この身は変わり果て

瞼を上げると、そこは見慣れぬ建物の中だった。
ステンドグラスの窓。無機質な緑の壁。
ヒトの気配は全くない。

ここはどこなのだろう。
私は、深緑の森に包まれた迷宮で魔物と戦って、そこで……。
この先の記憶がないが、とにかく、迷宮の中にいたはずなのだ。

ふと、手に目をやる。
私は肝を冷やす。
そこにあるのは、籠手に包まれた手ではなかった。
代わりにあったのは、蜥蜴の手足に似た、骨ばった黄金の手に、長く鋭い爪だった。
手だけではない。2本あったはずの足は見当たらず、胴は黄金の鱗に被われ蛇のように長細い。皮膚の代わりに、金色の鱗が隙間なく生え、表面を覆っている。
明らかにそれらは、人間が持つものではない。

この体は何だ?私の身に一体何が?

ふっと、私の意識が遮断される。それは、目隠しをされたかのように、さりげなく、突然だった。


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意識が戻ったとき、私は桃色の樹海にいた。辺りはちょっとした広間になっており、桃色を灯した木々が、私のいる広間を囲っている。日光は明るく差し、青い空が見える。それは見事な眺めだっただろう。
だが、私はその彩りを楽しむ気分ではなかった。
辺りの床や木々は何故か焼け焦げていて、嫌な臭いが満ちているのだ。

そして、眼前には、装備の焼け焦げた冒険者が3人、倒れている。
倒れている冒険者のそばに、2人の冒険者がいた。ハイランダーの少女と、鞭を持つダークハンターだ。彼らの服やら髪やら、あちこち焦げたようにぼろぼろだが、意識はあるようだ。倒れ伏した3人は、そのままぴくりとも動かない。

「フェリカ、スバユを起こせ」
「うん!」
ハイランダーの少女がさっと後退し、鞭を持つ男が前に出る。
ハイランダーの少女が薬瓶を取り出し、焼け焦げた楽器を抱えた冒険者のもとに駆け寄る。
「スバユ!目を覚まして!」
その少女の懸命な姿は、大切なものを思い出させてくれるような気がした。
「おまえの相手はこっちだ、竜」

─竜?

鞭を持った男が、私を狙って得物を振るう。
男の目から分かる。
彼は、私を殺そうとしている。

私は人間だ、攻撃するな─
男にそう訴えようとして、私の意識は再びぷつりと途絶えた。

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私が自分を取り戻したときには、あの無機質な部屋に戻っていた。ステンドグラスの窓に、冷たい緑の壁に囲まれた、あの広間だ。

私の姿は依然として魔物のままだった。手、蛇のような胴は鱗に覆われ、足は見当たらない。
あの冒険者達はどうなったのか、分からない。何がどうなっているのか、理解が及ばない。

私が樹海に足を踏み入れた理由。それは、竜を討ち取り常人を超えた力を得ること。
自らを竜の姿にすることなど、望んでなどいない。

『また失敗か』

どこからともなく、低い声が響いた。
誰だ?
私は辺りを見回したが、声の主らしき生物はどこにも見当たらない。

『成功したと思ったが…何故魔物に変質してしまう?ヒトの姿を保てない?』

さっと血が煮えくり返る。
もしや、おまえが私を変えたのか。

『遺伝子学に長けた彼女がいれば…原因はすぐに判明するだろうに』

何をぶつぶつと。隠れていないで出てこい。私を元に戻せ…!

