【RKRN】梅に鶯
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夢はいつだって、家の名に恥じない一流のくの一だった。
一つ下の忍たまたちは、私たちの代に比べれば、大人しい子だった。
去年、委員会について教えてやったら生物委員会に入るんだと豪語していた同じ村の男の子――竹谷さんちの八左ヱ門は無事に忍術学園に入学した。ろ組だそうで、本人の希望通り、生物委員会に入れたそうだ。
八左ヱ門もくの一教室の洗礼を受けた。同郷と知った私の同期が、根掘り葉掘り八左ヱ門の弱点を私から聞き出したため、今年一番の災難だったそうだ。
しかし、一筋縄ではいかない忍たまもいたようだった。確かに文次郎のように二言目には「三禁」と叫ぶ石頭もいないし、くのたまが羨むほどの容姿の仙蔵もいない。小平太みたいに体力大馬鹿野郎でもない、長次のように本の虫でくのたまの誘惑に興味を示さなかったわけでもない。――ましてや、は組の二人のように不運にあって巻き込まれる、なんてやつもいなかった。
のだが。
「高級菓子で釣ったはずなのに、豆腐のことばっかり話していたの!」
「こっちは手持ちが尽きるまで菓子を貪られたわ」
「二択にすると迷っちゃって寝ちゃったの」
「あの一年私の顔で私より上手く化粧してきやがったの!!」
などの被害が多数。
二年連続忍たまに対してくの一の恐怖を植え付けたにもかかわらず、釈然としない結果となった。
しかし、実は来年が一番恐ろしい。ということに、ここにいる私たちは誰も予想していなかったのである。
私の背は、どうにも恵まれていないらしい。
三年生に進級した頃、同い年の忍たまの中でも一番背の低かった小平太に背が追い越された。
入学したての頃は、まだ他の忍たまよりも背が高かった。恐らく男女の発達の違いだと思う。
それが去年のうち、二年生の間に私は、ほとんどの男子に背を追い越されてしまっていた。
くの一教室でも一番小柄なのは私だった。発達が悪いわけではない。早寝早起き、食堂のおばちゃんのご飯、適度な運動。人が成長するには十分すぎる環境だったはず。つまり、恵まれていなかったということ。
――背以外も恵まれてはいなかったのは悔しいところではあったけれど。
さて、三年生にもなると自分の得意武器を見つけるようになる。忍たまもくのたまもどんどん自分の武器を見つけていった。
私は以前使ってから気に入っている短刀を選んだ。
短刀は刀身が短い分、相手に接近しなくてはいけない。ほとんど苦無と同じだった。私の同期で近接武器を選んだ子はいなかったので、組手はよく苦無を得意武器にした小平太を相手にしていた。
鍛練を始めたばかりの頃、勝敗はいつも五分五分を保っていた。でも、三年生に上ってからは、いつも小平太が勝つようになっていた。
ちょうど、私の背が小平太に追い抜かれたのと同じ時期からだった。
いつも、いつも、いつも力で押し負けていた。小平太は背が伸びだしてから力も強くなった。それに委員会でいつもあちらこちらを走っているから体力もある。切り結んで押し負けるようになってしまった。
悔しかった。元来私は負けず嫌い。悔しくて悔しくてたまらなかった。小平太に対抗して体力をつけようと思った。でも、どれだけ体力を上げようとも、筋力を上げようとも、女の身体であるから勝てなかった。
私の中の一番の挫折だった。優秀なくの一になると決めていた。忍者にだって負けないくらいに。それなのに、女では到底男と渡り合うことなど出来っこないと悟ってしまった。
文次郎と留三郎が鍛練していた。袋槍と鉄双節棍。金属同士がぶつかり合う。対等な力で押し合いをしている。
私はそれを忍たま長屋の縁側で眺めていた。羨ましいと思いながら不貞腐れて。
隣には本を読んでいる長次。顔には真新しい傷が残っている。縄鏢の訓練で負った傷だ。頬を切ってしまってずっと医務室で寝込んでいた。伊作によると傷跡は消えないそうだ。笑うと傷が痛むらしく、前のようには笑えないらしい。
「……いいなぁ……」
文次郎と留三郎の勝負はまだ決着がつかない。二人の実力は拮抗している。
「モソモソ……」
長次が喋り出した。縄鏢の訓練の影響で長次はモソモソと喋るようになった。よく耳を傾けないと聞き取れない。
「三略に……『柔よく剛を制し、弱よく強を制す』とある……力だけが強さというわけではない……小春なりの戦い方がある……と思う」
三略――確か中国の兵法書だ。前に長次が読んでいた。
