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『名前、今日は学校行かないで。僕の家で僕が帰って来るのを待ってて』
幼馴染の順ちゃんからそんな電話が掛かってきたのは、順ちゃんママが亡くなった次の日のことだった。どうしてそんなことを言うのかいくら聞いても順ちゃんは頑なに話してくれなかった。
どんなに聞いても答えてくれないのだと悟った私は、じゃあ言われた通りに家で待っていたらどうして学校へ行かないでほしいのか話してと頼んだ。最初は断られたが頼み込んでようやく分かったと言ってもらえた。
だからその日、私は1人で順ちゃんの家で順ちゃんが帰って来るのを待っていた。
10年ぶりくらいに上がった順ちゃんの家は、昔とあまり変わっていなくてなんだか嬉しくなった。
よく順ちゃんママと一緒に料理を作ったキッチンに、3人で一緒にご飯を食べた机、映画を見たりゲームをしたりしたテレビ、遊び疲れて眠ったソファ……全部あの頃のままだ。
なのにそこに、順ちゃんと順ちゃんママは、いない。さみしい。
順ちゃん、早く帰ってこないかな。最近全く会っていなかったから早く会いたい。話したいことがたくさんある。言いたいこともたくさんある。何より、謝らなくちゃいけない。順ちゃん、早く帰ってこないかな。早く会いたい。
……だけどその日、順ちゃんは帰ってこなかった。
「突然の知らせになるがな、このクラスの吉野が引っ越すことになって学校を辞めたんだ」
その知らせは、本当に突然だった。
順ちゃんが家に帰ってこなかったあの日から数日後に、副担から知らされた言葉は私にはとても理解できない言葉だった。クラスメイト達のどよめく声が、なんだか遠くに聞こえる。何人かの子が私のことをチラチラとみている。なんなんだ見てくるな居心地悪い。
副担が何か言いながらプリントを配っている。そのプリントにはいじめに関するアンケートと書かれている。
「書けたやつからこの箱に入れてけー。名前は書かなくていいからなー」
そういう副担の声をぼーっと聞きながらアンケートを見つめる。
こんなもの、今更何になるっていうんだ。いじめについてのアンケートをとったからって、いじめがなくなる訳じゃないでしょ。そもそも、今になってこんなこと聞いてくるくらいならもっと早くなんとかしようとしてよ。
そしたら順ちゃんがいじめられることも、虫を食べさせられることも、額に煙草を当てられて傷が残るような怪我をすることも、学校へ来なくなることもなかったかもしれない。先生達がもっとちゃんと見てくれてたら順ちゃんはあんな目に遭わなかったかもしれない、先生達が伊藤君の本性をわかってくれてたら何か変わっていたかもしれないのに。
何もかもが遅すぎるよ。どうしてもっと早く何とかしようとしてくれなかったの?
どうして誰も順ちゃんのことを助けようとしなかったんだ。教師も、生徒も、……私も。
私も、順ちゃんがいじめられているのを知っていたのに、見て見ぬふりをした。私は自分がいじめられるのが怖くて、順ちゃんのことを見捨てた。
順ちゃんごめんね、私何もできなくて…そういうと順ちゃんは必ず『名前は悪くないよ、気にしないで。僕は大丈夫だから』そういって優しく私の頭を撫でて、笑ってくれた。
だからその言葉に甘えて、見て見ぬふりをした。大丈夫だって順ちゃんが言ったんだ。だから私は気にしなくていいんだ。私は何も悪くない。そう沢山言い訳をした。最低だ。
伊藤君達や教師よりも、私は卑怯で最低な人間だ。
ごめん、ごめんなさい順ちゃん…。何度謝っても許してもらえないだろうけど、謝り続けることしか出来ない。
……あぁ、もうダメだ。今日は気分が悪い。なんか適当な理由をつけて帰ろう。
「…ここに来てもやっぱりいないか…」
学校を早退した私は古びた映画館へと来ていた。
この映画館には昔からよく、順ちゃん来ていたなとか考えると無意識のうちにここに来てしまった。そういえば、生まれてはじめて来た映画館ってここだったな。今では昔の映画のリバイバル上映ばかりだけど、私と順ちゃんが小さい頃は流行りの映画もたくさん公開していた。その当時、大人気だった魔法少女アニメの映画がここで上映されていた。私はそれがどうしても見たくて、パパに連れて行ってと頼んだけれども、仕事がいそがしいから無理だと言われて落ち込んでいた。そしたらそんな私を見兼ねて順ちゃんママが連れて行ってくれたんだったなぁ。私は楽しかったけれども、順ちゃんは少し退屈そうにしていたっけ。女の子向けの魔法少女アニメには興味なかったんだろうなぁ…それでも一緒に行ってくれてたんだから、やっぱり順ちゃんは優しいな。そんな順ちゃんを、私は見捨てたんだ。あれだけ優しくしてもらったくせに…。
