【MHA】口の悪い人魚姫
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始まりは、中国軽慶市。
発光する赤子が生まれたというニュースだった。以降、各地で「超常」は発見され、原因も判然としないまま時は流れる。
いつしか「超常」は「日常」に……「架空(ゆめ)」は「現実」になった。
世界総人口の約八割が何らかの“特異体質”――“個性”を持つ超人社会となった現在、混乱渦巻く世の中でかつて誰もが空想し、憧れた一つの職業が脚光を浴びていた。
「ヒーロー」
「超常」に伴い、爆発的に増加した犯罪件数。法の抜本的改正に国がもたつく間、勇気ある人々がコミックさながらにヒーロー活動を始めた。
私――魚住奏もヒーローを目指している。
“個性”は「人魚」。人魚っぽいことなら大体できて、歌で人を惑わすことができる個性だ。
あまりヒーロー向きの個性ではない。派手ではないし、攻撃系の個性ではない。それでも、私の夢は昔から「ヒーロー」だ。
理由は、小さい頃から一緒に過ごしてきた幼馴染の二人。
二人ともヒーローになることが夢だ。
爆豪勝己。“個性”は爆破。
派手で格好良くて、ヒーロー向きの個性。
緑谷出久。“個性”がない「無個性」。でも、誰よりヒーローが大好き。
勝己はいつも出久をいじめる。何もできない木偶の棒って言って。
勝己のそういう所は好きではないけれど、勝己はいつも私を守ってくれて。私のヒーローで、大好きな人だ。
大切な二人が憧れたヒーロー。私も自然とヒーローに憧れた。
いつか、ヒーローになるんだと。
小学校の終わり。私は中学入学を境に引っ越すことになる。理由は兄の勤務地の問題だった。
離ればなれになるけれど、同じヒーローの夢を目指していれば、きっとまた会えると信じて、私はヒーローになるための努力を続けた。
そして、私は雄英高校に進学する。
一
雄英は、多くのヒーローを輩出してきた高校で、全国に数あるヒーロー科の最高峰だ。倍率は毎年三〇〇を越える。
こんな凄い所に受験する理由は、勝己に会えると思ったからだ。
勝己なら必ず、最高峰の雄英に来るだろうと。勝己と一緒に最高峰の雄英でヒーローを目指したかった。
二月二六日。雄英高校一般入試実技試験の日がやって来た。
試験の内容は、仮想敵を行動不能にしてポイントを稼ぐという内容。ちなみに、ポイントは一ポイント、二ポイント、三ポイントとなっていて、仮想敵の攻略難易度によってポイントは高くなる。
もちろん、私の“個性”では圧倒的に不利な試験内容だ。「戦闘力」がヒーローに必要なのは明らかなのだから、やることはただ一つ。
この身一つで最低限の戦闘力を補うこと。子供の頃からやっていた護身術、そして中学時代は道場に通っていた合気道が花を開いたのである。
十分の実技演習はあっという間。仮想敵と戦って怪我していた人を救けていたらすぐに終わってしまった。
自分が仮想敵を倒したポイントは数えてあった。絶対に合格だと言えるポイントではない。不安を抱えながら一週間が過ぎることとなる。
一週間後。雄英から手紙が届いた。
封筒を開けて映像媒体から映し出されたのは、有名な雄英高校の校長。
結果は合格。椅子から転がり落ちて痛む頭をさする。隣で知らせを待ってくれていた兄は大泣きして、私は息をついた。
そして、待ちに待った春。
入学初日、真新しい制服に身を包み、地下鉄乗り継ぎ四〇分の雄英へ向かった。
一年A組。ここが私のクラスだ。
バリアフリーの為なのかなんなのかの大きな扉に少し気後れしながら教室のドアを開ける。すでにかなりの人が来ていた。そして、そこに見覚えのある色素の薄い爆発頭が不機嫌に座っていた。
「勝己‼」
いの一番に大好きな人の名を呼んだ。
「あ?」
最後に会った頃よりも低くなった声に時の流れを感じさせたけど、根本的な所は変わっていなかった。
「会いたかった! 勝己‼」
教室の入り口から壁際の席に座っている勝己に勢いよく近づいた。
