DRCR2025 チョコにまつわるエトセトラ
「撫子先輩バレンタインのチョコ下さい!」
2月中旬。14日。世に言うバレンタインデーというものである。
生意気ながらも可愛がっている後輩――切原赤也は、まあ、何と言うか。馬鹿正直に頭を下げていた。
「このままじゃあ俺、今年のバレンタインは母ちゃんと姉ちゃんの余り物しか貰えないんすよ!どうか!」
「……」
オジヒを!と赤也は今にもプライドを捨てて土下座でもしそうだ。
「……私、マネージャーとしてチョコを用意してあるよ」
「えっ!?」
昨日ミーティングの後に伝えているはずだけど、このお馬鹿はまるっと忘れているようだ。
「部室に置いてあるから早くしてね。余ってるのは全部丸井くんのになっちゃうから」
「それを早く言ってくださいよぉ〜!」
それ急げと赤也が部室に走り出すとコートの方から同級生のレギュラー陣がやってきた。
「大隅、コートの鍵だ」
「ありがとう真田くん。部室の鍵も預かるから戸締りだけお願いします」
今週の鍵当番は私。遅くまで練習するため、レギュラー陣とマネージャーの私で当番を回している。
真田くんから受け取ったテニスコートの鍵をポケットにしまった。
「撫子チョコあんがとな」
「丸井くんも。今年もありがとうね」
丸井くんとは去年から友チョコを交換している。丸井くんの作るお菓子は大変美味しいのだ。
「去年はチョコをどれだけ用意すればいいのかわからないと泣きついていたのだがな」
「柳くん!」
去年、つまり中学生最初のバレンタイン。テニス部初のマネージャーということがあり、先達がいないためチョコを準備すればいいのか、準備するとしてどのくらいの量にすればいいのか。
何もわからなくなり現在のレギュラー陣に泣きついたのはまあ、いい思い出だ。
「男子中学生なんぞお徳用のチョコですら女子に渡されれば大喜びぜよ」
赤也を見てみんしゃい。と仁王くんが部室をさす。ちょうどよく赤也の喜びの雄叫びが上がった。
「あははは……」
「あいつ女子に怖がられてるらしいからのぉ、本命どころか義理も貰えんかったそうじゃ」
「それは可哀想に……」
「仁王!チョコの獲得数勝負しよーぜぃ!」
「丸井、うるさいぜよ」
「テニス部の皆いっぱいチョコもらってたもんね」
朝練から大勢の女生徒が詰めかけていた。練習の妨げになるからと真田くんが怒り出すと蜘蛛の子を散らすように行ってしまったけれど。
「流石に仁王くんでも丸井くんには勝てないんじゃない?」
丸井くんは、こんなにわかりやすい人はいないレベルでわかりやすい。
彼は単純で、食べ物をくれる子が好きだ。多分、色気より食い気なんだと思う。
ただ、ルックスは悪くないのと広い交友関係からこの時期のチョコの数はトップクラスだ。
「今年は勝負せんでも俺の負けじゃ」
「え、そうなの?」
去年は紙袋一つが埋まるくらいは貰っていた気がする。あまり覚えてはないけれど。
「待っててやるから早く着替えてきんしゃい」
「あ、うん」
同級生たちの評判では、仁王雅治という人は近寄りがたいが、ミステリアスで密かに人気がある。私個人としても、とても格好いい人だと思っている。丸井くんとの勝負だって負け確定になるほどではないはずだ。
仁王くんに疑問を持ちながらも、待たせるのも悪いと更衣室でジャージから制服に手早く着替える。
少し走りながら部室に戻ってくると、ちょうど仁王くんが部室の鍵をかけていたところだ。
「仁王くんお待たせ。戸締りありがとー」
「ん。送る」
私の手に部室の鍵を置いて2人並んで帰路に着く。日は長くなったと言えども外は暗い。そんな時期は心配だから誰かしらが私を送ること。入部した頃に当時の部長が同級生たちに義務付けたことだ。
管理室に鍵を返して私の今日の仕事はあと1つ。
トートバッグに入れた一等凝ったラッピング。中身は手作りのチョコレートとプレゼント。
これを仁王くんに渡さなくてはならない。
他愛のない会話を繰り返していれば、あっという間に私の家が近くなった。
「あ、あのっ仁王くん!」
下を向いて彼の名前を呼ぶ。ドックンドックンと心臓が早鐘を打ってうるさい。
「こ、これ!バレンタイン!」
「部室にあったのなら丸井が片付ける前に貰っとるぜよ?」
「そ、それとは別で……その……」
多分、私の顔は真っ赤になっているんだろう。
「好きです」
この一言が言えたらどんなにいいか。言ってしまったら絶対に今のままではいられない。
仁王くんにはテニスのことだけに専念して欲しい。
立海の全国三連覇に私の個人的な感情が邪魔になることは絶対に許されない。
「いつものお礼!こうやって帰り送ってくれるの仁王くん多いし!私がテニス部続けられてるのはやっぱり仁王くんのおかげだしさ!」
嘘では無い。嘘はひとつだって言っていない。だから詐欺師なんて言われる仁王くんにだってわからないはずだ。
