師団パーティまで
name
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
静まり返ったサリバン邸の食堂。
テーブルの上に、豪華な料理達と温かいスープを用意して待っていたのは、オペラさんだけだった。
「……オペラさん。おじいちゃんは? ここ数日屋敷にもいないみたいだけど……」
入間が、スープの並んだテーブルを見つめながら、不安そうに眉を下げた。いつもなら絶対にあり得ない、サリバンの不在。
「……いつもなら鬱陶しいくらいにまとわりついてくるサリバン様がいないと、邸内が妙に寒々しくて調子が狂う。」
私はスープを口に運びながら、いつも通りに毒舌を吐き捨てた。
……けれど、私のその琥珀色の瞳の奥が、イルマ同じように、小さな「不安」に微かに揺れているのを、私は隠しきれていなかった。
あの過剰なまでの愛を注いでくれるサリバンの姿がないことは、胸の奥をそわそわと波立たせるのに十分だったのだ。
そんな私たちの不安を見透かすように、オペラさんはフッと、その猫耳のような髪を柔らかく揺らした。
オペラさんは私たちの前に歩み寄ると、いつもの無表情のまま、けれど驚くほど静かで温かい声音を、私たち二人に等しく届けてくれた。
「心配ありませんよ、イルマ様、カンナ様。理事長はチャランポランでテキトーで大雑把でふざけすぎで空気読まず突っ走る、ルール無用で呆れるほどの自由人ですが」
「約束は守るお方です。」
「……オペラさん」
「明日の師団パーティー、お二人の晴れ舞台を、あのお方が見逃すはずがありません。必ず、見にこられます。ですから、安心して本番への準備を調え、明日に備えてください。」
「……うん! そうだよね。おじいちゃん、すごく楽しみにしてくれてたもんね!」
「……確かに、そうだね。」
オペラさんのその力強い言葉に、イルマはパッと満面の笑顔を取り戻し、私の胸の奥のざわつきも、嘘のようにすっきりと凪いでいった。
サリバン邸という、私たちの温かい家。オペラさんの気遣いとおじいちゃんの絶対的な信頼が、私たちの不安を無くしていく。
(約束、忘れたら承知しないからね。……おじい様)
あとオペラさん、めちゃくちゃサリバン様のことディスってたな。
そう思いながら自室に戻り、明日に備えるのだった。
◇
師団パーティ、本祭前夜祭ーー当日。
バビルス中が賑わいで包まれていた。
校舎の内外には、各師団が趣向を凝した出店や展示がひしめき合い、大勢の悪魔たちの熱気で溢れかえっている。
このお祭りには、各師団の出し物のクオリティや貢献度に応じて、厳格な位階(ランク)昇級が約束される『賞』が用意されている。
バビルスの魔具研究師団の準備スペースにて私たちは、メンバーであるイルマ、アズくん、クララ、そして私の4人で、特賞を狙うための『最終作戦』の確認を行っていた。
「我々が狙うのは本祭のカウントダウン。前夜祭終了後、生徒達は中央広場に集まり、本祭開始の鐘を聞きます。これが鳴り終わった瞬間に…花火を打ち上げ、皆の視線を釘付けにします。」
「…要はスタートダッシュで出し抜いて、あとは小さめだけど華やかな花火を打ち上げてアピールする。ってことね。」
「さすがカンナ様!理解が早いです!」
