どうせならもっと
※
サフバロ。致しているだけの少し甘めなサーフ視点。R18。
相手を追い詰めて余裕のない反応を愉しんでいたはずが、ちゃんと気持ちよくなって乱れてくれないと嫌、になっていたサーフの話。
※
汗に濡れた体躯を引き寄せたまま、数回腰を打ちつける。引き締まった臀の肉が鼠径部にぶつかる音が高く響いた。互いの肌に浮いた汗が弾けて混じりあう。
縄張りの下層、ほとんどの構成員が立ち入らない区画の片隅に与えた部屋は薄闇に呑まれていた。隅の方に配された照明が、ぼんやりと橙の光を投げかける。寝台横の壁に、交わる二人分の影が踊るのを横目に見る。
背をのけぞらせて空気を求めた男が、肩越しにこちらの様子をうかがったのが、影の動きでわかった。そっと目を落とせば、敷布を固く握りしめた拳は小刻みに震えている。持ち上げた視線が、青色のそれとぶつかった。こうした行為にも快楽を得られるようになった瞳は、それでも「まだ終わらないのか」「さっさと済ませろ」と挑発してくるようだ。内側を散々にかき回されて、とろとろにした粘膜でこちらの欲望を奥までくわえこんだ状態でも。思わず感心のため息がこぼれる。
抵抗なんてものはこちらを煽るだけだと、屈強な全身のあちこちに残る傷痕と一緒に、丹念に刻みこんできた。
通り過ぎる嵐を待つように、人形に徹しようとしていることは知っている。だから今向けてきたような目つきも、当人にはこちらを刺激する意図などまったくないのだ。無意識の扇情。難儀なものだと思う。
自身の口元が緩むのを覚えながら、望み通り終わらせにかかる。ゆるく勃ち上がったままの前を少し乱暴に扱いて、いつものように、跳ねた臀部が己の腹にぴったり吸いつくように逃げてくるのを迎えた。のけぞった喉から押し出されたうめき声が心地よく耳朶をくすぐる。とろけるような最奥の感触に自身の先端が触れるのを感じた。
「……すごいな、中。わかるか、こんなになってる」
わざと声に出して告げながら、じれったいくらいゆっくりと腰を引く。ひくついた内壁が、追いすがるように己の肉を抱きしめてくる。追い詰められた獲物が発するか細い喘鳴が、湿った吐息に混じって漏れ聞こえてくた。太い首をねじって振りむこうとする首筋に汗が光っている。
こういうときは、と笑みをこぼす。この奥への刺激を欲しがっているのが一体誰なのか、時間をかけて思い出させてやるのが常だ。たいていそうやって追いこまれるはめになっているというのに、毎度驚き、信じられないという目でこちらを見るのがおかしかった。
逃げを打つ亀頭を左の手のひらで雑にこね回し、もう一方の手の甲で腰骨のあたりをしつこくくすぐってやる。
「ん、っ……う」
目に見えて余裕を失っていく様を眺めながら、覆いかぶさった背の筋から腰にかけてを舌先でなぞった。これまでこの体に残してきた傷の名残を丹念に舐り、甘さを含んだ息が鼻に抜けていくのを聞く。頭の奥が痺れてくる。
深々とこちらをくわえこんだまま、男はもどかしげに臀を揺すった。下肢の筋肉がびくびくと震えるのが伝わってきて、己の笑みが深くなるのを感じる。
しばらく奥へは決定的なものを与えてやらぬまま――緩やかな刺激に悶える肢体に軽く歯を立てる。ぬるい息を吹きかける。震える肌に舌を這わせる。
喉からこぼされる吐息が、一層切迫感を増していった。寝台の上にうなだれて激しく首を振る様子を見下ろして、腹の中側をくすぐられるような心地を味わう。粘液で汚れていない方の右手を伸ばし、乱れた青い髪をもとのとおりになでつけてやった。普段以上に熱を帯びた耳の後ろ側を指先がかすめただけで、ひ、と総身を強張らせるのがたまらない。
どれだけの時間、そうしていたか。
「腰、止まらないな」
引っこめた左手で座骨のあたりをさすりながら、面白がるような声を投げれば、汗の光る肩がぎくりと強張った。絡みついてくる肉と粘膜の感触に目を細めて、少しだけ中をかき回してやる。切なそうな声をこぼして、ねだるように押しつけられる臀部。体を支えるために突っ張られた四肢の痙攣。のけぞらされる喉。一つ一つの反応が劣情をくすぐっていく。