「そうか。ありがとうな」
「うん!」
仁王くんがほのかに微笑む。
「あ!この前の誕生日バタバタしてたから渡せなかったんだけど、一緒にプレゼントも入れてるの!」
12月は幸村くんの事がありバタバタしていた。誕生日を祝っている状況じゃなかったから、何も出来なかった。
「髪ゴムか」
「うん。髪の毛伸びたから縛るの欲しいって聞いて――ごめんねピンク色で……」
仁王くんの好きな色は青色。ピンクは私が好きな色だ。
「いいや。ピンクも好きじゃ」
仁王くんの口から紡がれる「好き」の二文字にどうしようもなく胸を締め付けられる。それは私に向けられたものではないのに簡単に嬉しくなってしまう。
「つけてみてもええか」
「うん」
包装を綺麗に外して髪ゴムを取り出す。少し太めのピンク色のそれは、切れにくく長持ちすることを謳い文句にしていた。
仁王くんの少し伸びた後ろ髪。校則がなんとかと言って真田くんに注意されていたのは記憶に新しい。
銀色の髪の毛がピンク色のゴムで纏められる。ぴょんと軽く跳ねてまるで尻尾のようだ。
「どうじゃ」
「似合ってる」
仁王くんの言葉に全力で頷く。
「……おそろい、じゃな」
「へぁっ!?」
仁王くんが私の髪を指す。
確かに私は髪の毛を1つ結びにしていた。長い髪と短い髪が混ざっているから、長い髪をひょろりと尻尾のように結んでいる。
「そ、そう……?」
嬉しい。長さがバラバラであまり好きではなかったけど、これだけで好きになる。
「撫子。チョコもありがとうな」
「ううん!口に合えばいいんだけど」
「手作りか?」
「頑張らせて頂きました」
「そうか」
仁王くんが手元のラッピングされたチョコレートを見つめる。ふにゃりと笑ったような気がする。
「さて、本格的に夜遅くなるからはよ帰るかの。ちゃんと撫子を家まで送り届けにゃならんきに」
「いつもありがとう」
道でずっと立ち止まっていたのを思い出して歩き出す。治まることのなさそうな顔の熱が寒さにちょうど良かった。
「ホワイトデー、期待しとってくれ」
私の家に到着して、去り際の仁王くんは呟くように言い残した。
「えっ!?」
驚いて玄関前で振り返ると、すでに仁王くんは来た道を引き返していた。
ひらひらと振られた手にドキドキしながら振り返す。
ホワイトデーまであと1ヶ月。
仁王くんがこの日私以外からのチョコレートを受け取らなかったことを知るまであと1年。
2月中旬。14日。世に言うバレンタインデーというものである。
生意気ながらも可愛がっている後輩――切原赤也は、まあ、何と言うか。馬鹿正直に頭を下げていた。
「このままじゃあ俺、今年のバレンタインは母ちゃんと姉ちゃんの余り物しか貰えないんすよ!どうか!」
「……」
オジヒを!と赤也は今にもプライドを捨てて土下座でもしそうだ。
「……私、マネージャーとしてチョコを用意してあるよ」
「えっ!?」
昨日ミーティングの後に伝えているはずだけど、このお馬鹿はまるっと忘れているようだ。
「部室に置いてあるから早くしてね。余ってるのは全部丸井くんのになっちゃうから」
「それを早く言ってくださいよぉ〜!」
それ急げと赤也が部室に走り出すとコートの方から同級生のレギュラー陣がやってきた。
「大隅、コートの鍵だ」
「ありがとう真田くん。部室の鍵も預かるから戸締りだけお願いします」
今週の鍵当番は私。遅くまで練習するため、レギュラー陣とマネージャーの私で当番を回している。
真田くんから受け取ったテニスコートの鍵をポケットにしまった。
「撫子チョコあんがとな」
「丸井くんも。今年もありがとうね」
丸井くんとは去年から友チョコを交換している。丸井くんの作るお菓子は大変美味しいのだ。
「去年はチョコをどれだけ用意すればいいのかわからないと泣きついていたのだがな」
「柳くん!」
去年、つまり中学生最初のバレンタイン。テニス部初のマネージャーということがあり、先達がいないためチョコを準備すればいいのか、準備するとしてどのくらいの量にすればいいのか。
何もわからなくなり現在のレギュラー陣に泣きついたのはまあ、いい思い出だ。
「男子中学生なんぞお徳用のチョコですら女子に渡されれば大喜びぜよ」
赤也を見てみんしゃい。と仁王くんが部室をさす。ちょうどよく赤也の喜びの雄叫びが上がった。
「あははは……」
「あいつ女子に怖がられてるらしいからのぉ、本命どころか義理も貰えんかったそうじゃ」
「それは可哀想に……」
「仁王!チョコの獲得数勝負しよーぜぃ!」
「丸井、うるさいぜよ」
「テニス部の皆いっぱいチョコもらってたもんね」
朝練から大勢の女生徒が詰めかけていた。練習の妨げになるからと真田くんが怒り出すと蜘蛛の子を散らすように行ってしまったけれど。