『まだ自我があるか』

吠えようとしたその瞬間、私は見えない力に縛られた。身動き一つとれない。目の前の景色が掠れ、あらゆる感覚が焼かれ、麻痺していく。

『おまえには…被験者増やしを担ってもらうとするか』

貴様、何の、つも、─

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一匹の金色の竜が、桃色の樹海に横たわっている。
疲れきって眠っているかのように、静かに、微動だにせず、横たわっている。

そんな金色の竜の前に、音を立てずにすっと何かが現れた。
一匹の白い虎だった。

白い虎は、悲しそうに一鳴きすると、竜に寄り添う。虎の動きは、まるで、竜を慈しんでいるようでもあり、何かに悲しんでいるかのようでもあった。
白い虎は、竜の顔を嘗める。起きてくれと言わんばかりに、鳴き、竜を嘗め続けた。


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冒険者─ギルド "オルセルク" の5人は、ハイ・ラガードの世界樹の入口を訪れる。黄色い目のダークハンター、麦色の髪をしたハイランダーの少女、金髪をオールバックにした治療師の男、緑のコートを身に着けたガンナー、橙髪の吟遊詩人の5人だ。
彼らの目的は採集や探索ではない。討伐依頼をこなしに来たのだ。街に災厄を落とした魔物、雷鳴と共に現る者の討伐が目的だった。

"オルセルク" の一行は、竜の居場所や、探索に必要な道具類の確認などを行っていく。
一通り確認が済み、ダークハンターはギルドの仲間4人全員の顔を見回す。
「問題なさそうだな。行くぞ」
ダークハンターの黄色い瞳の奥に、深い闘志、復讐心が灯る。
オールバックの治療師が、恐れの混じったため息をつく。
「また、あの金ぴか蛇野郎と戦うのか…」
「びびってんの?治療師」
緑コートのガンナーの青年が、顔色一つ変えずに治療師を横目で見る。
「び、びびってねえよ!」
治療師は牽制するように青年を一瞥したが、ばつが悪そうにすぐ目をそらす。
「気になってんだよ。竜に、虎みたいな奴がくっついて動いてるって話がさ」
「カナーンさんが言ってたね」
吟遊詩人が口を挟む。カナーンとは、世界樹に棲む翼人の族長の名だ。かの族長は、 "強大な力を持つ竜に立ち向かうのであれば" と、オルセルクの一同に竜の伝承など、さまざまな情報をくれた人物だ。
「金色の竜が、虎に似た魔物と一緒にいる、って話だったっけ。伝承とは違うことが起きてるってことかな」
吟遊詩人はにこにこと楽しそうな様子で、黄金の装飾が施された本をもてあそぶ。その本はカナーンから託されたものであり、金竜の伝承や居場所が記された貴重品だった。
「竜はともかく、虎みてえなヤツの情報は、俺ら、ほとんど持ってねえだろ。ただでさえ最悪な竜と戦うってのに、どんなこと仕掛けてくるかわかんねえヤツも相手にするっていうのがな…」
「一石二鳥」
ガンナーは得物の銃を背負い直す。
「竜も虎も狩ったら収穫激増しじゃん」
「だな」
ダークハンターはガンナーに同意する。
「竜が誰と手を組むにせよ、俺たちは依頼を受けた。竜を狩らないといけない。邪魔者も、問答無用で退ける。そうだろう?」
そりゃそうだけど、と治療師はため息混じりに答える。

「フェリカ?」
橙髪の吟遊詩人が、ハイランダーの少女の表情を伺う。先ほどから、彼女は全く会話に参加していない。
「何か心配事?」
吟遊詩人は様子を探るように少女に尋ねる。
ハイランダーに4人の目が集まる。
少女は4人の視線に気付くと、おそるおそる何かを押し出すかのように、抱えていた思いを吐露する。
「あたし、なんだか……」
「なんだか?」
吟遊詩人は首をかしげる。
「…本当に、金色の竜を倒さなくちゃいけないのかな、これでいいのかな、って思って」
「何言ってんだ!?」
治療師は目を剥く。
ダークハンターは少女の正面に立つ。
「フェリカ。このままあの竜を放っておいたら、奴はまたハイ・ラガードの街を破壊する。奴を叩けば、街に、住民に、これ以上被害が及ぶことはない。
竜を倒すことは "総ての正義のため" になる、そうだろ?」
「うん………」
少女の表情は晴れない。
「あたし……分かんない。本当に、竜を倒すことが "総ての正義のために" なるのかな……」

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