万有引力には逆らえない
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『弱い泣き虫ないじめられっ子には無理だ』
か…。まぁランス君にそう思われてるのは仕方ない、よな。でもやっぱり、あそこまではっきりと否定されるとさすがに落ち込むな…。大きな溜息を吐きそうになる。
「何、朝っぱらからこの世の終わりみたいな顔して」
葬式でもあったの?と、カルパッチョ君が話しかけてきた。
「別に…。ちょっと落ち込んでるだけ。そっとしておいて」
「ふーん。とりあえずご愁傷様って言っておくよ」
お茶を飲みながら適当な言葉を掛けられた。ご愁傷様って言葉チョイス酷くない?もう少し他にないの?メンタル弱い人だったら泣くんじゃないの。まぁカルパッチョ君だし仕方ないかと思いながらミルクティーを飲む。
「あっそうそう。先生からの伝言。君、この前の他寮との合同授業風邪ひいて休んだから今日、穴埋めとしてアドラとレアンとの合同授業に合流しろだって」
驚いて飲んでいたミルクティーを思い切り吹き出してしまった。
「うわ汚…ちゃんと拭きなよ?」
…カルパッチョ君、もう少し優しくしてくれても良くない?
このタイミングでレアン…はともかく、アドラと合同授業を受けることになるなんて…。心が折れそう。
◇
アドラとレアンの中にオルカである私が1人なんて、少し心細い。割と1人には慣れてるつもりだったんだけどな。最近はなんやかんやほぼ必ずと言っていいほどカルパッチョ君といるからかな。
何人かがチラチラと私を見ながらヒソヒソと話している。そういったことをされるのにも慣れている。が、やはり気分は良くないし居心地も悪いな。カルパッチョ君でもいいから一緒にいて欲しいなという気さえしてくる。
「あの子でしょ?シャルロット家の娘って」
少し離れた場所から聞こえてくる。あれはレアンの生徒か。嫌になる。
「そうそう、なんか優秀らしいよー」
「へぇ。じゃあ家を継ぐのかな?楽そうな人生で羨ましいねぇー」
クスクスと笑いながら言っている。誰が継ぐかあんな家。寧ろ滅ぼしてやる。ていうか、家を継ぐのが楽だと思ってるの?そんなわけないでしょ。少し考えれば子どもでもわかりそうなことなのに。頭の中お花畑なの?羨ましいわ。絶対にそんな頭にはなりたくはないけれども。
「いやいや、それがあの子妾の娘らしいよ。だから継げないって!あの名門であるシャルロット家が、どこの馬の骨かもわからないような血が混じった奴に、継がせたりなんてする訳ないじゃん」
ニヤニヤと、不快な笑みを浮かべて私のことを見ながら言っている。汚い顔。鏡見たことないのかしら。
「母親、売春婦だったらしいよ」
そう言われた瞬間、頭に血が一気に登った。ぷつん。と、何かが切れる音がした様な気がする。
「だからさぁー、きっと色目使って詰め寄ったんだよ。ご当主に!」
「あぁーなるほど!納得したわ!」
「汚い手を使ったんだね、最悪な母親!」
…私のことを好き勝手言うのは良い。どうでも。あんな頭空っぽの連中に、あんな頭の中お花畑な連中に、あんな低能な連中に、何言われようがどうでもいい。あんな連中よりも頭も顔も性格も魔力も魔法の腕前も全部、全部私の方が上だもの。何かしてきたとしても叩き潰せばいい、ただそれだけだから。でも、けど、だけど。お母さんを悪く言った…それだけは許せない。許さない。許すもんか。ぶっ飛ばしてやる。
「な、何よ…!なんか文句でもあるの?!」
粋がっていた馬鹿共の前へ行くと、まさか近づいて来るとは思っていなかったらしく狼狽えているようだ。ギャーギャーギャーギャーと喚き散らす汚らしい声が心底不快だ。早く黙らせないと。
「アイシクルス セコ…」
「わぁぁ、ルーナちゃんこんなところにいたんですね!探しましたよ、もう!せっかく合同授業で一緒に授業受けれるんですから一緒にいようって言っておいたじゃないですかー!」
セコンズを打とうとした瞬間、突然すごい勢いで抱き着かれて、そしてすごい力とすごい猛スピードでその場から連れ出された。驚いて抱き着いてきた人物の方を見てみると。
「レ、レモン…ちゃん…?」
昨日修羅場になりかけそしてその後仲良くなった、レモン・アーヴィンちゃんが私の腕を引っ掴んで走っていた。
「ごめんなさい、無理矢理連れ出してしまって…。でもこうでもしないとルーナちゃん、あの人達にとんでもない危害を加えてしまいそうでしたので…」
さっきの連中から離れ立ち止まると、深々と頭を下げて謝罪された。レモンちゃんに言われて、先程の自分の行動を思い出して自分がとんでもないことをしようとしてしまったということに気が付いた。…出会って1日しかたっていない子にこんなに気を遣わせてしまうなんて。最悪だ私。
「…ううん、私の方こそ気を遣わせてしまってごめんなさい。止めてくれて、ありがとう」
そうお礼を言うと、「お役に立てたようで良かったです」そうにっこりと笑いながら言われた。…優しい子。類は友を呼ぶという言葉、本当なんだなとマッシュ君やフィン君、ランス君を思い浮かべて納得した。
「あっマッシュ君だ!マッシュくーん!!」
とレモンちゃんが嬉しそうに声を上げて、マッシュ君達のところへと駆けて行った。可愛いなぁと思いながらその様子を見ていると、ちょうどマッシュ君達と一緒にいたランス君とばっちりと目が合った。が、すぐに逸らされてしまった。どうしよう、早くも帰りたくなってきた。
「ルーナちゃん!ルーナちゃんもこっちでお話しましょうよぉー!」
と、ニコニコと手招きをされた。正直、今ランス君の近くにいるのは…でも授業が始まるまでは誰かと一緒にいたい。やっぱりマッシュ君達と一緒にいさせてもらおう。
「ルーナちゃん、合同授業大変そうだけども頑張ろうね!」
近くへ行くとフィン君が明るく話し掛けてきてくれた。その優しさが身に染みる。
「あの、マッシュ君!良かったら一緒に…」
「おい」
レモンちゃんがマッシュ君を誘おうとしたであろう次の瞬間、赤髪のトゲトゲ頭の男の子が遮ってマッシュ君の顔に唾を掛け、突然何か語り出した。が、マッシュ君も他のみんなも、その子のことを完全に無視している。なんか可哀そうな子…。
「静かにしろお前達」
先生がそう発すると、うるさかった生徒たちはみんな静かになり、説明を聞く体制に入った。
課外授業の内容は、森の中に生息している森サソリを退治し、額にある石を取って来いとのことだ。石の中には級硬貨があるらしい。ほとんどの級硬貨は銅相当らしいが中には銀相当の強さのもののサソリもいるらしい。見分け方は額の石が四角いと銀で、並みの魔導士では十中八九歯が立たない。が、それを成し遂げてこその我がイーストン、くれぐれも死なないように、とのこと。授業で死ぬリスクがあるだなんてこの学校中々にくるっているよなー…。こういう授業で沢山級硬貨を集めないと。ランス君…の、ことは今はとりあえず、考えるのをやめておこう。授業に集中しないと。
レモンちゃんに先に行くね、と声を掛けてみんなよりも一足先に森の中へと歩みを進めた。
◇
森の中はじめじめとしていて真っ暗だ。少し不気味な雰囲気。お化けとかが出そう。出てきてくれないだろうか。色々と調べたり聞いてみたいことが沢山あるし。あ、でも授業中だから出てきてくれたところで話を聞いたりする時間はないか。いやでも、出てきたら捕まえて、寮まで連れて帰ればよくないか?そしたら色々と細かく調べたりすることも出来そうだし。お化けに捕縛魔法とか効くだろうか…?何か使えそうな魔法具でも持って来るべきだった…!
