仮面舞踏会
「夕べはお疲れ様。
とんだ、舞踏会だったわね。
でも、あなたや、あの人が居てくれて
とても心強かったわ」
と、初老の貴婦人は彼に言った。
ごく初期であったので
すぐに火は消し止められ
被害も納屋の半分と厩舎の壁と
使用人の住居の屋根を焦がしただけに
止めることに出来た。
しかし、それが
「単なる火の不始末による
事故であったのか、それとも
それを装ったものであったのか、という事を
判明させる術がない以上
警戒を解くべきではない」
という、彼らの意見に女主人は従うことにして
翌日のピクニックや
翌々日の狩猟も取り止めにした。
「でも、このような舞踏会は
これで最後にするわ。
もう、浮かれ踊る時代は終わったのだと
思うわ」
と、初老の貴婦人は
白いゆったりとした朝の服装で
薄化粧では隠せない青い隈の浮いた目元を
そっと押さえながら言った。
「彼女は?」
「疲れて、まだお部屋で
やすんでいるのでしょう。
ところで、あなた
とうとう彼女に、ご自分の正体を
明かさなかったの!?」
「・・・ええ・・・」
回教徒の婦人の衣装を脱ぎ捨てて
駆け戻ってきた彼に向って
彼女が最初に放った言葉は
───大尉も来ていたのか!
よかった、心強い・・・
だったので
彼は拍子抜けしてしまった。
「本当に、鈍い人よね。
気がつきそうなものなのに
それにしても、なぜ?
あなただって、ご自分から正体を
明かしてもよかったのに
あなたって、まるで内気な少女みたいだわ」
───歯痒い人ね。
この舞踏会はあなたのために
お膳立てしてあげたようなものなのに・・・。
貴婦人の言葉に
亜麻色の髪の貴公子は
うっすらと疲れの滲む顔に
それでも笑顔を作って
「いいのです」
と、言った。
「彼女は火を見ると
すぐに仮面を外して、そのときには
もう、軍人の顔に戻っていた・・・。
一瞬だけ、混乱したのか、わたくしのことを
本当の貴婦人だと錯覚したようで
『ひとりでいては、いけない』
と、注意を与えてから
駆け出していました。
あの人らしい、といえば、そうなのですが
わたくしは、改めて惚れ直してしまいました。
だから、いいのです」
「あら、そうなの?わたくしには
何が、いいのか、わからないわ」
彼はそれには答えずに
微笑みながら
コーヒーの茶碗を持ち上げた。
目の前の卓には
薄紅色の大きな百合が活けられている。
その花はインドの藩王の住む城の
むせ返るような香りに満ちた中庭を
彼に思い起こさせた。
───今夜のことは、忘れられない
素敵な思い出になりそうです。
その言葉が
彼の心を、暖かくしていた。
仮面舞踏会 おわり 2014.5.5
とんだ、舞踏会だったわね。
でも、あなたや、あの人が居てくれて
とても心強かったわ」
と、初老の貴婦人は彼に言った。
ごく初期であったので
すぐに火は消し止められ
被害も納屋の半分と厩舎の壁と
使用人の住居の屋根を焦がしただけに
止めることに出来た。
しかし、それが
「単なる火の不始末による
事故であったのか、それとも
それを装ったものであったのか、という事を
判明させる術がない以上
警戒を解くべきではない」
という、彼らの意見に女主人は従うことにして
翌日のピクニックや
翌々日の狩猟も取り止めにした。
「でも、このような舞踏会は
これで最後にするわ。
もう、浮かれ踊る時代は終わったのだと
思うわ」
と、初老の貴婦人は
白いゆったりとした朝の服装で
薄化粧では隠せない青い隈の浮いた目元を
そっと押さえながら言った。
「彼女は?」
「疲れて、まだお部屋で
やすんでいるのでしょう。
ところで、あなた
とうとう彼女に、ご自分の正体を
明かさなかったの!?」
「・・・ええ・・・」
回教徒の婦人の衣装を脱ぎ捨てて
駆け戻ってきた彼に向って
彼女が最初に放った言葉は
───大尉も来ていたのか!
よかった、心強い・・・
だったので
彼は拍子抜けしてしまった。
「本当に、鈍い人よね。
気がつきそうなものなのに
それにしても、なぜ?
あなただって、ご自分から正体を
明かしてもよかったのに
あなたって、まるで内気な少女みたいだわ」
───歯痒い人ね。
この舞踏会はあなたのために
お膳立てしてあげたようなものなのに・・・。
貴婦人の言葉に
亜麻色の髪の貴公子は
うっすらと疲れの滲む顔に
それでも笑顔を作って
「いいのです」
と、言った。
「彼女は火を見ると
すぐに仮面を外して、そのときには
もう、軍人の顔に戻っていた・・・。
一瞬だけ、混乱したのか、わたくしのことを
本当の貴婦人だと錯覚したようで
『ひとりでいては、いけない』
と、注意を与えてから
駆け出していました。
あの人らしい、といえば、そうなのですが
わたくしは、改めて惚れ直してしまいました。
だから、いいのです」
「あら、そうなの?わたくしには
何が、いいのか、わからないわ」
彼はそれには答えずに
微笑みながら
コーヒーの茶碗を持ち上げた。
目の前の卓には
薄紅色の大きな百合が活けられている。
その花はインドの藩王の住む城の
むせ返るような香りに満ちた中庭を
彼に思い起こさせた。
───今夜のことは、忘れられない
素敵な思い出になりそうです。
その言葉が
彼の心を、暖かくしていた。
仮面舞踏会 おわり 2014.5.5
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