第四章 飾り人形
────これはこれは麗しの近衛連隊長どの
という言葉には、腰のあたりに絡み付いてくるような
不快な視線とともに、確かに揶揄する響きがある。
彼女にも言われもなく人に侮辱される日はあったが
眉も動かさずにいる態度は身についていたし
他人と違う生き方をしているせいだろうと
納得もしていた。
しかし、黒い騎士と名乗る若い男が投げつけて
きた言葉には、身体のどこかに刺さっさたままの針のように
いつまでも鋭い痛みの感覚があった。
────飾り人形は
自分が飾り人形だと気がついたときから
飾り人形ではいられないのだろうか!?
自分でも認めたくはなかったが
その問いはまぎれもなく、自嘲だった。
「大尉、君は自分の容姿に自身はあるか?」
ふと、側らの副官に問うてみた。
離宮に静養に向かう王太子の護衛を務めての帰り
彼らは馬を並べていた。
美形揃いの近衛隊でも、特に華やかで気品があると
評判のふたりの姿は、ベルサイユの町でも人目を引いた。
副官はいかにも近衛士官らしい
優美で強靭そうな長身
豊かな亜麻色の髪、秀でた額
切り立てたような鼻梁の、彫刻めいた顔立ちであったが
その印象は冷たいと言うわけではなく
榛色の瞳はいつも穏やかで
むしろ無関心と言っても良いような
柔和な表情を浮かべてることが多かった。
彼は、一瞬、眉を上げたが
すぐにいつもの柔和な表情に戻って
飾らない言葉で自分の意見を述べた。
「近衛に入隊を許されたのだから
自信を持っても良いのではと思っている」と。
その言葉は、淡々としていて
当たり障りがなかった。
特に傲慢な響きもなかった。
長い付き合いのなかで、この副官が傲慢でもなければ
軽薄でもなく、ただの飾り人形ではないことは彼女自身が
知っている。
日々の、上官と副官としての目まぐるしいやり取りも
もはや息のあったものであったが
───この美丈夫の副官は、今の自分のように
屈折した感情を抱いてはいないようだ。
────いや、彼は、飾り人形でいることに
自分の中で、巧く折り合いをつけているのかも
しれない。
と彼女は考えた。
彼自身は本音を幾重にも薄紙で包んだような
思わせぶりな会話を愉しむ方であったが
この上官の率直な物言いは好ましいと思っていた。
他の者であれば、彼女のことを唐突で
ひどくぶしつけな人間だと感じたかもしれないが
副官は慣れていたので、気にも留めずにいた。
「切り出されたばかりの彫刻のような」
「氷の華のような」
などとたとえられる端正で冷ややかな美貌は
一見、取り澄ましているように見えるのに
側らに控えていると、その内側で
実に生き生きと感情が移り変わっているのが解る。
むしろ火のように直情的で
それは宮廷流の処世術の前では無謀と呼んでもよく
側らにいる彼が、ひやひやすることもある。
実際、もっと若い時分には上位貴族と決闘沙汰を
起こしたり、暴漢に襲われて大怪我を負ったり
もしている。
彼女には
「身の程知らず」
「高慢」
という言葉が賞賛とともについて回るが
そのくせ、彼女が現れるところには
ふと清涼な空気が流れるようだと彼は思う。
この宮廷で生きて来られたのも、王妃の寵愛や
父である将軍の威光もさることながら
その少年のような率直な人柄を好ましく思い
擁護する人も多いからであろうと彼は思っている。
そして、彼もまた、この奇妙な上官を
心の中で擁護していた。
『この頃は物憂い表情をしていることが
多くなった』
と彼は思う。
頬の輪郭が翳りを帯びてきたようで
まぶたには、うっすらとスミレ色の隈がかかり
唇はふっくらと赤く艶冶で
「彫刻のような」
「氷の華のような」
などといった、たとえは、もうこの人には
相応しくないのではと、彼は考える。
彼女は今、生い立ちのせいで人より遅く訪れた
少年のような単純さから
あのベールを透かして見るような
女性としての美しさに移り変わる
そういう過渡期にいるのだろうかと思った。
「やあ、近衛連隊長どの!!」
彼ら背後で声がして振り返ると
長身の貴公子が立っていた。
「久しぶりだな!!」
北欧の人らしい髪の色も瞳の色も淡い
見る人に、控えめで温厚な印象をあたえる
この人物が軍人で
しかも王妃の愛人の一人だとは
副官も意外に思っている。
そして、どこか世間を嘲笑しているような
自分と同じ匂いがする、と思うこともある。
「少し、良いかな!?」
────そういえば・・・
あの夜、外国から来た伯爵夫人と踊ったのは
この男だった。
いったい何があったのか
伯爵夫人はこの男の腕を乱暴に振り切って
走り去ったのだった。
それは、あの天女のような貴婦人と
上品な夜会に、突然起こった乱調だった。
そして、この男は広間の中央にひとり取り残される
形になり、恥をかかされたのだった。
────しかし彼のような男は、それを別に
別に恥だとは思っていないだろう
それに、あの天女にかかされた恥ならば
男の歓びと言えるかもしれない・・・
────あの夜、広間の中央で立ち往生した
男が、自分であったならば、良かった・・・
と、副官は思った。
副官は、そこで、彼らと別れたのだった。
という言葉には、腰のあたりに絡み付いてくるような
不快な視線とともに、確かに揶揄する響きがある。
彼女にも言われもなく人に侮辱される日はあったが
眉も動かさずにいる態度は身についていたし
他人と違う生き方をしているせいだろうと
納得もしていた。
しかし、黒い騎士と名乗る若い男が投げつけて
きた言葉には、身体のどこかに刺さっさたままの針のように
いつまでも鋭い痛みの感覚があった。
────飾り人形は
自分が飾り人形だと気がついたときから
飾り人形ではいられないのだろうか!?