そう答えるカンナに感嘆の声を上げるアスモデウスと花火の点火をやりたいと言う発言に揉めている3人を横目にこの場にいないキリヲ先輩が気になって仕方がない。――おかしい。始まってからもう数時間が経つというのに。
「……ねえ、イルマ。」
キリヲ先輩はどこに行ったの?と声をかけよう首を傾けた瞬間、クララが砲台の導火線に火をつけていた。
「「………え゛!?」」
「なっ……、ウァラク貴様ァァァ!!!」
火を消そうとイルマが足で踏むも消えない。
アスモデウスが長い両腕を猛烈な勢いで伸ばして3人を抱き寄せ、地面に伏せる。
空に打ち上がると思った瞬間、プスッ!っと間抜けな空気音が響いた。
「……不発?」
「お、お怪我はありませんか、入間様、カンナ様……」
アスモデウスが床に伏せたまま、慌てて顔を持ち上げた、その瞬間。
「「…………」」
アズくんの気高き美貌と、私の顔が、文字通り『鼻の先が触れ合うほどの超至近距離』で真っ正面から綺麗に重なり合っていた。
私はイルマとクララのちょうど「真ん中」にいたため、アスモデウスくんの体温と、気品溢れる高貴な香りが、ダイレクトに私の鼻腔を突く。
アスモデウスくんの細く長い睫毛の、その一本一歩までが肉眼でハッキリと見えるほどの距離。
「……アスモデウスくん、早くどいて」
私がいつも通り冷静にタメ口で呟いた、次の瞬間だった。
「――っ、ひ、不敬、不敬にございますゥゥゥ!!!!!」
アスモデウスは一瞬にして顔面から耳の先、首筋までを真っ赤なトマトのように大赤面に染め上げると、猛烈な勢いで飛び退いた。床に何度も頭を打ち付けそうな勢いで狼狽えている。
「も、申し訳ありませんカンナ様!よりにもよって淑女である貴方に対して、このような破廉恥極まりない距離で覆いかぶさるなど万死に値する無礼――ッ!!」
「あはは、アズアズ顔真っ赤ーーー! 茹でダコだー!」
「黙れウァラク!! 貴様が火をつけるからだろうがァァァ!!!」
クララを怒鳴り散らしながら、アスモデウスは最後まで赤くなった顔を隠すようにそっぽを向いていた。
私はいつもの冷淡な無表情を装いながら、制服の袖で埃を払いながら傘で顔を隠す。
流石に美形のアスモデウスに真っ正面から抱きすくめられると恥ずかしさが勝ってしまった。
「……不合理極まりない」
と小さく毒舌を吐き捨てたけれど、私の白い頬も、ほんの少しだけ、淡い赤みに染まっているのを、必死に誤魔化す。
そして、ふと冷静になり砲台を除くと火薬玉は無く、空っぽだった。
誰もが抜いた記憶もなく、顔を合わせる。
「とにかく、花火の玉がないことは事実。……キリヲ先輩を探そう。」
カンナの言葉に3人は頷き、キリヲ先輩を探し始める。しかし、各広場を手分けして探すも見当たらず、時刻も夕方に近づく。焦りながらもまだ探していない校舎へと足を伸ばした。
「キリヲ先輩、どこ行っちゃったんだろうね。もうすぐ前夜祭も始まっちゃうのに…」
「………」
イルマの言葉に手をぎゅっと握りしめる。
最初に抱いた違和感がどんどん大きくなっていく。思案している間にアスモデウスとクララの間に距離が出来ていたようで「はやくー!」と呼ぶクララの声に足を早めようとした時だった。
――ドォォォォォン!!!!!