って!違う違う違う、そんなこと言ってる場合じゃない!今は授業!森サソリ!そっちに集中しないと。銀の級硬貨を取らないと。昨日のマッシュ君との賭けで全て彼にあげてしまったから何としても手に入れないと。
魔法には自信がある。そこらの魔導士になら負けるわけがないと胸を張って言える。だが試験に挑む人は二本線の強力な魔導士がほとんどを占めるだろう。となると級硬貨を集めるにはその強力な魔導士たちの相手をすることになる。その相手達の大半は上級生になることが想定できる。正直、上級生の二線魔導士に勝利出来るのかと聞かれると、確実に勝てるとは言い切れない。魔法だけだったら並大抵の魔導士なら互角もしくはそれ以上の力で戦い、勝てる自信がある。だが上級生と戦う場合歳の差、場数の差が不安だ。彼ら彼女らは当然ながら私よりも戦闘経験が豊富な人がほとんど。亀の甲よりも年の功。私が思いつかないような戦闘方法や作戦を考えつく人だっている可能性が高い。そういったところで、上級生と戦うのは圧倒的にこちらが不利。だから出来るだけ、上級生とは級硬貨を賭けた勝負をすることは避けたい。なので何としても、級硬貨を貰えるこの機会を逃したくない。絶対に銀の級硬貨を手に入れなくては。
あと、授業が終わってからなるべく早く森サソリについてまとめたレポートも提出しよう。点数稼ぎが出来そうなところで少しでも稼がな…ん?なんか違和感が…何…?考え事をしながら歩いていると、突然腰のあたりが重くなった。まさか何か罠にでも嵌ってしまったのか…?とにかく重みの正体がなんなのか確かめ…って、え…?
「あ、あばば、あばばばば…見捨て、見捨てないで、ひと、ひとりに、しないで下さい…!」
そう言って泣きながらレモンちゃんが、私の腰に縋りついていた。なに、この状況………。
◇
「えっマッシュ君達と逸れちゃったの?」
「はい…入口までは一緒だったと思うんですけど気が付いたらみんないなくなってて…!」
でもルーナちゃんがいるのが見えて良かったです…とグスグスと鼻を啜りながら言う。どうしよう、この子守りながら森サソリを倒せるだろうか…?でもこの森の中に1人で放置するのは鬼畜すぎるよな…。さっきの借りだってあるし…。裏切るようなことをしたくない。そもそも困っている人(しかも助けてくれた人)を放置なんてしたらお母さんに合わせる顔がない。
「2人で頑張ろうか」
というと、レモンちゃんが嬉しそうに笑って「はい!」と元気に返事をした。
「…それにしてもランス君…は大丈夫としてもマッシュ君とフィン君は心配だね。森サソリ探しながら2人のことも探そうか」
というと「えっ!マッシュ君もですか?マッシュ君なら大丈夫ですよ、編入試験の時先生を倒したんですよ!」と、どこか自慢げに言う。
「まぁ確かに強かったけど…レアンにヤバそうな人がいるんだよ」
「ヤバそうな人…ですか?」
首をコテン、と傾けながら言うレモンちゃんに
「1人、私達の1つ上の人がいるの。確か名前は…シルバとか言ったかな。素行不良で進級差し止めになったらしいの。気に入らない生徒や先生、みんなぼこぼこにしたりで本来だったら退学レベルの人なんだけど、魔法の腕前抜群でしかも二線魔導士だからって理由で留年で済まされたみたい。……マッシュ君て目立つでしょ?しかも級硬貨も持ってるし。だからあの人に目を付けられてるんじゃないかなって」
そう話すと「あぁ…いや…でも…うーん…」と考え込み出してしまった。だがすぐに
「大丈夫です!私はマッシュ君を信じてます!」
と、高らかに宣言した。
マッシュ君のことすごく信頼しているのね。羨ましい関係性だ。私も、ランス君に…ううん、ランス君以外の人にも。こんな風に信頼されるようになりたいものだ。
「それにしてもルーナちゃん随分と詳しいんですね、学内情報。わざわざ調べるんですか?」
尊敬します!と、ニコニコ笑いながら褒められた。
「まぁ自分で調べることもあるといえばあるけども大体はエマ…姉から聞かされるの」
「お姉さんですか?」
「えぇ。レアンの3年でね、2つ上なの。そこから色々と聞かされるんだ」
聞いてもないのにいちいち言ってくるのよね。鬱陶しい。
「へぇ…優しいお姉さんですね」
優しい……?
