クリスマス
今年もこの日がやってきた。やってくるのは分かっているのに、何の対策も講じず、阿呆みたいに惰性な日々を過ごしていたら、やはりこの日はやってきてしまった。
私には彼氏など存在しない。私は生涯独り身である。独り身だからといって嫌なことばかりではない。例えば休日に一人で好きなところにいって、そこでしか見られない景色をみたり、その写真を撮ったり、撮った写真をそれっぽく加工してインスタグラムにアップして、知らない人からいいねがくるのを心待ちにしたり。一人でも、インターネットというツールがあれば、それなりに充実した生活を送ることができる。だから、独り身だからといって毎日がつらいわけではない。わけではないだけである。いや正直に言おう、つらい。
去年まで開かれていた女子会は、LINEのグループごと消滅していて、いつのまにかグループには私しかいなかった。永遠に既読がつかないグループでトークを発することは、生命の気配がしない暗い洞窟の中で「おーい!」と叫ぶような感覚に陥らせる。私はその感覚が少し好きだが、そんなひとり遊びには2分を待たずして飽きてしまう。高校の時に仲の良かった友達のグループで唐突に「クリスマスあそぼーよ」と打ち込んでから、約1週間後にやっと「ごめん!気づいてなかった(;´д`) クリスマスは予定入ってるー」という返事が返ってきた。よく見たらアイコンは彼氏と思しきイケメンとのツーショットだった。さすがに一人でクリスマスはまずいと思い、遠く田舎に住む家族のLINEに「ちょっと早いけど帰省していい?笑」と送ったら、弟から「え、やだ」と送られたきり何も音沙汰がない。
こうなったら、クリスマスである今日彼氏を作るしかなかろう。少し派手目の化粧をし、クローゼットの中の一番高級そうにみえる服を着て、寒いけど脚も出して重い玄関の扉を開けた。最寄駅から東京の都心まではだいたい1時間あれば着く。電車にゆられながら車内の人々を見渡すと、周りの目などお構いなしに手をつなぐカップル×12。もう少しTPOをわきまえ給え、と思いつつ「ああ~~~~!!!!!」という声なき声を叫びたくなる。ここで叫んだらそれこそTPOをわきまえられていないイタイ人になってしまう。都心についた私は数時間前の自分の決断を悔いた。周りを見ればカップルだらけではないか。カップルで城壁を築き、その内堀と外堀もカップルで埋め、天守閣からカップルが見下ろしてくる。なんだこの国は。正月はお寺とか神社とかに行くくせにハロウィンでは異形の仮装をして街に繰り出し、挙句の果てにはクリスマスだと?どうやら私はこの国に生まれるべきではなかったらしい。そんなことに生まれてから21年が経ってやっと気づいた。気づいたときには遅かった。
カップルの行進に逆らって進む。こんな時は、イケメンに「キミ、ひとり?良かったら俺と遊んでよ」などと供述して欲しいものだ。しかしイケメンの横には必ずと言っていいほど美人がいる。私の隣には誰もいない。この密集した都心で、私はひとり孤独なのである。トボトボと歩いていくとそこには見慣れない大きな建物があった。およそ人間の形をしていない人間のようなものが本を開いているが、本を見るのでなくまっすぐこちらを見て、口角を上げて笑っている看板が見える。今にも「僕はずっと君を待ってたんだ」と語りかけてくるようだ。私はその黄色を基調とした本屋に入店した。中は広く、文芸書・専門書・漫画・DVDなど、エリアが多くのカテゴリに分けられていて、さらにそのカテゴリの中でもジャンルによって区切られている。そして安い。中には108円で購入できるものもある。しかも立ち読み可能。なんだこの本屋は!読みたい放題読めるじゃないか!興奮した私は漫画コーナーに走る。さすが日本のサブカルチャーなだけあり、漫画コーナーは人で埋め尽くされていた。しかし彼らの隣にはカップルらしき者がいない。それだけで私は同志を得た気になった。我が同志たちは、自分が読んでいる漫画がズラッとならぶ棚の前を陣取り、ここは渡さないという強い意志を滲ませている。なるほどこうすればそこから横取りするものはいまい。私も負けじと陣を張る。愛用のリュックを降ろし床に置き、足と足で挟む。こうすれば簡単には動かないというアピールができる。これぞ床鞄の陣である。私はこの陣を保つことで、自分の好きな漫画を読みあさることに成功した。