突如、バビルス全体を激しい地鳴りが襲った。
「うわあああっ!? なに、地震!?」
「イルマ!!!」
カンナはイルマを庇うように覆い被さるもすぐに地鳴りが収まる。
「カンナちゃん、2人共!大丈夫?」
イルマが声を掛け、周囲の悪魔達の怪我がないことを確認し、2人と合流しようとした。
だが、次の瞬間。イルマが見えない壁にぶつかり、行く手を遮った。
「な、何これ……!? 壁?」
最悪なことに、見えない壁は私たちのちょうど『真ん中』を遮っていた。
壁の向こう側にはアスモデウスくんとクララ。こちら側には、私とイルマ。完璧な、真っ二つの分断。
「これって…もしかして…」
「入間ちーーん! カンナちーーん! 壁が硬くて向こうに行けないよぉ!」
カンナは見覚えのある壁に目を向けている間に向こう側ではアスモデウスが炎を放ち、クララが壁を叩くが、結界は1ミリも揺るがない。
「……なるほど。やっぱり、あの違和感は本物だったんだ。」
私は無表情のまま一歩前へ出ると、その半透明の壁の前に立ち、右の拳を固く握りしめた。一度でも心を許してしまった自分の温かい油断が、死ぬほど悔しくて、忌々しかった。
私の身体は、魔力を弾く『魔力拒絶体質(アンチ・マギア)』。
どんな攻撃魔術も弾き返すバリアだろうと、私が直接その手で触れ、夜兎の怪力をもって内側から殴りつければ、アンチ・マギアの力が魔術の術式そのものを異物として中和し、粉砕できる。
「アスモデウスくん、クララ、そこから離れて。……私が物理的にぶち壊して今すぐそっちに行く」
私は全身の力を拳へと集中させ、眼前の結界へと真っ直ぐに突き出した。
――ドガァァァァァン!!!!!
凄まじい衝撃波が廊下に吹き荒れる。
アンチ・マギアで漆黒の火花が散り、私の拳が激突した部分の結界には、パキパキパキッ!とガラスが割れるような音を立てて、直径1メートルほどの巨大な風穴が綺麗に空いた。
「カンナ様!さすがで――っ、な!?」
アスモデウスくんが歓声を上げようとした、その刹那だった。
空いたはずの穴の断面はパキパキと音を立てて、一瞬にして元の完璧なバリアへと修復されてしまったのだ。
アンチ・マギアの代償で私の右腕は全神経にビリビリとした強い痺れと拒絶痛が走る。
(この痛み…。サリバン様から治癒魔術を受けた時と同じぐらいだ。)
と言うことはこのバリアは高位悪魔並みの魔力が込められているということ。
あの先輩が繰り出す魔力とは到底思えないが…
「……チッ、なら、再生が追いつかなくなるまで、何度も殴り続けるだけ」
私が痛みに顔をしかめたまま、もう一度自滅覚悟で痺れと痛みが残る拳を固く握りしめ、強行突破を試みようとした――しかし。
「――っ、ダメだよ、カンナちゃん!!!!!」
背後からイルマが猛烈な勢いで飛び込んできて、私の身体を後ろからぎゅっと、抱きしめて止めてきた。
「離して、イルマ。邪魔。あっちの二人の元へ戻れなくなる」
「ダメだ、絶対にダメだよ……っ!! 一回殴っただけでも、カンナちゃんの右手が、痛みで震えてるじゃないか!!」
イルマは私の背中に顔をうずめたまま、必死の、涙ながらの声で叫んでいた。
「使い魔召喚の時も、魔植物授業の時も、カンナちゃんが魔力に触れるたびに、すごく痛そうに耐えていたの、僕は気づいてたよ……! 壊せるからって、そんな自滅みたいなこと、僕の前で絶対にやらせない! 大切な妹が傷つくくらいなら、僕が、別の方法でこの壁をなんとかするから……だから、もうやめて……っ!」
「……っ」
イルマのその必死の拒絶と、私の右腕の痛みを本気で案じる温かい体温に、力が抜けていく。
このお人好しな兄は、私の「魔術を弾く強さ」ではなく、その裏にある「激痛」を、誰よりも理解して、本気で悲しんでくれている。
「……バカ、イルマ。本当にお節介が過ぎる。痛いのなんて、私はとっくに慣れているというのに」