「どこが…あんな見栄っ張りな傲慢女……」
眉間に皺を寄せながら言うと「えっ…そ、そこまで言います……?」と若干引いた様子で言われた。
「優しい人…だと思いますよ。だって、危ない人にルーナちゃんが関わらないように教えてくれてるんじゃないですか?」
危ない人と関わらないため…
「昔だったらそうだったかもね。けど今は違うわ。『アンタが変なのと関わるとシャルロット家の名前に傷がつくんだから付き合う人間には気をつけなさいよ』って言われるの、毎回」
シャルロット家の名前に傷がつくとかそんなの知るかっての。バカみたい。
「あっ…ごめんなさい、こんな話聞かせてしまって…」
仲良くなったばかりの人に言うべきことじゃなかったということに気がつき、慌てて謝罪すると「大丈夫ですよ!」と言ってくれた。
「……ありがとう。早く森サソリとマッシュ君達を探しましょう」
「はい!」
足でまといにならないよう、精一杯着いていきます!そう決意を固めるように声高々に宣言するレモンちゃんにクスッと笑いそうになりつつ、森サソリとマッシュ君達の捜索を開始した。
レモンちゃん、私がエマのこと言いたくなさそうにしていたからあれ以上深掘りしないようにしてくれたみたいだったな。本当、優しい子。こんな子とずっと、友達でいられたらいいな。
◇
森サソリを倒すには何が有効なんだ。普通に氷漬けにしたらイけるか?アイシクルスで倒せるといいんだけど。あぁ、もっと生態について調べておくべきだった。オルカはこの授業一足先に受けていたハズだし、カルパッチョ君に概要について聞いておけばよかった。いやでも、まんま一緒の授業はしていないかさすがに。それにしたってリサーチ不足だった。悔しい。
「あの、ルーナちゃんどうしました?」
「えっ。何が?」
「なんだか険しい顔して黙り込んでしまったのでどうしたのかなって思って」
険しい顔なんてしてたのか私…。
「ごめんなさい、ちょっと考え事していたの。森サソリについてもっとしっかり調べておくべきだったなって。倒し方分からないから泥試合になりそうな気がして…でもなんとか倒して銀の級硬貨を…」
「銀の級硬貨が欲しいのー?じゃああげようか」
不意に私達以外の声が聞こえてきた。不愉快で嫌な汚い声。この声はと思いながら見てみると
「もちろん私に勝てたらだけど」
思った通り。さっきのお母さんのことを貶したうちの1人だ。
「本当?ありがとう。じゃあ早く頂戴。やる前から結果なんて見えてるんだから。私達忙しいの」
ね、レモンちゃん。そう言う私を見るとレモンちゃんは「ちょっ、ルーナちゃん?!そんな挑発するようなこと言わない方が…!」焦ったように注意してきた。
「その子の言う通りよ!私は二線魔道士でしかも1年で銀の級硬貨だって持ってるのよ?!1つも持ってないアンタなんかより…」
「ナルコス」
ギャーギャーと喚く声が鬱陶しくなって来たので黙らせようと、基礎魔法を放つと思いの外に力が入ってしまったらしい。絡んできた子が吹き飛ばされ、木にぶつかって思い切りめり込んだ。
「あら、随分とあっさり勝負着いたわね。級硬貨持っていない私よりも貴女の方が強いと言っていた気がしたのだけど聞き違いだったのかしら」
首を傾げ、鼻で笑いながら言うと顔を真っ赤にしながら
「ふざけんじゃないわよ、いきなり仕掛けてくるなんてずるいじゃないこの卑怯者!」
そうヒステリックに叫ばれた。耳が壊れそう。
「私は!二線魔道士で級硬貨持ってて、正当な貴族の血を引いてるのよ?!アンタみたいな妾の娘なんかよりもずっと優秀なんだから!」
そう怒鳴ったかと思うと、初めて聞く呪文を唱えた。すると私は相手の方へと引っ張られ始めた。この人の固有魔法か。人や物を自分の元へと引き寄せるといった類のものか。1度に引き寄せることの出来る数はあまりなさそう。ポテンシャルは高そう。そして汎用性もありそうな魔法。使い手に寄っては厄介な魔法。けど、
「アイシクルス」
こんなのが使い手だったら、なんの意味もなさない。魔法の力もそんなに強くないみたい。壁にして遮ったら簡単に防げた。相手の「嘘でしょ?!」と狼狽えた様子の声が聞こえてくる。それはこっちのセリフだ。こんなので私に挑もうとしてたなんて。やっぱり頭の中お花畑なのね。
「アイシクルス」
「ひっ…!」
相手の立つ地面の真下から巨大な氷壁を出し、高所へと連れて行く。
「ちょ、ちょっと…!ま、魔法解きなさいよ…!私、高いとこ、嫌い…!」
先程までの威勢はどこへやら。情けなく泣き出しそうな声で叫んでいる。
「じゃあギブアップして。そしたら下ろしてあげる」
と言うと「わ、わかった…!する…!」と返ってきたので魔法を解きそっと降ろした。
「あ、ありがと……約束通り級硬貨あげる…なんて言うわけないでしょ!」
と言い終わると再び呪文を唱え、大きな岩が私目掛けて飛んで来た。馬鹿な子。
「ストーム アイシクルス」
せっかく穏便に済ませてあげようとしたのに。あっさりと岩を破壊し、もう一発。
「ストーム アイシクルス」
相手の頬や身体ギリギリのとこ目掛けて大量の氷柱と氷を放つ。
「ひっ…!いたっ…!」
どうやら氷の一部が頬を掠めたらしい。血が出ている。足の力が抜けたのか、へなへなと地面にへたりこんだ。
そっと近づき、目が合うようにしゃがんで
「まだやる?」
首をコテン、と傾げながら尋ねると泣きそうな顔で首を何度も横に振られた。
◇
「ルーナちゃん凄かったです!まさかあんなにあっさりとレアンの二線魔道士を倒してしまうなんて!」
レモンちゃんがはしゃいだ様子で私のことを褒め称える。なんだか照臭い。こんな風に素直にそして純粋に誰かに褒められたことあまりないのでドキドキする。
「それにしても、あの人の固有魔法、結構強そうだったのに物ともしてませんでしたね」
びっくりしました!と、興奮気味に言われた。強力、ね…。
「確かに魔法自体は厄介そうだったわね。けど使い手があれだもの。あの子自身があれじゃどれほど優れた固有魔法を持っていたって意味なんてないわ。あんな血筋にしか価値がないと思っているような人に負けるほど私は弱くないわ。あの固有魔法、使い方次第ではもっと強くなりそうなのにもったいない。実際私の周りに似た様な固有魔法使う、もっと強い人いるし」
「似た様な魔法でもっと強い?あぁ、ランスく…」
ランス君ですか?と聞こうとしたのでろうレモンちゃんの言葉を遮るように、巨大な影が私達を覆い隠した。まさかと思い見てみると予想通り。森サソリがいた。
「ヒッヒィィィィィィッッッ!!!」
「レモンちゃん下がって!!」
叫び、レモンちゃんを一歩下がらせ、アイシクルスで盾を作り私が良いって言うまでそこにいてねと言うと「は、はいぃぃぃ…!」と怯えたような返事が返って来た。
森サソリの額を確認する。どうやら銀の級硬貨に相当するみたいだ。コイツを倒せば銀の級硬貨がさっきのと合わせて2枚になる。絶対に倒さないと。
「アイシク…キャッ!」
呪文を唱えようとしたが、森サソリの鋭い鋏が伸びてきた。ギリギリで避けることは出来たが、さっきあの人をナルコスで叩きつけた木が倒れてしまった。
「ルーナちゃん大丈夫ですか?!」
