【RKRN】梅に鶯
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四年生に進級すると、生徒の数はガクンと少なくなる。
行儀見習いや花嫁修業で入学する者も多いくの一教室は、男子と比べてやめる人数も多い。
授業についていけなくなる者、怪我で実家に帰る者、輿入れが決まる者。
さまざまな理由で忍術学園を後にする。
とくに、授業についていけなくなる者は多い。四年生に上ると同時に、授業の難易度は一気に上がる。技術的にも精神的にも。
合戦に行くこともよくあるし、単独で城に忍び込んで密書を奪うこともある。人の命を奪わなくてはならないこともある。心が壊れてしまう前に忍術学園はやめるという選択肢を与えてくれる。多分、これはかなり優しい待遇なんだろう。
命を奪う、人を殺すことをした者は、割り切るか、引きずるかの二択。私は無感情に割り切った。さすがに初めてのときは寝付けなかったし、こみ上げる不快感に何度も嘔吐した。――でも、これが忍者というものだから。と割り切るようにした。それでも慣れる日などは来なかった。多分、そんな日は来なくていい。
命を奪わなくてはならなくなることと他に、四年生ともなると「色事」というものも学ばなくてはならなくなる。
とくに「くの一」は自分の身体を使う時もあるからと。
四年生に上ってすぐ、「いい人」がいるのなら――そう話をされた。
山本シナ先生からその話を聞いた後、同級生たちはきゃあきゃあと話し出す。「相手はいるの?」とか「私実はもう」とか「田舎の恋人に……」とかあちこちから会話が飛び交う。
「小春は?」
隣にいた同室が話しかけてきた。
「んー……」
そういえば、図書室の本の返却期限が今日だったなぁ。
と関係のない考えが浮かぶ。
「小春は背も胸もちっちゃいから相手にしてくれる人少なそう」
「こらこら」
「まあ、のんびり考える、かなぁ。シナ先生の話だと時間の猶予はあるみたいだし」
同級生たちの会話には混ざることなく、立ち上がる。
「どこ行くの」
「留三郎に短刀の研ぎ頼んでたから取りに行くの思い出したぁ」
ちょうど留三郎の顔が思い浮かんだ。すぐに私の愛刀を研ぎに出していたことを思い出し、放課後取りに来いと声をかけられていた。
用具委員会にはやっと下級生が入ったらしく、初日の顔合わせのときに委員会をあげてお祝い騒ぎだったらしい。
「……いい人、かぁ」
「いい人」と言われて思い浮かんだのは、彼の顔だった。その理由を「恋」とするのに、時間はかからなかった。
誰よりも自分を見てくれていた人を私は好きになった。
伝えるという発想は、すぐに出てこなかった。
「この雨が止めば夏が来るね」
「そうだね」
この前市場で大量に買ってきた梅を形の良いものと悪いもので選別する。梅干しを作ってみようかと考えているところだった。
「形が悪いのはどうするの?」
「多分、梅酒かなぁ」
砂糖が大量に必要になるかもしれないから、少しアルバイトをしてお金を稼がないとだ。
「梅酒ができる頃は……秋かぁ」
「そうなるねぇ」
私に話しかける同室はのんびりと雨が降り続ける外を見る。
「秋にはもう経験してるんだろうね」
「んぶっ」
手に持っていた梅を一つ握りつぶしてしまう。自分にしては珍しく、動揺が態度に出てしまった。
「小春、まだ相手決まってないんでしょ?大丈夫?」
「だ、大丈夫でしょ……」
シナ先生によると、例のことに関しては夏までに済ませるように動けとのことらしい。
「食満くん……」
「んぐっ」
また梅が一つ潰れた。
「人気だよね」
「そう……」
同室の顔がみるみると「くの一」の顔になってくる。面白い玩具を見つけた女の顔だ。
「綺麗な顔してるよね。立花くんに比べるとかすんでしまうし、いつも潮江くんと勝負ばっかりしているし、善法寺くんの不運に巻き込まれたりしてるから気が付かないけど」
「そうだね」
「くの一教室でも初体験は彼がいいっていう子もいるんだよ」