私はフゥと小さいため息を吐くと、握りしめていた拳をゆっくりと解いた。
背後でイルマが「よかった……っ」と安堵の息を吐く。
カンナちゃんは触っちゃダメ!とイルマに言われて大人しく待つ。
イルマは壁をペタペタ触っていると一定の部分だけ壁がないことに気づく。進むと行き止まり、壁がない部分が現れ、また進む。
「どこかに、誘導されてる?」
「……このバリア、ただの壁じゃなくて、迷路仕掛けになってるのかも。本来なら壁をぶち抜いていく方が早いけど、この方法は、イルマがうるさいから保留にする」
私はバリアの向こうの二人に聞こえるよう、淡々と声を張った。
「2人とも魔術で壁の抜け穴を確認できないかな。それを元に辿っていけば犯人の場所に行けるかも。…指示はス魔ホ通してくれたら大丈夫。いい?」
「……! 承知いたしました、イルマ様とカンナ様にこれ以上の無茶をさせるわけにはいません! サポートはお任せください!」
「ガッテン承知の助!任せてー!」
二人の頼もしい声を壁越しに聞き届け、私は番傘『夜帷』を担ぎ直した。その琥珀色の瞳の奥には、かつてないほどの激しい怒りと、冷たい殺意の火が灯っていた。
「いくよ、イルマ。……先輩のいるところに」
「うん……っ! いこう、カンナちゃん!」
私は先に行くイルマの後ろ姿を視界に捉え、追いかける。
「……ところで、イルマはキリヲ先輩のいる場所に、何か心当たりでもあるの?」
アスモデウス達からの指示を聞きながら、通路を進んでいく最中に私が問いかけると、イルマはハッとしたように顔で、少し気まずそうに頭を掻いた。
「あ、あのね…… カンナちゃん。実は、僕とキリヲ先輩しか知らない『秘密の隠し部屋』があるんだ。先輩、きっとそこにいると思う……」
「……は?」
イルマのその言葉を聞いた瞬間、胸の奥を冷たい風が吹き抜けるような「寂しさ」がどろりと静かに広がっていった。
「イルマ。『あの先輩の言動に少しでも違和感を覚えたり、不審なことがあったら、隠さずに真っ先に私に言いなさい』って、言ったよね?」
「う、うわあああっ! ごめんなさいカンナちゃん! 忘れてたわけじゃないんだよ! ただ先輩が『ここはボクだけの秘密の場所やから、他の子には内緒にしててなぁ』って、すごく困った顔で言ってたから……っ! 僕の口から勝手に他人に言っちゃ駄目かなって思っちゃって……っ!」
イルマが血相を変えておろおろと両手を振り、涙目で全力で頭を下げて謝罪してくる。
私に隠していたと言うより、ただ生真面目に先輩のプライバシーを守ろうとしていただけなのは分かっている。だけど… どんなに本気で心配して約束を交わしたところで、私とイルマは血の繋がった本当の兄妹ではない。だから、私には言えない内緒事があるのも、当然のことなのだ。
その事実は至極当然の権利として、すぐに諦めを交えて納得もする。ただいつの間にか甘えを覚えていた私の心は、その当然の事実に、ほんの少しだけ泣き出したいほどの悲しさを覚えていた。
「……本当に、どこまでも脇が甘くてお人好しね」
私はフゥと深くため息を吐くと、一歩前へ踏み出し、全力で平謝りしているイルマの無防備な頭に向けて、白く華奢な手をすっと振り下ろして「ポカッ」と軽いチョップを落とした。
「ひゃうんっ!?」
イルマが小さく声を上げて頭を押さえる。夜兎の怪力を120%殺した、ただの痛くないお仕置きのチョップだ。
「今回はこれでチャラにしてあげる。その代わり、次からはどんな小さな隠し事も絶対に禁止。」
そう告げて返事を聞く前にイルマを小脇に抱えて、夜兎のフィジカルでス魔ホから聞こえる指示に従って進み始まる。
「――いくよ。舌噛まないようにね。」
「えっ、カンナちゃん、うわあああ!?」
私は悲鳴を上げるイルマを無視して廊下が激しく爆ぜるほどの踏み込みで、迷路の中へと文字通りの音速で突撃した。
15/15ページ
