいないくせに
他人についてはいろいろと語るものだ・・・
と、年老いた執事は、そっと心の中で呟く。
「それに、あの幼なじみの従者な。
彼の境遇が、どうも人ごととは思えなくてね。
彼に恨まれるようなことはしたくはないんだ。
男同士というものは、そのへんの気持ちは
何も言わなくても通じ合ってしまうものらしいな・・・。
さて、ソフィアの為に大急ぎで夜会服を用意してやらねばならぬ。
是非、最新流行のドレスが必要なのだそうだ。
女というものは、いろいろ厄介だな。
しかし、じいの敬愛するオスカル嬢は着る物の事で悩んだりは
しないのだろうなあ。
すまないが、至急、仕立て屋を呼んでくれ」
────若様は、男同士の気持ちには通じても
女心には、ちと疎すぎる。
老執事は、そっとため息をついて
若君の横顔を見つめた。
降りしきる雪の中、馬上で白い息を吐きながら
ほんの一瞬、恐らく、無意識のうちに、二階の窓を見上げた。
その放心したような表情に、見送りに立っていた老執事は
はっとした。
「たったいま
お帰りになられました。
ところで、先ほどのお話では
来週のC・・・大公妃主催の夜会へは
ソフィア様もご一緒に出席されるご予定とのことですが?」
「ああ、ソフィアにベルサイユの舞踏会を見せてやりたいからな。
そういえば、彼女も出席するつもりでいるのかもしれないな」
「・・・あの方は、いつ拝見しても惚れ惚れいたしますなあ。
この頃、いっそう美しくなられた気がします。
華やかさに、何やら憂いが加わったようで」
「そうだな」
と、彼も同意した。
────確かに、以前は美しいと言っても
溌剌として、多少潔癖すぎるような少年のそれ、であったのに
ふと気がつけば、いつのまにか陰影の濃い艶麗な
成熟した美しさに変わっている。
しかし成熟したと言っても、女に成りきっているというわけではなく
男のものとも、女のものともつかない
むしろ、そのために男も女も誘ってしまうような妖しさで
しかも、当の本人にはその自覚がないくせに
周囲の視線だけは敏感に感じ取っているようで
神経質な少女のように肩に触れられただけでも
ぎくりと身を震わせる・・・。
「時折、わたくしでもゾクリとすることがございますよ。
あの青い瞳が、鋼のように光るとき、一瞬、魔性を見たようで」
「ああ・・・
あの時折見せる冷たい目つきは、恐らく育ちのせいだろう。
少女の頃から、否応なしに男たちの目に晒されて続けて
来たわけだからな。
知らず知らずのうちに、いろいろな方法で自分を守る術を
身につけて来たのだろうしな。
あれは氷の華だ、所詮、氷の処女だと高をくくって
不埒な目で見たりすると、いきなりあの挑みかかろうとする刹那の
雌豹のような目を据えられ、男は身が竦むような思いがするんだ。
しかし、また、そこが、ある男たちにとっては
たまらない魅力なのだろうな・・・
知性と野性が悪魔のように交錯するあの目に
幻惑されてしまうのだろう。いすれにせよ、うかつに近寄れない。
まさに氷の処女だな」
と、北欧の貴公子は
少し愉快そうに言った後
『しかし、彼女は
どうなっていくのだろう・・・』
と、考え込んだ。
────長生きは、なさらないわ・・・。
何気なく言った妹の言葉もどこか、真実のような気が
してくるのだった。
「しかし、若様
あのような、素っ気ない一見、冷たそうな女性こそが
実は心の中にも身体の中にも一途に燃えるものを
秘めていらっしゃるものです。
きっと貞淑な奥様になられます。
少々、変わった育ちの方ですが、容姿も人柄もお家柄も教養も
まず、申し分ないでしょう。
小柄なご婦人が多いフランス女性としては背も高くて健やかそうです。
きっと、賢くて丈夫なお子を沢山、お生みになれます」
「・・・はあ!?
あはは・・・彼女の妊婦服姿など想像もつかぬ・・・
・・・なんだ
じいは、わたしに、彼女に求婚せよとけしかけているのか!?
あはは・・・
わたしなんぞ、歯牙にもかけないよ。
並の男では、それこそ彼女に切り捨てられてしまうよ。
彼女とは、友人という間柄で十分。
しかし、少々無鉄砲なところもあるが
彼女ほど誠実で裏表の無い宮廷人というのも珍しいぞ。
友人としては、あれほど得がたい人物はない」
────人というものは
自分のこともよくは解ってはいないくせに
他人についてはいろいろと語るものだ・・・
と、年老いた執事は、そっと心の中で呟く。
「それに、あの幼なじみの従者な。
彼の境遇が、どうも人ごととは思えなくてね。
彼に恨まれるようなことはしたくはないんだ。
男同士というものは、そのへんの気持ちは
何も言わなくても通じ合ってしまうものらしいな・・・。
さて、ソフィアの為に大急ぎで夜会服を用意してやらねばならぬ。
是非、最新流行のドレスが必要なのだそうだ。
女というものは、いろいろ厄介だな。
しかし、じいの敬愛するオスカル嬢は着る物の事で悩んだりは
しないのだろうなあ。
すまないが、至急、仕立て屋を呼んでくれ」
────若様は、男同士の気持ちには通じても
女心には、ちと疎すぎる。
老執事は、そっとため息をついて
若君の横顔を見つめた。
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