「へー」
「へーって小春あんたねぇ」
留三郎が綺麗な顔をしているのは事実だし、人気があるのも事実だ。
「へー」と返すしかない。
「まったく、この鈍感……」
いつだったかに作っていた梅干しは完成し、梅酒の方はあとは待つだけとなった。
夏休み前となり、周りの級友たちは「経験」を済ませ始めた。
山本シナ先生にさすがにそろそろと言われた。相手がいないのであれば、上級生に頼むことになると伝えられた。
上級生は後腐れの無い人であったり、くの一教室から評判のいい人が選ばれることになるらしい。
周りに何度も急かされても、彼に想いを伝えることには思い至らなかった。
今この状態で彼に告げることは、「経験」をさっさと済ませてしまいたいということになってしまうのではないか。
随分と自分の頭も固いものだと思ってしまった。
小柄な体躯で誰よりも努力する姿がいつも目に焼き付いていた。他のくの一たちに比べれば、地味で目立たない。
それなのに、
俺は、春の陽だまりのような彼女に恋をした。
「くの一教室はこの時期になると色事の経験を済ませるようになるんだ」
用具委員会の先輩が、作業の傍ら世間話を始めた。その内容は、まだ日が高いうちに話す内容ではない。
「先輩、作兵衛がいるんですよ」
「今いないからいいだろ?」
「そうですけど……」
確かに今、作兵衛は席を外している。どうにも同級生が迷子だとかで探し回っているそうだ。
「さっきの話の続きなんだが、大抵のくの一は想い人と経験を済ますんだそうだ。学園で隠れて付き合ってる相手だったり、田舎に恋人とだったりで。――でもな、まれに、ごくまれにこの時期までに相手がいなかったくの一がいるからって、上級生があてがわれることもあるんだぜ」
先輩はニヤリと笑った。
「噂によれば、今年はくの一教室の一番背の小さい子が相手がいないって話だ」
「背が小さい……」
くの一教室で背が小さい、そう言われて思い浮かぶ人物はただ一人だ。
「留三郎、お前がいつも仲良くしている子じゃなかったか?」
――小春はよく用具倉庫に来る。自分の短刀の研ぎを出しにきたり、くの一教室の備品の修補を頼みに来たりでよく。それ以外でもよく会っては話をしているから周りにも仲が良いと思われても不思議ではない。
「じょ、上級生って誰が」
「だいたいは六年生だろうな。後腐れなく本気にしない奴で、くの一教室からの評判も悪くない生徒が選ばれる。あとは保健委員とかかな」
四年生に上がってからの小春を思い出した。何一つ変わりのない、小柄ですばしこいくの一のたまご。鍛練を怠らず、真面目で勤勉。自分の身だしなみには少し疎いけれど、最近友人と街へ出かけたときに買ってきたとかいう明るい黄色の布で、綺麗な黒髪を結い上げるようになった。
下世話な話、多分「経験」はしていない。
噂は事実だろう。
「夏休みに入る前に捕まえちまえば、こっちのもんだぞ、留三郎」
あと数日で夏休みとなる。
「こちらの方で信頼のおける六年生に相手をしてもらえるようお願いをしておきました。数日のうちに声がかかると思いますので」
山本シナ先生がおばあさんの姿で話しかける。最後に、本当によろしいですね?と確認された。
校庭の木の根元、ぼんやりと空を眺めた。
私の相手は、信頼のおける六年生。
それでいい。
自分の都合で彼を振り回すのは、気分の良いものではない。
視界の端に、深緑の着物が見えた。
「頼まれたのって、あの子?」
自分よりも少し上背のある六年生が話している。
「そうそう。四年生で、一番背が小さくて、黄色の髪帯の」
六年生が並べ立てる特徴は、ちょうど俺が探している彼女と同じ。
委員会の先輩が話していた「あてがわれる上級生」なのだとすぐにわかった。学年が離れている俺でも悪い噂を聞かない、模範的な上級生だった。
「派手じゃないけど、かわいい子じゃないか。うらやましい」
その上級生の隣にいた六年生が少し笑う。
