「魔物」と人間(※「そこに、至るまで」の改題)

その後も、ガラディエはライラーク家の一室でしばらく休養を続けた。
同族との戦いで無理をした反動が祟ったのか、ガラディエの力はなかなか戻らなかった。手に力が入らず、瘴気術は霞ほども出せない。身体は土砂降りに長い間晒されたように重い。このままでは、魔物退治の仕事はおろか、ガラディエの元々の拠点(いわゆる自然の中)で毎日生き抜けるかどうかも怪しかった。
ガラディエはひとまず、ライラークに頼んで先に新しい服を用意してもらうことにした。今後もガラディエは、人間から "仕事" を引き受けて暮らしていくつもりだった。そのためには、心身が回復しても肝心の "仕事着" がなければ始まらない。
ガラディエの仕事着──ナイトシーカーの服は想像以上に悲惨な状態だった。服はライラーク家によって綺麗な状態になっていたが、同族との戦いの爪痕でこの上なく傷んでいた。肩から腿部にかけて走る、斜めの深い断裂。数か所に裂かれたような傷。このようなボロボロの状態では、装備の意味をまるでなさなかった。まるで、同族の呪いと悪意を代わりに受けたかのようだった。
「汚れを取って綺麗にしたんだけど……。繕ってもデザインが変わっちゃうから、新しいものに替えたほうが良いかも」
ライラークの呟きに対しガラディエは暫く、ぱっくりと裂けた服を見つめるほかなかった。ライラークの家は防具や装備の修理や製作を行っているが、修理を専門とする者でも修復不可能だというのだ。ガラディエは元の服に手を入れることはしなかった。代わりに、同じデザインの服を作成してもらえないかと、ライラークに早々に依頼した。
「同じデザインで良いの?」
ライラークに確認されたとき、ガラディエの脳裏にある装備がちらついた。瘴気使い、リーパーの装備だ。しかし、この魔物の子は自身の密かな夢を打ち明けず、心の内にしまってしまった。誰にも打ち明けたことはない、自分でも変わっていると自覚している望みを告白するには、ためらいがあった。
「……あ、ああ……」
ガラディエの返事は何故かかすれた。

それからガラディエは、休養に努めた。
普段の彼のねぐらと人間の寝床は環境が違うため、彼は幾分か落ち着かなかったが、そのうち慣れてしまった。彼は休んでいる間も、同族にしか聞こえない声で「この一帯は自分の拠点だ」とこの町から主張していた。
そのうちライラークが、毎日、大きな鞄を持ってガラディエがいる部屋を訪れるようになった。
ライラークは基本、部屋では裁縫などの手仕事をしているが、ガラディエと他愛のない話をすることもしばしばあった。素材の話、冒険者の話、町の話、町のそばの森の話。ライラークがいるおかげで、ガラディエは退屈しなかった。
ライラークには不思議な点があった。時々彼は、外の音を探るように固まっては、安堵したように肩の力を抜いて手作業などに戻る。そのような行動を繰り返していた。
訝しんだガラディエはある時「天敵にでも警戒してんのか」とライラークに突っ込んだ。彼は、しどろもどろでこう答えた。
「えっ?えっと、……違う、違うよ。天敵じゃないよ。きみは気にしないで」
「じゃあ、なんなんだ」
ガラディエはライラークを見据える。
「…………」
ライラークは目線を下に落とし、いたたまれなさそうに両手を組んで持て余す。
「ほんとに、なんともないから。ガラディエはしっかり休んで、早く元気になって」
ライラークは顔を上げぎこちなく笑顔を作る。謎は解明されず、ますますガラディエの中で深まるのだった。
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