「大丈夫。心配かけてしまってごめんなさいね」
謝罪しつつ森サソリにもう一度アイシクルスを放つが交わされてしまった。内心舌打ちをしつつ、どうしたらいいものかと考えるが、全く策が浮かばない。
「ストーム アイ…っ」
魔法を放とうとすると、またしても呪文を唱えている途中で攻撃されてしまった。なんとか交わすことは出来たが、交わした拍子に杖を落としてしまった。拾いたいけれども、そんな隙が見つからない。
「っ…!しまッ…!」
攻撃を交わすのに夢中になってしまい、足元に転がっていた石に気付かず躓いてしまった。
「ルーナちゃん!!!!!!!」」」
レモンちゃんの絶叫が聞こえたと同時に、森サソリの鋏が目の前まで迫って来ていた。反射的に腕で頭を覆い、力いっぱい目を瞑って来るであろう衝撃に覚悟を決め…
「グラビオル」
ようとした瞬間、幼い頃助けてもらう度に聞いていた固有魔法の呪文と凄まじい轟音が鳴り響いた。恐る恐る顔を上げると、目の前には倒れ伏した森サソリと私を庇うように立つ…
「ラ、ランス君…」
名前を呼ぶと、振り返り「無事か」と問いかけてきた。頷くと「そうか」と呟き、ケガしてるから後で保健室へ行くようにと付け足された。…あの頃と、変わらないな。
「レモンちゃーーん!!!ルーナちゃーーーん!!!!2人共大丈夫?!」
物陰に隠れていたらしいフィン君が走り寄ってきた。
「私は大丈夫!ルーナちゃんが守ってくれました!」
「私も大丈夫。心配してくれてありがとう、フィン君」
私達の返事を聞くと、「良かったー…」と、ヘナヘナなどという効果音が付きそうな感じでフィン君はその場に膝から崩れ落ちながらホッと溜息を吐いた。
「あの…ランス君も、助けてくれてありがとう…」
お礼を言うと「別に」と、目を逸らされた。やはりまだ、気まずい。お互い黙り込んでしまった。
「……フィン君。少しお話したいことがあるんです。だからちゃっとだけ付き合って下さい!」
「えっちょ、えっ?!レモンちゃん?!」
突然レモンちゃんがそう言いだし、フィン君の腕を引いてどこかへと行ってしまった。すれ違い様、「頑張って、ルーナちゃん!」と耳元で囁かれた。やっぱり、すごく気を遣わせてしまっている…。ありがとうって、後でちゃんとお礼を言わないと。
…それにしてもどうしよう。わざわざ2人きりにしてくれたのにどうしたらいいのか、なんて声を掛ければいいのか、わからない。
というか私、昨日あれだけ偉そうに強くなったみたいなこと言っておきながら結局助けてもらうなんて、最悪なのでは…?こんなんじゃ神覚者を目指すの諦めろと言われても文句言えないじゃないか。ランス君の顔を見ることが出来ない。ランス君も何も言わず、私から目を逸らしている。けど、いつまでも気まずいとかそんなこと言っていたらだめだ。せっかくレモンちゃんとフィン君が気を回してくれたのに。意を決して口を開き、
「あの…!」
「昨日は悪かった」
謝罪しようとした瞬間、遮られてそして謝罪された。
「えっ…」
「神覚者目指すのやめろとか、勝手なこと言っちまって。マッシュの言う通り、試験を受ける受けないってのはお前自身が決めるべきことだってのに、俺の意見を押し付けようとした。もうやめろとか諦めろなんて勝手なこと言わねぇ」
そう言うと、深々と頭を下げながら「すまなかった」と、再び謝罪された。
「…顔を上げて。そんな風に頭を下げて何度も謝るなんて、ランス君らしくないよ」
というと、バツが悪そうな表情をしつつ顔を上げた。
「……ランス君。私も昨日は、偉そうなこと言ってしまってごめんなさい。あと、ありがとう」
『ありがとう』とお礼を言うと驚いたように目を見開き、「えっ」と言った。
「ランス君、私のこと心配してくれたのでしょう?神覚者を目指してるって聞いて。諦めろ、やめろって言われたのは心外だって思った。けど少しだけ…嬉しいなとも思ったの。ランス君は今もまだ、私を気にかけてくれてるんだって。だから、そこだけ。そこだけはありがとう」
言い終わるとランス君は、きょとんとしていた。そして微かに笑って「なんだよ、それ」と言った。
「…弱虫の泣き虫っつったこと、取り消す」
私のことを見つめながら、言う。
「弱虫の泣き虫が、ブチギレてセコンズぶっ放そうとする訳ないからな」
セコンズ…
「見てたの?!」
「あぁ。お前、いくらなんでも沸点低すぎるだろ。レモンが止めてなかったら停学…最悪退学だったんじゃないか」
改めて言われるとぞっとする。
「き、気を付けます…」
頭を抱え呟くと「そうしろよ」と返された。
「…けどランス君。もしも、アンナちゃんのことぶじょ…」
「そんなことしたらそいつをこの世から抹消する。勿論仲間諸共な」
沸点低すぎるアンタに言われたかないわ。
◇
「マッシュ君大丈夫ですか!?すごいケガ!!」
森から出てマッシュ君と再会すると、大ケガをしていたマッシュ君を見てレモンちゃんはすごく焦り泣いている。当の本人であるマッシュ君は「大したことないよ」とは言っているが絶対大したことある。普通の人だったら即保健室行きだよ。どんな身体してるのこの子。
やっぱりマッシュ君はあの問題児であるシルバという生徒に絡まれ、戦っていたらしい。そしてその過程で赤いトゲトゲ頭の男子生徒と仲良くなったみたいだ。…なんか突然奇声を発して変な動きを始めた。なんなんだろあの子、怖い…。
「狙われたな、マッシュ」
不意にランス君が口を開いた。
「さっき小耳に挟んだんだが、レアンの奴らがアドラを中心に級硬貨狩りをしているらしい…」
レアン…貴族関係出身の人達の多い、血筋が全てとの考えを持った人が大半を占めている、あの家のクズ共と同じような思考回路をしている人ばかりいる高潔主義の寮…。アドラを中心に級硬貨狩りをしているのは、どこの馬の骨かもわからない人を魔法局へ入れたくないということか。…本当、貴族ってクズばっかり。あんな連中が神覚者になんてなってしまったらお母さんのような思いをする人が今以上に増えてしまう。それだけは絶対に阻止する。そのためにも出来るだけ早く、級硬貨を集めて試験を受けれる資格を手にしないと。
か…。まぁランス君にそう思われてるのは仕方ない、よな。でもやっぱり、あそこまではっきりと否定されるとさすがに落ち込むな…。大きな溜息を吐きそうになる。
「何、朝っぱらからこの世の終わりみたいな顔して」
葬式でもあったの?と、カルパッチョ君が話しかけてきた。
「別に…。ちょっと落ち込んでるだけ。そっとしておいて」
「ふーん。とりあえずご愁傷様って言っておくよ」
お茶を飲みながら適当な言葉を掛けられた。ご愁傷様って言葉チョイス酷くない?もう少し他にないの?メンタル弱い人だったら泣くんじゃないの。まぁカルパッチョ君だし仕方ないかと思いながらミルクティーを飲む。
「あっそうそう。先生からの伝言。君、この前の他寮との合同授業風邪ひいて休んだから今日、穴埋めとしてアドラとレアンとの合同授業に合流しろだって」
驚いて飲んでいたミルクティーを思い切り吹き出してしまった。
「うわ汚…ちゃんと拭きなよ?」
…カルパッチョ君、もう少し優しくしてくれても良くない?