「この時期まで相手がいなかったってのも、珍しいから慎重にしてあげないとだなあ」
「初々しいじゃないか。くのたまにしては」
この人ならきっと小春は無事に済ますことができるだろう。そう思った。
そうは思ったが、納得いかない。
嫌だ。
そう、腸が煮えくり返るかと思った。
清純な、高潔な彼女を誰にも渡したくはない。
その崇高な梅を手折るのは俺でなくてはならない。
彼女は所在なさげに空を見つめていた。
俺は大股で歩き出す。
無垢な彼女の腕を引いて、俺は想いのたけを叫んでいた。
視界の端に深緑の衣が映ったすぐあとに、紫色の衣がずんずんとこちらへ歩いてきた。
猫毛の少し癖のある柔らかい髪が揺れている。
きりと上がった眉の下の鋭い目は私をまっすぐに見ていた。
「とめさぶろう……?」
腕を強く掴まれた。
彼を見上げると、真っ赤な顔で私を見る。勢いよく口を開いてこう言った。
「好きだ!!!!」
それは学園中に響くような大きな声だった。広い校庭に声が響く。
「お前の相手は俺でないと嫌だ。絶対に、嫌なんだ。誰にも小春を渡したくない。俺のものにしてしまいたい。だから、だから、なあ。小春」
留三郎の顔はさっきよりも真っ赤になっていた。彼のこんな顔、初めて見たかもしれない。もっと見ていたい。
この人のことを愛おしい、と思った。
こんなに必死に私を繋ぎとめようとする。私をずっと見てくれている。
愛おしくてたまらない。
「なあ、小春。小春。小春。小春」
彼は何度も私の名を呼ぶ。名を呼ぶたびに、私に愛おしいと伝えてくれるようだ。
「俺を選んでくれ」
まるで縋られるようだった。私は彼を見上げている。そのはずなのに、まるで小さな子どものように私に縋る。
「――私の……都合で……とか思ってない?」
「俺の方が振り回してるだろ……?」
私が留三郎のことを好きだから留三郎は私の相手になろうとしているのではないらしい。
「私、私ね、留三郎のこと好き。私も……留三郎がいい。留三郎じゃなくちゃイヤだ……私を……」
深緑の衣は見えなくなっていた。もう、私は彼しか見えていない。
「私を……貴方のものにして」
行儀見習いや花嫁修業で入学する者も多いくの一教室は、男子と比べてやめる人数も多い。
授業についていけなくなる者、怪我で実家に帰る者、輿入れが決まる者。
さまざまな理由で忍術学園を後にする。
とくに、授業についていけなくなる者は多い。四年生に上ると同時に、授業の難易度は一気に上がる。技術的にも精神的にも。
合戦に行くこともよくあるし、単独で城に忍び込んで密書を奪うこともある。人の命を奪わなくてはならないこともある。心が壊れてしまう前に忍術学園はやめるという選択肢を与えてくれる。多分、これはかなり優しい待遇なんだろう。
命を奪う、人を殺すことをした者は、割り切るか、引きずるかの二択。私は無感情に割り切った。さすがに初めてのときは寝付けなかったし、こみ上げる不快感に何度も嘔吐した。――でも、これが忍者というものだから。と割り切るようにした。それでも慣れる日などは来なかった。多分、そんな日は来なくていい。
命を奪わなくてはならなくなることと他に、四年生ともなると「色事」というものも学ばなくてはならなくなる。
とくに「くの一」は自分の身体を使う時もあるからと。
四年生に上ってすぐ、「いい人」がいるのなら――そう話をされた。
山本シナ先生からその話を聞いた後、同級生たちはきゃあきゃあと話し出す。「相手はいるの?」とか「私実はもう」とか「田舎の恋人に……」とかあちこちから会話が飛び交う。
「小春は?」
隣にいた同室が話しかけてきた。
「んー……」
そういえば、図書室の本の返却期限が今日だったなぁ。
と関係のない考えが浮かぶ。
「小春は背も胸もちっちゃいから相手にしてくれる人少なそう」
「こらこら」
「まあ、のんびり考える、かなぁ。シナ先生の話だと時間の猶予はあるみたいだし」
同級生たちの会話には混ざることなく、立ち上がる。
「どこ行くの」
