アルゴスの目
「そんなことを言ったのか!!
C夫人らしいな!!
いや、フランス女らしいというべきかな!!
相手を煙に巻くのが、実に巧いんだ」
そうなのかしら・・・。
小ぶりにまとめた銀髪
清楚な好みの薔薇色のドレス。
細い引き眉、ハート型に塗った唇のうっすらとした
それでいて主張のあるお化粧や薔薇と麝香の香り
そして、枯れて緩みかけた首とは少し不釣合いなほど
艶やかに盛り上がった胸元はダイヤを戴いて
堂々たる威厳を辺りに放っていたけれど
その態度や物言いは、どこか乾いて冷めていた。
でも、たしかに、とらえどころのないところもあったけれど
わたしは、そこに親しみや、思いやりも感じたのだけれど
わたしも煙に巻かれたのかしら。
「そうさ、ここの宮廷人たちというのはな
実体のないものを、あるように見せかけたり
あるものを、ないように見せかけたり
たいしたものでもないものをさも、立派に見せたり
そういう演出が、実に巧いのさ。
それから、本心を明かさない。男も女もだ。
おしゃべりな女も、無口な女もそうだ。
何を考えているか解らない。
揃って浮気者で思わせぶりな目つき態度はお手の物なのに
けして本心を明かさない。
巧みにうわの空を装い、はぐらかすのさ。
心の貞操は守っている、と言わんばっかりだ。
そして、悪意のつぶてを何重にも薄紙に包んで
投げつけてくるんだ。
王妃様も、嫁いでいらした当初はそれに泣かされたと
おっしゃっていた。
それが、どうしても、この国になじめない理由だと
『すっかり慣れてしまったと思っても
枕を濡らす夜もあるのですわ』
と、わたしの腕の中で、お泣きになることも
あるのだぞ。
あの、か弱い少女のように純真な方が
日夜、優雅な扇の陰から繰り出す上品な会話の応酬で
流血の惨事を繰り広げているあの宮廷で
おひとりでお住まいなのだ・・・おいたわしい・・・」
あら、でも宮廷って
そういうところではないのかしら。
ただ、王妃様にとってウィーンの宮廷はご実家だし
そこでは、まだ、少女でいらしたのだから
社交の場で、思わす相手を唸らせたり煙に巻いたりする話術を
身に着ける努力もいらなければ、眉ひとつ動かさぬままに
誹謗中傷にひとり立ち向かっていくという強い精神力も
たいして必要なかったのでしょう。
だから、なじめるもなじめないもなかったと
いうだけのことでは、ないかしら。
それに、国王陛下との間に、すでにお世継ぎも儲けられた
一国の王妃様に向って「か弱い少女のよう」などと申し上げるのは
かえって失礼ではないかしら・・・
と、わたしは思うのだけれど
それを、お兄様に言ったところで意味もないことね・・・。
「本心を明かさない・・・
それが、この国の道徳だと思っているかのようだ・・・」
「でも、お兄様には、この国で
男のお友達も女のお友達も大勢、お作りになったのよね。
そして、この国になじんでいらっしゃるように見えるわ。
本心を明かさない相手とも深い友情や愛情関係は
育めるものかしらね」
「ああそうだな・・・
それも、不思議なことではあるな。
もしかしたら
本当のところは何を考えているのか解らない
とらえどころがない・・・
だから、もう一度、会ってみたくなる・・・
それが、この国やこの国の女の魅力なのかもしれないな。
昨夜の青い目の女のように・・・」
そう呟くと、お兄様は再び思いに沈んでしまわれた。
もしかしたら、お兄様は気づき始めて
いらっしゃるのかもしれない
外国の貴婦人なんぞではない、という事を。
2015.10.7
C夫人らしいな!!
いや、フランス女らしいというべきかな!!
相手を煙に巻くのが、実に巧いんだ」
そうなのかしら・・・。
小ぶりにまとめた銀髪
清楚な好みの薔薇色のドレス。
細い引き眉、ハート型に塗った唇のうっすらとした
それでいて主張のあるお化粧や薔薇と麝香の香り
そして、枯れて緩みかけた首とは少し不釣合いなほど
艶やかに盛り上がった胸元はダイヤを戴いて
堂々たる威厳を辺りに放っていたけれど
その態度や物言いは、どこか乾いて冷めていた。
でも、たしかに、とらえどころのないところもあったけれど
わたしは、そこに親しみや、思いやりも感じたのだけれど
わたしも煙に巻かれたのかしら。
「そうさ、ここの宮廷人たちというのはな
実体のないものを、あるように見せかけたり
あるものを、ないように見せかけたり
たいしたものでもないものをさも、立派に見せたり
そういう演出が、実に巧いのさ。
それから、本心を明かさない。男も女もだ。
おしゃべりな女も、無口な女もそうだ。
何を考えているか解らない。
揃って浮気者で思わせぶりな目つき態度はお手の物なのに
けして本心を明かさない。
巧みにうわの空を装い、はぐらかすのさ。
心の貞操は守っている、と言わんばっかりだ。
そして、悪意のつぶてを何重にも薄紙に包んで
投げつけてくるんだ。
王妃様も、嫁いでいらした当初はそれに泣かされたと
おっしゃっていた。
それが、どうしても、この国になじめない理由だと
『すっかり慣れてしまったと思っても
枕を濡らす夜もあるのですわ』
と、わたしの腕の中で、お泣きになることも
あるのだぞ。
あの、か弱い少女のように純真な方が
日夜、優雅な扇の陰から繰り出す上品な会話の応酬で
流血の惨事を繰り広げているあの宮廷で
おひとりでお住まいなのだ・・・おいたわしい・・・」
あら、でも宮廷って
そういうところではないのかしら。
ただ、王妃様にとってウィーンの宮廷はご実家だし
そこでは、まだ、少女でいらしたのだから
社交の場で、思わす相手を唸らせたり煙に巻いたりする話術を
身に着ける努力もいらなければ、眉ひとつ動かさぬままに
誹謗中傷にひとり立ち向かっていくという強い精神力も
たいして必要なかったのでしょう。
だから、なじめるもなじめないもなかったと
いうだけのことでは、ないかしら。
それに、国王陛下との間に、すでにお世継ぎも儲けられた
一国の王妃様に向って「か弱い少女のよう」などと申し上げるのは
かえって失礼ではないかしら・・・
と、わたしは思うのだけれど
それを、お兄様に言ったところで意味もないことね・・・。
「本心を明かさない・・・
それが、この国の道徳だと思っているかのようだ・・・」
「でも、お兄様には、この国で
男のお友達も女のお友達も大勢、お作りになったのよね。
そして、この国になじんでいらっしゃるように見えるわ。
本心を明かさない相手とも深い友情や愛情関係は
育めるものかしらね」
「ああそうだな・・・
それも、不思議なことではあるな。
もしかしたら
本当のところは何を考えているのか解らない
とらえどころがない・・・
だから、もう一度、会ってみたくなる・・・
それが、この国やこの国の女の魅力なのかもしれないな。
昨夜の青い目の女のように・・・」
そう呟くと、お兄様は再び思いに沈んでしまわれた。
もしかしたら、お兄様は気づき始めて
いらっしゃるのかもしれない
外国の貴婦人なんぞではない、という事を。
2015.10.7
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