DRCR2025 チョコにまつわるエトセトラ

 放電で作ったオゾンに月桂樹を入れるとまあ力づくでバニラエッセンス。
 赤エンドウの粉末が少しばかりカカオのような匂いだから、ナッツで渋みをつけ、先ほどのバニラエッセンスを加えるとあら不思議。代用チョコが完成してしまいました。

「なるほど、バレンタイン」

 バレンタイン――正式名称・聖ウァレンティヌスの日。
 大昔にローマ皇帝の迫害下で殉教した「聖レンスティティヌスに由来する記念日」なんだとか。
 キリスト教圏では一般的に家族に贈り物をすることが習わしとなっている。非キリスト教圏の日本は専ら「女性が男性にチョコレートを贈る日」となっている。――まあ、製菓企業の戦略だ。

 全人類が石化し、文明が滅んでしまった世界で先ほどのような組み合わせをしたことにより、代用ではあるが、チョコレートが復活。そして、チョコレートの祭典・バレンタインが復活した。

 石神村の面々を除けば、三千七百年前の現代人は「女性が男性にチョコレートを贈る日」であると認識しているため、皆、こぞってチョコを作った。

「あとはゲンのドラゴ稼ぎか」

 最たる標的である龍水が札束を撒き散らしながらチョコレートを買い込む姿は目に見えた。
 龍水だけでなく、女子から一つでもチョコレートが欲しいと願う男性陣は、ドラゴ稼ぎに忙しいゲンの格好の餌食だ。

 ルリちゃんが自分で作ったチョコレートをクロムに渡しているのを見て、自分のチョコレートを探す銀狼くんは三千七百年前にも悲しいことによくあった景色だ。

「五百里さんは誰かに渡したりしないんですかな?」
「杠ちゃん……」
「昔、クッキー焼いてくれてましたよね?あれ、美味しかったなぁ」

 石化前、家でロケットの実験をしていた三人にお菓子を振る舞った記憶がある。確か、課題が行き詰まって何かしら発散したかったから大量にクッキーを作ったんだったか。

「流石にまだクッキーは無理だしねぇ」
「五百里!俺は貴様の作った菓子が食べたいぞ!!」

 突如としてバレンタイン最大のカモ――もとい龍水がやってきた。

「うわ、びっくりした!!急に大声出さないでよ!」
「ん、すまない。して、杠。先ほどの話だが……」
「そうなんですよ、龍水くん!五百里さんのクッキー、すっごく美味しかったんだから」
「それを聞いてますます欲しくなった!」
「あのねぇ、龍水」

 私の作ったクッキーは一般人が趣味程度に楽しむレベルの味であり、普段からフランソワさんの絶品料理の味に舌が肥えている龍水からしたら大したことのない味なのだ。
 そう説明すれば、龍水は一瞬黙る。そして次の瞬間には口を開けていた。

「惚れた女からバレンタインに菓子が欲しいと思うのは悪いことか?」
「……」

 隣で杠ちゃんが「あら〜」と笑う。

「アンタねぇ……」

 私が龍水の気持ちを知っていながら、龍水が私の気持ちを見透かしていながら、今現在の状況であることを理解しているのなら、これを言ってしまうのは禁忌だ。
 ただ、迂闊にも先程の言葉にときめいてしまったし、欲しがりの彼に途轍もない我慢を強いて申し訳ない気持ちがあることは事実。
 ここはやはり年上の余裕を出さなければ、だろうか。

「……いいわ、龍水。考えといてあげるから、少し待ってて」
「三千七百年も待たせないでくれよ」
「それは大丈夫、安心して」

 日はまだ高い。
 バレンタインデーは始まったばかりだ。




 夜が更けた。バレンタインはあと数分。

「龍水、いい?」
「待ちくたびれたぞ、五百里。それにしても、こんな夜更けに男の部屋を訪ねるのは不用心ではないか?」
「用事が済んだらすぐに戻るし、そんなこと言っても龍水は手を出したりなんかしないでしょ?」

 自然に、流れるように客用の椅子にエスコートされながら返すと少しばかり龍水は微妙な顔をした。――まさか事と次第によっては手を出すのかコイツ。と思いながら時間を確認してさっさと本題に移る。
 二十三時五十九分。ちょうどよかった。

「はい、どーぞ」

 代用チョコを溶かして固めただけのチョコレート。形にはこだわったから彼の好きな船の形だ。

「やはりくれるのではないか!」

 犬のように嬉しそうに尻尾をふりながら手を伸ばす。

「――はい、今二月十五日ね」

 龍水の手にチョコの入った包みを渡した瞬間、日付が変わった。

「んなっ!?」

 慌てたように部屋に置いてある砂時計を確認した。
 一時間が経って再び逆さまとなり、砂が落ち始めたばかりだった。

「私なりの譲歩よ。バレンタインにチョコをあげるのは、色々と落ち着いてから。とりあえずこのチョコ食べて我慢して」
「むぅ……」

 わかりやすく拗ねた顔をしているのが面白い。ちょっと母性本能らしきものが揺さぶられる。

「拗ねないで。落ち着いたら……アンタの気持ちに応えられる環境になったらちゃんと渡す。二月十四日にちゃんと渡すし、クッキーも作れるようになったら飽きるくらい食べさせてあげるから」

 あとは……夜が更けてもずっと一緒にいてあげるし……なんて続けると彼の顔が一気に男の人の顔になる。

「言ったな?」
「ははは……言質取られたか」

 絶対に忘れないからなという強い目で見られて目を逸らす。

「本当にその時が来たら、ね」

 用が済んだし椅子から立ち上がる。ちょうどよく私の目線の遥か下にあった龍水に頭を撫で回した。

「いい子で待ってて」

 驚いたように私を見上げた龍水をしっかりと見て、おやすみ。と告げて部屋を出た。
 
 
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