このタイミングでレアン…はともかく、アドラと合同授業を受けることになるなんて…。心が折れそう。
◇
アドラとレアンの中にオルカである私が1人なんて、少し心細い。割と1人には慣れてるつもりだったんだけどな。最近はなんやかんやほぼ必ずと言っていいほどカルパッチョ君といるからかな。
何人かがチラチラと私を見ながらヒソヒソと話している。そういったことをされるのにも慣れている。が、やはり気分は良くないし居心地も悪いな。カルパッチョ君でもいいから一緒にいて欲しいなという気さえしてくる。
「あの子でしょ?シャルロット家の娘って」
少し離れた場所から聞こえてくる。あれはレアンの生徒か。嫌になる。
「そうそう、なんか優秀らしいよー」
「へぇ。じゃあ家を継ぐのかな?楽そうな人生で羨ましいねぇー」
クスクスと笑いながら言っている。誰が継ぐかあんな家。寧ろ滅ぼしてやる。ていうか、家を継ぐのが楽だと思ってるの?そんなわけないでしょ。少し考えれば子どもでもわかりそうなことなのに。頭の中お花畑なの?羨ましいわ。絶対にそんな頭にはなりたくはないけれども。
「いやいや、それがあの子妾の娘らしいよ。だから継げないって!あの名門であるシャルロット家が、どこの馬の骨かもわからないような血が混じった奴に、継がせたりなんてする訳ないじゃん」
ニヤニヤと、不快な笑みを浮かべて私のことを見ながら言っている。汚い顔。鏡見たことないのかしら。
「母親、売春婦だったらしいよ」
そう言われた瞬間、頭に血が一気に登った。ぷつん。と、何かが切れる音がした様な気がする。
「だからさぁー、きっと色目使って詰め寄ったんだよ。ご当主に!」
「あぁーなるほど!納得したわ!」
「汚い手を使ったんだね、最悪な母親!」
…私のことを好き勝手言うのは良い。どうでも。あんな頭空っぽの連中に、あんな頭の中お花畑な連中に、あんな低能な連中に、何言われようがどうでもいい。あんな連中よりも頭も顔も性格も魔力も魔法の腕前も全部、全部私の方が上だもの。何かしてきたとしても叩き潰せばいい、ただそれだけだから。でも、けど、だけど。お母さんを悪く言った…それだけは許せない。許さない。許すもんか。ぶっ飛ばしてやる。
「な、何よ…!なんか文句でもあるの?!」
粋がっていた馬鹿共の前へ行くと、まさか近づいて来るとは思っていなかったらしく狼狽えているようだ。ギャーギャーギャーギャーと喚き散らす汚らしい声が心底不快だ。早く黙らせないと。
「アイシクルス セコ…」
「わぁぁ、ルーナちゃんこんなところにいたんですね!探しましたよ、もう!せっかく合同授業で一緒に授業受けれるんですから一緒にいようって言っておいたじゃないですかー!」
セコンズを打とうとした瞬間、突然すごい勢いで抱き着かれて、そしてすごい力とすごい猛スピードでその場から連れ出された。驚いて抱き着いてきた人物の方を見てみると。
「レ、レモン…ちゃん…?」
昨日修羅場になりかけそしてその後仲良くなった、レモン・アーヴィンちゃんが私の腕を引っ掴んで走っていた。
「ごめんなさい、無理矢理連れ出してしまって…。でもこうでもしないとルーナちゃん、あの人達にとんでもない危害を加えてしまいそうでしたので…」
さっきの連中から離れ立ち止まると、深々と頭を下げて謝罪された。レモンちゃんに言われて、先程の自分の行動を思い出して自分がとんでもないことをしようとしてしまったということに気が付いた。…出会って1日しかたっていない子にこんなに気を遣わせてしまうなんて。最悪だ私。
「…ううん、私の方こそ気を遣わせてしまってごめんなさい。止めてくれて、ありがとう」
そうお礼を言うと、「お役に立てたようで良かったです」そうにっこりと笑いながら言われた。…優しい子。類は友を呼ぶという言葉、本当なんだなとマッシュ君やフィン君、ランス君を思い浮かべて納得した。
「あっマッシュ君だ!マッシュくーん!!」
とレモンちゃんが嬉しそうに声を上げて、マッシュ君達のところへと駆けて行った。可愛いなぁと思いながらその様子を見ていると、ちょうどマッシュ君達と一緒にいたランス君とばっちりと目が合った。が、すぐに逸らされてしまった。どうしよう、早くも帰りたくなってきた。
「ルーナちゃん!ルーナちゃんもこっちでお話しましょうよぉー!」
と、ニコニコと手招きをされた。正直、今ランス君の近くにいるのは…でも授業が始まるまでは誰かと一緒にいたい。やっぱりマッシュ君達と一緒にいさせてもらおう。
「ルーナちゃん、合同授業大変そうだけども頑張ろうね!」
近くへ行くとフィン君が明るく話し掛けてきてくれた。その優しさが身に染みる。
「あの、マッシュ君!良かったら一緒に…」
「おい」
レモンちゃんがマッシュ君を誘おうとしたであろう次の瞬間、赤髪のトゲトゲ頭の男の子が遮ってマッシュ君の顔に唾を掛け、突然何か語り出した。が、マッシュ君も他のみんなも、その子のことを完全に無視している。なんか可哀そうな子…。
「静かにしろお前達」
先生がそう発すると、うるさかった生徒たちはみんな静かになり、説明を聞く体制に入った。
課外授業の内容は、森の中に生息している森サソリを退治し、額にある石を取って来いとのことだ。石の中には級硬貨があるらしい。ほとんどの級硬貨は銅相当らしいが中には銀相当の強さのもののサソリもいるらしい。見分け方は額の石が四角いと銀で、並みの魔導士では十中八九歯が立たない。が、それを成し遂げてこその我がイーストン、くれぐれも死なないように、とのこと。授業で死ぬリスクがあるだなんてこの学校中々にくるっているよなー…。こういう授業で沢山級硬貨を集めないと。ランス君…の、ことは今はとりあえず、考えるのをやめておこう。授業に集中しないと。
レモンちゃんに先に行くね、と声を掛けてみんなよりも一足先に森の中へと歩みを進めた。
◇
森の中はじめじめとしていて真っ暗だ。少し不気味な雰囲気。お化けとかが出そう。出てきてくれないだろうか。色々と調べたり聞いてみたいことが沢山あるし。あ、でも授業中だから出てきてくれたところで話を聞いたりする時間はないか。いやでも、出てきたら捕まえて、寮まで連れて帰ればよくないか?そしたら色々と細かく調べたりすることも出来そうだし。お化けに捕縛魔法とか効くだろうか…?何か使えそうな魔法具でも持って来るべきだった…!