「なぁアンタ、ひょっとして苗字名前さん?」
俯いて立ち尽くしていると、突然声を掛けられた。驚いて顔を上げると、どこの学校かわからない制服を着た男の子がいた。男の子は私のことを知っているようだが、私はこの子に全く覚えがない。
「そうですけど…貴方、誰…?」
何度頭の中を整理しても、こんな子に見覚えない。絶対初対面だ。どうして私のことを知っているんだろう。
「俺、虎杖悠仁。…順平の、友達」
「順ちゃんの?」
聞き返すと男の子―虎杖君は「あぁ」と返事をした。
嘘をついている様子はなさそうだ。
いつまでも映画館の前で立ち話というのもなんだかなと思い、虎杖君に私の家に来てもらうことにした。
「あれ、この前お菓子買って来たのになくなってる…パパが食べちゃったのかな…ごめんね、今何もないや…」
麦茶を置きながら言う私に対して「いや大丈夫、お構いなく!つか俺こそいきなり家上り込んでごめんな」と、虎杖君は申し訳なさそうにしている。
「いや、家来てもらえないか頼んだの私だから虎杖君は悪くないよ、そんな申し訳なさそうな顔しないでいいよ。…それにしても初対面なのに私のことよくわかったね」
「あぁ、順平の家に2人で撮ったガキの頃の写真飾ってあったの見てさ。その写真に写ってた女の子と似てたし、順平がいつもうさぎのヘアピンつけてるって話してたからもしかしてって思ったんだ』
あぁ、これか。よく友達に高校生にもなってそんな子供っぽいのつけるのやめればって言われるんだよなぁ…。結構気に入ってるし、このヘアピンは…
「それ、順平に貰ったんだってな。毎日つけてくれてて嬉しいって話してた」
そんな話まで友達にしてたんだ…。なんか恥ずかしいな。
小学生のころ、一緒に行ったお祭りで順ちゃんがくじを引いたらこのヘアピンが当たって『名前うさぎ好きだよね。僕は使わないからあげる。きっと似合うよ』そう言って私にくれた。その日以来、このヘアピンは私の宝物になった。
「順ちゃん、私の話友達にしたりするんだね。なんだか照れ臭いな。そういえば虎杖君と順ちゃんどうやって知り合ったの?」
いつまでも自分の話をされるのはなんだかちょっと居心地悪く感じてきてしまったので話題を変えようと、気になっていたことを聞いてみることにした。すると虎杖君は少し焦った様子で「えっ?!あっえーっと…映画館で知り合ったんだよ!俺達趣味があってさ!」と答えてくれた。
「順ちゃんと趣味が?珍しいね。あの子マニアックなものが好きだから、同じ部活でも話が合う子なかなかいないって嘆いてたのに」
それでも、映画研究部があった頃の順ちゃんは楽しそうだったな。私が知ってる限り、あの頃が1番楽しそうだった気がする。
毎日楽しそうにしてる順ちゃんを見るのはうれしかったけれども、なんだか置いていかれてしまったような気がして、少し寂しかった。
「苗字?どったの、ぼけーっとして」
急に黙り込んでしまった私を、虎杖君は心配そうに顔を覗き込んできた。慌てて大丈夫だと答えると安心したように「良かった!」と笑った。…優しいんだなぁ。
順ちゃんと虎杖君は全く違うタイプだと思うし、雰囲気も全然違うけれども、根っこの優しさはそっくりだ。一緒にいると、なんだかとても暖かい気持ちになる。
「……ねぇ、虎杖君」
「なんだ?」
「……ううん、何でもない」
順ちゃんのこと、何か知ってるの?そう聞きたかったけれども、なんとなく聞いてはいけない気がして、やめた。
「…そっか。あー…ワリィ、俺そろそろ帰んねーと」
時計を見ながらいう虎杖君に釣られて時計を見てみると帰って来てから結構時間が経ってしまっていたことに気が付いた。私も夕飯の買い物に行ったりとしなくてはいけないことが沢山あるので、虎杖君に帰ってもらうことにした。
「今日は悪かったな、急に来て長居しちまって」
玄関前まで見送ると虎杖君は靴を履いてから私にそういった。
