手 塚 国 光
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ー い ち ご ミ ル ク ー
6月のある日。
今日から梅雨入り、と、今朝お天気お姉さんが言っていたけれど。
その予報が的中したようで、午後からは雨が降ってきていた。
委員会の仕事、思ったより時間かかっちゃったな…。
辺りはすっかり暗くなって、生徒もほとんど残っていない。
『私も早く帰ろう』そう思って傘を開こうとした時だった。
視線を送った先に男子生徒が1人。
テニスバックを背負い、夢中で本を読んでいる。
あれって…手塚先輩?
3年生の手塚国光先輩は、男子テニス部部長でありながら、生徒会長も務めている。
おまけに成績は1年生の時から学年1位をキープし続けている『ザ・優等生』ともっぱらの噂。
女子生徒からも人気があるみたい。
学年が違うから話したことないけど。
何してるんだろ、誰か待ってるのかな…。
って、この時間に?
みんなもうとっくに帰ってると思うけど。
もしかして、傘忘れたとか?
いや、手塚先輩に限ってそれはないか。
……ちょっと話しかけてみようかな。
「誰か待ってるんですか?」
声をかけると、先輩は私を見てぱちぱちと瞬きをしてから目を細めた。
うわあ、ちゃんと近くで見たの初めてだけど…
確かにこれは…モテそう。
ジッと顔を見たせいか、眉間に皺がよってることに気がつく。
「君は…」
「あっ、2年の多花木っていいます」
「あぁ…」
いきなり知らない生徒から話しかけられたら、そんな反応にもなるよね。
何で私も話しかけちゃったんだろ。
「傘が…なくてな。雨が弱まるのを待ってたんだ」
先輩はポツリと、呟くような声でそう言った。
え、傘がない?
やっぱり忘れたってこと?
それとも誰かが先輩の傘、間違えて持っていっちゃったのかな。
それなら…
「それならそこに…_____」
こういうときの人の頭の回転って、本当に早く回るみたい。
先輩は紛れもなく、青学歴代の生徒の中でもダントツで模範生だと思う。
そんな人に『そこに置き傘いっぱいありますよ』なんて、とてもじゃないけど言えない…。
言ったところで多分…いや、絶対使わないだろうけど。
流石に、初対面で悪い印象がつくのは避けたいし。
私は置き傘を指差した手を引っ込めて話題を変える。
「手塚先輩ってバス通学ですか?」
「…あぁ、そうだ」
先輩もバス通学だったんだ…。
今まで1度も会ったことなかったから知らなかったな。
なら一緒に行った方がいい…よね?
「あの、私もバス通学で…よかったらバス停まで一緒に行きませんか?」
先輩は一瞬驚いた顔をして、少し悩んだあと「……ん、そうさせてもらおう」とひと言。
それから、読んでいた本を閉じてテニスバックにしまった。
*
_____私たちはバス停まで歩き始めた。
私が傘を持ってしまうと、高身長の先輩が入れなくなってしまうので、結局先輩に持ってもらうことになった。
「…………」
「…………」
聞こえてくるのは、傘に落ちる雨の音と、隣を通り離すぎる車の音だけ。
いつもは全然感じないのに、今日はやけにその音たちが大きく聞こえて。
無言の空間と私の気持ちを、妙に煽ってる気がした。
何か、話した方がいいのかな。
チラッと先輩を見てみる。
衣替えしたばかりの制服から伸びる腕は、日々の部活の成果が伺えるほど引き締まっていて。
雰囲気も、高校生とは思えないくらい大人っぽい。
真っ直ぐ前を向く横顔も、すごく…綺麗。
綺麗って、男の人に使う言葉じゃないかもしれないけど。
でもなんだか、吸い込まれそうな感覚になるなあ。
そんな私の視線に気づいたのか、先輩がこちらを向いたので、バチッと目が合った。
ドキッ…
心臓の速度が速くなったのを感じて、思わず目を逸らす。
やばい、今のは流石にジロジロ見すぎたかも…。
「ん?なんだ?」
「あ、えっと…先輩濡れてないかなって」
『先輩のこと見てました』
なんて言えるわけもなく、慌てて誤魔化した。
「大丈夫だ。多花木こそ濡れてないか?」
そう言って、私の方に傘を傾けるから、先輩が濡れないようにって、気づかれない程度にそっと近づく。
2人で入るには、ちょっぴり小さいこの傘。
ぶつかりそうでぶつからない絶妙な距離感に、私はそわそわしてしまう。
…意外と優しいんだなあ。
歩くスピードも、私に合わせて遅く歩いてくれてるんだろうし。
私が想像してたより何倍も、背も大きかったし、優しいし…かっこいい。
なんかいい匂いもする…。
って、私変態みたいじゃん。
「だ、大丈夫です…」
恥ずかしくなってきて俯きながら答えると、先輩は小さく頷いて、また前を向いた。
あ、そうだ。
カバンに確か………あった。
「先輩、あめ食べますか?」
取り出したあめをひとつ、どうぞ、と、先輩の手のひらに置いた。
いちごミルク味。
先輩は好きかわからないけど。
でも「ありがとう」ってポケットにしまう様子を見ると、嫌い…ではないんだと思う。
それがなんだか嬉しくて、笑顔になる自分がいた。
もっと…話したい。
自分の中にポツリと浮かんだ感情。
でも、何を?
