師団パーティまで
name
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
バビルスの広大な運動場。
緑色の髪を弾けさせ、朝からハイテンションで自己紹介をする新任のロビン先生だった。
「は〜い、問題児クラスのみんな! 今日は使い魔の実技授業だよ〜! 新任教師のバルス・ロビンです、よろしくね〜!」
本日は実技 使い魔授業。
生徒たちがそれぞれ、自分の契約している使い魔を召喚して指示を出す訓練が始まる中、私は番傘の影に隠れ、眠気の中で一人、佇んでいた。
魔力を弾く魔力拒絶体質アンチ・マギアの関係で私には、使い魔などという便利な生き物は存在しない。
(……この授業、私参加する意味ある?早く魔界の歴史の続きを読みたい…)
私がそう割り切って回れ右をしようとした瞬間、ロビン先生が「あ! カンナちゃん!」と大きく手を振って駆け寄ってきた。
「サリバン理事長から聞いてるよ! カンナちゃんは体質的に使い魔の召喚が難しいんだよね。でも、見学だけじゃ退屈でしょ?」
「はい、非常に退屈です。なので、今すぐ図書室へ――」
「よし! じゃあカンナちゃんは、この授業に関しては僕の『アシスタント』に任命します! みんなの使い魔の取り組みや様子を、このバインダーのレポートにまとめる係をお願い!」
ロビン先生は私の言うことを1ミリも聞かない満面の笑顔で、私の手にバインダーとペンを押し付けてきた。
……まあ、ただの傍観者でいるよりは、クラスメイトたちの使い魔の生態や能力を観察して記録する方が、この魔界という世界を『勉強』する上では、これ以上ない合理的な時間になる。
「……分かりました、ロビン先生。補佐の職務、遂行します。生ぬるい取り組みをしている悪魔がいたら、レポートの評価欄に『無能の極み』と酷評します。」
「あはは、辛口だね〜! よろしく!」
私はさっそくペンを走らせ、クラスメイトたちの観察を始めた。アスモデウスのゴルゴンスネーク、クララが呼び出した珍獣ファルファル。逆に手懐けられている。サブロはケルビー(水馬)…彼らの取り組みを的確にレポートへ書き進めていく。
自習代わりにテキパキと仕事をこなしていた、その時だった。
コートの中央から、「ボフン」と間の抜けた音が響いた。
そこには召喚シールを右手に貼った入間がロビンのお願いを実行したのだ。
「……!?」
小さくて、全体的にモフモフとした、奇妙な鳥のような、あるいは奇妙な毛玉のような、とにかく酷くちんちくりんな生き物だった。
イルマが血相を変えて、カルエゴに謝罪のポーズでガタガタと震え出す。
周囲がざわつく中、私はバインダーを抱えたまま、そのモフモフした生き物の前にトトトと歩み寄り、無表情のままじっと凝視した。
これが、イルマに使い魔契約を結ばされてしまったという、噂の『モフエゴ先生』。普段のあの厳格で、偏屈で、眉間にシワばかり寄せている担任のナベリウス・カルエゴ先生の、使い魔の姿。
私はその奇妙な鳥のようなちんちくりんな毛玉をじっと見つめ――。
「――……っ、ふ、ふふっ」
生まれて初めて、カンナのクールな仮面が、内側から完璧に崩壊した。
あまりの無様さと、見た目の可愛らしさのギャップが私のツボにクリティカルヒットしてしまったのだ。私は口元を手で押さえながら、肩を小刻みに震わせて、クスクスと楽しそうに笑みを漏らした。
いつもは冷徹で、淡々としていて、寄せ付ける隙すらなかった唇が、驚くほど柔らかく、年相応の少女らしく愛らしく綻んでいる。
「「「「…………え!?」」」」
その瞬間、広場にいた問題児クラスの全員の動きが、文字通りピキリと完全に停止した。
「カンナちゃんが……笑った……!? めちゃくちゃ、めちゃくちゃ可愛いぃぃぃ……!!」