重たげな瞼越しに自身を振り向いた瞳が、すっかり反抗心を萎えさせている様を見てとれば、下腹部へと体中の血が集まっていくような心地を覚えた。背中を得体のしれない感覚が走り抜け、頭の中が脈の音でやかましくなる。
唇を下で湿らせる。なけなしのプライドが崩れ去る瞬間は、何度味わっても格別だ。熱に浮かされた頭が、こちらをその気にさせるための言葉をどうにかして捻り出そうとする。
今回はなにが出てくるか。目を細めて唇を舐めた。
もう許してくれ、というのは昨日も聞いた。やめてくれという意図なら聞き入れてやったことなどないのに、この男の口からしきりに繰り返される言葉だ。どうしてこんな真似を、という言葉も、たいてい組み合わせて使われる。
どうしてなんて訊かれても、そうしたいからとしか言えないし、許すもなにも、罰しているわけじゃない。お前だって体中こんな具合にして、ただ歯を鳴らして震えていただけの頃とは違うだろ。二人でそういうやり方を覚えた。楽しめるようになったんだ、時間をかけて。そんなことを耳元にささやきかけながら、物干しげにひくつく奥まで固くなった己を侵入させていったあとは、意味をなさない調子外れの音節と、互いの体液が混ざる湿った音ばかりが部屋の中に響いていた。思い出すだけで喉が鳴る。
すぐにでもめちゃくちゃに突き回したくなるのをこらえて、しっとりと汗ばんだ左の骨盤のあたりを覗きこむ。昨日の情事の名残。くっきりと浮き上がった指の形の痣が、薄明かりに照らされて悩ましくうごめいているのが見てとれた。この手が、この体に刻んだものの一つ。陶然とした気分が湧き上がってくる。
鬱血した箇所を軽く指先でなぞり、先日したのと同じように手を這わせてみた。
「……!」
同時に、筋肉に覆われた体躯がこわばり、弾かれたように反らされた頬の線が、わずかに歪んだことに気がついた。わけもわからぬまま、無意識に手を引っこめる。頭の奥の方は相変わらずドクドクとやかましいままだ。
「……痛むのか」
そんな言葉が喉元から飛び出してきて、自分でも驚いた。
与える痛みに耐える表情、こちらが次に選ぶ行動を恐れる素振りから昂ぶりを得ていた時期が確かにあった。それなのに、今このとき――熱にとろけた相貌へ、ノイズのように混じりこんだ苦痛の気配が、ひどく場違いなものに思えて仕方ない。
男は理解できないものを見るような色を、肩越しにこちらを仰いだ両目に過ぎらせた。「どうしてお前がそんなことを気にする」とでも言うような目つきに、落ち着かない気分になる。
わけのわからない焦燥感が、胸のあたりをざわつかせていた。確かなのは、今ほしいのはそうした反応ではない、ということだ。
突き動かされるように、引っこめた指先を硬さのある体毛の先へと潜らせる。息を呑んで体を縮める気配。股の間に力なくぶら下がっている先端をこねると、乾いた表皮を引っ張るような感触があった。
「ぃ、……ッ」
先程さらして見せたのとは全く違う反応に、ぎょっとする。前のめりに逃げをうった体を逃さぬように、慌てて腹部に腕をまわした。緩やかな抵抗にあう。肘がしたたかに脇腹を打った。
しばらくそのまま押さえこんでいると、観念したようにうなだれた男の指が敷布をきつく掴んだ。
乱れた呼気が空気を震わせる。胸郭の向こうで心拍が暴れているのが伝わってきた。
萎えきった陰茎が、手のひらの中で更に張りをなくしていくようだ。腹に回していた腕に、ぎこちなく持ち上げられた男の手が触れる。微かな震え。緊張の匂い。身構えているのだとすぐに察した。抵抗は、こちらの昂ぶりを刺激するだけ。
「……」
これまでなら、と唇を舐める。不注意をせせら笑い、なにが起きるかをじっくり思い出させてやっていた。怒りに燃え、まっすぐに己の姿を映していた両目が、放心してどこにも焦点を結ばなくなるまで。明確な敵意をもって繰り出された手足が、血と体液でべとつく敷布の上へと、力なく投げ出されるまで。
