「せっかく招待状を頂いていたのに
あの日は、あいにく風邪を引いてしまって・・・」


ご機嫌うかがいに訪れた彼女に向かって言いながら
初老の貴婦人は手巾で鼻を押さえた。


「大丈夫ですか?」


「ええ・・もう大丈夫よ。
ところで、舞踏会の翌日、控えの間はあなたの噂で
持ちきりだったそうね。
あなたの花婿選びの舞踏会だったというのに
男装で現れたっていうじゃないの!?
どうしてそんな事なさったの?」


貴婦人は、象牙の柄のついた小さな銀の手鏡を
手品のように取り出し一瞬、覗き込んだかと思うと
スカートの襞の間の隠しに落とし込んだ。


いつもながらその目にも留まらぬ素早い動作に
感心しながら、彼女は答えた。


「父は近衛時代の副官を連れてきて
いきなりその男と結婚して子を産めと言ったのですよ。

『嫌です。勝手に決めないで下さい』と抗議したら

『では独身の男を集めて舞踏会を開いてやるから
好きなのを選べ』

と言ったんです。馬の品評会じゃあるまいし」



「それでキレたの!?」



────お父様、お気の毒に。親の心子知らずね・・・。


「まあ・・・でも一応、舞踏会には出たのね。
そこのところが面白いわ」


「若い娘じゃあるまいし
『本当は、嬉しいくせに照れている』とか
『恥らっている』などと誤解されるのも
シャクじゃあないですか!?
どうせやるならば、とことん反撃せねば、と。

ただ、さすがにわたくしも、素面でさらし者になる勇気がなくて
一杯引っ掛けて・・・いや、本当のところ、かなり出来上がって
いたのですが・・・

わたくしは、ここのところずっと殺風景な兵営で
むさくるしい男たちに囲まれていたせいか
久しぶりに美しく着飾った可愛らしいお嬢さんたちの群れを
目にしたら、なんだか、嬉しくなってしまったというか
舞い上がってしまったというか・・・
気がついたら片っ端からダンスを申し込んで
抱きついて、キスをしておりました」


「まあ!!・・・おほほほほ・・・」


貴婦人はひとしきり笑うと、レースの縁取りの手巾で
目尻を押さえ、又、素早く鏡を取り出して目元を確かめたかと
思うと、再び隠しに仕舞った。


「それは見ものだったわね!!
欠席したのは実に残念だったわ!!」


と言った。


「そんなに笑わなくても・・・
しかし、やはり、わたくしはヘンなのでしょうか?
その様な嗜好を持っているつもりはなかったのですが
その様に思われても仕方がなかったかも・・・
でもまあ、世間には男嫌いと思われても
男を追い払う方便と思われても
それはそれで、よかったかも・・・」


「あ~ら、それは逆よ!!
殿方に女同士のキスを見せつけるなんて
あなた、それは最大のコケットリーってものよ。

それに目の前のお嬢さんが可愛らしかったから
思わずキスしてしまった、なんて

『わたしは自分の官能に敏感で
正直で素直な女です』

って世間に向って、公表しているようなものよ」


「・・・そうなのですか!?」


「そうよ。

ふつうは綺麗な同性を見て一瞬、心を奪われても
『あら、良いドレスを着ている』『まあ、高そうな指輪』
なんて自分で自分の気を逸らす女は、まだ、人が良い方よ。

大抵の女は頭の中で

『あらあら、ちょっと太りすぎね。
せっかくのローズ・ベルタンのドレスも台無しね』

『白粉では小皺は隠せやしないわよ
若作りもほどほどになすった方が・・・』

なんて、忙しくアラ探しを始めるか
一瞬で、無視を決め込むかのいずれかよ。
それをまあ・・・
『可愛らしかったから思わずキスしてしまった』だなんて
側で見ていた殿方はもう、よだれを垂らさんばかりだったのでは!?
その場にいた全員が、寝室にいるあなたを想像したと思うわ。
例の悪女が書いた回顧録の寝室のシーンばりに
かなり具体的に想像していたに違いないわよ。
あ~あ、わたくしも、その場に居合わせたかったわ!!」


若い女は顔を赤らめた。

「なるほど・・・
あの舞踏会以来、恋文の数は激減しましたが
その替わりに、男からも女からも、なんというか・・・
『是非、一度、お手合わせを願いたい』的な
思わずこちらが赤面してしまうような露骨な内容の物が
逆に増えてしまって・・・

はて、これはいったい何故だろう?と頭を捻っておりました」


「まあ、羨ましいこと!!
よろしかったら、こんど、見せて頂戴よ」


「ご冗談を・・・それにしても、わたくしが
自分の官能に、敏感で正直で素直な女!?
むしろ、逆だと思っておりましたが」

若い女の顔が一瞬、曇った気がした。


「ふふ・・・そう思うときも確かにあるわ。
あなたって大抵、鈍感で、でも、たまに凄く敏感だと思うわ。

でも、まあ人間には・・・たとえばダイヤモンドが
美しい多面体であるように、真の自己だと思っている面にすら
さらに、いろんな面があるものなのよ、恐らく。
そのなかには自分でも気づいていない面があっても
不思議ではないわよ。

ところでこれは、わたくしの自説ですけれど
官能に敏感な男、もしくは女は、どこか同性愛者的な要素を
持ってるのよ。
彼らが異性を愛すときも、その愛し方が同性愛的なのよ」


「同性愛的な愛し方・・・?」


「巧く説明できないのだけれど
無意識のうちに相手の中に自分と似たところを
発見してしまうというか、相手の中の自分と似た部分を
愛してしまう、とでも言えばいいのかしら・・・


だから、彼らは、同性愛的であるだけではなくて
潜在的にはナルシストなのよ。
それも鏡の中の自分の姿に見とれるような
単純なナルシストではなくて博愛主義的なナルシズムを
持っている・・・とでも言ったら、いいのかしら」


「博愛主義的な、ナルシズム!?
わたくしには・・・おっしゃっていることが
よく解りませんが・・・」


「ほほほ・・・まあ、そんなことは
別に解らなくてもいいことよ」



『あなたと彼は、まったく似ていないようでいて
よく似ているところも、あるような気もするのだけれど・・・。

あの夜に、あなたと彼の間に、何が起こったかは
知らないけれど、彼は


────もう、痛々しくて、見ていられなくて
絶対に守ってあげなければならないという気持ちに
なってしまった・・・


と、言っていたわ。わたくしには、あの人の方が
よっぽど痛々しくて、見てはいられないのだけれど。


でも、あなたの方は、わたくしに何も話しては
下さらないのね・・・
でも、ひとは、何かを強く感じると
かえって、黙ってしまうものよね・・・』



「どんな狡猾な男でも、女と較べたら
せいぜい一番正直な女とトントンというところです(*)」



「・・・それは、何でしょう?」



「うふふ・・・今、読んでいる小説の中の言葉よ。
印象深かったので覚えていたのね。
『危険な関係』よ。あなた、お読みになった?」


「ああ、現役の軍人が書いたという・・・
いいえ、しかし、どういう関係が?」


初老の貴婦人は、一瞬
優雅な描き眉を上げて若い娘を見た。そして


「いいえ、なんでもないわ」と、微笑みながら、言った。


          2015.5.1


*ラクロ『危険な関係』(角川文庫 竹村 猛)の
ヴァルモン子爵よりメルトイユ侯爵夫人宛の手紙より。
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