入間が衝撃のあまり胸を押さえて真っ赤になり
「 カンナ様のその清らかな笑顔、不敬ながら我が心臓が爆発しそうです!」
アスモデウスが血相を変えて天を仰ぎ、リードやジャズたちも「嘘だろ、あのカンナちゃんが笑うとこんなに可愛いの!? 反則じゃん!!」
と顔を真っ赤にしてス魔ホで連射して大悶絶している。
そんなクラス中の理性がカンナの初笑顔で吹き飛ぶ中、一人の悪魔――カイム・カムイが、その邪悪な目をギラリと血走らせてカンナへと猛烈な勢いで飛び込んできた。
「グハァァァッ!! なんという極上のスマイル!! カンナ殿! そのネイビーのポニーテールを揺らしながら、私のこの紳士の胸元へ飛び込んでくだされェェ! 私のフカフカの羽毛で、貴方のその白い肌を隅々まで優しくエロティックに包み込んでアァァァッ!!!」
カムイが最低極まりないエロ発言を吐き散らかして私に触れようとした瞬間、彼の背後から、凍てつくような絶対零度の冷気が炸裂した。
「不潔です……! カンナさんのあの神聖で可愛い笑顔を、そんな汚らわしい言葉で汚すなんて万死に値します……ッ!」
ケロリが氷の塊を踏みつけながら息を荒くしている。
「……あ、ありがとう、ケロリ。助かった。その害鳥の氷は、そのまま中庭でも放り投げといて」
ブツブツとアクドルの素質があるやらなんたらと呟くケロリにそう告げると私は一瞬でいつもの無表情へと戻る。未だにキーキーと短い羽を羽ばたかせて怒り狂っているモフエゴ先生へと視線を戻した。
「ぐぅっ…!すぐに召喚の解除を…!」
「コラ!だめだよ勝手にやめちゃ!」
解除を要求するモフエゴを制するロビン先生は、高らかにこういった。
「悪魔学校教師心得!『常に厳粛に特例を良しとせず!』如何なる理由があろうと厳粛に生徒を評価する場を整えるが僕の務めだからね!」
ロビン先生、多分目の前の人がその心得の作成者かと思われます。
私はその毛玉の反応が妙に愛らしくて、指先をすっと伸ばすと、モフエゴ先生の頭を「ツン、ツン」と無遠慮に突っついてオモチャのように弄り回した。
「先生、いくら怒っても、その姿では威厳がマイナスを突き抜けていますよ。ずいぶんと趣味がよろしくて、最高に似合っていませんね」
「貴様ァッ!! 私をナベリウス・カルエゴと知っての愚行かっ…!!気軽に突つくな!塵にしてくれるッ!!」
モフエゴ先生の全身から、怒りのあまりパチパチと電撃が立ち上る。
さすがにランク8の本気の電撃をこの距離で食らえば、アンチ・マギアの痛みを想像を絶するだろう。
だが、私は慌てなかった。使い魔の契約における絶対の鉄則――『使い魔は主人に逆らうと処罰(しつけ)をうける。』
「イルマシールドでガードです。」
私はすぐ後ろでおろおろと硬直していたイルマの背後へと、ササッ!!と音もなく光速で回り込んで隠れた。イルマを背中から抱きしめる形で、完璧な『肉体防壁』として前面に固定する。
「ええっ!? カンナちゃん僕を盾に――うわあああカルエゴ先生ごめんなさいいぃぃ!!」
「この!……っ、くっ、手出しができん……!!」
怒り狂って突撃しようとしたモフエゴ先生だったが、眼前に主人の入間が立ちはだかった瞬間、ピタリと動きを止めざるを得なかった。
しかし、あまりの怒りにブレーキが間に合わなかったのか、モフエゴ先生の短い手が、ほんの少しだけ入間の手にあたる。
瞬間。
バビルスの空を引き裂いて、バリバリバリ!!!と、容赦のない『処罰(しつけ)』が、下された。
「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
「「あ」」
派手な処罰(しつけ)の後、煙を吐きながら床へパタリと仰向けに倒れ伏したモフエゴ先生。