そうした反抗や攻撃性を見せる段階はとっくに過ぎ去っていた。
掠れた声が耳朶を打つ。痛くしないでくれ、せめて……
思わず喉を鳴らしてから、宥めるように胸の下あたりを叩いてやる。広い肩がぎくりと強張った。
「……そうだな。さっきは、痛くて驚いただけ」
穏やかな声を投げれば、探るような視線が返ってきた。硬い頬の線に浮かびかけた安堵を踏みにじってやるのも悪くないが、それはべつの機会でいい。
「時間をかけすぎたみたいだ。どうすれば痛くない? 教えてくれ」
腰を引き、一度だけ奥を突いてやる。たまらずに上半身を反らせた男が、左の手首を震える指で掴んだ。引き寄せられるままに任せれば、そのうち熱い吐息が指の付け根に吹きかかる。それから、指先にぬるりと舌が絡んで来る感触。指の腹へ、手のひらへ、温い唾液が滴ってくる。
茹だった頭で状況を理解した。この男なりにできることをして、こちらの求めに応じようとしているのだと。舌先が地肌をくすぐる感覚に軽く笑いをこぼし、濡れた音を立ててしゃぶりついてくるのを受け入れた。
やがて、ためらいがちに下腹部へと導かれた手のひらで、先端をやんわり刺激してやる。
「ん、ッ……」
期待した通りの甘い音が男の鼻から抜けていくのを耳にして、口元に満ち足りた笑みが浮かぶのを自覚する。もっと乱れるところがみたい。
ひくりと震えた鈴口を拭うように撫で回してやれば、息を詰めた口から耳慣れない言葉が途切れ途切れに転がり出た。「もう少し、ゆっくり」と聞こえた。思わず身を乗り出して聞き返すと、同じ言葉が繰り返される。意識して手つきを変えてみる。陶然としたため息が吐き出されて、正解に近づいたのだと伝えてきた。
「こう?」
「ッ、は、ぁ……う、」
肉杭をくわえこんだ腰が、こちらの動きに合わせて緩やかに律動を刻む。悩ましく悶える腹に腕を回し、体をぴったりと添わせたまま、前を刺激するほどにぎゅうぎゅうと食いついてくる内壁の感触を楽しむ。
「いい?」
「い、い……っ、……奥……奥も、揺すって……」
回らない舌の紡ぎ出した言葉が途中で途切れる。
一瞬、なにを耳にしたのか理解が追いつかなかった。そんなふうに続きをねだられるなど、これまでにない事態だ。
「いま、なんて?」
弱々しく頭を振って応じない男に、当惑して唇を舐めた。こうか? と間抜けのように繰り返し、腰をぴたりと押しつけて揺すってみる。途端に苦しげなうめき声で応じられて、慌てて動きを止めた。汗が己の頬を滴り落ちていくのを感じる。
「苦しいのか? こっちも……ゆっくり、優しく?」
「……それ、は……」
逡巡のあと、絶え絶えの呼気とともに吐き出された、消え入りそうな言葉。それが腹に落ちた途端、頭の芯がとろけていく。ひくつく内側の肉が、要求を裏付けるように熱っぽく絡みついてきた。たまらずに腰を幾度も打ちつける。汗ばんだ肉がぶつかる高い音が部屋に響き、組敷いた上体が激しく悶えた。
反らせた喉から甘ったるい声を溢れされた男が、慌てて枕に口元を押しつける。ようやく引き出したそれがくぐもった唸り声にとってかわられたのに不満を覚えて、「だめ」と顎を掴んで引き上げた。引き結ばれようとした口の端から指をつっこみ、舌の根本を押さえつける。首をねじって振り向いた男の、いささか恨めしげな横目。この日受けたどんな視線よりもこの身を昂ぶらせるそれが、更に熱い血を腹の奥へと集めていく。当惑の混じった目が互いの接合部の方へと流れたのがわかった。
「噛むなよ」と指の腹で口腔内の粘膜をつつきながら、熱っぽい声で告げる。「どうせなら、もっとずっと興奮するような声を聞かせてくれ。望むようにしてやるから」
うっとりと両目を細めると、先端を迎え入れようと柔らかくほぐれつつある最奥へ向けて、再び下腹部を押しつけた。ほんの少しだけ、乱暴に。
サフバロ。致しているだけの少し甘めなサーフ視点。R18。
