心の底にしまうもの

風がそよぐ草原。
心地よく凪ぐ緑の浅瀬を、少年は独りで歩いていた。

少年は、周辺に人や魔物の気配がないことを確かめつつ、草に覆われた大地を進んでいく。
彼が天を仰ぐと、日輪と、青い空がそこにある。宙に広がる海に、平然と陣取る雲はない。
少年は、邪魔なもの一つない空を見て、頬を緩ませる。
ここ、レムリアは空に浮かぶ島であり、空に近い場所だった。
久しぶりに、誰の目も気にすることなく空に繰り出せそうだ─少年の心は高鳴る。
ふと、空を見上げる少年の視界を、1羽の鳥が翼を動かし、風を切るように過ぎていく。

少年はため息をつき、心で呟く。
おまえ(鳥)は良いよな。人間のそばでいくら飛んだって、何も言われねえんだから。

少年は、ターコイズブルーの翼を広げた。

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早朝の、マギニアの宿。
獣耳の少年マドナは、相棒の猟犬と一緒に宿部屋をあとにし、廊下に出る。
「マドナさん!」
マドナの下方から高い声がする。マドナはかがんで、声の主に目線を合わせる。
「おはよー、クロルガ」
「おはようございます!」
クロルガは、赤いりんごのようなほっぺたを緩める。彼女の背はマドナの腰上あたりしかないせいか、マドナよりずっと幼く見える。

まもなく、マドナと猟犬が出てきた部屋から、ボブカットの少年が現れる。
クロルガは少年を見上げる。
「ガラディエさん、おはようございます!」
「……ん」
ガラディエは眠そうな目をしたまま、ゆっくり廊下を歩いていく。ガラディエは腰まで隠れる外套を羽織っている。その下は、ぴったりしてきつそうな、いつものリーパーの服だ。

(あ……)
マドナは、ガラディエが通ったあとの廊下に、1枚の羽が落ちているのを見つけた。空と新緑をそのまま閉じ込めたような、綺麗な色の羽だ。
獣達に換毛期があるように、鳥達にも換羽期がある。それは、アースランだけど翼を持つガラディエにも当てはまるのかなと、マドナはぼうっと眺めていた。

「羽なんか見ても面白くないだろ」
ガラディエは、マドナの視線の先にあるものに気付いたようで、無慈悲に羽を拾い上げる。咄嗟に、マドナは反論する。
「え、面白いじゃん。小さい頃に鳥の羽、拾って集めたことない?」
「…ねーよ」
ガラディエはマドナの訴えを一蹴すると、そのままゆっくりと階段に向かった。
ガラディエは、ヒト当たりがそっけない。あまり自分のことも話そうとしない。
「絶対あるでしょ」
「ねーよ」
マドナが茶化したが、ガラディエは突っぱねる。とりつく島もない。
クロルガと猟犬は、2人のやりとりを見守りつつ、2人のあとについていった。



朝食を取り終え、ギルドの仲間達は思い思いの場所に散っていく。
マドナは相棒の猟犬と一緒に宿の外に出た。
今日は迷宮探索のない、休養日だ。
マドナは自由の空気を満喫した。
「何しようかな~」
マドナは伸びをする。外はとても気持ちの良い、快晴だ。
猟犬は、あきれたような目を向ける。
『弓の鍛練でもせい』
「えー……今そんな気分じゃないし……」
『迷宮で泣きを見るのはお前じゃぞ』
なんとか弓の稽古から逃れようと、言い訳を探すマドナは、視界の端に黒っぽい人影を捉えた。
ギルドの仲間の、ガラディエだ。
ガラディエは、先ほどの外套姿で大きな鎌を携えて、街の外に向かっていく。
あの方向は、ただの原っぱしかないはずだ。

(ガラディエ…あの先何もないのに、何しに行くんだろう)
マドナの心に好奇心がきらめく。
「バウナ、オレあっちに用事できた」
『なんじゃ、あの小僧を追うのか?』
バウナはしかめっ面をする。
「だって気になるじゃん、ギルドの仲間なんだし」
『止めておけ。リーパーの小僧も良い気はせんじゃろうよ』
バウナから渋い顔で釘を刺される。
「……」
マドナの心に、ちくりと刺すもの─後ろめたい気持ちはもちろんある。
しかし、マドナの好奇心は、後ろめたい気持ちを上回ってしまう。
「バレないようにするから、平気だよ……きっと」

マドナは、ガラディエに気付かれないように距離を保ちながら、あとを追っていく。マドナの生業はハウンド─猟師なので、気配を出来る限り絶って動くことには慣れていた。

リーパーの少年は、マドナの存在に感付く素振りもなく、そのまま草原に足を向かわせていった。
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