師団パーティまで
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問題児クラスの面々が歓声を上げて地下運動場を駆け回り、一つのボールを投げ合っていた。
次なる位階(ランク)昇級試験、その名も『処刑玉砲(しょけいぎょくほう)』。
その練習風景を眺めていた入間は、始まる前こそ「ドッジボールかぁ、人間界でもやったことあるし、僕でもこれなら……」なんて、のんきに安堵の息を吐いていた。
……そう、文字通り『処刑』を冠する魔界の球技が、そんな生ぬるいものであるはずがなかったのだ。
「フハハハ! 我が覇気の前に平伏せいッ!!」
サブノック・サブロが巨体から放った一撃は、もはや投球などというレベルではなかった。ボールはキャノン砲のごとくガープ・ゴエモンへ襲いかかる。
「奥義、口鬼殺し(いきごろし)」
ガープが目にも止まらぬ速さでボールを斬りつけ、真っ二つに分かれたボールがケロリ、アガレスに向かうもそれぞれが氷と岩で防御する。
「……ひ、ひえぇぇぇ……っ!! 違う! 僕の知ってるドッジボールと全然違うよカンナちゃん!! 全ッ然、ゆるくない!!」
イルマはガタガタと歯を鳴らし、私の手を掴んで震え上がっていた。
「……イルマ、手を離して。痛い。……けど、確かにあれは『遊び』の範疇を完全に逸脱してるね。」
私はネイビーの髪のポニーテールを揺らし、番傘を深く差したまま、冷ややかな琥珀色の瞳で地下運動場の惨状を見つめていた。
私は多少体は頑丈だが、ボールに魔力を込められると受け止める際に『魔力拒絶体質』アンチ・マギアの関係でキャッチできるかわからないし、イルマは最初の試合で消し炭にされかねない。危機感を爆発させたイルマは、アスモデウスくんの助言もあり、その日の放課後、サリバン様に泣きながら「特訓をしてください!」と直訴したのだった。
◇
「――では、始めます。よく見て、避けて(キャッチして)ください」
サリバン邸の広大な庭園。
オペラさんが、手元で一つの球体を弄びながら、無表情な瞳を私とイルマに向けていた。
バビルスのランクアップ対象授業の『処刑玉砲』。
魔界のドッジボールと呼ばれるその試験に向け、サリバン様が「特訓なら僕よりお勧めがいるからさ!」と張り切って手配してくれたのが、オペラさんだった。
確かにイルマに『リ・ベーラ』という全滅間違いなしの呪文を教えてたのでサリバン様よりは適任かも。
イルマのランク1から這い上がる特訓が始まる。……なのだが。
「……オペラさん。一つ、根本的な疑問があります」
「何でしょう、 カンナ様」
私はネイビーの髪のポニーテールを揺らし、目の前の球体を指さした。
「これは、あのボールという兵器を用いて、標的の骨格を破壊し、無力化するための戦闘訓練ですか? 避けるということは、実弾の回避訓練ですね。私は銃弾を躱すのには慣れていますが、なぜあんなに目立つ色の球体を使うのですか。視認されやすくて不合理です」
「……」
「カンナちゃん!? 違うよ、これは『遊び』! 敵を倒すんじゃなくて、ボールをぶつけ合って楽しむスポーツなんだよ!」
イルマが血相を変えておろおろと手を振る。
戦場を駆け回っていた私にとって、「ボールを投げて遊ぶ」という概念そのものが存在しなかった。娯楽を経験する機会が無かった私には、それがただの殺戮訓練にしか見えないのだ。
「カンナ様。イルマ様の言う通り、これは『遊び』です。相手を肉塊にしてはいけません。ルールは簡単です。あの線の中から出ず、飛んできたボールを素手で捕るか、体に当たらないように避ける。ただそれだけです」
「……なるほど。相手の攻撃を回避し、陣地を守るディフェンスの演習ですね。分かりました、それなら理解できます」
あくまで戦闘用語でしか理解しようとしない私に、オペラさんはフッと耳を揺らすと、手元のボールを軽く掲げた。
「では、行きます。まずはイルマ様から」
シュッ、とオペラさんの手が動いた瞬間、ボールが視認できないほどの超剛速球となって入間へ襲いかかった。
「ひえぇぇぇ!?」
入間は天性の圧倒的危機回避能力を発動させ、軟体動物のように身体を曲げてそれを避けた。ボールが背後の大岩に激突し、ドガァン!と派手な破壊音を立てる。
(……遊び、とは一体何なのでしょうか。普通に殺しにきています)
魔界の遊びの物凄さに冷や汗を流している暇はなかった。跳ね返ったボールをキャッチしたオペラさんの視線が、真っ直ぐに私を射抜く。
「次は貴方です、カンナ様」
ドンッ!!!と空気が爆ぜる音がした。
オペラさんが放ったのは、悪魔学校の並の生徒なら一撃で消し炭になるレベルの、文字通りの魔球。番傘『夜帷(よとばり)』は近くに置いてあるが、これは特訓だ、使うわけにはいかない。
私は迫り来る魔球に対し、私は逃げるどころか、一歩前へ踏み出す。
――パシィィィィィン!!!