「留三郎に短刀の研ぎ頼んでたから取りに行くの思い出したぁ」
ちょうど留三郎の顔が思い浮かんだ。すぐに私の愛刀を研ぎに出していたことを思い出し、放課後取りに来いと声をかけられていた。
用具委員会にはやっと下級生が入ったらしく、初日の顔合わせのときに委員会をあげてお祝い騒ぎだったらしい。
「……いい人、かぁ」
「いい人」と言われて思い浮かんだのは、彼の顔だった。その理由を「恋」とするのに、時間はかからなかった。
誰よりも自分を見てくれていた人を私は好きになった。
伝えるという発想は、すぐに出てこなかった。
「この雨が止めば夏が来るね」
「そうだね」
この前市場で大量に買ってきた梅を形の良いものと悪いもので選別する。梅干しを作ってみようかと考えているところだった。
「形が悪いのはどうするの?」
「多分、梅酒かなぁ」
砂糖が大量に必要になるかもしれないから、少しアルバイトをしてお金を稼がないとだ。
「梅酒ができる頃は……秋かぁ」
「そうなるねぇ」
私に話しかける同室はのんびりと雨が降り続ける外を見る。
「秋にはもう経験してるんだろうね」
「んぶっ」
手に持っていた梅を一つ握りつぶしてしまう。自分にしては珍しく、動揺が態度に出てしまった。
「小春、まだ相手決まってないんでしょ?大丈夫?」
「だ、大丈夫でしょ……」
シナ先生によると、例のことに関しては夏までに済ませるように動けとのことらしい。
「食満くん……」
「んぐっ」
また梅が一つ潰れた。
「人気だよね」
「そう……」
同室の顔がみるみると「くの一」の顔になってくる。面白い玩具を見つけた女の顔だ。
「綺麗な顔してるよね。立花くんに比べるとかすんでしまうし、いつも潮江くんと勝負ばっかりしているし、善法寺くんの不運に巻き込まれたりしてるから気が付かないけど」
「そうだね」
「くの一教室でも初体験は彼がいいっていう子もいるんだよ」
「へー」
「へーって小春あんたねぇ」
留三郎が綺麗な顔をしているのは事実だし、人気があるのも事実だ。
「へー」と返すしかない。
「まったく、この鈍感……」
いつだったかに作っていた梅干しは完成し、梅酒の方はあとは待つだけとなった。
夏休み前となり、周りの級友たちは「経験」を済ませ始めた。
山本シナ先生にさすがにそろそろと言われた。相手がいないのであれば、上級生に頼むことになると伝えられた。
上級生は後腐れの無い人であったり、くの一教室から評判のいい人が選ばれることになるらしい。
周りに何度も急かされても、彼に想いを伝えることには思い至らなかった。
今この状態で彼に告げることは、「経験」をさっさと済ませてしまいたいということになってしまうのではないか。
随分と自分の頭も固いものだと思ってしまった。
小柄な体躯で誰よりも努力する姿がいつも目に焼き付いていた。他のくの一たちに比べれば、地味で目立たない。
それなのに、
俺は、春の陽だまりのような彼女に恋をした。
「くの一教室はこの時期になると色事の経験を済ませるようになるんだ」
用具委員会の先輩が、作業の傍ら世間話を始めた。その内容は、まだ日が高いうちに話す内容ではない。
「先輩、作兵衛がいるんですよ」
「今いないからいいだろ?」
「そうですけど……」
確かに今、作兵衛は席を外している。どうにも同級生が迷子だとかで探し回っているそうだ。
「さっきの話の続きなんだが、大抵のくの一は想い人と経験を済ますんだそうだ。学園で隠れて付き合ってる相手だったり、田舎に恋人とだったりで。――でもな、まれに、ごくまれにこの時期までに相手がいなかったくの一がいるからって、上級生があてがわれることもあるんだぜ」
先輩はニヤリと笑った。
「噂によれば、今年はくの一教室の一番背の小さい子が相手がいないって話だ」
「背が小さい……」
くの一教室で背が小さい、そう言われて思い浮かぶ人物はただ一人だ。
「留三郎、お前がいつも仲良くしている子じゃなかったか?」