「誰だてめぇ‼」
勝己が警戒して距離を取る。
最後に会ったのは、中学入学前。大体三年前になる。この三年間で背は伸びたし、髪型もちゃんとするようになったから印象は変わっているかもしれない。
でも、昔から目立っていた青い髪色を見て何も思い出してくれなかったのは、ちょっとショックだ。
「私だよ、私! 奏、魚住奏!」
「は、奏……?」
勝己がぽかんとする。
勝己ってばイケメンになったんだな。強面ではあるけど。
勝己の思考が追いつくまで勝己の顔を眺めている。すぐに勝己の呆けた顔から鋭い目つきへと変わる。
「んでお前も雄英に来とンだ‼」
「な、なんでも何もヒーローになるために決まってるでしょ⁉」
どうやら勝己は私が雄英に来るとは思っていなかったようだ。昔から私は弱いからヒーローになれないだろって言ってきた男だ。本当に思いもよらなかったんだろう。
「君たち! 騒がしいぞ‼」
全体的に四角い雰囲気の眼鏡の人が話しかけてきた。いや、話しかけてきたというよりは注意しにやってきた。
「それに、机に足をかけるな! 雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないのか⁉」
眼鏡の人の言う通り、勝己はヤンキーよろしく机に足を乗っけていた。これは怒られて当然だ。
「思わねーよ! てめーどこ中だよ、端役が!」
まるで不良のテンプレのようなセリフを言う勝己。
「ぼ……俺は私立聡明中学出身、飯田天哉だ」
「聡明~~? クソエリートじゃねぇか。ぶっ殺し甲斐がありそうだな」
「君ひどいな。本当にヒーロー志望か⁉」
勝己の暴言に引き気味の飯田くん。全くですよ。と心の中で相槌を打った。
「見ない間に口悪くなりすぎじゃない?」
昔から勝己の口は悪かったが、中学三年間で拍車が掛かりすぎている。一体何をしてきたんだ、この男は。
でも、勝己はみみっちぃから、内申は気にして先生には取り繕っていたんだろうと見当がつく。
「――奏ちゃん……?」
教室の入り口から名前を呼ばれる。
「――出久‼」
もう一人の幼馴染、緑谷出久が教室の入り口に立っていた。
「久しぶりだね、奏ちゃん……」
「久しぶり! 出久‼ まさか、出久も雄英に来ていたなんて!」
出久とも三年会っていないことになる。久しぶりの再会に私は、出久の手を取って喜んだ。
「デク……」
自分の席に置き去りにされた勝己が唸るように出久を呼ぶ。子供の頃からの蔑称。「木偶の棒」の「デク」。まだこんな酷いあだ名で呼んでいるのか。
「ねぇ、勝己の機嫌が超悪いんだけど……なんで?」
「ちょ、ちょっと、ね……」
出久が少し戸惑ったように返した。
そこではたと思い至る。「無個性」の出久がどうして雄英に?
中学に入ってから個性が発現したのだろうか。そんなことは実際にあることだったか。疑問に思った。
でも、昔からヒーローを夢見ていた出久に「個性」があるのは、喜ぶべきことなんだろう。
「今日って式とかガイダンスだけなのかな? 先生ってどんな人なんだろうね、緊張するね」
出久の後ろにいたほわっとした雰囲気の人が私たちに話しかける。出久は私以外の女子に免疫がないので、しどろもどろになりながら答えていた。
「お友達ごっこしたいなら他所へ行け。ここは……ヒーロー科だぞ」
私たちが立ち話をしていた後ろ――教室外の廊下に蓑虫のようなものがいた。と言うか寝ていた。まあ、蓑虫と言っても、寝袋にくるまっている髭面のおっさんだ。
「ハイ、静かになるまでに八秒かかりました。時間は有限。君たちは合理性に欠くね」
もそもそと起き上がり寝袋から出てくる蓑虫のような人。口ぶりから察するに、この学校の先生みたいだ。
雄英の授業はプロヒーローが行っている。というのはあまりにも有名な話なので、つまり、
「……この人もプロのヒーロー?」
「出久、知ってる?」
「うーーん……」
ヒーローオタクの出久に訊く。何かが引っかかっているみたいだ。
「担任の相澤消太だ。よろしくね」
私たちの担任だったのか!
