白沖支部─南基地
白沖支部に配属された「代行者」の三人が最初に言い渡されたものは長期休暇だった。 今後彼らに割り振られる仕事は、時間と場所が決められていてそこで終わらせればいいだけの単発依頼ではない。
故に、配属された場所の地理や施設の場所、一般に発行されている地図との細かい違い、この地で暮らす人々の行動パターン等々を把握する事は必須なのである。即ちこれは、休暇という名の事前準備。
休暇の初日はこれから三人が住むことになる家に荷物を運びこむだけで終わったが、二日目からは早速街へと繰り出した。道、建物、生活が営まれている地を実際に歩く事で確かめていく。
「あそこのクレープ美味しかったー。また食べよーね」
「次はツナタマゴか、ツナチキンか……むう」
「はいはい、次があったらね」
そう、街角のワゴンショップでクレープを食べる事だって立派な事前準備。クレープ屋の場所だっていつか来たる任務の役に立つはずなのだ。
***
白沖支部の者達にはメンバーごとにマンションの一室を与えられていた。このマンションには支部の関係者以外は住んでおらず支部の上層になるほど高い階になるそうだが、一体いつどのようにこんな建物を手配したのか、下っ端には知ることが出来ず、また知る必要も無かった。
そんな訳で、アーク、イト、ゼルの三人はマンションの201号室で日ごとに食事と家事の当番を交代して生活する事となった。元々同じ施設で寝食を共にしていたのだからさして変わらないとはアーク談。食事の用意を自分達でしなければならないのはかなり面倒だけど、とはゼルの談。二人はそれ以前に気にすることは無いのだろうかと首を捻ったのはイトだった。
街の散策を終えた晩、ゼルがシャワーを浴び終わってフロアに出ると、隅に黒いかたまりが見えた。不審物ではない、これは武器の手入れの最中に寝落ちたアークだ。
「おはようアーク、夜よ。起きて頂戴」
ゼルが軽く肩を揺すると、黒いかたまりがゆっくりと這い上がり呆けた瞳がゼルを捉える。
寝ぼけたアークの無防備な顔を、ゼルはちょっとだけ好きでは無かった。何度見ても慣れない、と言った方が近いだろうか。
うつらうつらと常に眠そうなガンナーの代行者。アークは最初からこうだった訳では無い。綺麗だったアークの右目が黒く濁った日。その光景は、今もゼルの記憶にしっかりと貼り付いている。
辺り一面が血と赤黒い何かで汚された訓練自習室。その中央には息絶え絶えに膝をつく黒い青年と、青年によって消し飛ばされた腕を抱えながら歪な笑みを見せる悪魔。
(……あっ、ダメだ)
一瞬のフラッシュバックを追いやるためにゼルは自分の頬をぱん、と叩く。
「アーク、起きました? まだこちら、武器の手入れが途中でしょう?おやすみは片付けてからにしましょう、ね?」
「……ああ」
頷くと、アークはのそりと武器の手入れを再開する。アークが使う武器はやや大型の片手銃で、彼の趣味かフチは黒と銀で塗装がなされている。武器を磨くアークの端正な横顔を、ゼルは割と好きなのだった。
故に、配属された場所の地理や施設の場所、一般に発行されている地図との細かい違い、この地で暮らす人々の行動パターン等々を把握する事は必須なのである。即ちこれは、休暇という名の事前準備。
休暇の初日はこれから三人が住むことになる家に荷物を運びこむだけで終わったが、二日目からは早速街へと繰り出した。道、建物、生活が営まれている地を実際に歩く事で確かめていく。
「あそこのクレープ美味しかったー。また食べよーね」
「次はツナタマゴか、ツナチキンか……むう」
「はいはい、次があったらね」
そう、街角のワゴンショップでクレープを食べる事だって立派な事前準備。クレープ屋の場所だっていつか来たる任務の役に立つはずなのだ。
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白沖支部の者達にはメンバーごとにマンションの一室を与えられていた。このマンションには支部の関係者以外は住んでおらず支部の上層になるほど高い階になるそうだが、一体いつどのようにこんな建物を手配したのか、下っ端には知ることが出来ず、また知る必要も無かった。
そんな訳で、アーク、イト、ゼルの三人はマンションの201号室で日ごとに食事と家事の当番を交代して生活する事となった。元々同じ施設で寝食を共にしていたのだからさして変わらないとはアーク談。食事の用意を自分達でしなければならないのはかなり面倒だけど、とはゼルの談。二人はそれ以前に気にすることは無いのだろうかと首を捻ったのはイトだった。
街の散策を終えた晩、ゼルがシャワーを浴び終わってフロアに出ると、隅に黒いかたまりが見えた。不審物ではない、これは武器の手入れの最中に寝落ちたアークだ。
「おはようアーク、夜よ。起きて頂戴」
ゼルが軽く肩を揺すると、黒いかたまりがゆっくりと這い上がり呆けた瞳がゼルを捉える。
寝ぼけたアークの無防備な顔を、ゼルはちょっとだけ好きでは無かった。何度見ても慣れない、と言った方が近いだろうか。
うつらうつらと常に眠そうなガンナーの代行者。アークは最初からこうだった訳では無い。綺麗だったアークの右目が黒く濁った日。その光景は、今もゼルの記憶にしっかりと貼り付いている。
辺り一面が血と赤黒い何かで汚された訓練自習室。その中央には息絶え絶えに膝をつく黒い青年と、青年によって消し飛ばされた腕を抱えながら歪な笑みを見せる悪魔。
(……あっ、ダメだ)
一瞬のフラッシュバックを追いやるためにゼルは自分の頬をぱん、と叩く。
「アーク、起きました? まだこちら、武器の手入れが途中でしょう?おやすみは片付けてからにしましょう、ね?」
「……ああ」
頷くと、アークはのそりと武器の手入れを再開する。アークが使う武器はやや大型の片手銃で、彼の趣味かフチは黒と銀で塗装がなされている。武器を磨くアークの端正な横顔を、ゼルは割と好きなのだった。
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