「ううん、こっちこそ長いこと引き留めちゃってごめんね。順ちゃんの事話してくれてありがとう。私の知らないあの子の様子を知れてうれしかったよ。順ちゃんもきっと、貴方と友達になれてよかったって思ってるんじゃないかな。もしもどこかであったりしたらまた映画の話にでも付き合ってあげてね」
私の言葉を聞くと虎杖君は一瞬だけ…本当に一瞬だけだったけども悲しそうな、今にでも泣き出してしまいそうな顔をしたけどもすぐに笑顔で「ありがとう」といった。
やっぱり、虎杖君は順ちゃんのことを何か知っているのだろう。だけど、聞いても答えてはくれないだろう。それにそのことを聞いてしまったら、虎杖君をとても傷つけてしまう気がして聞けなかった。
「俺も、順平や順平の母ちゃんと出会えて、今日苗字と話せてよかったよ。……苗字。順平はきっと、幸せだったと思うよ。お前みたいな幼なじみがいて。きっと何度も、苗字に救われてたと思うし、支えられてたんだと思う。…だから、あんま自分の事責めないでくれよな。苗字が自分のことを責めたりしてるとこ順平が見たら順平、辛くなっちまうと思うからさ」
と、私を宥める様にいう虎杖君。
『名前。僕名前のこと責めたりなんてしてないよ。だから謝らないで。いつも僕のことを気にかけてくれてありがとう。それだけで充分だよ。君は僕のことを支えてくれてるよ。見捨てられたなんて思ってないよ』
いつの日か順ちゃんが言ってくれた言葉を思い出した。その時の順ちゃんと今の虎杖君が重なって見えた。その姿を見たら自然と笑顔になって、「ありがとう」と口にしていた。
私のお礼を聞くと虎杖君は安心したように笑って「おう!…じゃあ、俺そろそろ行くな」と言うので別れを告げて虎杖君と別れた。
虎杖君の背中を見えなくなるまで眺めているとどこからか『名前。ありがとう。ごめんね。さようなら。…大好きだよ』という、順ちゃんの声が聴こえてきた気がした。
幼馴染の順ちゃんからそんな電話が掛かってきたのは、順ちゃんママが亡くなった次の日のことだった。どうしてそんなことを言うのかいくら聞いても順ちゃんは頑なに話してくれなかった。
どんなに聞いても答えてくれないのだと悟った私は、じゃあ言われた通りに家で待っていたらどうして学校へ行かないでほしいのか話してと頼んだ。最初は断られたが頼み込んでようやく分かったと言ってもらえた。
だからその日、私は1人で順ちゃんの家で順ちゃんが帰って来るのを待っていた。
10年ぶりくらいに上がった順ちゃんの家は、昔とあまり変わっていなくてなんだか嬉しくなった。
よく順ちゃんママと一緒に料理を作ったキッチンに、3人で一緒にご飯を食べた机、映画を見たりゲームをしたりしたテレビ、遊び疲れて眠ったソファ……全部あの頃のままだ。
なのにそこに、順ちゃんと順ちゃんママは、いない。さみしい。
順ちゃん、早く帰ってこないかな。最近全く会っていなかったから早く会いたい。話したいことがたくさんある。言いたいこともたくさんある。何より、謝らなくちゃいけない。順ちゃん、早く帰ってこないかな。早く会いたい。
……だけどその日、順ちゃんは帰ってこなかった。
「突然の知らせになるがな、このクラスの吉野が引っ越すことになって学校を辞めたんだ」
その知らせは、本当に突然だった。
順ちゃんが家に帰ってこなかったあの日から数日後に、副担から知らされた言葉は私にはとても理解できない言葉だった。クラスメイト達のどよめく声が、なんだか遠くに聞こえる。何人かの子が私のことをチラチラとみている。なんなんだ見てくるな居心地悪い。
副担が何か言いながらプリントを配っている。そのプリントにはいじめに関するアンケートと書かれている。
「書けたやつからこの箱に入れてけー。名前は書かなくていいからなー」
そういう副担の声をぼーっと聞きながらアンケートを見つめる。
こんなもの、今更何になるっていうんだ。いじめについてのアンケートをとったからって、いじめがなくなる訳じゃないでしょ。そもそも、今になってこんなこと聞いてくるくらいならもっと早くなんとかしようとしてよ。
そしたら順ちゃんがいじめられることも、虫を食べさせられることも、額に煙草を当てられて傷が残るような怪我をすることも、学校へ来なくなることもなかったかもしれない。先生達がもっとちゃんと見てくれてたら順ちゃんはあんな目に遭わなかったかもしれない、先生達が伊藤君の本性をわかってくれてたら何か変わっていたかもしれないのに。
何もかもが遅すぎるよ。どうしてもっと早く何とかしようとしてくれなかったの?