相手を追い詰めて余裕のない反応を愉しんでいたはずが、ちゃんと気持ちよくなって乱れてくれないと嫌、になっていたサーフの話。
※
汗に濡れた体躯を引き寄せたまま、数回腰を打ちつける。引き締まった臀の肉が鼠径部にぶつかる音が高く響いた。互いの肌に浮いた汗が弾けて混じりあう。
縄張りの下層、ほとんどの構成員が立ち入らない区画の片隅に与えた部屋は薄闇に呑まれていた。隅の方に配された照明が、ぼんやりと橙の光を投げかける。寝台横の壁に、交わる二人分の影が踊るのを横目に見る。
背をのけぞらせて空気を求めた男が、肩越しにこちらの様子をうかがったのが、影の動きでわかった。そっと目を落とせば、敷布を固く握りしめた拳は小刻みに震えている。持ち上げた視線が、青色のそれとぶつかった。こうした行為にも快楽を得られるようになった瞳は、それでも「まだ終わらないのか」「さっさと済ませろ」と挑発してくるようだ。内側を散々にかき回されて、とろとろにした粘膜でこちらの欲望を奥までくわえこんだ状態でも。思わず感心のため息がこぼれる。
抵抗なんてものはこちらを煽るだけだと、屈強な全身のあちこちに残る傷痕と一緒に、丹念に刻みこんできた。
通り過ぎる嵐を待つように、人形に徹しようとしていることは知っている。だから今向けてきたような目つきも、当人にはこちらを刺激する意図などまったくないのだ。無意識の扇情。難儀なものだと思う。
自身の口元が緩むのを覚えながら、望み通り終わらせにかかる。ゆるく勃ち上がったままの前を少し乱暴に扱いて、いつものように、跳ねた臀部が己の腹にぴったり吸いつくように逃げてくるのを迎えた。のけぞった喉から押し出されたうめき声が心地よく耳朶をくすぐる。とろけるような最奥の感触に自身の先端が触れるのを感じた。
「……すごいな、中。わかるか、こんなになってる」
わざと声に出して告げながら、じれったいくらいゆっくりと腰を引く。ひくついた内壁が、追いすがるように己の肉を抱きしめてくる。追い詰められた獲物が発するか細い喘鳴が、湿った吐息に混じって漏れ聞こえてくた。太い首をねじって振りむこうとする首筋に汗が光っている。
こういうときは、と笑みをこぼす。この奥への刺激を欲しがっているのが一体誰なのか、時間をかけて思い出させてやるのが常だ。たいていそうやって追いこまれるはめになっているというのに、毎度驚き、信じられないという目でこちらを見るのがおかしかった。
逃げを打つ亀頭を左の手のひらで雑にこね回し、もう一方の手の甲で腰骨のあたりをしつこくくすぐってやる。
「ん、っ……う」
目に見えて余裕を失っていく様を眺めながら、覆いかぶさった背の筋から腰にかけてを舌先でなぞった。これまでこの体に残してきた傷の名残を丹念に舐り、甘さを含んだ息が鼻に抜けていくのを聞く。頭の奥が痺れてくる。
深々とこちらをくわえこんだまま、男はもどかしげに臀を揺すった。下肢の筋肉がびくびくと震えるのが伝わってきて、己の笑みが深くなるのを感じる。
しばらく奥へは決定的なものを与えてやらぬまま――緩やかな刺激に悶える肢体に軽く歯を立てる。ぬるい息を吹きかける。震える肌に舌を這わせる。
喉からこぼされる吐息が、一層切迫感を増していった。寝台の上にうなだれて激しく首を振る様子を見下ろして、腹の中側をくすぐられるような心地を味わう。粘液で汚れていない方の右手を伸ばし、乱れた青い髪をもとのとおりになでつけてやった。普段以上に熱を帯びた耳の後ろ側を指先がかすめただけで、ひ、と総身を強張らせるのがたまらない。
どれだけの時間、そうしていたか。
「腰、止まらないな」
引っこめた左手で座骨のあたりをさすりながら、面白がるような声を投げれば、汗の光る肩がぎくりと強張った。絡みついてくる肉と粘膜の感触に目を細めて、少しだけ中をかき回してやる。切なそうな声をこぼして、ねだるように押しつけられる臀部。体を支えるために突っ張られた四肢の痙攣。のけぞらされる喉。一つ一つの反応が劣情をくすぐっていく。
