師団パーティまで
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「――というわけで明日からこの悪魔学校(バビルス)に通ってもらいまーす!」
魔界の大悪魔・サリバンは、人間界から半ば強引に連れてきた少年、鈴木入間の前で嬉しそうに伝える。
お人好しで行き過ぎたお節介焼きの入間は、サリバンの孫になることになったものの、未知の魔界という環境に未だにガチガチに緊張している。
「あ、あの……学校には通います。通いますけど……」
「おや、何か不安なことでもあるのかい? 美味しいごはんも、ふかふかのベッドも、何でも用意するよ! 他に何か、欲しいものはないかい?」
サリバンがこれでもかと顔を近づけて甘やかすと、入間は困ったように頬を掻きながら、ふとぽつりと呟いた。
「……うーん。もし、可能なら……なんですけど。僕、ずっと一人で生きてきたから。……兄弟とか、家族がもう一人いたら、すごく心強いし、寂しくないかなって……」
「きょ、きょうだい……ッ!!」
入間のそのささやかな願いに、サリバンは雷に打たれたような衝撃を受けた。
「でも僕みたいに攫うことになるからさっきのはやっぱり無「オペラ! 聞いたかい、イルマくんがきょうだいを欲しがっているよ! 友達じゃなくてきょうだいだよ! いますぐどこかで可愛い孫の『兄』『妹』か『姉』『弟』になりそうな子をスカウトしてこなくちゃ!」
「サリバン様、落ち着いてください。そこら辺の市場で買ってくるお土産とは違います。そう簡単に適切な人材が見つかるわけがありません」
控えていた赤髪のSD、オペラが淡々と宥めるが、親バカに火がついたサリバンは止まらない。
「うーん、でもイルマくんの頼みだしなぁ……。
もう一度人間界に行くのは流石に難しいし…僕を召喚してくれたらぜーんぜんいいだけど」
「貴方様をそう易々と召喚できるとは思えませんが…」
大悪魔サリバンが、愛する孫のために「きょうだい」を叶えるにはどうするか思案する中、入間の声は全く届かないのであった。
「おじいちゃん、聞いて〜〜〜!!」
◇
怪しい実験を繰り返すオカルト集団の壊滅任務。
今日もいつも通り血を浴びながら帰路につく、と安易に考えてた。
「――っ、はあ、はあ……!」
暗い地下神殿のような場所。組織の連中はすべて片付けた。けれど、油断した。
脇腹を深く抉られ、どくどくと温かい血が流れ落ちる。
すぐに止血しないと。
このままではまずいと本能が警鐘を鳴らす。
視界がぐにゃりと歪み、私は冷たい石床の上に崩れ落ちた。
たまたま倒れ込んだその場所は、どこぞのオカルト組織の連中が「悪魔召喚」を研究するために築いた、大がかりな祭壇の真上だった。
ポタポタと、私の傷口から溢れた夜兎の赤が、床に刻まれた不気味な魔法陣の溝を伝っていく。
その瞬間。
ゴォォォォォッ!!!
組織の人間がいくら生贄を捧げても微動だにしなかったはずの祭壇が、私の血を吸った途端、見たこともない漆黒の爆炎を上げた。
凄まじい炎の奔流に、私は薄れゆく意識の中で目を見開く。
煙の向こうから現れたのは、角を持ち、高級そうな衣装を纏った、異様な威圧感を放つ老人の姿だった。
「おや…? 珍しいね。人間界の召喚術かと思ったら、随分と骨のある『血』に呼ばれたみたいだね」
その老人は、倒れている私を見下ろし、パチパチと目を瞬かせた。
悪魔――そう直感した。
殺される、と本能が身構えたけれど、指一本動かせない。
けれど、その悪魔は私に牙を向ける代わりに、ふわりと優しく微笑んだ。
「ちょうどね、僕の愛する可愛い孫に『きょうだいがいたら寂しくないかな』って言われて、どうやって人間界に行こうか考えてたところなんだ。偶然人間界に召喚されるなんて…これも必然かな!……どうだい、お嬢さん。ボロボロの身体でそんなところにいるより、僕の孫の『きょうだい』になって、一緒に魔界へ来ないかい?」
差し出されたのは、血の匂いのしない、驚くほど温かくて大きな手だった。
「……ま、かい……」