時計を見ると23:00を回っていた。ものすごく長いあいだここにいた気がする。しかし得たものは大きかった。店を出るとあたりはすっかり暗くなっていて、イルミネーションなるものが街を彩っていた。相変わらずカップルは沢山いる。ああそうか、今日はクリスマスだった。私は同志を得た店「BOOK OFF」を後にし、電車に飛び乗った。
「ただいま」。誰もいない部屋に放たれる虚しい言霊である。なぜかどっと疲れが襲ってきた。しかし両手には、BOOK OFFで大量に買った本がある。これを読みあさってしまおう。ふふ、ふふふ……。目に液体が滲む。熱い液体だ。ボロボロと溢れ出る。私は大声を上げて泣いた。一晩中泣いた。
「ママー!」
愛息子の声が聞こえる。仕事に没頭していたようだ。部屋のドアを開けると息子がクラッカーを持ってはしゃいでいた。
「ママ!早くケーキ食べよう!」
「そうね、いっぱい食べよ!」
「やったー!」
リビングに降りると、夫が料理を用意してくれていた。
「お、仕事、終わったか」
「うん、ありがとう、おかげさまで」
「よかったよかった。何書いてたの?」
「『クリぼっちの気分になれる本』」
「なんだそれ」と、夫は笑いながら言った。
食卓に最後の料理が並ぶ。
「クラッカー!」
息子は目の前の料理よりクラッカーを鳴らしたいようだ。パーン!と勢いよく破裂するクラッカー。
「メリークリスマス!」
3人のクリスマスが始まった。
完
私には彼氏など存在しない。私は生涯独り身である。独り身だからといって嫌なことばかりではない。例えば休日に一人で好きなところにいって、そこでしか見られない景色をみたり、その写真を撮ったり、撮った写真をそれっぽく加工してインスタグラムにアップして、知らない人からいいねがくるのを心待ちにしたり。一人でも、インターネットというツールがあれば、それなりに充実した生活を送ることができる。だから、独り身だからといって毎日がつらいわけではない。わけではないだけである。いや正直に言おう、つらい。
去年まで開かれていた女子会は、LINEのグループごと消滅していて、いつのまにかグループには私しかいなかった。永遠に既読がつかないグループでトークを発することは、生命の気配がしない暗い洞窟の中で「おーい!」と叫ぶような感覚に陥らせる。私はその感覚が少し好きだが、そんなひとり遊びには2分を待たずして飽きてしまう。高校の時に仲の良かった友達のグループで唐突に「クリスマスあそぼーよ」と打ち込んでから、約1週間後にやっと「ごめん!気づいてなかった(;´д`) クリスマスは予定入ってるー」という返事が返ってきた。よく見たらアイコンは彼氏と思しきイケメンとのツーショットだった。さすがに一人でクリスマスはまずいと思い、遠く田舎に住む家族のLINEに「ちょっと早いけど帰省していい?笑」と送ったら、弟から「え、やだ」と送られたきり何も音沙汰がない。