私はイルマの肩越しに、その自爆した哀れな毛玉を見下ろし、バインダーにサラサラとペンを走らせた。
「……『ナベリウス・カルエゴ使い魔形態:極度の興奮により主人への攻撃判定が作動、自爆。処罰(しつけ)の雷によって完全無力化。総評、ただの自制心の利かないうるさい毛玉と同等である』。……よし、記録完了です」
「その無礼極まりないレポートを今すぐ破り捨てろォォォ……ッ」
「は〜い、三人とも! すごく仲良しで息がピッタリだねぇ〜〜〜!」
遠くから、ロビン先生がパチパチと拍手をして笑っている。
「「どこがですかーーーっ!?(どこがだァァァ!!!)」」
広場中に、不機嫌な焦げた毛玉の絶叫と、イルマの悲鳴が響き渡る。
私はイルマの後ろから番傘の陰に隠れて焦げた毛玉の姿で床に転がるモフエゴ先生を見ていると、ロビン先生がキラキラと目を輝かせながら私たちの元へすっ飛んできた。
「いやぁ〜素晴らしいね! 息はピッタリだけど、使い魔との『信頼関係』がまだまだ足りないみたいだ! よし、入間くん!使い魔との絆を深めるために、今からフリスビーしよう!」
「私に…取ってこいと…?」
「さすがにそれは…」
「やらないか…」
残念という言葉に評価を記そうとしたロビン先生を見てモフエゴは渋々、嫌々入間とフリスビーを取りに行って渡していた。
そこからは地獄だった。(私の腹筋も崩壊)
「ナイスキャッチ! 次は息を合わせて『ハイタッチ』!」
使い魔との親睦ダンス、最後には運動場を端から端まで全力で駆け回る『追いかけっこ』。
ロビン先生の相棒との信頼を築くという提案の前に、厳粛な評価を重んじるカルエゴ先生は逆らうこともできず、数十分後には、入間とモフエゴ先生の二人は運動場の隅で、魂が口から抜け出たような顔でへろへろに疲労困憊して倒れ伏していた。
「……ふむ。『新人の無知なる熱意は、時にランク8の尊厳すら完膚なきまでに破壊する』。実に見事なデータです」
ヘロヘロの2人が何か話をしているのを横に私は木に番傘を立てかけて日の当たらない木陰でバインダーにペンを走らせ、彼らの無残な姿をササッとスケッチした。
そんなドタバタの他所目。運動場の反対側では、別の問題が勃発していた。
「もう面倒だ!直接対決と行こうではないか!」
「いいだろう! その馬まとめて絞め殺してくれる!」
ロビンの静止も効かず、完全に血気盛んになったアスモデウスとサブロが、お互いの使い魔をけしかけて、ガチバトルを始めてしまったのだ。激しい火柱と水柱が立ち昇る。
ゴルゴンスネークとケルビーの二つの魔術が正面から衝突して、四方八方へと凶悪な破片と衝撃波が飛び散る。
「『ダンスおよび追いかけっこにおける機動力:お留守番の猫以下の泥仕合。見るに堪えない無様さである』……よし」
と、観察記録をバインダーにサラサラと追加していく。
「危ないッ! カンナちゃん!!」
イルマの悲鳴が響いた。
ラリーの応酬の中で弾け飛んだ、鋭い魔術の残光。その直撃コースの先にいたのは、他でもない、バインダーに夢中でペンを走らせていた私だった。
(……しまっ、――)
気づいた時には、私の目の前まで迫っていた。
傘を置いてペンを握っていた今の状態でこの至近距離の魔術が直撃すれば、私の身体に全神経を灼くような絶望的な拒絶痛が走る。
迫り来るだろう痛みに身体が強張り、回避がコンマ一秒遅れた、その刹那だった。
「――『爪檻』(ビュウラ)!!!」
私の目の前に、防壁が張られる。先生が放ったケルベロスの爪が檻のように私の眼前に折り重なり、完璧に相殺した。
「え……っ」
呆然とする私。防壁の陰で、毛を逆立たせたモフエゴ先生が着地する。
先生は不機嫌な三白眼をさらに吊り上げると、粛に、という言葉と共にゴルゴンスネークとケルビーを凄まじい勢いで叩きつけた。