どうして誰も順ちゃんのことを助けようとしなかったんだ。教師も、生徒も、……私も。
私も、順ちゃんがいじめられているのを知っていたのに、見て見ぬふりをした。私は自分がいじめられるのが怖くて、順ちゃんのことを見捨てた。
順ちゃんごめんね、私何もできなくて…そういうと順ちゃんは必ず『名前は悪くないよ、気にしないで。僕は大丈夫だから』そういって優しく私の頭を撫でて、笑ってくれた。
だからその言葉に甘えて、見て見ぬふりをした。大丈夫だって順ちゃんが言ったんだ。だから私は気にしなくていいんだ。私は何も悪くない。そう沢山言い訳をした。最低だ。
伊藤君達や教師よりも、私は卑怯で最低な人間だ。
ごめん、ごめんなさい順ちゃん…。何度謝っても許してもらえないだろうけど、謝り続けることしか出来ない。
……あぁ、もうダメだ。今日は気分が悪い。なんか適当な理由をつけて帰ろう。
「…ここに来てもやっぱりいないか…」
学校を早退した私は古びた映画館へと来ていた。
この映画館には昔からよく、順ちゃん来ていたなとか考えると無意識のうちにここに来てしまった。そういえば、生まれてはじめて来た映画館ってここだったな。今では昔の映画のリバイバル上映ばかりだけど、私と順ちゃんが小さい頃は流行りの映画もたくさん公開していた。その当時、大人気だった魔法少女アニメの映画がここで上映されていた。私はそれがどうしても見たくて、パパに連れて行ってと頼んだけれども、仕事がいそがしいから無理だと言われて落ち込んでいた。そしたらそんな私を見兼ねて順ちゃんママが連れて行ってくれたんだったなぁ。私は楽しかったけれども、順ちゃんは少し退屈そうにしていたっけ。女の子向けの魔法少女アニメには興味なかったんだろうなぁ…それでも一緒に行ってくれてたんだから、やっぱり順ちゃんは優しいな。そんな順ちゃんを、私は見捨てたんだ。あれだけ優しくしてもらったくせに…。
「なぁアンタ、ひょっとして苗字名前さん?」
俯いて立ち尽くしていると、突然声を掛けられた。驚いて顔を上げると、どこの学校かわからない制服を着た男の子がいた。男の子は私のことを知っているようだが、私はこの子に全く覚えがない。
「そうですけど…貴方、誰…?」
何度頭の中を整理しても、こんな子に見覚えない。絶対初対面だ。どうして私のことを知っているんだろう。
「俺、虎杖悠仁。…順平の、友達」
「順ちゃんの?」
聞き返すと男の子―虎杖君は「あぁ」と返事をした。
嘘をついている様子はなさそうだ。
いつまでも映画館の前で立ち話というのもなんだかなと思い、虎杖君に私の家に来てもらうことにした。
「あれ、この前お菓子買って来たのになくなってる…パパが食べちゃったのかな…ごめんね、今何もないや…」
麦茶を置きながら言う私に対して「いや大丈夫、お構いなく!つか俺こそいきなり家上り込んでごめんな」と、虎杖君は申し訳なさそうにしている。
「いや、家来てもらえないか頼んだの私だから虎杖君は悪くないよ、そんな申し訳なさそうな顔しないでいいよ。…それにしても初対面なのに私のことよくわかったね」
「あぁ、順平の家に2人で撮ったガキの頃の写真飾ってあったの見てさ。その写真に写ってた女の子と似てたし、順平がいつもうさぎのヘアピンつけてるって話してたからもしかしてって思ったんだ』
あぁ、これか。よく友達に高校生にもなってそんな子供っぽいのつけるのやめればって言われるんだよなぁ…。結構気に入ってるし、このヘアピンは…
「それ、順平に貰ったんだってな。毎日つけてくれてて嬉しいって話してた」
そんな話まで友達にしてたんだ…。なんか恥ずかしいな。
小学生のころ、一緒に行ったお祭りで順ちゃんがくじを引いたらこのヘアピンが当たって『名前うさぎ好きだよね。僕は使わないからあげる。きっと似合うよ』そう言って私にくれた。その日以来、このヘアピンは私の宝物になった。