長次の言葉は落ち込んだ私にとって、強い光となった。
ポロポロと涙が溢れた。諦めかけていた、折れかけていた心に射した一筋の光が私の中に溶け込む。
「……うん、うん。ありがとう……長次……」
ずびと汚く鼻を啜った。
「小春!?何泣いてんだ!?どこか痛いのか!?」
文次郎との勝負を中断して留三郎が慌ててやって来た。
「痛くない、痛くないよ。留三郎。ただ……嬉しいだけ」
「……そうか」
「ごべん、驚かせちゃって……」
溢れた涙はまだ止まりそうにない。ぐしぐしと目元を擦った。
「あーあー、鼻水拭け。気にするな、小春」
「うん……」
いつも用意のいい留三郎が私にちり紙を差し出す。思いっきり鼻をかんだ。
「んが」
「そうだ、小春。お前の短刀見せてみろ」
「うん?」
何がなんだかわからないが、懐にしまっていた短刀を留三郎に渡した。留三郎は鞘から抜いたり、しまったりして色々と私の愛刀を見る。
「しばらく借りるぞ」
「え、変なことするの?」
「大丈夫だ、お前が喜ぶ出来になるからよ」
少し大きな留三郎のタコだらけの手が私の頭の上に置かれる。少し髪を乱すとすぐに離れて行った。
数日もしないうちに私の短刀が返ってきた。
「どこをいじったの?」
「大げさにはいじってない。刃の研ぎなおしと……ちょっと握ってみろ」
留三郎に言われたとおり、短刀を握る。持ち手が以前よりも手に吸い付く感じがした。
「おぉ?」
「お前の手、小さいだろ?今までのだと、少し手に合わなくて大きいから握りにくかったと思うんだ。だから、小春の手の大きさに合うように少しいじった」
留三郎の手と合わせて私の手の大きさを比べる。確かに私の手ははるかに小さい。
「そっかぁ……うん。これなら小平太にも勝てるようになるかも……ありがとう!留三郎!私、がんばるね!!」
「ああ、怪我だけはするなよ」
「うん!!」
遠くで黒髪が揺れた。武器を改良してから彼女の調子は確実に良くなっている。まだ力勝負になると押し負けてしまうが、持ち前の身軽さを武器にして、小平太を翻弄しているようだった。
今日は彼女の勝ち。それはもう嬉しそうに笑っている。
いつかに合わせた手のひらを思い出す。とても小さく、細く、柔い手だった。
ああ、
「好きだな……」
溢れた本音に慌てて口を手で押さえた。誰にも聞かれていないといいが。
一つ下の忍たまたちは、私たちの代に比べれば、大人しい子だった。
去年、委員会について教えてやったら生物委員会に入るんだと豪語していた同じ村の男の子――竹谷さんちの八左ヱ門は無事に忍術学園に入学した。ろ組だそうで、本人の希望通り、生物委員会に入れたそうだ。
八左ヱ門もくの一教室の洗礼を受けた。同郷と知った私の同期が、根掘り葉掘り八左ヱ門の弱点を私から聞き出したため、今年一番の災難だったそうだ。
しかし、一筋縄ではいかない忍たまもいたようだった。確かに文次郎のように二言目には「三禁」と叫ぶ石頭もいないし、くのたまが羨むほどの容姿の仙蔵もいない。小平太みたいに体力大馬鹿野郎でもない、長次のように本の虫でくのたまの誘惑に興味を示さなかったわけでもない。――ましてや、は組の二人のように不運にあって巻き込まれる、なんてやつもいなかった。
のだが。
「高級菓子で釣ったはずなのに、豆腐のことばっかり話していたの!」
「こっちは手持ちが尽きるまで菓子を貪られたわ」
「二択にすると迷っちゃって寝ちゃったの」
「あの一年私の顔で私より上手く化粧してきやがったの!!」
などの被害が多数。
二年連続忍たまに対してくの一の恐怖を植え付けたにもかかわらず、釈然としない結果となった。
しかし、実は来年が一番恐ろしい。ということに、ここにいる私たちは誰も予想していなかったのである。
私の背は、どうにも恵まれていないらしい。
三年生に進級した頃、同い年の忍たまの中でも一番背の低かった小平太に背が追い越された。
入学したての頃は、まだ他の忍たまよりも背が高かった。恐らく男女の発達の違いだと思う。
それが去年のうち、二年生の間に私は、ほとんどの男子に背を追い越されてしまっていた。
くの一教室でも一番小柄なのは私だった。発達が悪いわけではない。早寝早起き、食堂のおばちゃんのご飯、適度な運動。人が成長するには十分すぎる環境だったはず。つまり、恵まれていなかったということ。
――背以外も恵まれてはいなかったのは悔しいところではあったけれど。