って!違う違う違う、そんなこと言ってる場合じゃない!今は授業!森サソリ!そっちに集中しないと。銀の級硬貨を取らないと。昨日のマッシュ君との賭けで全て彼にあげてしまったから何としても手に入れないと。
魔法には自信がある。そこらの魔導士になら負けるわけがないと胸を張って言える。だが試験に挑む人は二本線の強力な魔導士がほとんどを占めるだろう。となると級硬貨を集めるにはその強力な魔導士たちの相手をすることになる。その相手達の大半は上級生になることが想定できる。正直、上級生の二線魔導士に勝利出来るのかと聞かれると、確実に勝てるとは言い切れない。魔法だけだったら並大抵の魔導士なら互角もしくはそれ以上の力で戦い、勝てる自信がある。だが上級生と戦う場合歳の差、場数の差が不安だ。彼ら彼女らは当然ながら私よりも戦闘経験が豊富な人がほとんど。亀の甲よりも年の功。私が思いつかないような戦闘方法や作戦を考えつく人だっている可能性が高い。そういったところで、上級生と戦うのは圧倒的にこちらが不利。だから出来るだけ、上級生とは級硬貨を賭けた勝負をすることは避けたい。なので何としても、級硬貨を貰えるこの機会を逃したくない。絶対に銀の級硬貨を手に入れなくては。
あと、授業が終わってからなるべく早く森サソリについてまとめたレポートも提出しよう。点数稼ぎが出来そうなところで少しでも稼がな…ん?なんか違和感が…何…?考え事をしながら歩いていると、突然腰のあたりが重くなった。まさか何か罠にでも嵌ってしまったのか…?とにかく重みの正体がなんなのか確かめ…って、え…?
「あ、あばば、あばばばば…見捨て、見捨てないで、ひと、ひとりに、しないで下さい…!」
そう言って泣きながらレモンちゃんが、私の腰に縋りついていた。なに、この状況………。
◇
「えっマッシュ君達と逸れちゃったの?」
「はい…入口までは一緒だったと思うんですけど気が付いたらみんないなくなってて…!」
でもルーナちゃんがいるのが見えて良かったです…とグスグスと鼻を啜りながら言う。どうしよう、この子守りながら森サソリを倒せるだろうか…?でもこの森の中に1人で放置するのは鬼畜すぎるよな…。さっきの借りだってあるし…。裏切るようなことをしたくない。そもそも困っている人(しかも助けてくれた人)を放置なんてしたらお母さんに合わせる顔がない。
「2人で頑張ろうか」
というと、レモンちゃんが嬉しそうに笑って「はい!」と元気に返事をした。
「…それにしてもランス君…は大丈夫としてもマッシュ君とフィン君は心配だね。森サソリ探しながら2人のことも探そうか」
というと「えっ!マッシュ君もですか?マッシュ君なら大丈夫ですよ、編入試験の時先生を倒したんですよ!」と、どこか自慢げに言う。
「まぁ確かに強かったけど…レアンにヤバそうな人がいるんだよ」
「ヤバそうな人…ですか?」
首をコテン、と傾けながら言うレモンちゃんに
「1人、私達の1つ上の人がいるの。確か名前は…シルバとか言ったかな。素行不良で進級差し止めになったらしいの。気に入らない生徒や先生、みんなぼこぼこにしたりで本来だったら退学レベルの人なんだけど、魔法の腕前抜群でしかも二線魔導士だからって理由で留年で済まされたみたい。……マッシュ君て目立つでしょ?しかも級硬貨も持ってるし。だからあの人に目を付けられてるんじゃないかなって」
そう話すと「あぁ…いや…でも…うーん…」と考え込み出してしまった。だがすぐに
「大丈夫です!私はマッシュ君を信じてます!」
と、高らかに宣言した。
マッシュ君のことすごく信頼しているのね。羨ましい関係性だ。私も、ランス君に…ううん、ランス君以外の人にも。こんな風に信頼されるようになりたいものだ。
「それにしてもルーナちゃん随分と詳しいんですね、学内情報。わざわざ調べるんですか?」
尊敬します!と、ニコニコ笑いながら褒められた。
「まぁ自分で調べることもあるといえばあるけども大体はエマ…姉から聞かされるの」
「お姉さんですか?」
「えぇ。レアンの3年でね、2つ上なの。そこから色々と聞かされるんだ」
聞いてもないのにいちいち言ってくるのよね。鬱陶しい。
「へぇ…優しいお姉さんですね」
優しい……?