凄まじい風圧が地下庭園に吹き荒れた。
私は迫り来るオペラさんの剛速球を、無表情のまま、その白い「素手」の平手打ちだけで、完璧にその場に叩き落として(レシーブして)みせたのだ。
「う、うわあああ!? カンナちゃん、素手で弾いた!?」
イルマが目を丸くして叫ぶ。
手のひらに走る、微かな衝撃。けれど、夜兎の超高密度のフィジカルは、オペラさんの放った衝撃を力技で完全に相殺していた。
「……オペラさん、球筋は直線的で綺麗ですが、いささか威力が甘いです。私の故郷のキャッチボールは、もっと骨に響きましたよ」
私が冷徹に毒舌を放つと、オペラさんは一切表情を変えないまま、けれどその瞳の奥に、獰猛な光を微かに灯らせ、クッと口元を歪めた。
「ほう……。私の球を肉体だけで捌きますか。いいですね。」
オペラさんは落ちたボールを拾い上げると、今度はさらに禍々しいオーラを全身から立ち上らせた。
「面白いです。では、次は『レシーブ』ではなく『捕る(キャッチ)』の特訓に移行します。骨を折らないよう、気をつけてくださいね、カンナ様」
「望むところです、オペラさん。貴方のその完璧な動き、私の拳で完全に見切ってみせます」
「あわわわ……2人とも目が本気だよぉ……っ!」
イルマが頭を抱えて震え上がる中、私とオペラさんによる、遊び(という名のガチの死闘特訓)は、夜が更けるまで延々と続くのだった。
◇
「ふぅ……。はい、カンナちゃん。冷たい魔茶だよ」
「……ありがとう、イルマ」
サリバン邸の庭園の芝生の上。オペラさんからの文字通りの「死闘(ノック)」が一時中断され、十五分間の休憩が与えられた。
私はオペラさんが用意してくれた冷たい麦茶の入ったグラスを受け取り、一気に喉へと流し込む。火照った身体に、冷気がじんわりと染み渡っていく。
隣では、イルマがすっかり疲弊して芝生の上に大の字に寝転がっていた。全身泥だらけで、相変わらずへろへろだ。だけど、彼のその丸い瞳には、いつもの弱気なおろおろとした光ではなく、どこか座ったような、強い意志の灯火が消えずに残っていた。
私はグラスを膝の上に乗せ、ネイビーのポニーテールを揺らしながら、その横顔をじっと見つめた。
「……ねえ、イルマ。一つ、聞いていい?」
「ん? なあに、カンナちゃん」
入間は寝転がったまま、首だけをこちらに向けてパチパチと瞬きをする。
「貴方が『処刑玉砲で勝って、位階(ランク)を上げたい』なんて言い出した理由。普段の貴方なら、目立つことを何よりも嫌がって、ランク1の底で大人しく息を潜めている方を選ぶはずでしょ。……この数日、貴方の様子は少しおかしい。何か、心境の変化でもあったの」
私の問いに、イルマは目を見開いた。
それから、少し照れくさそうに、けれど愛おしいものを思い出すように、視線をゆっくりと魔界の空へと戻した。
「……うん。実はね、ここ数日、生徒会長のアメリさんと、色んなお話をしていたんだ」
「アザゼル・アメリ……あの、学校を統治している会長ですか」
「うん!アメリさんはすごく格好いいんだ。自分の『野望』をはっきりと持っていて、それに向かって真っ直ぐ進んでる。そんなアメリさんにね、君の野望は何だって聞かれたんだ」
入間は上体を起こすと、芝生の上に座り直し、自分の小さな手のひらを見つめた。