「流石に仁王くんでも丸井くんには勝てないんじゃない?」
丸井くんは、こんなにわかりやすい人はいないレベルでわかりやすい。
彼は単純で、食べ物をくれる子が好きだ。多分、色気より食い気なんだと思う。
ただ、ルックスは悪くないのと広い交友関係からこの時期のチョコの数はトップクラスだ。
「今年は勝負せんでも俺の負けじゃ」
「え、そうなの?」
去年は紙袋一つが埋まるくらいは貰っていた気がする。あまり覚えてはないけれど。
「待っててやるから早く着替えてきんしゃい」
「あ、うん」
同級生たちの評判では、仁王雅治という人は近寄りがたいが、ミステリアスで密かに人気がある。私個人としても、とても格好いい人だと思っている。丸井くんとの勝負だって負け確定になるほどではないはずだ。
仁王くんに疑問を持ちながらも、待たせるのも悪いと更衣室でジャージから制服に手早く着替える。
少し走りながら部室に戻ってくると、ちょうど仁王くんが部室の鍵をかけていたところだ。
「仁王くんお待たせ。戸締りありがとー」
「ん。送る」
私の手に部室の鍵を置いて2人並んで帰路に着く。日は長くなったと言えども外は暗い。そんな時期は心配だから誰かしらが私を送ること。入部した頃に当時の部長が同級生たちに義務付けたことだ。
管理室に鍵を返して私の今日の仕事はあと1つ。
トートバッグに入れた一等凝ったラッピング。中身は手作りのチョコレートとプレゼント。
これを仁王くんに渡さなくてはならない。
他愛のない会話を繰り返していれば、あっという間に私の家が近くなった。
「あ、あのっ仁王くん!」
下を向いて彼の名前を呼ぶ。ドックンドックンと心臓が早鐘を打ってうるさい。
「こ、これ!バレンタイン!」
「部室にあったのなら丸井が片付ける前に貰っとるぜよ?」
「そ、それとは別で……その……」
多分、私の顔は真っ赤になっているんだろう。
「好きです」
この一言が言えたらどんなにいいか。言ってしまったら絶対に今のままではいられない。
仁王くんにはテニスのことだけに専念して欲しい。
立海の全国三連覇に私の個人的な感情が邪魔になることは絶対に許されない。
「いつものお礼!こうやって帰り送ってくれるの仁王くん多いし!私がテニス部続けられてるのはやっぱり仁王くんのおかげだしさ!」
嘘では無い。嘘はひとつだって言っていない。だから詐欺師なんて言われる仁王くんにだってわからないはずだ。
「そうか。ありがとうな」
「うん!」
仁王くんがほのかに微笑む。
「あ!この前の誕生日バタバタしてたから渡せなかったんだけど、一緒にプレゼントも入れてるの!」
12月は幸村くんの事がありバタバタしていた。誕生日を祝っている状況じゃなかったから、何も出来なかった。
「髪ゴムか」
「うん。髪の毛伸びたから縛るの欲しいって聞いて――ごめんねピンク色で……」
仁王くんの好きな色は青色。ピンクは私が好きな色だ。
「いいや。ピンクも好きじゃ」
仁王くんの口から紡がれる「好き」の二文字にどうしようもなく胸を締め付けられる。それは私に向けられたものではないのに簡単に嬉しくなってしまう。
「つけてみてもええか」
「うん」
包装を綺麗に外して髪ゴムを取り出す。少し太めのピンク色のそれは、切れにくく長持ちすることを謳い文句にしていた。
仁王くんの少し伸びた後ろ髪。校則がなんとかと言って真田くんに注意されていたのは記憶に新しい。
銀色の髪の毛がピンク色のゴムで纏められる。ぴょんと軽く跳ねてまるで尻尾のようだ。
「どうじゃ」
「似合ってる」
仁王くんの言葉に全力で頷く。
「……おそろい、じゃな」
「へぁっ!?」
仁王くんが私の髪を指す。
確かに私は髪の毛を1つ結びにしていた。長い髪と短い髪が混ざっているから、長い髪をひょろりと尻尾のように結んでいる。
「そ、そう……?」
嬉しい。長さがバラバラであまり好きではなかったけど、これだけで好きになる。
「撫子。チョコもありがとうな」
「ううん!口に合えばいいんだけど」
「手作りか?」
「頑張らせて頂きました」
「そうか」
仁王くんが手元のラッピングされたチョコレートを見つめる。ふにゃりと笑ったような気がする。
「さて、本格的に夜遅くなるからはよ帰るかの。ちゃんと撫子を家まで送り届けにゃならんきに」
「いつもありがとう」
道でずっと立ち止まっていたのを思い出して歩き出す。治まることのなさそうな顔の熱が寒さにちょうど良かった。
「ホワイトデー、期待しとってくれ」
私の家に到着して、去り際の仁王くんは呟くように言い残した。
「えっ!?」
驚いて玄関前で振り返ると、すでに仁王くんは来た道を引き返していた。
ひらひらと振られた手にドキドキしながら振り返す。
ホワイトデーまであと1ヶ月。
仁王くんがこの日私以外からのチョコレートを受け取らなかったことを知るまであと1年。