「早速だが体操着を着てグラウンドに出ろ」
寝袋の中から雄英高校指定の体操着が出される。
早速すぎではないですかね、先生。
二
「個性把握テスト⁉」
「入学式は⁉ ガイダンスは⁉」
突然のことに驚きの声が上がる。
「ヒーローになるならそんな悠長な行事出る暇ないよ」
「……⁉」
「雄英は自由な校風が売り文句。そしてそれは先生側も然り」
それはそれとして入学式はやるべきなのではないか。いいのか、自由すぎていいのか。
「ソフトボール投げ、立ち幅跳び、五〇メートル走、持久走、握力、反復横跳び、上体起こし、長座体前屈。中学の頃からやってるだろ? 個性禁止の体力テスト。国は未だ画一的な記録をとって平均を作り続けている。合理的じゃない。まあ、文部科学省の怠慢だよ」
お馴染みの体力テストの競技名を並べ立てられ、ついでに相澤先生の愚痴が混ざる。
「個性把握テスト」と言うからには、この種目を個性発動させてやるっていうことだろうか。
「爆豪、中学の時ソフトボール投げ何メートルだった」
「六七メートル」
個性なしでそれはスゴイな、勝己。
「じゃあ、個性使ってやってみろ。円から出なきゃ何してもいい。早よ。思いっきりな」
先生が渡したのは、普通のソフトボールではなかった。
サイズはソフトボールと変わりはしないが、特殊な機械が入っているタイプのもの。計測ができるタイプあたりか。
「んじゃまあ…………死ねぇ‼」
何でそのセリフなのか。よりにもよってそれを言っちゃうかな。
「まず、自分の『最大限』を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段」
先生の手元の端末が示した数値。勝己の爆破によって勢いを増したボールは遥か彼方へと飛んで行った。
「七〇五メートルってマジかよ」
「個性思いっきり使えるんだ‼ ヒーロー科‼」
クラスの人たちが口々に面白そうと言う。こんなこと、ヒーロー科に入らなきゃできないやつだ。
「……面白そう……か。ヒーローになる為の三年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい? よし、トータル成績最下位の者は見込みなしと判断し、除籍処分としよう」
「はあああ⁉」
これはマズイ。運動神経はいい方ではあるけれど“個性”を使った体力テストで最下位を免れることなんてできるのか⁉
「最下位除籍って……! 入学初日ですよ⁉ いや、初日じゃなくても……理不尽過ぎる‼」
クラスの人たちから声が上がる。
苦労して入学したのに最下位になったら除籍なんて、あんまりだ。
「自然災害……大事故……身勝手な敵たち……いつどこから来るかわからない厄災。日本は理不尽にまみれている。そういう理不尽を覆していくのがヒーロー。放課後マックで談笑したかったらお生憎。これから三年間雄英は君たちに苦難を与え続ける。“Plus(プルス) Ultra(ウルトラ)”さ。全力で乗り越えてこい」
これがヒーロー科の最高峰、雄英高校というわけか。
本当にどうしよう。水場なら強いけど、体力テストの内容には水泳はない。
「奏」
「なに、勝己」
「おまえに勝ち目はねぇな」
なんだ、その勝ち誇った顔は。ムカつくな。
けど、実際問題私の“個性”じゃ、さっきの勝己みたいな大記録を叩き出すことができない。
自力勝負。それしかない。
現在、ソフトボール投げまでの五種目が終了した。
もうすでに何人かが個性を使って大記録を出している。
中学時代から女子の中では体力テストの成績はよかったからなんとか食らいつけているが、この調子だとほぼ下位層で間違いないだろう。
「緑谷くんはこのままだとまずいぞ……?」
ソフトボール投げの計測は出久の番になった。
出久も私と同じく、これまでの種目で記録は普通そのものだ。
こんな様子で、本当に出久は個性を発現したのか?入試なんかは“無個性”到底何もできないはずだ。
「ったりめーだ。無個性の雑魚だぞ!」
「勝己‼ 言い方!」
勝己が出久を馬鹿にしたように言う。怒って私は勝己の肩を叩いた。
「無個性⁉ 彼が入試時に何を成したのか知らんのか⁉」
「は⁉」
飯田くんの言葉に私たちは訳が分からないという顔になる。
「い、飯田くん、出久は何をしたの?」
「それが――」