重たげな瞼越しに自身を振り向いた瞳が、すっかり反抗心を萎えさせている様を見てとれば、下腹部へと体中の血が集まっていくような心地を覚えた。背中を得体のしれない感覚が走り抜け、頭の中が脈の音でやかましくなる。
唇を下で湿らせる。なけなしのプライドが崩れ去る瞬間は、何度味わっても格別だ。熱に浮かされた頭が、こちらをその気にさせるための言葉をどうにかして捻り出そうとする。
今回はなにが出てくるか。目を細めて唇を舐めた。
もう許してくれ、というのは昨日も聞いた。やめてくれという意図なら聞き入れてやったことなどないのに、この男の口からしきりに繰り返される言葉だ。どうしてこんな真似を、という言葉も、たいてい組み合わせて使われる。
どうしてなんて訊かれても、そうしたいからとしか言えないし、許すもなにも、罰しているわけじゃない。お前だって体中こんな具合にして、ただ歯を鳴らして震えていただけの頃とは違うだろ。二人でそういうやり方を覚えた。楽しめるようになったんだ、時間をかけて。そんなことを耳元にささやきかけながら、物干しげにひくつく奥まで固くなった己を侵入させていったあとは、意味をなさない調子外れの音節と、互いの体液が混ざる湿った音ばかりが部屋の中に響いていた。思い出すだけで喉が鳴る。
すぐにでもめちゃくちゃに突き回したくなるのをこらえて、しっとりと汗ばんだ左の骨盤のあたりを覗きこむ。昨日の情事の名残。くっきりと浮き上がった指の形の痣が、薄明かりに照らされて悩ましくうごめいているのが見てとれた。この手が、この体に刻んだものの一つ。陶然とした気分が湧き上がってくる。
鬱血した箇所を軽く指先でなぞり、先日したのと同じように手を這わせてみた。
「……!」
同時に、筋肉に覆われた体躯がこわばり、弾かれたように反らされた頬の線が、わずかに歪んだことに気がついた。わけもわからぬまま、無意識に手を引っこめる。頭の奥の方は相変わらずドクドクとやかましいままだ。
「……痛むのか」
そんな言葉が喉元から飛び出してきて、自分でも驚いた。
与える痛みに耐える表情、こちらが次に選ぶ行動を恐れる素振りから昂ぶりを得ていた時期が確かにあった。それなのに、今このとき――熱にとろけた相貌へ、ノイズのように混じりこんだ苦痛の気配が、ひどく場違いなものに思えて仕方ない。
男は理解できないものを見るような色を、肩越しにこちらを仰いだ両目に過ぎらせた。「どうしてお前がそんなことを気にする」とでも言うような目つきに、落ち着かない気分になる。
わけのわからない焦燥感が、胸のあたりをざわつかせていた。確かなのは、今ほしいのはそうした反応ではない、ということだ。
突き動かされるように、引っこめた指先を硬さのある体毛の先へと潜らせる。息を呑んで体を縮める気配。股の間に力なくぶら下がっている先端をこねると、乾いた表皮を引っ張るような感触があった。
「ぃ、……ッ」
先程さらして見せたのとは全く違う反応に、ぎょっとする。前のめりに逃げをうった体を逃さぬように、慌てて腹部に腕をまわした。緩やかな抵抗にあう。肘がしたたかに脇腹を打った。
しばらくそのまま押さえこんでいると、観念したようにうなだれた男の指が敷布をきつく掴んだ。
乱れた呼気が空気を震わせる。胸郭の向こうで心拍が暴れているのが伝わってきた。
萎えきった陰茎が、手のひらの中で更に張りをなくしていくようだ。腹に回していた腕に、ぎこちなく持ち上げられた男の手が触れる。微かな震え。緊張の匂い。身構えているのだとすぐに察した。抵抗は、こちらの昂ぶりを刺激するだけ。
「……」
これまでなら、と唇を舐める。不注意をせせら笑い、なにが起きるかをじっくり思い出させてやっていた。怒りに燃え、まっすぐに己の姿を映していた両目が、放心してどこにも焦点を結ばなくなるまで。明確な敵意をもって繰り出された手足が、血と体液でべとつく敷布の上へと、力なく投げ出されるまで。