「順ちゃん、私の話友達にしたりするんだね。なんだか照れ臭いな。そういえば虎杖君と順ちゃんどうやって知り合ったの?」
いつまでも自分の話をされるのはなんだかちょっと居心地悪く感じてきてしまったので話題を変えようと、気になっていたことを聞いてみることにした。すると虎杖君は少し焦った様子で「えっ?!あっえーっと…映画館で知り合ったんだよ!俺達趣味があってさ!」と答えてくれた。
「順ちゃんと趣味が?珍しいね。あの子マニアックなものが好きだから、同じ部活でも話が合う子なかなかいないって嘆いてたのに」
それでも、映画研究部があった頃の順ちゃんは楽しそうだったな。私が知ってる限り、あの頃が1番楽しそうだった気がする。
毎日楽しそうにしてる順ちゃんを見るのはうれしかったけれども、なんだか置いていかれてしまったような気がして、少し寂しかった。
「苗字?どったの、ぼけーっとして」
急に黙り込んでしまった私を、虎杖君は心配そうに顔を覗き込んできた。慌てて大丈夫だと答えると安心したように「良かった!」と笑った。…優しいんだなぁ。
順ちゃんと虎杖君は全く違うタイプだと思うし、雰囲気も全然違うけれども、根っこの優しさはそっくりだ。一緒にいると、なんだかとても暖かい気持ちになる。
「……ねぇ、虎杖君」
「なんだ?」
「……ううん、何でもない」
順ちゃんのこと、何か知ってるの?そう聞きたかったけれども、なんとなく聞いてはいけない気がして、やめた。
「…そっか。あー…ワリィ、俺そろそろ帰んねーと」
時計を見ながらいう虎杖君に釣られて時計を見てみると帰って来てから結構時間が経ってしまっていたことに気が付いた。私も夕飯の買い物に行ったりとしなくてはいけないことが沢山あるので、虎杖君に帰ってもらうことにした。
「今日は悪かったな、急に来て長居しちまって」
玄関前まで見送ると虎杖君は靴を履いてから私にそういった。
「ううん、こっちこそ長いこと引き留めちゃってごめんね。順ちゃんの事話してくれてありがとう。私の知らないあの子の様子を知れてうれしかったよ。順ちゃんもきっと、貴方と友達になれてよかったって思ってるんじゃないかな。もしもどこかであったりしたらまた映画の話にでも付き合ってあげてね」
私の言葉を聞くと虎杖君は一瞬だけ…本当に一瞬だけだったけども悲しそうな、今にでも泣き出してしまいそうな顔をしたけどもすぐに笑顔で「ありがとう」といった。
やっぱり、虎杖君は順ちゃんのことを何か知っているのだろう。だけど、聞いても答えてはくれないだろう。それにそのことを聞いてしまったら、虎杖君をとても傷つけてしまう気がして聞けなかった。
「俺も、順平や順平の母ちゃんと出会えて、今日苗字と話せてよかったよ。……苗字。順平はきっと、幸せだったと思うよ。お前みたいな幼なじみがいて。きっと何度も、苗字に救われてたと思うし、支えられてたんだと思う。…だから、あんま自分の事責めないでくれよな。苗字が自分のことを責めたりしてるとこ順平が見たら順平、辛くなっちまうと思うからさ」
と、私を宥める様にいう虎杖君。
『名前。僕名前のこと責めたりなんてしてないよ。だから謝らないで。いつも僕のことを気にかけてくれてありがとう。それだけで充分だよ。君は僕のことを支えてくれてるよ。見捨てられたなんて思ってないよ』
いつの日か順ちゃんが言ってくれた言葉を思い出した。その時の順ちゃんと今の虎杖君が重なって見えた。その姿を見たら自然と笑顔になって、「ありがとう」と口にしていた。
私のお礼を聞くと虎杖君は安心したように笑って「おう!…じゃあ、俺そろそろ行くな」と言うので別れを告げて虎杖君と別れた。
虎杖君の背中を見えなくなるまで眺めているとどこからか『名前。ありがとう。ごめんね。さようなら。…大好きだよ』という、順ちゃんの声が聴こえてきた気がした。