どうにも、飯田くんは入試の時出久と同じ会場だったらしい。ちなみに教室前で話していた女の子も同じ会場だったとのこと。
そして、飯田くんが教えてくれたのが――
〇ポイントの敵をぶん殴って倒した……
「あの、出久が……?」
私の記憶の中で出久は個性がない。個性を使っているのなんて一度も見たことがなかったし、本人から自分は“無個性”だって言われたんだ。四歳の頃からずっと。間違えるはずがない。
「――個性を消した」
出久の平凡な一投目の後、相澤先生が出久に近づいて何かを話す。
「つくづくあの試験は……合理性を欠くよ。おまえのような奴も入学できてしまう」
「消した……‼ あのゴーグル……そうか……! 抹消ヒーローイレイザーヘッド‼」
名前を辛うじて知っているヒーローだ。アングラ系のヒーローでほとんどメディアにも露出していない。
そんなヒーローだとわかるなんて、相変わらず詳しいな、出久は。
「見たとこ……“個性”を制御できないんだろ? また行動不能になって誰かに救けてもらうつもりだったか?」
「どういうこと?」
これは本人にしかわからない内容のようだ。
「彼が心配? 僕はね……全っ然」
なんかキラキラとした人が話しかけてきたけど、無視して出久を見た。
最後のチャンス、二投目に向かう。
「指導を受けていたようだが」
「除籍宣告だろ」
勝己が冷たく言う。
「出久~頑張れ~」
酷い奴な勝己を横目に出久にエールを送る。
「てめぇなんでデクの応援してんだよ‼」
「別に幼馴染なんだからいいでしょ」
「へー幼馴染なんだー」
教室前で話していたほわっとした雰囲気の子に話しかけられる。
「うん。中学は別だったんだけど。あ、私、魚住奏」
「麗日お茶子です! よろしく!」
その名の通り、麗らかな人だ。
出久がボールを振りかぶる。何かブツブツと言っている。
そして、大きな衝撃。爆風にも似ている。
出久のボールは遥か彼方へ飛んでいく。七〇〇メートル越えの記録だ。
出久の指はボロボロだった。そこにだけ“個性”を使った。多分、増強型だ。でも、まるでつい最近に“個性”が発現して制御できないみたいな印象だ。
「やっとヒーローらしい記録出したよー」
「指が腫れ上がっているぞ。入試の件といい……おかしな個性だ」
「スマートじゃないよね」
近くで見ていた人たちは、安心したように話す。でも、私と勝己は困惑しっぱなしだ。
「どー言うことだ! こらワケを言え‼ デクてめぇ‼」
「うわああ‼」
キレた勝己は掌に力を込めてあっという間に私の隣から消えて出久の方に走って行く。
「勝己ぃぃ⁉」
止めることもできなかった勝己が細長いもので縛り付けられる。相澤先生だ。
「んぐぇ‼ ぐっ……んだこの布固っ……‼」
「炭素繊維に特殊合金の鋼線を編み込んだ『捕縛武器』だ。ったく何度も個性を使わすなよ……俺はドライアイなんだ」
目で見た者の個性を消す個性……強い個性なのにもったいない……
全種目の測定が終わり、結果発表となった。
出久は指の怪我の所為で残りの種目はガタガタだった。
私はというと何とか食らいつくことができた。
「んじゃ、パパっと結果発表。トータルは単純に各種目の評点を合計した数だ。口頭で説明すんのは時間の無駄なので、一括開示する。ちなみに除籍はウソな」
順位表が一瞬映し出されてすぐに消えた。
全員が絶句だった。一部は声にならない悲鳴を出していたけど。
私もびっくりだ。正直さっきまで頑張ったのって一体何の為だったんだ。
「君らの最大限を引き出す合理的虚偽」
まさかの想像の斜め上からの発言になんと返せばいいのかわからない私たち。
「あんなのウソに決まってるじゃない……ちょっと考えればわかりますわ」
いや、さすがにこれはわかりませんわ……
だって、相澤先生除籍って言い出したときは本気だったでしょ。
「そゆこと。これにて終わりだ。教室にカリキュラム等の書類あるから目ぇ通しとけ」
教室に戻る道すがら一瞬映し出された結果の順位を思い出す。私は下から数えた方が早い位置にいた。出久なんか最下位だ。合理的虚偽で助かった。
――そういえば、珍しいな。
勝己が「一番」じゃない。
三
教室の書類を一通り目に通して帰り支度をする。
窓際の席の勝己に声をかけに行った。
勝己は体力テストが終わってから機嫌が悪い。まあ、納得いかないところもあるからなんだろうけど。目付きが悪いのはよくない。
