戦争
「何もあなたばかりが闘っているってわけじゃないわよ」
若草色の綴れを張った長椅子の上に幾つも重ねたクッションに
どっかりともたれて寛いでいた初老の貴婦人は言った。
耳の前で垂らした銀色の巻き毛が薔薇色の紅を掃いた頬に
柔らかく掛かる。
金色のブレードで飾ったスリットの入った長い袖を垂らした
葡萄色のビロードのトルコ後宮風のドレスの胸元で
真珠の首飾りが息づくたびにかすかに上下している。
「たとえば、紅も白粉も
額や頬に貼る繻子のつけ黒子も
口元を覆う扇子も
香水もダイヤの指輪も
真珠の首飾りも
みんな女の武器なのよ。
振り回したりするだけが武器じゃないのよ」
うっすらと、しかも主張のある化粧、
薔薇と麝香の香り
三重の真珠の首飾りや、ほっそりと枯れた指に嵌った
鶉卵ほどの大きさの青みがったダイヤなどが馴染みすぎて
この人の一部になってしまっているような
貫禄のある初老の貴婦人から、この言葉を聞くのは
初めてではないな、と近衛連隊長は思う。
「あの・・・ひとつ、お伺いしたいことが」
「なあに?」
「武器については、解りましたが
それらを使いこなすには
具体的には、どのようにすればよいのでしょうか?
たとえば『気を引く』とは?」
「あら?」
優雅な弓型の描き眉が、呆れたように上がった。
目尻の下がった、やさしげな灰色がかった青い瞳が
好奇心に、きらりと光るとき、すこし、怖い。
────瞬、なにやら得体の知れない凄みのある表情になる・・・
と近衛連隊長は、いつも思う。
「そうねえ・・・パレ・ロワイヤルのヴァロワ回廊あたりにでも
お出かけになっては、いかがかしら?
美女が一斉に流し目を送って来るわよ。
仕草だけではなくて、彼女らの着こなしも
コルセットの締め方ひとつとっても参考になるわ。
まるで美味しそうに見えるように工夫を凝らして陳列された
肉のようだから」
「なるほど・・・」
「でも・・・わたくしたちが、彼女らのやり方を
そっくりそのまま真似をすることは危険ね。
たとえ、成功したとしても、もう、恐ろしく軽蔑されることに
なるでしょうね。
そういう光景は、この宮廷で、あなただって
散々、目にしてきたのでないかしら~」
────向こうから、気を引いて来たくせに
いい年をした女の形ばかりの拒絶には興ざめだと
内心、うんざりしていたのさ!!
男の声を、近衛連隊長は、耳元で聞いたような気がした。
「いつだって、女の方から誘われれば
満更、嫌な気はしないのでしょうけれど
男は、本来、追い掛けたいの。それが本能なの。
征服してやりたいと追い掛けながら
いつの間にか、虜になっている・・・それが男なのよ。
だから、いくら性格がよくて素直でも
『お慕い申し上げます』などと顔に書いてあるような女には
軽蔑しないまでもすぐに食傷してしまうわ。
でも、玄人の美女たちは別よ。
彼女らは、気を引いて、お金を払わせて
その代りに擬似恋愛を提供するのが商売でしょう!?
そこに真心がない、不実であるというところにこそ
彼女らの魅力の秘密があるのよ。
だから、男を惹きつけるの。皮肉なことですけれどね。
だから、我々はね、何食わぬ顔をして美味しそうな獲物を
演じなければならないわ。
玄人よりも上手でなければならないのよ。
けして素顔を見せては駄目、手の内を見せては駄目よ。
わかるかしら?」
初老の貴婦人は、嫣然と微笑みながら言った。
若草色の綴れを張った長椅子の上に幾つも重ねたクッションに
どっかりともたれて寛いでいた初老の貴婦人は言った。
耳の前で垂らした銀色の巻き毛が薔薇色の紅を掃いた頬に
柔らかく掛かる。
金色のブレードで飾ったスリットの入った長い袖を垂らした
葡萄色のビロードのトルコ後宮風のドレスの胸元で
真珠の首飾りが息づくたびにかすかに上下している。
「たとえば、紅も白粉も
額や頬に貼る繻子のつけ黒子も
口元を覆う扇子も
香水もダイヤの指輪も
真珠の首飾りも
みんな女の武器なのよ。
振り回したりするだけが武器じゃないのよ」
うっすらと、しかも主張のある化粧、
薔薇と麝香の香り
三重の真珠の首飾りや、ほっそりと枯れた指に嵌った
鶉卵ほどの大きさの青みがったダイヤなどが馴染みすぎて
この人の一部になってしまっているような
貫禄のある初老の貴婦人から、この言葉を聞くのは
初めてではないな、と近衛連隊長は思う。
「あの・・・ひとつ、お伺いしたいことが」
「なあに?」
「武器については、解りましたが
それらを使いこなすには
具体的には、どのようにすればよいのでしょうか?
たとえば『気を引く』とは?」
「あら?」
優雅な弓型の描き眉が、呆れたように上がった。
目尻の下がった、やさしげな灰色がかった青い瞳が
好奇心に、きらりと光るとき、すこし、怖い。
────瞬、なにやら得体の知れない凄みのある表情になる・・・
と近衛連隊長は、いつも思う。
「そうねえ・・・パレ・ロワイヤルのヴァロワ回廊あたりにでも
お出かけになっては、いかがかしら?
美女が一斉に流し目を送って来るわよ。
仕草だけではなくて、彼女らの着こなしも
コルセットの締め方ひとつとっても参考になるわ。
まるで美味しそうに見えるように工夫を凝らして陳列された
肉のようだから」
「なるほど・・・」
「でも・・・わたくしたちが、彼女らのやり方を
そっくりそのまま真似をすることは危険ね。
たとえ、成功したとしても、もう、恐ろしく軽蔑されることに
なるでしょうね。
そういう光景は、この宮廷で、あなただって
散々、目にしてきたのでないかしら~」
────向こうから、気を引いて来たくせに
いい年をした女の形ばかりの拒絶には興ざめだと
内心、うんざりしていたのさ!!
男の声を、近衛連隊長は、耳元で聞いたような気がした。
「いつだって、女の方から誘われれば
満更、嫌な気はしないのでしょうけれど
男は、本来、追い掛けたいの。それが本能なの。
征服してやりたいと追い掛けながら
いつの間にか、虜になっている・・・それが男なのよ。
だから、いくら性格がよくて素直でも
『お慕い申し上げます』などと顔に書いてあるような女には
軽蔑しないまでもすぐに食傷してしまうわ。
でも、玄人の美女たちは別よ。
彼女らは、気を引いて、お金を払わせて
その代りに擬似恋愛を提供するのが商売でしょう!?
そこに真心がない、不実であるというところにこそ
彼女らの魅力の秘密があるのよ。
だから、男を惹きつけるの。皮肉なことですけれどね。
だから、我々はね、何食わぬ顔をして美味しそうな獲物を
演じなければならないわ。
玄人よりも上手でなければならないのよ。
けして素顔を見せては駄目、手の内を見せては駄目よ。
わかるかしら?」
初老の貴婦人は、嫣然と微笑みながら言った。