戦争

 「男と女の戦いは、いつも命がけよ。
けして素顔を見せては駄目、手の内を見せては駄目よ。
わかるかしら?」


初老の貴婦人は、嫣然と微笑みながら言った。


「『気を引く』ということは、軽々しく行うことではないようですね」


「ええ、そうねえ。
でも、まったく素振りすら見せないとなると
好意を持っている、という事も伝えられないわけですもの。
難しいからこそ遣り甲斐があるのでは?

どうやって、相手をこちらに振り向かせようかとあれこれ戦略を練る
そのひとときこそが、恋の醍醐味だと思わなくて?」


「戦略・・・ですか・・・!?」


「そうよ。たとえば・・・

これはと思った殿方を良く観察し
脈がありそうかどうかを見定めたら
相手の趣味、好み会話、好みの色や服装、好みの香りを調べ
何を自慢にしているかを調べ上げ
どの夜会に出かければ、不自然ではなく
しかも、劇的に再会を演出できるか考え
そして、無事、再会を果たした暁にはその驚きや喜びを、あくまで品良く
しかし、隠したいのに隠せないといった、いじらしい表情をして見せるの。

そして、楽しげに会話の輪に加わり相手の言葉に相槌をうったり
うなづいたり、質問したりしながら、ここぞとばかりに
念入りに手入れをした首筋や、白い胸元やふっくらした腕など
自分が綺麗だと思っている部分を、宝物を見せてやる気持で、さり気なく
ちらりと、相手にだけに見せてやるの。

でも、見せてやったらすぐに隠すの。
そして、今度は、気のないフリをして別の殿方と談笑を始めるの。

『なんだ、この女は
さっきまで、気がある素振りをして見せていたのに
それは自分の勘違いだったのだろうか?
いったい、何を考えているのだ?』

そうやって
襟足や胸の谷間だけではなくて
その女の内面まで、覗いてみたいと思わせるように仕向けられたら
まずは成功よ」


「名軍師も顔負けですね・・・」


目の前の若い女は
呆れたような、感心したような、うんざりしたような
少し怯えたような表情をしている。


「あら、これは初歩的で基本的な戦術のひとつだわ」


「そうなのですか!?」

「そうよ。でも、この程度のことなら5~6歳の女の子だって
普通にやっていることじゃないのかしら!?
いいこと!?狩猟が男の本能ならば、媚態は女の本能なのよ。

あなただって、ひとりで寝室にいるとき鏡の中の自分に
流し目を送ってみたりすることはあるでしょう?

笑いかけてみたり、拗ねた表情をしてみたり
髪をかき上げて、ほっそりとした項や
可愛らしい耳を露にしてみたり
こっそりと夜着の前をはだけて両手で乳房を持ち上げてみたり・・・
そのような事を、全くしたことはない、などということは信じられないわ。
でも、その、自分の寝室の鏡にしか見せない表情を
他人に晒すという事をどこまで自分に許すか・・・
そのさじ加減が難しいのかもしれないわね。


きっと、ある女にとっては、何でもないことが
ある女にとっては、非常に難しいわ。
自分が自分に許せないと思っているような
ことを、ある女はやすやすと許している・・・
女が女に反感を覚えるときは、大抵、それが原因だわ。


しかし、好意を持った相手に何も仕掛けなければ
高嶺の花とは思って貰えるかもしれないけれど何も起こらない。
そして、その男が他の女の罠に掛かるのを指を咥えて見ていなければ
ならないわ。
でも、あからさまだと思われたら幻滅され、たちまち軽蔑される。
発展させるも、台無しにするのもそのさじ加減しだいなのよ。
それくらいは、あなただってお解りになるでしょう!?」


若い女は、うなづいた。


「ところで、あなた、ご自分の好意を伝えたい殿方でも
いらっしゃるの?」


と、貴婦人は、若い女に向って聞いた。
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