仮面舞踏会

 「あなたったら、最近、眉間に縦皺を寄せているわよ。
お忙しいのは解るけれど、たまには息抜きも必要よ。
ですから、是非、いらしってね・・・」

と言った後で

「あ、そうそう、いつものお供の方は連れずにいらしてね。
有名な『隻眼の佳い男』を連れて歩いていたら
あなただってバレてしまうじゃない!?
仮面舞踏会の意味がないわ。
ご夫婦でも、恋人同士でも、出来るだけ別々に来ていただいて
お互いの仮装は、ぜったい秘密にしていただくように
念を押しているのよ」


と、付け加えた。


「わたくしは女主人の役目として、お顔と扮装を確かめさせて
いただきますけれど
お客様はお互い、全く誰が誰だか解らない方がスリルがあるじゃないの」


「・・・申し訳ないのですが
あいにくその夜は、先約がございまして・・・」


「あら、どちらのご招待なの?
お断りすればいいじゃないの~。
わたくしの招待を差し置いても、出席しなければならない
義理がある方って、いったいどなたかしら?

でも、たまには
わたくしの方を優先して下さったって
罰が当たらないのではないかしら!?」


彼女は返答に困ってしまった。


朱色に塗った唇の角が、にっと上がるが、目は笑ってはいない。

薄化粧にもかかわらず、主張のある引き眉や
少し弛みかけた喉元に巻かれた大粒の真珠の首飾りや
ほっそりと枯れた指に嵌った鶉卵ほどの大きさのダイヤ
薔薇と麝香の香りなどがもう、この人の一部になってしまっているような
貫禄のある貴婦人に言われると
いつも何も言い返せなくなってしまう。


「忙しくて仮装用の衣装を誂える暇がない!?
あら、心配ご無用よ。
あなたの衣装はわたくしがご用意するし
わたくしの侍女を喜んでお貸しするわ。
ですから、手ぶらでいらして」


とうとう、彼女は
C・・・大公妃の主催の仮装舞踏会に出席することを
承諾してしまった。



 昼過ぎから何台もの馬車が森を抜け沼を迂回し
C・・・大公妃の城館に集まってきた。
そして馬車から降り立った招待客たちは
フードつきのマントや大きな帽子で顔を隠しながら素早く
正面玄関に吸い込まれて行った。





───ごく親しい方だけに
そっと、お声をお掛けしたの。
気楽な無礼講のような、しかも秘密の集まりのようにしたいから
出来るだけ目立たないようにと思って・・・


という女主人の意向で、舞踏会のために選ばれた館は
鬱蒼とした森に囲まれた大公妃所有の城館の中では
規模の小さいものであったが
大広間や食堂、図書室、遊戯室大小いくつもの寝室は
使用人たちによって覆いが取り払われ、埃を払われ
拭き清められ風が通され
清潔なリネンと花瓶に挿された花の清清しい香りで30人もの招待客を
迎えた。


招待客が庭園の噴水の前に集まる時間には
ずいぶんと間があったし
ベルサイユからひとりでやってきた彼女は
すっかり退屈してしまって、庭園をぶらぶらと歩き回った。

正面の噴水は宵闇に音を立て
磨き込まれた窓ガラスの向こうの大広間には灯がともされ花で飾られ
楽師たちが最後のリハーサルを行っていた。

建物の裏手に回ると、野菜や果物の木箱が積み上げられ
酒の樽が並べられていた。

勝手口から再び建物に入ると、厨房では、鳥獣を調理する為の
大型ストーブやパン焼き釜に薪が焼べられ、赤々と炎が立ち
前掛けをした男女がせわしなく動き回っていた。


すでに人気のなくなった玄関の、神話の場面が描かれた天井画や
回廊の壁に飾られた肖像画や、古い武具や鹿の角などを眺めて歩き
彼女の部屋のある翼に戻って来ると
廊下にずらりと並んだ扉からは、衣擦れや、ばたばたと歩き回る音や
押し殺したような笑いや、囁き声や、叱責するような声が
漏れてきた。


彼女が自分に割り当てられた部屋の扉を開くと
顔見知りのC・・・大公妃の侍女が、待ちかねていたように立ち上がり


「そろそろ、お召し替えを」


と言った。
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