「どこが…あんな見栄っ張りな傲慢女……」
眉間に皺を寄せながら言うと「えっ…そ、そこまで言います……?」と若干引いた様子で言われた。
「優しい人…だと思いますよ。だって、危ない人にルーナちゃんが関わらないように教えてくれてるんじゃないですか?」
危ない人と関わらないため…
「昔だったらそうだったかもね。けど今は違うわ。『アンタが変なのと関わるとシャルロット家の名前に傷がつくんだから付き合う人間には気をつけなさいよ』って言われるの、毎回」
シャルロット家の名前に傷がつくとかそんなの知るかっての。バカみたい。
「あっ…ごめんなさい、こんな話聞かせてしまって…」
仲良くなったばかりの人に言うべきことじゃなかったということに気がつき、慌てて謝罪すると「大丈夫ですよ!」と言ってくれた。
「……ありがとう。早く森サソリとマッシュ君達を探しましょう」
「はい!」
足でまといにならないよう、精一杯着いていきます!そう決意を固めるように声高々に宣言するレモンちゃんにクスッと笑いそうになりつつ、森サソリとマッシュ君達の捜索を開始した。
レモンちゃん、私がエマのこと言いたくなさそうにしていたからあれ以上深掘りしないようにしてくれたみたいだったな。本当、優しい子。こんな子とずっと、友達でいられたらいいな。
◇
森サソリを倒すには何が有効なんだ。普通に氷漬けにしたらイけるか?アイシクルスで倒せるといいんだけど。あぁ、もっと生態について調べておくべきだった。オルカはこの授業一足先に受けていたハズだし、カルパッチョ君に概要について聞いておけばよかった。いやでも、まんま一緒の授業はしていないかさすがに。それにしたってリサーチ不足だった。悔しい。
「あの、ルーナちゃんどうしました?」
「えっ。何が?」
「なんだか険しい顔して黙り込んでしまったのでどうしたのかなって思って」
険しい顔なんてしてたのか私…。
「ごめんなさい、ちょっと考え事していたの。森サソリについてもっとしっかり調べておくべきだったなって。倒し方分からないから泥試合になりそうな気がして…でもなんとか倒して銀の級硬貨を…」
「銀の級硬貨が欲しいのー?じゃああげようか」
不意に私達以外の声が聞こえてきた。不愉快で嫌な汚い声。この声はと思いながら見てみると
「もちろん私に勝てたらだけど」
思った通り。さっきのお母さんのことを貶したうちの1人だ。
「本当?ありがとう。じゃあ早く頂戴。やる前から結果なんて見えてるんだから。私達忙しいの」
ね、レモンちゃん。そう言う私を見るとレモンちゃんは「ちょっ、ルーナちゃん?!そんな挑発するようなこと言わない方が…!」焦ったように注意してきた。
「その子の言う通りよ!私は二線魔道士でしかも1年で銀の級硬貨だって持ってるのよ?!1つも持ってないアンタなんかより…」
「ナルコス」
ギャーギャーと喚く声が鬱陶しくなって来たので黙らせようと、基礎魔法を放つと思いの外に力が入ってしまったらしい。絡んできた子が吹き飛ばされ、木にぶつかって思い切りめり込んだ。
「あら、随分とあっさり勝負着いたわね。級硬貨持っていない私よりも貴女の方が強いと言っていた気がしたのだけど聞き違いだったのかしら」
首を傾げ、鼻で笑いながら言うと顔を真っ赤にしながら
「ふざけんじゃないわよ、いきなり仕掛けてくるなんてずるいじゃないこの卑怯者!」
そうヒステリックに叫ばれた。耳が壊れそう。
「私は!二線魔道士で級硬貨持ってて、正当な貴族の血を引いてるのよ?!アンタみたいな妾の娘なんかよりもずっと優秀なんだから!」
そう怒鳴ったかと思うと、初めて聞く呪文を唱えた。すると私は相手の方へと引っ張られ始めた。この人の固有魔法か。人や物を自分の元へと引き寄せるといった類のものか。1度に引き寄せることの出来る数はあまりなさそう。ポテンシャルは高そう。そして汎用性もありそうな魔法。使い手に寄っては厄介な魔法。けど、
「アイシクルス」
こんなのが使い手だったら、なんの意味もなさない。魔法の力もそんなに強くないみたい。壁にして遮ったら簡単に防げた。相手の「嘘でしょ?!」と狼狽えた様子の声が聞こえてくる。それはこっちのセリフだ。こんなので私に挑もうとしてたなんて。やっぱり頭の中お花畑なのね。
「アイシクルス」
「ひっ…!」
相手の立つ地面の真下から巨大な氷壁を出し、高所へと連れて行く。
「ちょ、ちょっと…!ま、魔法解きなさいよ…!私、高いとこ、嫌い…!」
先程までの威勢はどこへやら。情けなく泣き出しそうな声で叫んでいる。
「じゃあギブアップして。そしたら下ろしてあげる」
と言うと「わ、わかった…!する…!」と返ってきたので魔法を解きそっと降ろした。
「あ、ありがと……約束通り級硬貨あげる…なんて言うわけないでしょ!」
と言い終わると再び呪文を唱え、大きな岩が私目掛けて飛んで来た。馬鹿な子。
「ストーム アイシクルス」
せっかく穏便に済ませてあげようとしたのに。あっさりと岩を破壊し、もう一発。
「ストーム アイシクルス」
相手の頬や身体ギリギリのとこ目掛けて大量の氷柱と氷を放つ。
「ひっ…!いたっ…!」
どうやら氷の一部が頬を掠めたらしい。血が出ている。足の力が抜けたのか、へなへなと地面にへたりこんだ。
そっと近づき、目が合うようにしゃがんで
「まだやる?」
首をコテン、と傾げながら尋ねると泣きそうな顔で首を何度も横に振られた。
◇
「ルーナちゃん凄かったです!まさかあんなにあっさりとレアンの二線魔道士を倒してしまうなんて!」
レモンちゃんがはしゃいだ様子で私のことを褒め称える。なんだか照臭い。こんな風に素直にそして純粋に誰かに褒められたことあまりないのでドキドキする。
「それにしても、あの人の固有魔法、結構強そうだったのに物ともしてませんでしたね」
びっくりしました!と、興奮気味に言われた。強力、ね…。
「確かに魔法自体は厄介そうだったわね。けど使い手があれだもの。あの子自身があれじゃどれほど優れた固有魔法を持っていたって意味なんてないわ。あんな血筋にしか価値がないと思っているような人に負けるほど私は弱くないわ。あの固有魔法、使い方次第ではもっと強くなりそうなのにもったいない。実際私の周りに似た様な固有魔法使う、もっと強い人いるし」
「似た様な魔法でもっと強い?あぁ、ランスく…」
ランス君ですか?と聞こうとしたのでろうレモンちゃんの言葉を遮るように、巨大な影が私達を覆い隠した。まさかと思い見てみると予想通り。森サソリがいた。
「ヒッヒィィィィィィッッッ!!!」
「レモンちゃん下がって!!」