「いつまでも拗ねるなよ、子どもか」
「うっせーー‼」
呆れると口悪く返ってくる。子どもだな、勝己ってば。
「ほら、帰るよ。勝己」
勝己の腕を引っ張った。座っているのに、ズボンのポッケに手を突っ込んでいたのか、この男。
「奏んちどこだよ」
勝己の言葉に送ってくれるつもりだったということが伝わる。
こういうこと言うから大好きなんだよ、コノヤロー。
「言い忘れてた。私戻ってきたんだ」
小学校まで私の家は勝己の家と隣同士。おかげで付き合いも生まれた時からだ。中学入学をきっかけにその家からは引っ越したのだが、兄の仕事も落ち着いた。私も雄英入学を決めた。ということで、今までの家に戻ってきたのだ。
また勝己の隣に戻ってきたのだ。
「また、よろしく。勝己」
発光する赤子が生まれたというニュースだった。以降、各地で「超常」は発見され、原因も判然としないまま時は流れる。
いつしか「超常」は「日常」に……「架空(ゆめ)」は「現実」になった。
世界総人口の約八割が何らかの“特異体質”――“個性”を持つ超人社会となった現在、混乱渦巻く世の中でかつて誰もが空想し、憧れた一つの職業が脚光を浴びていた。
「ヒーロー」
「超常」に伴い、爆発的に増加した犯罪件数。法の抜本的改正に国がもたつく間、勇気ある人々がコミックさながらにヒーロー活動を始めた。
私――魚住奏もヒーローを目指している。
“個性”は「人魚」。人魚っぽいことなら大体できて、歌で人を惑わすことができる個性だ。
あまりヒーロー向きの個性ではない。派手ではないし、攻撃系の個性ではない。それでも、私の夢は昔から「ヒーロー」だ。
理由は、小さい頃から一緒に過ごしてきた幼馴染の二人。
二人ともヒーローになることが夢だ。
爆豪勝己。“個性”は爆破。
派手で格好良くて、ヒーロー向きの個性。
緑谷出久。“個性”がない「無個性」。でも、誰よりヒーローが大好き。
勝己はいつも出久をいじめる。何もできない木偶の棒って言って。
勝己のそういう所は好きではないけれど、勝己はいつも私を守ってくれて。私のヒーローで、大好きな人だ。
大切な二人が憧れたヒーロー。私も自然とヒーローに憧れた。
いつか、ヒーローになるんだと。
小学校の終わり。私は中学入学を境に引っ越すことになる。理由は兄の勤務地の問題だった。
離ればなれになるけれど、同じヒーローの夢を目指していれば、きっとまた会えると信じて、私はヒーローになるための努力を続けた。
そして、私は雄英高校に進学する。
一
雄英は、多くのヒーローを輩出してきた高校で、全国に数あるヒーロー科の最高峰だ。倍率は毎年三〇〇を越える。
こんな凄い所に受験する理由は、勝己に会えると思ったからだ。
勝己なら必ず、最高峰の雄英に来るだろうと。勝己と一緒に最高峰の雄英でヒーローを目指したかった。
二月二六日。雄英高校一般入試実技試験の日がやって来た。
試験の内容は、仮想敵を行動不能にしてポイントを稼ぐという内容。ちなみに、ポイントは一ポイント、二ポイント、三ポイントとなっていて、仮想敵の攻略難易度によってポイントは高くなる。
もちろん、私の“個性”では圧倒的に不利な試験内容だ。「戦闘力」がヒーローに必要なのは明らかなのだから、やることはただ一つ。
この身一つで最低限の戦闘力を補うこと。子供の頃からやっていた護身術、そして中学時代は道場に通っていた合気道が花を開いたのである。
十分の実技演習はあっという間。仮想敵と戦って怪我していた人を救けていたらすぐに終わってしまった。
自分が仮想敵を倒したポイントは数えてあった。絶対に合格だと言えるポイントではない。不安を抱えながら一週間が過ぎることとなる。
一週間後。雄英から手紙が届いた。
封筒を開けて映像媒体から映し出されたのは、有名な雄英高校の校長。
結果は合格。椅子から転がり落ちて痛む頭をさする。隣で知らせを待ってくれていた兄は大泣きして、私は息をついた。
そして、待ちに待った春。
入学初日、真新しい制服に身を包み、地下鉄乗り継ぎ四〇分の雄英へ向かった。
一年A組。ここが私のクラスだ。
バリアフリーの為なのかなんなのかの大きな扉に少し気後れしながら教室のドアを開ける。すでにかなりの人が来ていた。そして、そこに見覚えのある色素の薄い爆発頭が不機嫌に座っていた。