自分でも認めたくはなかったが
その問いはまぎれもなく、自嘲だった。
「大尉、君は自分の容姿に自身はあるか?」
ふと、側らの副官に問うてみた。
離宮に静養に向かう王太子の護衛を務めての帰り
彼らは馬を並べていた。
美形揃いの近衛隊でも、特に華やかで気品があると
評判のふたりの姿は、ベルサイユの町でも人目を引いた。
副官はいかにも近衛士官らしい
優美で強靭そうな長身
豊かな亜麻色の髪、秀でた額
切り立てたような鼻梁の、彫刻めいた顔立ちであったが
その印象は冷たいと言うわけではなく
榛色の瞳はいつも穏やかで
むしろ無関心と言っても良いような
柔和な表情を浮かべてることが多かった。
彼は、一瞬、眉を上げたが
すぐにいつもの柔和な表情に戻って
飾らない言葉で自分の意見を述べた。
「近衛に入隊を許されたのだから
自信を持っても良いのではと思っている」と。
その言葉は、淡々としていて
当たり障りがなかった。
特に傲慢な響きもなかった。
長い付き合いのなかで、この副官が傲慢でもなければ
軽薄でもなく、ただの飾り人形ではないことは彼女自身が
知っている。
日々の、上官と副官としての目まぐるしいやり取りも
もはや息のあったものであったが
───この美丈夫の副官は、今の自分のように
屈折した感情を抱いてはいないようだ。
────いや、彼は、飾り人形でいることに
自分の中で、巧く折り合いをつけているのかも
しれない。
と彼女は考えた。
彼自身は本音を幾重にも薄紙で包んだような
思わせぶりな会話を愉しむ方であったが
この上官の率直な物言いは好ましいと思っていた。
他の者であれば、彼女のことを唐突で
ひどくぶしつけな人間だと感じたかもしれないが
副官は慣れていたので、気にも留めずにいた。
「切り出されたばかりの彫刻のような」
「氷の華のような」
などとたとえられる端正で冷ややかな美貌は
一見、取り澄ましているように見えるのに
側らに控えていると、その内側で
実に生き生きと感情が移り変わっているのが解る。
むしろ火のように直情的で
それは宮廷流の処世術の前では無謀と呼んでもよく
側らにいる彼が、ひやひやすることもある。
実際、もっと若い時分には上位貴族と決闘沙汰を
起こしたり、暴漢に襲われて大怪我を負ったり
もしている。
彼女には
「身の程知らず」
「高慢」
という言葉が賞賛とともについて回るが
そのくせ、彼女が現れるところには
ふと清涼な空気が流れるようだと彼は思う。
この宮廷で生きて来られたのも、王妃の寵愛や
父である将軍の威光もさることながら
その少年のような率直な人柄を好ましく思い
擁護する人も多いからであろうと彼は思っている。
そして、彼もまた、この奇妙な上官を
心の中で擁護していた。
『この頃は物憂い表情をしていることが
多くなった』
と彼は思う。
頬の輪郭が翳りを帯びてきたようで
まぶたには、うっすらとスミレ色の隈がかかり
唇はふっくらと赤く艶冶で
「彫刻のような」
「氷の華のような」
などといった、たとえは、もうこの人には
相応しくないのではと、彼は考える。
彼女は今、生い立ちのせいで人より遅く訪れた
少年のような単純さから
あのベールを透かして見るような
女性としての美しさに移り変わる
そういう過渡期にいるのだろうかと思った。
「やあ、近衛連隊長どの!!」
彼ら背後で声がして振り返ると
長身の貴公子が立っていた。
「久しぶりだな!!」
北欧の人らしい髪の色も瞳の色も淡い
見る人に、控えめで温厚な印象をあたえる
この人物が軍人で
しかも王妃の愛人の一人だとは
副官も意外に思っている。
そして、どこか世間を嘲笑しているような
自分と同じ匂いがする、と思うこともある。
「少し、良いかな!?」
────そういえば・・・
あの夜、外国から来た伯爵夫人と踊ったのは
この男だった。
いったい何があったのか
伯爵夫人はこの男の腕を乱暴に振り切って
走り去ったのだった。
それは、あの天女のような貴婦人と
上品な夜会に、突然起こった乱調だった。
そして、この男は広間の中央にひとり取り残される
形になり、恥をかかされたのだった。
────しかし彼のような男は、それを別に
別に恥だとは思っていないだろう
それに、あの天女にかかされた恥ならば
男の歓びと言えるかもしれない・・・
────あの夜、広間の中央で立ち往生した
男が、自分であったならば、良かった・・・
と、副官は思った。
副官は、そこで、彼らと別れたのだった。