「僕、人間界にいた頃から、『自分のしたいこと』なんて考えたことがなくて、何かが欲しいとか、こうなりたいなんて、考えたこともなかった。でもね、アメリさんに『理想と野望は違う。自ら掴もうという自分の意志、欲だ』って言われて……。ハッと、したんだ」
イルマの言葉を、私は無言で聞いていた。
自ら掴もうという自分の意志、『欲』。
……それは、私がいた戦場の人間たちが、お互いを殺し合うために抱いていた醜い「野心」に、言葉としては酷く酷似していた。
けれど、入間くんの口から語られるそれは、血の匂いなんて1ミリもしない、驚くほど純粋な光を孕んでいた。
「僕、この魔界に来て、おじいちゃんやオペラさんに出会えて、アズくんやクララ、アブノーマルクラスのみんなに出会えた。そして……カンナちゃんっていう、大切な妹もできた」
イルマは真っ直ぐに、その温かい琥珀色のような瞳で私を見つめてきた。
「みんなと一緒にいるこの毎日が、本当に、本当に楽しくて、あったかいんだ。……だからね、僕、この場所をずっと守りたい。みんなと同じ目線で、ずっと笑い合っていたい。そのためなら、ちょっとくらい身の丈に合わない願いでも……『ランクを上げて、みんなの隣に胸を張って立ちたい』って。それが、僕が生まれて初めて抱いた、僕の『野望』なんだ」
「……っ」
ストレートに響く、その真っ直ぐな言葉。
イルマが「ランクを上げたい」と願うその動機の中心には、他でもない、この私とこの居場所を守るためという理由も、確かに含まれていたのだ。
他者を蹴落とし、自分が生き残るために抱くのが戦場の野心なら、大切な人を守り、同じ景色を見るために抱くのが、このイルマの『野望』。
あまりの眩しさに、私はふぃ、と強引に顔を背けた。また、胸の奥が少しだけ、くすぐったくなる。
「……バカだね、イルマは。相変わらず、自分のことよりも他人のことばかり。そんな下らない野望のために、オペラさんのあの地獄の魔球に立ち向かうなんて、正気の沙汰じゃないよ」
「あはは、そうだね。僕も、自分でもバカだなって思うよ」
私の辛口な毒舌を、イルマはいつものように全肯定して優しく笑う。
私はグラスに残った麦茶の氷をカラン、と鳴らし、壁際に立てかけてある特注の番傘『夜帷』に視線をやった。
(……ランク2の私が、ランク1の貴方に先を越されるわけにはいかないなぁ。……守られるだけなんて、夜兎のプライドが許さないしね)
「お二人とも、休憩時間は終了です。特訓を再開します」
遠くから、オペラさんの冷徹で完璧な声が響き渡る。
イルマは「よし……っ!」と気合を入れ直して立ち上がり、泥を払った。私も、グラスを置いてその隣へと並び立つ。
「お兄ちゃん」
「え……っ!?」
私がボソリと、初めて口にしたその『呼び名』に、イルマは驚愕のあまり完全に硬直した。
「一回しか言わないから、よく聞いて。……貴方のその身の丈に合わない下らない野望、私が前衛として、完璧にアシストして捩じ伏せてあげる。だから、絶対に無様な負け方はしないでね」
「……! うんっ! ありがとう、カンナちゃん!」
満面の、これ以上ないほどの嬉しそうな笑顔を浮かべる兄。
このお人好しな兄の野望を支えるため、不敵にその拳を握りしめるのだった。