さて、三年生にもなると自分の得意武器を見つけるようになる。忍たまもくのたまもどんどん自分の武器を見つけていった。
私は以前使ってから気に入っている短刀を選んだ。
短刀は刀身が短い分、相手に接近しなくてはいけない。ほとんど苦無と同じだった。私の同期で近接武器を選んだ子はいなかったので、組手はよく苦無を得意武器にした小平太を相手にしていた。
鍛練を始めたばかりの頃、勝敗はいつも五分五分を保っていた。でも、三年生に上ってからは、いつも小平太が勝つようになっていた。
ちょうど、私の背が小平太に追い抜かれたのと同じ時期からだった。
いつも、いつも、いつも力で押し負けていた。小平太は背が伸びだしてから力も強くなった。それに委員会でいつもあちらこちらを走っているから体力もある。切り結んで押し負けるようになってしまった。
悔しかった。元来私は負けず嫌い。悔しくて悔しくてたまらなかった。小平太に対抗して体力をつけようと思った。でも、どれだけ体力を上げようとも、筋力を上げようとも、女の身体であるから勝てなかった。
私の中の一番の挫折だった。優秀なくの一になると決めていた。忍者にだって負けないくらいに。それなのに、女では到底男と渡り合うことなど出来っこないと悟ってしまった。
文次郎と留三郎が鍛練していた。袋槍と鉄双節棍。金属同士がぶつかり合う。対等な力で押し合いをしている。
私はそれを忍たま長屋の縁側で眺めていた。羨ましいと思いながら不貞腐れて。
隣には本を読んでいる長次。顔には真新しい傷が残っている。縄鏢の訓練で負った傷だ。頬を切ってしまってずっと医務室で寝込んでいた。伊作によると傷跡は消えないそうだ。笑うと傷が痛むらしく、前のようには笑えないらしい。
「……いいなぁ……」
文次郎と留三郎の勝負はまだ決着がつかない。二人の実力は拮抗している。
「モソモソ……」
長次が喋り出した。縄鏢の訓練の影響で長次はモソモソと喋るようになった。よく耳を傾けないと聞き取れない。
「三略に……『柔よく剛を制し、弱よく強を制す』とある……力だけが強さというわけではない……小春なりの戦い方がある……と思う」
三略――確か中国の兵法書だ。前に長次が読んでいた。
長次の言葉は落ち込んだ私にとって、強い光となった。
ポロポロと涙が溢れた。諦めかけていた、折れかけていた心に射した一筋の光が私の中に溶け込む。
「……うん、うん。ありがとう……長次……」
ずびと汚く鼻を啜った。
「小春!?何泣いてんだ!?どこか痛いのか!?」
文次郎との勝負を中断して留三郎が慌ててやって来た。
「痛くない、痛くないよ。留三郎。ただ……嬉しいだけ」
「……そうか」
「ごべん、驚かせちゃって……」
溢れた涙はまだ止まりそうにない。ぐしぐしと目元を擦った。
「あーあー、鼻水拭け。気にするな、小春」
「うん……」
いつも用意のいい留三郎が私にちり紙を差し出す。思いっきり鼻をかんだ。
「んが」
「そうだ、小春。お前の短刀見せてみろ」
「うん?」
何がなんだかわからないが、懐にしまっていた短刀を留三郎に渡した。留三郎は鞘から抜いたり、しまったりして色々と私の愛刀を見る。
「しばらく借りるぞ」
「え、変なことするの?」
「大丈夫だ、お前が喜ぶ出来になるからよ」
少し大きな留三郎のタコだらけの手が私の頭の上に置かれる。少し髪を乱すとすぐに離れて行った。
数日もしないうちに私の短刀が返ってきた。
「どこをいじったの?」
「大げさにはいじってない。刃の研ぎなおしと……ちょっと握ってみろ」
留三郎に言われたとおり、短刀を握る。持ち手が以前よりも手に吸い付く感じがした。
「おぉ?」
「お前の手、小さいだろ?今までのだと、少し手に合わなくて大きいから握りにくかったと思うんだ。だから、小春の手の大きさに合うように少しいじった」
留三郎の手と合わせて私の手の大きさを比べる。確かに私の手ははるかに小さい。
「そっかぁ……うん。これなら小平太にも勝てるようになるかも……ありがとう!留三郎!私、がんばるね!!」
「ああ、怪我だけはするなよ」
「うん!!」
遠くで黒髪が揺れた。武器を改良してから彼女の調子は確実に良くなっている。まだ力勝負になると押し負けてしまうが、持ち前の身軽さを武器にして、小平太を翻弄しているようだった。
今日は彼女の勝ち。それはもう嬉しそうに笑っている。
いつかに合わせた手のひらを思い出す。とても小さく、細く、柔い手だった。
ああ、
「好きだな……」
溢れた本音に慌てて口を手で押さえた。誰にも聞かれていないといいが。