叫び、レモンちゃんを一歩下がらせ、アイシクルスで盾を作り私が良いって言うまでそこにいてねと言うと「は、はいぃぃぃ…!」と怯えたような返事が返って来た。
森サソリの額を確認する。どうやら銀の級硬貨に相当するみたいだ。コイツを倒せば銀の級硬貨がさっきのと合わせて2枚になる。絶対に倒さないと。
「アイシク…キャッ!」
呪文を唱えようとしたが、森サソリの鋭い鋏が伸びてきた。ギリギリで避けることは出来たが、さっきあの人をナルコスで叩きつけた木が倒れてしまった。
「ルーナちゃん大丈夫ですか?!」
「大丈夫。心配かけてしまってごめんなさいね」
謝罪しつつ森サソリにもう一度アイシクルスを放つが交わされてしまった。内心舌打ちをしつつ、どうしたらいいものかと考えるが、全く策が浮かばない。
「ストーム アイ…っ」
魔法を放とうとすると、またしても呪文を唱えている途中で攻撃されてしまった。なんとか交わすことは出来たが、交わした拍子に杖を落としてしまった。拾いたいけれども、そんな隙が見つからない。
「っ…!しまッ…!」
攻撃を交わすのに夢中になってしまい、足元に転がっていた石に気付かず躓いてしまった。
「ルーナちゃん!!!!!!!」」」
レモンちゃんの絶叫が聞こえたと同時に、森サソリの鋏が目の前まで迫って来ていた。反射的に腕で頭を覆い、力いっぱい目を瞑って来るであろう衝撃に覚悟を決め…
「グラビオル」
ようとした瞬間、幼い頃助けてもらう度に聞いていた固有魔法の呪文と凄まじい轟音が鳴り響いた。恐る恐る顔を上げると、目の前には倒れ伏した森サソリと私を庇うように立つ…
「ラ、ランス君…」
名前を呼ぶと、振り返り「無事か」と問いかけてきた。頷くと「そうか」と呟き、ケガしてるから後で保健室へ行くようにと付け足された。…あの頃と、変わらないな。
「レモンちゃーーん!!!ルーナちゃーーーん!!!!2人共大丈夫?!」
物陰に隠れていたらしいフィン君が走り寄ってきた。
「私は大丈夫!ルーナちゃんが守ってくれました!」
「私も大丈夫。心配してくれてありがとう、フィン君」
私達の返事を聞くと、「良かったー…」と、ヘナヘナなどという効果音が付きそうな感じでフィン君はその場に膝から崩れ落ちながらホッと溜息を吐いた。
「あの…ランス君も、助けてくれてありがとう…」
お礼を言うと「別に」と、目を逸らされた。やはりまだ、気まずい。お互い黙り込んでしまった。
「……フィン君。少しお話したいことがあるんです。だからちゃっとだけ付き合って下さい!」
「えっちょ、えっ?!レモンちゃん?!」
突然レモンちゃんがそう言いだし、フィン君の腕を引いてどこかへと行ってしまった。すれ違い様、「頑張って、ルーナちゃん!」と耳元で囁かれた。やっぱり、すごく気を遣わせてしまっている…。ありがとうって、後でちゃんとお礼を言わないと。
…それにしてもどうしよう。わざわざ2人きりにしてくれたのにどうしたらいいのか、なんて声を掛ければいいのか、わからない。
というか私、昨日あれだけ偉そうに強くなったみたいなこと言っておきながら結局助けてもらうなんて、最悪なのでは…?こんなんじゃ神覚者を目指すの諦めろと言われても文句言えないじゃないか。ランス君の顔を見ることが出来ない。ランス君も何も言わず、私から目を逸らしている。けど、いつまでも気まずいとかそんなこと言っていたらだめだ。せっかくレモンちゃんとフィン君が気を回してくれたのに。意を決して口を開き、
「あの…!」
「昨日は悪かった」
謝罪しようとした瞬間、遮られてそして謝罪された。
「えっ…」
「神覚者目指すのやめろとか、勝手なこと言っちまって。マッシュの言う通り、試験を受ける受けないってのはお前自身が決めるべきことだってのに、俺の意見を押し付けようとした。もうやめろとか諦めろなんて勝手なこと言わねぇ」
そう言うと、深々と頭を下げながら「すまなかった」と、再び謝罪された。
「…顔を上げて。そんな風に頭を下げて何度も謝るなんて、ランス君らしくないよ」
というと、バツが悪そうな表情をしつつ顔を上げた。
「……ランス君。私も昨日は、偉そうなこと言ってしまってごめんなさい。あと、ありがとう」
『ありがとう』とお礼を言うと驚いたように目を見開き、「えっ」と言った。
「ランス君、私のこと心配してくれたのでしょう?神覚者を目指してるって聞いて。諦めろ、やめろって言われたのは心外だって思った。けど少しだけ…嬉しいなとも思ったの。ランス君は今もまだ、私を気にかけてくれてるんだって。だから、そこだけ。そこだけはありがとう」
言い終わるとランス君は、きょとんとしていた。そして微かに笑って「なんだよ、それ」と言った。
「…弱虫の泣き虫っつったこと、取り消す」
私のことを見つめながら、言う。
「弱虫の泣き虫が、ブチギレてセコンズぶっ放そうとする訳ないからな」
セコンズ…
「見てたの?!」
「あぁ。お前、いくらなんでも沸点低すぎるだろ。レモンが止めてなかったら停学…最悪退学だったんじゃないか」
改めて言われるとぞっとする。
「き、気を付けます…」
頭を抱え呟くと「そうしろよ」と返された。
「…けどランス君。もしも、アンナちゃんのことぶじょ…」
「そんなことしたらそいつをこの世から抹消する。勿論仲間諸共な」
沸点低すぎるアンタに言われたかないわ。
◇
「マッシュ君大丈夫ですか!?すごいケガ!!」
森から出てマッシュ君と再会すると、大ケガをしていたマッシュ君を見てレモンちゃんはすごく焦り泣いている。当の本人であるマッシュ君は「大したことないよ」とは言っているが絶対大したことある。普通の人だったら即保健室行きだよ。どんな身体してるのこの子。
やっぱりマッシュ君はあの問題児であるシルバという生徒に絡まれ、戦っていたらしい。そしてその過程で赤いトゲトゲ頭の男子生徒と仲良くなったみたいだ。…なんか突然奇声を発して変な動きを始めた。なんなんだろあの子、怖い…。
「狙われたな、マッシュ」
不意にランス君が口を開いた。
「さっき小耳に挟んだんだが、レアンの奴らがアドラを中心に級硬貨狩りをしているらしい…」
レアン…貴族関係出身の人達の多い、血筋が全てとの考えを持った人が大半を占めている、あの家のクズ共と同じような思考回路をしている人ばかりいる高潔主義の寮…。アドラを中心に級硬貨狩りをしているのは、どこの馬の骨かもわからない人を魔法局へ入れたくないということか。…本当、貴族ってクズばっかり。あんな連中が神覚者になんてなってしまったらお母さんのような思いをする人が今以上に増えてしまう。それだけは絶対に阻止する。そのためにも出来るだけ早く、級硬貨を集めて試験を受けれる資格を手にしないと。