「勝己‼」
いの一番に大好きな人の名を呼んだ。
「あ?」
最後に会った頃よりも低くなった声に時の流れを感じさせたけど、根本的な所は変わっていなかった。
「会いたかった! 勝己‼」
教室の入り口から壁際の席に座っている勝己に勢いよく近づいた。
「誰だてめぇ‼」
勝己が警戒して距離を取る。
最後に会ったのは、中学入学前。大体三年前になる。この三年間で背は伸びたし、髪型もちゃんとするようになったから印象は変わっているかもしれない。
でも、昔から目立っていた青い髪色を見て何も思い出してくれなかったのは、ちょっとショックだ。
「私だよ、私! 奏、魚住奏!」
「は、奏……?」
勝己がぽかんとする。
勝己ってばイケメンになったんだな。強面ではあるけど。
勝己の思考が追いつくまで勝己の顔を眺めている。すぐに勝己の呆けた顔から鋭い目つきへと変わる。
「んでお前も雄英に来とンだ‼」
「な、なんでも何もヒーローになるために決まってるでしょ⁉」
どうやら勝己は私が雄英に来るとは思っていなかったようだ。昔から私は弱いからヒーローになれないだろって言ってきた男だ。本当に思いもよらなかったんだろう。
「君たち! 騒がしいぞ‼」
全体的に四角い雰囲気の眼鏡の人が話しかけてきた。いや、話しかけてきたというよりは注意しにやってきた。
「それに、机に足をかけるな! 雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないのか⁉」
眼鏡の人の言う通り、勝己はヤンキーよろしく机に足を乗っけていた。これは怒られて当然だ。
「思わねーよ! てめーどこ中だよ、端役が!」
まるで不良のテンプレのようなセリフを言う勝己。
「ぼ……俺は私立聡明中学出身、飯田天哉だ」
「聡明~~? クソエリートじゃねぇか。ぶっ殺し甲斐がありそうだな」
「君ひどいな。本当にヒーロー志望か⁉」
勝己の暴言に引き気味の飯田くん。全くですよ。と心の中で相槌を打った。
「見ない間に口悪くなりすぎじゃない?」
昔から勝己の口は悪かったが、中学三年間で拍車が掛かりすぎている。一体何をしてきたんだ、この男は。
でも、勝己はみみっちぃから、内申は気にして先生には取り繕っていたんだろうと見当がつく。
「――奏ちゃん……?」
教室の入り口から名前を呼ばれる。
「――出久‼」
もう一人の幼馴染、緑谷出久が教室の入り口に立っていた。
「久しぶりだね、奏ちゃん……」
「久しぶり! 出久‼ まさか、出久も雄英に来ていたなんて!」
出久とも三年会っていないことになる。久しぶりの再会に私は、出久の手を取って喜んだ。
「デク……」
自分の席に置き去りにされた勝己が唸るように出久を呼ぶ。子供の頃からの蔑称。「木偶の棒」の「デク」。まだこんな酷いあだ名で呼んでいるのか。
「ねぇ、勝己の機嫌が超悪いんだけど……なんで?」
「ちょ、ちょっと、ね……」
出久が少し戸惑ったように返した。
そこではたと思い至る。「無個性」の出久がどうして雄英に?
中学に入ってから個性が発現したのだろうか。そんなことは実際にあることだったか。疑問に思った。
でも、昔からヒーローを夢見ていた出久に「個性」があるのは、喜ぶべきことなんだろう。
「今日って式とかガイダンスだけなのかな? 先生ってどんな人なんだろうね、緊張するね」
出久の後ろにいたほわっとした雰囲気の人が私たちに話しかける。出久は私以外の女子に免疫がないので、しどろもどろになりながら答えていた。
「お友達ごっこしたいなら他所へ行け。ここは……ヒーロー科だぞ」
私たちが立ち話をしていた後ろ――教室外の廊下に蓑虫のようなものがいた。と言うか寝ていた。まあ、蓑虫と言っても、寝袋にくるまっている髭面のおっさんだ。
「ハイ、静かになるまでに八秒かかりました。時間は有限。君たちは合理性に欠くね」
もそもそと起き上がり寝袋から出てくる蓑虫のような人。口ぶりから察するに、この学校の先生みたいだ。
雄英の授業はプロヒーローが行っている。というのはあまりにも有名な話なので、つまり、
「……この人もプロのヒーロー?」
「出久、知ってる?」
「うーーん……」
ヒーローオタクの出久に訊く。何かが引っかかっているみたいだ。
「担任の相澤消太だ。よろしくね」
私たちの担任だったのか!