「そう、魔界。美味しいご飯も、ふかふかのベッドもあるよ。君がもう、そんな風に血を流さなくてもいい場所だよ」
戦場しか知らなかった私に、差し延べられた初めての慈悲。
「私は夜兎の、カンナ…」
私は消えかける意識の底で、まだ、生きたいという欲がその手を強く握り返した。
それが、私と大悪魔サリバンとの、最初の『契約』だった。
◇
「……っ!」
跳ね起きると同時に、私は無意識に拳を構えていた。いつ敵に襲われてもいいように、戦場育ちの肉体が勝手に動く。
しかし、私の拳は、目の前に差し出されたお盆の上でピタリと止まった。
「目が覚めましたか。暴れると傷が開きますよ。大人しく寝ていてください」
そこに立っていたのは、猫耳のような髪型をした、赤髪の端正な人物――オペラだった。
感情の読めない冷徹な瞳。だが、その手にあるお盆には、温かいお粥と、見たこともない魔界の薬が乗っている。
「ここは……」
「サリバン様のお屋敷です。貴方はあの方を召喚し、魔界へ来ました。」
オペラは淡々と私の身体を観察するように、視線を細めた。
「それにしても貴方は聞いている人間とは少し奇妙な体質ですね。サリバン様が治癒魔術をかけようとしましたが、貴方の身体は『魔力』そのものを異物として完全に拒絶しました。その際にかなりの拒絶反応で痛みが起きていたようですが……通常の生物を遥かに凌駕する圧倒的な自己再生力だけで、その深い傷をここまで塞いでしまった。貴方は一体、何者なのですか?」
「……」
私は黙って自分の脇腹に手を当てた。確かに、傷はある程度塞がっているようだ。ところどころ意識は曖昧だったが、唐突に激痛が走ったのは魔力での治療をしようとした際に起きたのだろう。神経を灼かれるような激痛が走ったが、そんな痛み、戦場で浴びてきた傷に比べれば大したことはなかった。
魔術による治療は受けられない。けれど、この悪魔たちは私を害することなく、こうして静かな部屋で休ませてくれたのだ。
「…貴方は…」
「申し遅れました。私はオペラ。サリバン様に使えるセキュリティデビル(SD)です。」
そう自己紹介をし終えたと同時に
「あ! 目が覚めたんだね! よかった……っ!」
部屋の扉が勢いよく開き、一人の少年が飛び込んできた。
青い髪に、お人好しそうな丸い瞳。私とそれほど歳の変わらないその少年――鈴木入間は、私の手をぎゅっと両手で包み込んだ。
「ずっとうなされてたから心配したんだ。どこか痛いところはない? お腹は空いてない?」
向けられたのは、戦場には逆立ちしても存在しない、純度100%の善意。
あまりの眩しさに毒気を抜かれ、私は小さく息を吐きながらその手を少しだけ握り返した。
「……えっ、と元気なので、そんなに手を握らなくても大丈夫です。」
「えっ、あ、ごめん……! でも、本当によかった……!」
少年は思わず握った手をパッと離すも嫌な顔一つせず、むしろ嬉しそうに顔を綻ばせる。背後からサリバンが嬉しそうにパタパタと現れた。
「やあやあ、カンナちゃん! 元気になってよかった! 紹介するよ、今日から君の『きょうだい』になる入間くんだ!」
「えっ!? きょ、きょうだい!?」
「そうだよイルマくん! 君が『きょうだいが欲しい』って言ったからねぇ! 今日からカンナちゃんは君の姉か妹、僕の二人目の可愛い孫だー!」
サリバンの親バカ全開の叫び声が響き渡る。
入間は僕の声は聞こえてなかったんだ…と驚きながらも、すぐに私を見て、照れくさそうに微笑んだ。
「そっか……その僕のせいで巻き込まれちゃってごめんね。でも嬉しい気持ちもあって…よかったら仲良くしてほしいな。よろしくね、カンナちゃん。これから、ここで一緒に楽しく暮らそう!」
戦場しか知らず、ただ「強さ」だけを求められて疲弊していた私にとって、このお人好しな兄の温かさは、戸惑うほど優しかった。
「……うん。よろしく、イルマ」
ふにゃと笑うその笑顔にむず痒さを覚えながら
「では、まずはこれを食べて体力をつけなさい」と、オペラ様がお粥を私の前に差し出した。
魔力を拒絶する孤独な硝煙の兎は、初めて「家族」という温かい光に包まれたのだった。
