戦争
「ところで、あなた、ご自分の好意を伝えたい殿方でも
いらっしゃるの?」
と、貴婦人が聞くと、若い女の方は
「いいえ・・・そういうわけでは・・・」
うっすらと頬を染めた。
────滅法うつくしい娘だわ
と、初老の貴婦人は思う。
────確かに、以前は美しいと言っても溌剌として多少潔癖すぎる
少年のような美しさであったのに
いつのまにか、その年なりの
灰色掛かった薔薇色の紗を透して見るような
陰影のある艶麗な成熟が漂い始めている。
この娘を目の前にしたときに、大抵の男は
『素っ気無くて不可解だけれど
どこか、男の気を引くところがある』
と、思うのではないだろうか。
その厳しい金モール飾りの肩章つきの士官服の下で
秘かに息づいている形の良さそうな小ぶりの乳房を
想像もしないという男も、そうは、いないのでは・・・
と貴婦人は思う。
────しかし、はっと我に返ったときに
大抵の男は、そこで
『この娘には、何か不可解なところがあって
男の気を引くだけではなく男の運命を変えてしまうような
危険な匂いがする。ワルキューレのように・・・』
『第一、口説き落とすのには時間が掛かかりすぎる・・・』
そう、自分を納得させて、すごすごと引き下がるのでは
ないだろうか・・・。
────たしかに、あなたの場合は許す以前の問題ね・・・。
初老の貴婦人は士官の服に身を包んだ若い女を
すこし悲しげに見つめた。
「でも、理想の男性像くらいはあるでしょう?」
「さあ・・・」
「ま~あ、あきれた!!
散々、わたくしをしゃべらせておいて
ご自分のことになるとはぐらかして、おしまいになるなんて
虫が良すぎるわよ。
理想の男性像くらい話してくれたところで何の差支えも
ないじゃあないの。素直におっしゃいよ!!」
若い女は、困ったような、はにかんだような顔をした。
「そうですね・・・
ええ・・・あくまで理想、ですけれど
明朗快活で、気難しいところなどまるでなくて
正義感も強くて、勇気もあり冷静で
礼儀正しく親切で
かと思えば、ときどき情熱的で大胆で・・・」
「あらまあ~まるで、お伽話の王子様ね。
あなた自体が白馬に乗った王子様みたいだと
思っていたのだけれど、あなたのような人でも
王子様にあこがれていたなんて」
貴婦人は呆れたように言った。
「・・・おかしいですか?」
若い女は、むっとしたような傷ついたような表情を
浮かべている。
「いいえ、あまりにも初々しいからよ。
それに、ここはお伽話の世界ではなくてフランス宮廷よ。
ここでは、白馬に乗った王子様タイプは
実際には、女に愛よりも苦しみを与えてくれることの方が多いわ」
年上の女の言葉に、若い女も小さくうなづいた。
────北国から来た男は
明朗快活で、正義感が強くて勇気もあり冷静で
礼儀正しく親切で
かと思えば、ときどき情熱的で大胆で
心が温かく、やさしい・・・
その印象は、間違ってはいないような気はするのに
ときどき、はっとするほど剣呑な横顔を
見せられることがある。
そんなとき男の背景には、けして溶けることのない
白く冷たく硬い氷河がどこまでも広がっていくような
気がするのだ・・・。
「奥様・・・ひとつ、お願いがあります」
「あら、何かしら!?
わたくしでお力になれることなら何でも言ってちょうだいな。
かわいいあなたの軍師なら喜んで務めさせていただくわよ」
「一度、殿御の心理というものを観察しておくのも
悪くはないかと思い立ちました。後学の為にも・・・。
わたくし、ドレスを着て参りますので
奥様主催の舞踏会に、こっそり紛れ込ませて
いただけないでしょうか」
目の前の若い女は何気ない口調を装ってはいたが
思いのほか、真剣な目をしていた。
2015.6.8
いらっしゃるの?」
と、貴婦人が聞くと、若い女の方は
「いいえ・・・そういうわけでは・・・」
うっすらと頬を染めた。
────滅法うつくしい娘だわ
と、初老の貴婦人は思う。
────確かに、以前は美しいと言っても溌剌として多少潔癖すぎる
少年のような美しさであったのに
いつのまにか、その年なりの
灰色掛かった薔薇色の紗を透して見るような
陰影のある艶麗な成熟が漂い始めている。
この娘を目の前にしたときに、大抵の男は
『素っ気無くて不可解だけれど
どこか、男の気を引くところがある』
と、思うのではないだろうか。
その厳しい金モール飾りの肩章つきの士官服の下で
秘かに息づいている形の良さそうな小ぶりの乳房を
想像もしないという男も、そうは、いないのでは・・・
と貴婦人は思う。
────しかし、はっと我に返ったときに
大抵の男は、そこで
『この娘には、何か不可解なところがあって
男の気を引くだけではなく男の運命を変えてしまうような
危険な匂いがする。ワルキューレのように・・・』
『第一、口説き落とすのには時間が掛かかりすぎる・・・』
そう、自分を納得させて、すごすごと引き下がるのでは
ないだろうか・・・。
────たしかに、あなたの場合は許す以前の問題ね・・・。
初老の貴婦人は士官の服に身を包んだ若い女を
すこし悲しげに見つめた。
「でも、理想の男性像くらいはあるでしょう?」
「さあ・・・」
「ま~あ、あきれた!!
散々、わたくしをしゃべらせておいて
ご自分のことになるとはぐらかして、おしまいになるなんて
虫が良すぎるわよ。
理想の男性像くらい話してくれたところで何の差支えも
ないじゃあないの。素直におっしゃいよ!!」
若い女は、困ったような、はにかんだような顔をした。
「そうですね・・・
ええ・・・あくまで理想、ですけれど
明朗快活で、気難しいところなどまるでなくて
正義感も強くて、勇気もあり冷静で
礼儀正しく親切で
かと思えば、ときどき情熱的で大胆で・・・」
「あらまあ~まるで、お伽話の王子様ね。
あなた自体が白馬に乗った王子様みたいだと
思っていたのだけれど、あなたのような人でも
王子様にあこがれていたなんて」
貴婦人は呆れたように言った。
「・・・おかしいですか?」
若い女は、むっとしたような傷ついたような表情を
浮かべている。
「いいえ、あまりにも初々しいからよ。
それに、ここはお伽話の世界ではなくてフランス宮廷よ。
ここでは、白馬に乗った王子様タイプは
実際には、女に愛よりも苦しみを与えてくれることの方が多いわ」
年上の女の言葉に、若い女も小さくうなづいた。
────北国から来た男は
明朗快活で、正義感が強くて勇気もあり冷静で
礼儀正しく親切で
かと思えば、ときどき情熱的で大胆で
心が温かく、やさしい・・・
その印象は、間違ってはいないような気はするのに
ときどき、はっとするほど剣呑な横顔を
見せられることがある。
そんなとき男の背景には、けして溶けることのない
白く冷たく硬い氷河がどこまでも広がっていくような
気がするのだ・・・。
「奥様・・・ひとつ、お願いがあります」
「あら、何かしら!?
わたくしでお力になれることなら何でも言ってちょうだいな。
かわいいあなたの軍師なら喜んで務めさせていただくわよ」
「一度、殿御の心理というものを観察しておくのも
悪くはないかと思い立ちました。後学の為にも・・・。
わたくし、ドレスを着て参りますので
奥様主催の舞踏会に、こっそり紛れ込ませて
いただけないでしょうか」
目の前の若い女は何気ない口調を装ってはいたが
思いのほか、真剣な目をしていた。
2015.6.8
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