「早速だが体操着を着てグラウンドに出ろ」
寝袋の中から雄英高校指定の体操着が出される。
早速すぎではないですかね、先生。
二
「個性把握テスト⁉」
「入学式は⁉ ガイダンスは⁉」
突然のことに驚きの声が上がる。
「ヒーローになるならそんな悠長な行事出る暇ないよ」
「……⁉」
「雄英は自由な校風が売り文句。そしてそれは先生側も然り」
それはそれとして入学式はやるべきなのではないか。いいのか、自由すぎていいのか。
「ソフトボール投げ、立ち幅跳び、五〇メートル走、持久走、握力、反復横跳び、上体起こし、長座体前屈。中学の頃からやってるだろ? 個性禁止の体力テスト。国は未だ画一的な記録をとって平均を作り続けている。合理的じゃない。まあ、文部科学省の怠慢だよ」
お馴染みの体力テストの競技名を並べ立てられ、ついでに相澤先生の愚痴が混ざる。
「個性把握テスト」と言うからには、この種目を個性発動させてやるっていうことだろうか。
「爆豪、中学の時ソフトボール投げ何メートルだった」
「六七メートル」
個性なしでそれはスゴイな、勝己。
「じゃあ、個性使ってやってみろ。円から出なきゃ何してもいい。早よ。思いっきりな」
先生が渡したのは、普通のソフトボールではなかった。
サイズはソフトボールと変わりはしないが、特殊な機械が入っているタイプのもの。計測ができるタイプあたりか。
「んじゃまあ…………死ねぇ‼」
何でそのセリフなのか。よりにもよってそれを言っちゃうかな。
「まず、自分の『最大限』を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段」
先生の手元の端末が示した数値。勝己の爆破によって勢いを増したボールは遥か彼方へと飛んで行った。
「七〇五メートルってマジかよ」
「個性思いっきり使えるんだ‼ ヒーロー科‼」
クラスの人たちが口々に面白そうと言う。こんなこと、ヒーロー科に入らなきゃできないやつだ。
「……面白そう……か。ヒーローになる為の三年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい? よし、トータル成績最下位の者は見込みなしと判断し、除籍処分としよう」
「はあああ⁉」
これはマズイ。運動神経はいい方ではあるけれど“個性”を使った体力テストで最下位を免れることなんてできるのか⁉
「最下位除籍って……! 入学初日ですよ⁉ いや、初日じゃなくても……理不尽過ぎる‼」
クラスの人たちから声が上がる。
苦労して入学したのに最下位になったら除籍なんて、あんまりだ。
「自然災害……大事故……身勝手な敵たち……いつどこから来るかわからない厄災。日本は理不尽にまみれている。そういう理不尽を覆していくのがヒーロー。放課後マックで談笑したかったらお生憎。これから三年間雄英は君たちに苦難を与え続ける。“Plus(プルス) Ultra(ウルトラ)”さ。全力で乗り越えてこい」
これがヒーロー科の最高峰、雄英高校というわけか。
本当にどうしよう。水場なら強いけど、体力テストの内容には水泳はない。
「奏」
「なに、勝己」
「おまえに勝ち目はねぇな」
なんだ、その勝ち誇った顔は。ムカつくな。
けど、実際問題私の“個性”じゃ、さっきの勝己みたいな大記録を叩き出すことができない。
自力勝負。それしかない。
現在、ソフトボール投げまでの五種目が終了した。
もうすでに何人かが個性を使って大記録を出している。
中学時代から女子の中では体力テストの成績はよかったからなんとか食らいつけているが、この調子だとほぼ下位層で間違いないだろう。
「緑谷くんはこのままだとまずいぞ……?」
ソフトボール投げの計測は出久の番になった。
出久も私と同じく、これまでの種目で記録は普通そのものだ。
こんな様子で、本当に出久は個性を発現したのか?入試なんかは“無個性”到底何もできないはずだ。
「ったりめーだ。無個性の雑魚だぞ!」
「勝己‼ 言い方!」
勝己が出久を馬鹿にしたように言う。怒って私は勝己の肩を叩いた。
「無個性⁉ 彼が入試時に何を成したのか知らんのか⁉」
「は⁉」
飯田くんの言葉に私たちは訳が分からないという顔になる。
「い、飯田くん、出久は何をしたの?」
「それが――」
どうにも、飯田くんは入試の時出久と同じ会場だったらしい。ちなみに教室前で話していた女の子も同じ会場だったとのこと。
そして、飯田くんが教えてくれたのが――
〇ポイントの敵をぶん殴って倒した……
「あの、出久が……?」
私の記憶の中で出久は個性がない。個性を使っているのなんて一度も見たことがなかったし、本人から自分は“無個性”だって言われたんだ。四歳の頃からずっと。間違えるはずがない。
「――個性を消した」