そもそも先輩って、話すのあんまり好きじゃないかも。
だとしたら、迷惑…だよね。
なんてうつ向きながら頭をフル回転させていると、バス停近くのスポーツショップ【ミツマルスポーツ】が目にはいった。
そしてつまりそれは、もうすぐ着いてしまうということも表していて…。
お店を見ると、ボールやラケット、シューズなどのテニス用品が、豊富に取り揃えてあるのが外からでも分かった。
何回か授業でテニスやったことあったけど、桃城君とか海堂君とか、テニス部の人達は本当に上手だったなあ。
上手ってだけじゃなくて、本当に楽しそうにテニスするんだよね。
先輩は、どんな風にテニスするだろう?
正直想像はしにくいけど、先輩も、桃城君たちみたいに楽しみながらしてるのかな。
「テニス、楽しいですか?」
シンプルな質問。
いや、分かってるよ?
楽しいから、部活に入ってるんだろうけど。
それでも聞きたくなったのは、話がしたかったからなのか。
それとも…
その質問に先輩はほんの少し目を見開いた後、唇の端を僅かに持ち上げた_____。
☆★☆
ー 手 塚 s i d e ー
家に着いて、部屋の時計を見た時には、すでに8時少し前だった。
遅くなってしまったな…。
ふぅ…と、小さな息をついて、制服を脱ごうとした時。
ピロロロロン〜。
携帯が鳴り響く。
この音は…電話か。
「もしもし?不二だけど」
電話の相手は不二周助だった。
「どうした?」
「うん。手塚、無事に帰れたかなって思って」
「…どういう意味だ」
「手塚さ、朝、靴箱のすぐ隣にある傘立てじゃなくて、玄関の奥の方にある傘立て使ったでしょ?」
「……? あぁ」
「あれ実は、誰も使ってない置き傘専用の傘立てなんだよ。今日は午後から雨だったし、みんなあそこの傘使っただろうね」
放課後、不二に言われたことを思い出す。
『今朝は姉さんに学校まで送ってもらったんだけど、車に傘を忘れてきちゃってね』
俺が常に折りたたみ傘を持っていることを、どうやら不二は知っていたようで。
「…不二、それを知ってて俺から折りたたみを借りたのか」
なるほど。
そこに置いてた俺の傘は、帰る頃には無くなっている、というわけか。
「うん。手塚がどうやって帰るのか興味があったからね。それで、どうやって帰ったの?雨の中ずぶ濡れで帰った?それとも″置き傘〟を使ったのかな?」
クスッと笑いながら言う不二に、苛立つ感情が沸々と湧き上がる。
「どちらでもない。話が済んだなら切るぞ」
はぁ、まったく。
あいつのせいで、またさらに疲れがきたな。
不二に対する苛立ちをぶつけるかのように、雑に制服を脱いでいく。
……ん?何だ?
ポケットに何か………ぁ。
『_____よかったら一緒に行きませんか?』
今日初めて話した、『多花木』と名乗る女子生徒。
正直、一緒に行くか迷った。
人と話すのは得意じゃない。
何か話さなくていけないという『義務感』のようなものを感じてしまうからだ。
隣を歩くとなると、余計に。
でもあの子の隣は…
何故か心地がよかった。
そういえば、名前を聞いていなかった。
いちごのイラストが描かれた袋から、ピンク色のあめを取り出す。
いちごミルク味、初めて食べた。
「……甘いな」
あの後すぐ、ご両親が近くまで迎えにきてくれたらしく、結局彼女に傘を借りることになってしまった。
『桃城君と同じクラスなので、傘は桃城君に渡してもらって大丈夫ですよ』
「………」
あの子の名前は、″傘を返す〟時に聞くとしよう_____。
ー F i n -
お ま け
- 不 二 s i d e -
あ、切られた。
せっかくもう一つの傘も、僕が持って行ったこと教えてあげようと思ったのにな。
それに、僕の予想ではどっちかだと思ったんだけど…
あの様子じゃあ多分手塚は、雨にも濡れてないし置き傘も使ってない。
となると……
ふっ…いや、ありえないか。
僕はもう一つ、想像していたことがあったけど、すぐにかき消した。
「まさか手塚が、女の子と相合傘して帰るなんてね」
ー E N D ー
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