「――見ておれんな。…状況を考えろこのアホども!!!!!!」
アスモデウスとサブロが、一瞬で直立不動になって拳骨を喰らう。
ロビン先生へもなぜ使い魔に信頼が必要か問いただす。
「使い魔はペットでも相棒でもない。主人が調教を怠れば脅威となる魔獣だ。」
「――使い魔を恐れろガキども。それが真の信頼だ。」
先生の、厳格で、冷徹で、けれど誰よりも現実的な『使い魔論』が、静まり返った広場に重く響き渡る。
「この中でその基礎の心構えがあったのは1人だけだったようだが…。わかったら」
ちらりとイルマを見据えるカルエゴ先生。
「さっさと使い魔を労れ!今すぐ!!」
「「は、はいッ……!!!」」
アスモデウスとサブロが、私に深く深く頭を下げ、各生徒は自分たちの使い魔を慌てて優しく抱きしめて労わり始めた。
「……どいつもこいつも、手のかかるゴミばかりだ」
盛大なため息を吐き、入間にブラッシングをしてもらいながら私の方を振り向くモフエゴ先生。
「……おい、貴様も貴様だ。いくらレポートに夢中だとはいえ、周囲の攻撃に気づかんとは、随分と腑抜けてるな。……さっさとバインダーを片付けろ」
いつもの陰湿な毒舌。いつもなら、「老け顔先生、うるさいです」と冷たく突き放すところだった。
だけど、先生の防御がなければ、魔術の直撃とアンチ・マギアによる痛みで大怪我は確実だった。
私はゆっくりとバインダーを胸元に抱きしめ、いつもの辛口な仮面をそっと仕舞い込んだ。
そして、少しだけ顔を赤く染めながら、蚊の鳴くような、けれど真っ直ぐな声で、ボソリと呟いた。
「……カルエゴ先生」
「あ? 何だ、まだ何か文句でも――」
「……ありがとうございました。魔術で守っていただいて、嬉しかったです」
「っ……!?」
その瞬間、カルエゴ先生の小さな身体が、文字通りビクゥッ!!!と落雷でも食らったかのように硬直した。
いつもなら「老け顔」やら「陰湿」など毒づく私から、初めて向けられた素直な感謝の言葉。
「……何だ貴様。気色の悪い。いつも生意気な口はどうした。先ほどの魔力に当てられたか」
「……は?」
先生のその言葉に、私の琥珀色の瞳から一瞬で光が消え失せた。
なんなんですか、この偏屈悪魔は。
せっかく、精一杯の素直な気持ちでお礼を伝えたというのに。よりによって『気持ち悪い』とは何事ですか。
猛烈な怒りが湧き上がってくる。何でそんなことを言われなければいけないのか、意味が分かりません。
「……そうですか。人がせっかく素直にお礼を言ったのに、その言い草はあまりにも無礼極まりないですね、偏屈老け顔陰湿教師。……一気にムカつきました。」
私はバインダーを小脇に抱え直すと、不敵に、そして冷酷に唇の端を歪めて『切り札』を突きつけた。
「今日帰ったら、サリバンさ…おじい様に全部チクります。『今日、学校でカルエゴ先生に気持ち悪いって言われて、非常に傷つきました。カンナ、悲しくて涙が止まりません』って、報告してあげます。すぐにでもおじい様が貴方の元へ突撃してくるのが楽しみですね」
「――っ!!! 貴様、それだけは絶対に言うなァァァ!!!!!」
「断ります。二度とお礼なんて言ってあげませんから。バーカ」
「 今サラリと教師をバカと言ったな貴様ァァァ!!!」
広場中に、カルエゴ先生の絶叫が響き渡る。
私はイルマの後ろから、顔を隠すように番傘を深く傾け、フンッと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
……けれど、ムカついて頬を膨らませた私の顔の赤さがどうしても引いてくれないのを、私は必死に、絶対に先生には見られないように隠し通すのだった。
後日カルエゴ先生に理事長処理分の業務が山のように押し寄せてきたとかなんとか。