――小春はよく用具倉庫に来る。自分の短刀の研ぎを出しにきたり、くの一教室の備品の修補を頼みに来たりでよく。それ以外でもよく会っては話をしているから周りにも仲が良いと思われても不思議ではない。
「じょ、上級生って誰が」
「だいたいは六年生だろうな。後腐れなく本気にしない奴で、くの一教室からの評判も悪くない生徒が選ばれる。あとは保健委員とかかな」
四年生に上がってからの小春を思い出した。何一つ変わりのない、小柄ですばしこいくの一のたまご。鍛練を怠らず、真面目で勤勉。自分の身だしなみには少し疎いけれど、最近友人と街へ出かけたときに買ってきたとかいう明るい黄色の布で、綺麗な黒髪を結い上げるようになった。
下世話な話、多分「経験」はしていない。
噂は事実だろう。
「夏休みに入る前に捕まえちまえば、こっちのもんだぞ、留三郎」
あと数日で夏休みとなる。
「こちらの方で信頼のおける六年生に相手をしてもらえるようお願いをしておきました。数日のうちに声がかかると思いますので」
山本シナ先生がおばあさんの姿で話しかける。最後に、本当によろしいですね?と確認された。
校庭の木の根元、ぼんやりと空を眺めた。
私の相手は、信頼のおける六年生。
それでいい。
自分の都合で彼を振り回すのは、気分の良いものではない。
視界の端に、深緑の着物が見えた。
「頼まれたのって、あの子?」
自分よりも少し上背のある六年生が話している。
「そうそう。四年生で、一番背が小さくて、黄色の髪帯の」
六年生が並べ立てる特徴は、ちょうど俺が探している彼女と同じ。
委員会の先輩が話していた「あてがわれる上級生」なのだとすぐにわかった。学年が離れている俺でも悪い噂を聞かない、模範的な上級生だった。
「派手じゃないけど、かわいい子じゃないか。うらやましい」
その上級生の隣にいた六年生が少し笑う。
「この時期まで相手がいなかったってのも、珍しいから慎重にしてあげないとだなあ」
「初々しいじゃないか。くのたまにしては」
この人ならきっと小春は無事に済ますことができるだろう。そう思った。
そうは思ったが、納得いかない。
嫌だ。
そう、腸が煮えくり返るかと思った。
清純な、高潔な彼女を誰にも渡したくはない。
その崇高な梅を手折るのは俺でなくてはならない。
彼女は所在なさげに空を見つめていた。
俺は大股で歩き出す。
無垢な彼女の腕を引いて、俺は想いのたけを叫んでいた。
視界の端に深緑の衣が映ったすぐあとに、紫色の衣がずんずんとこちらへ歩いてきた。
猫毛の少し癖のある柔らかい髪が揺れている。
きりと上がった眉の下の鋭い目は私をまっすぐに見ていた。
「とめさぶろう……?」
腕を強く掴まれた。
彼を見上げると、真っ赤な顔で私を見る。勢いよく口を開いてこう言った。
「好きだ!!!!」
それは学園中に響くような大きな声だった。広い校庭に声が響く。
「お前の相手は俺でないと嫌だ。絶対に、嫌なんだ。誰にも小春を渡したくない。俺のものにしてしまいたい。だから、だから、なあ。小春」
留三郎の顔はさっきよりも真っ赤になっていた。彼のこんな顔、初めて見たかもしれない。もっと見ていたい。
この人のことを愛おしい、と思った。
こんなに必死に私を繋ぎとめようとする。私をずっと見てくれている。
愛おしくてたまらない。
「なあ、小春。小春。小春。小春」
彼は何度も私の名を呼ぶ。名を呼ぶたびに、私に愛おしいと伝えてくれるようだ。
「俺を選んでくれ」
まるで縋られるようだった。私は彼を見上げている。そのはずなのに、まるで小さな子どものように私に縋る。
「――私の……都合で……とか思ってない?」
「俺の方が振り回してるだろ……?」
私が留三郎のことを好きだから留三郎は私の相手になろうとしているのではないらしい。
「私、私ね、留三郎のこと好き。私も……留三郎がいい。留三郎じゃなくちゃイヤだ……私を……」
深緑の衣は見えなくなっていた。もう、私は彼しか見えていない。
「私を……貴方のものにして」