こうなったら、クリスマスである今日彼氏を作るしかなかろう。少し派手目の化粧をし、クローゼットの中の一番高級そうにみえる服を着て、寒いけど脚も出して重い玄関の扉を開けた。最寄駅から東京の都心まではだいたい1時間あれば着く。電車にゆられながら車内の人々を見渡すと、周りの目などお構いなしに手をつなぐカップル×12。もう少しTPOをわきまえ給え、と思いつつ「ああ~~~~!!!!!」という声なき声を叫びたくなる。ここで叫んだらそれこそTPOをわきまえられていないイタイ人になってしまう。都心についた私は数時間前の自分の決断を悔いた。周りを見ればカップルだらけではないか。カップルで城壁を築き、その内堀と外堀もカップルで埋め、天守閣からカップルが見下ろしてくる。なんだこの国は。正月はお寺とか神社とかに行くくせにハロウィンでは異形の仮装をして街に繰り出し、挙句の果てにはクリスマスだと?どうやら私はこの国に生まれるべきではなかったらしい。そんなことに生まれてから21年が経ってやっと気づいた。気づいたときには遅かった。
カップルの行進に逆らって進む。こんな時は、イケメンに「キミ、ひとり?良かったら俺と遊んでよ」などと供述して欲しいものだ。しかしイケメンの横には必ずと言っていいほど美人がいる。私の隣には誰もいない。この密集した都心で、私はひとり孤独なのである。トボトボと歩いていくとそこには見慣れない大きな建物があった。およそ人間の形をしていない人間のようなものが本を開いているが、本を見るのでなくまっすぐこちらを見て、口角を上げて笑っている看板が見える。今にも「僕はずっと君を待ってたんだ」と語りかけてくるようだ。私はその黄色を基調とした本屋に入店した。中は広く、文芸書・専門書・漫画・DVDなど、エリアが多くのカテゴリに分けられていて、さらにそのカテゴリの中でもジャンルによって区切られている。そして安い。中には108円で購入できるものもある。しかも立ち読み可能。なんだこの本屋は!読みたい放題読めるじゃないか!興奮した私は漫画コーナーに走る。さすが日本のサブカルチャーなだけあり、漫画コーナーは人で埋め尽くされていた。しかし彼らの隣にはカップルらしき者がいない。それだけで私は同志を得た気になった。我が同志たちは、自分が読んでいる漫画がズラッとならぶ棚の前を陣取り、ここは渡さないという強い意志を滲ませている。なるほどこうすればそこから横取りするものはいまい。私も負けじと陣を張る。愛用のリュックを降ろし床に置き、足と足で挟む。こうすれば簡単には動かないというアピールができる。これぞ床鞄の陣である。私はこの陣を保つことで、自分の好きな漫画を読みあさることに成功した。
時計を見ると23:00を回っていた。ものすごく長いあいだここにいた気がする。しかし得たものは大きかった。店を出るとあたりはすっかり暗くなっていて、イルミネーションなるものが街を彩っていた。相変わらずカップルは沢山いる。ああそうか、今日はクリスマスだった。私は同志を得た店「BOOK OFF」を後にし、電車に飛び乗った。
「ただいま」。誰もいない部屋に放たれる虚しい言霊である。なぜかどっと疲れが襲ってきた。しかし両手には、BOOK OFFで大量に買った本がある。これを読みあさってしまおう。ふふ、ふふふ……。目に液体が滲む。熱い液体だ。ボロボロと溢れ出る。私は大声を上げて泣いた。一晩中泣いた。
「ママー!」
愛息子の声が聞こえる。仕事に没頭していたようだ。部屋のドアを開けると息子がクラッカーを持ってはしゃいでいた。
「ママ!早くケーキ食べよう!」
「そうね、いっぱい食べよ!」
「やったー!」
リビングに降りると、夫が料理を用意してくれていた。
「お、仕事、終わったか」
「うん、ありがとう、おかげさまで」
「よかったよかった。何書いてたの?」
「『クリぼっちの気分になれる本』」
「なんだそれ」と、夫は笑いながら言った。
食卓に最後の料理が並ぶ。
「クラッカー!」
息子は目の前の料理よりクラッカーを鳴らしたいようだ。パーン!と勢いよく破裂するクラッカー。
「メリークリスマス!」
3人のクリスマスが始まった。
完
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