出久の平凡な一投目の後、相澤先生が出久に近づいて何かを話す。
「つくづくあの試験は……合理性を欠くよ。おまえのような奴も入学できてしまう」
「消した……‼ あのゴーグル……そうか……! 抹消ヒーローイレイザーヘッド‼」
名前を辛うじて知っているヒーローだ。アングラ系のヒーローでほとんどメディアにも露出していない。
そんなヒーローだとわかるなんて、相変わらず詳しいな、出久は。
「見たとこ……“個性”を制御できないんだろ? また行動不能になって誰かに救けてもらうつもりだったか?」
「どういうこと?」
これは本人にしかわからない内容のようだ。
「彼が心配? 僕はね……全っ然」
なんかキラキラとした人が話しかけてきたけど、無視して出久を見た。
最後のチャンス、二投目に向かう。
「指導を受けていたようだが」
「除籍宣告だろ」
勝己が冷たく言う。
「出久~頑張れ~」
酷い奴な勝己を横目に出久にエールを送る。
「てめぇなんでデクの応援してんだよ‼」
「別に幼馴染なんだからいいでしょ」
「へー幼馴染なんだー」
教室前で話していたほわっとした雰囲気の子に話しかけられる。
「うん。中学は別だったんだけど。あ、私、魚住奏」
「麗日お茶子です! よろしく!」
その名の通り、麗らかな人だ。
出久がボールを振りかぶる。何かブツブツと言っている。
そして、大きな衝撃。爆風にも似ている。
出久のボールは遥か彼方へ飛んでいく。七〇〇メートル越えの記録だ。
出久の指はボロボロだった。そこにだけ“個性”を使った。多分、増強型だ。でも、まるでつい最近に“個性”が発現して制御できないみたいな印象だ。
「やっとヒーローらしい記録出したよー」
「指が腫れ上がっているぞ。入試の件といい……おかしな個性だ」
「スマートじゃないよね」
近くで見ていた人たちは、安心したように話す。でも、私と勝己は困惑しっぱなしだ。
「どー言うことだ! こらワケを言え‼ デクてめぇ‼」
「うわああ‼」
キレた勝己は掌に力を込めてあっという間に私の隣から消えて出久の方に走って行く。
「勝己ぃぃ⁉」
止めることもできなかった勝己が細長いもので縛り付けられる。相澤先生だ。
「んぐぇ‼ ぐっ……んだこの布固っ……‼」
「炭素繊維に特殊合金の鋼線を編み込んだ『捕縛武器』だ。ったく何度も個性を使わすなよ……俺はドライアイなんだ」
目で見た者の個性を消す個性……強い個性なのにもったいない……
全種目の測定が終わり、結果発表となった。
出久は指の怪我の所為で残りの種目はガタガタだった。
私はというと何とか食らいつくことができた。
「んじゃ、パパっと結果発表。トータルは単純に各種目の評点を合計した数だ。口頭で説明すんのは時間の無駄なので、一括開示する。ちなみに除籍はウソな」
順位表が一瞬映し出されてすぐに消えた。
全員が絶句だった。一部は声にならない悲鳴を出していたけど。
私もびっくりだ。正直さっきまで頑張ったのって一体何の為だったんだ。
「君らの最大限を引き出す合理的虚偽」
まさかの想像の斜め上からの発言になんと返せばいいのかわからない私たち。
「あんなのウソに決まってるじゃない……ちょっと考えればわかりますわ」
いや、さすがにこれはわかりませんわ……
だって、相澤先生除籍って言い出したときは本気だったでしょ。
「そゆこと。これにて終わりだ。教室にカリキュラム等の書類あるから目ぇ通しとけ」
教室に戻る道すがら一瞬映し出された結果の順位を思い出す。私は下から数えた方が早い位置にいた。出久なんか最下位だ。合理的虚偽で助かった。
――そういえば、珍しいな。
勝己が「一番」じゃない。
三
教室の書類を一通り目に通して帰り支度をする。
窓際の席の勝己に声をかけに行った。
勝己は体力テストが終わってから機嫌が悪い。まあ、納得いかないところもあるからなんだろうけど。目付きが悪いのはよくない。
「いつまでも拗ねるなよ、子どもか」
「うっせーー‼」
呆れると口悪く返ってくる。子どもだな、勝己ってば。
「ほら、帰るよ。勝己」
勝己の腕を引っ張った。座っているのに、ズボンのポッケに手を突っ込んでいたのか、この男。
「奏んちどこだよ」
勝己の言葉に送ってくれるつもりだったということが伝わる。
こういうこと言うから大好きなんだよ、コノヤロー。
「言い忘れてた。私戻ってきたんだ」
小学校まで私の家は勝己の家と隣同士。おかげで付き合いも生まれた時からだ。中学入学をきっかけにその家からは引っ越したのだが、兄の仕事も落ち着いた。私も雄英入学を決めた。ということで、今までの家に戻ってきたのだ。
また勝己の隣に戻ってきたのだ。
「また、よろしく。勝己」
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