そうした反抗や攻撃性を見せる段階はとっくに過ぎ去っていた。
掠れた声が耳朶を打つ。痛くしないでくれ、せめて……
思わず喉を鳴らしてから、宥めるように胸の下あたりを叩いてやる。広い肩がぎくりと強張った。
「……そうだな。さっきは、痛くて驚いただけ」
穏やかな声を投げれば、探るような視線が返ってきた。硬い頬の線に浮かびかけた安堵を踏みにじってやるのも悪くないが、それはべつの機会でいい。
「時間をかけすぎたみたいだ。どうすれば痛くない? 教えてくれ」
腰を引き、一度だけ奥を突いてやる。たまらずに上半身を反らせた男が、左の手首を震える指で掴んだ。引き寄せられるままに任せれば、そのうち熱い吐息が指の付け根に吹きかかる。それから、指先にぬるりと舌が絡んで来る感触。指の腹へ、手のひらへ、温い唾液が滴ってくる。
茹だった頭で状況を理解した。この男なりにできることをして、こちらの求めに応じようとしているのだと。舌先が地肌をくすぐる感覚に軽く笑いをこぼし、濡れた音を立ててしゃぶりついてくるのを受け入れた。
やがて、ためらいがちに下腹部へと導かれた手のひらで、先端をやんわり刺激してやる。
「ん、ッ……」
期待した通りの甘い音が男の鼻から抜けていくのを耳にして、口元に満ち足りた笑みが浮かぶのを自覚する。もっと乱れるところがみたい。
ひくりと震えた鈴口を拭うように撫で回してやれば、息を詰めた口から耳慣れない言葉が途切れ途切れに転がり出た。「もう少し、ゆっくり」と聞こえた。思わず身を乗り出して聞き返すと、同じ言葉が繰り返される。意識して手つきを変えてみる。陶然としたため息が吐き出されて、正解に近づいたのだと伝えてきた。
「こう?」
「ッ、は、ぁ……う、」
肉杭をくわえこんだ腰が、こちらの動きに合わせて緩やかに律動を刻む。悩ましく悶える腹に腕を回し、体をぴったりと添わせたまま、前を刺激するほどにぎゅうぎゅうと食いついてくる内壁の感触を楽しむ。
「いい?」
「い、い……っ、……奥……奥も、揺すって……」
回らない舌の紡ぎ出した言葉が途中で途切れる。
一瞬、なにを耳にしたのか理解が追いつかなかった。そんなふうに続きをねだられるなど、これまでにない事態だ。
「いま、なんて?」
弱々しく頭を振って応じない男に、当惑して唇を舐めた。こうか? と間抜けのように繰り返し、腰をぴたりと押しつけて揺すってみる。途端に苦しげなうめき声で応じられて、慌てて動きを止めた。汗が己の頬を滴り落ちていくのを感じる。
「苦しいのか? こっちも……ゆっくり、優しく?」
「……それ、は……」
逡巡のあと、絶え絶えの呼気とともに吐き出された、消え入りそうな言葉。それが腹に落ちた途端、頭の芯がとろけていく。ひくつく内側の肉が、要求を裏付けるように熱っぽく絡みついてきた。たまらずに腰を幾度も打ちつける。汗ばんだ肉がぶつかる高い音が部屋に響き、組敷いた上体が激しく悶えた。
反らせた喉から甘ったるい声を溢れされた男が、慌てて枕に口元を押しつける。ようやく引き出したそれがくぐもった唸り声にとってかわられたのに不満を覚えて、「だめ」と顎を掴んで引き上げた。引き結ばれようとした口の端から指をつっこみ、舌の根本を押さえつける。首をねじって振り向いた男の、いささか恨めしげな横目。この日受けたどんな視線よりもこの身を昂ぶらせるそれが、更に熱い血を腹の奥へと集めていく。当惑の混じった目が互いの接合部の方へと流れたのがわかった。
「噛むなよ」と指の腹で口腔内の粘膜をつつきながら、熱っぽい声で告げる。「どうせなら、もっとずっと興奮するような声を聞かせてくれ。望むようにしてやるから」
うっとりと両目を細めると、先端を迎え入れようと柔らかくほぐれつつある最奥へ向けて、再び下腹部を押しつけた。ほんの少しだけ、乱暴に。
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