鳥の巣

 「旦那さまの用事で、4~5日、領地へ行って来るから」


とアンドレは言った。


「え、せっかくの休暇なのに。
もっとゆっくりしてこようよ」


「おまえは留守番だ」


「え、どうしてだ?」


「疲れるだろう。俺ひとりだったら
駅馬車を利用して4~5日で用を済ませて戻れるから」


「まるで、わたしが
いつも足手まといになっているみたいな言い方じゃないか!?」


「そうではないって・・・
なんだ!?おまえ、俺が居ないと、そんなに心細いのか」


アンドレが、子供にするように笑いながら
上から頭を撫でてきたので、払いのけながら



「誰が!!
おまえなんか、いなくったって!!」



と彼女が言い返すと


「それを聞いて安心した。
良い子にしているんだぞ
お土産を買って帰るから

明日は早いから、これで」


と、彼は彼女の頬にキスをして、部屋を出て行ってしまった。


彼は彼女の性格を、彼女以上に熟知している。
上手く誘導されてしまった気がするのは否めない。
単純な女だと思っているに違いない。

それがしゃくに障った。



夜明け前に出かけていく彼を
階段の踊り場の闇に立って、そっと見送った。

知ってか知らずか、彼は振り返って、こちら方を見上げて微笑んだ。


その爽やかな笑顔を思い出しても憎らしい。




 休日に早起きをしてしまうと、なんとも手持ち無沙汰で
久しぶりに、手土産を持って新聞記者夫婦を訪ねてみたら
ベルナールもまた旅行中だった。



 「わたしが夫だったら
こんな可愛い妻をひとり残して旅に出るなど
考えられぬがなあ・・・」


「まあ、オスカル様・・・」


ロザリーは、頬を染めながらも
新妻らしい品の良い笑みを浮かべた。

うっすらとそばかすの浮いた乳白色の肌
花粉をまぶしつけたような、明るい金色の巻き毛
初々しい少女のような外見は、少しも変わってはいないのに
屋敷にいた頃のどこか心細そうな、痛々しげな印象は今はない。


「屋敷に居た頃はわたしが戻るまで、どんなに遅くなっても
起きて待っていてくれたじゃないか。
そんな、いじらしい妻を残して
よくひとりで旅になど出られるものだ」


「うふふ・・・今は先に寝てしまいます。
新聞記者の夫を、毎晩、寝ずに待っているなんて
そんなの身が持ちませんわ」


────夫にしたって、そんな妻では息が詰まってしまうでしょう。


────それに夫婦だって、たまにはひとりの時間を持たなければ・・・。


初々しい少女のような外見は少しも変わってはいないのに
目を伏せて微笑みながら、お茶を淹れ替えてくれるその手つきには落ち着きに、何やら貫禄さえ漂うようで
オスカルはそれを感心して眺めていた。


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