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白沖支部─南基地

 要人の警護や処理、喧嘩の調停や加担、その他諸々正道ではない事柄を代行して行う組織が存在していた。組織では主に養成された捨て子や、表の社会で生きる事の出来ない「人ならざるもの」が代行者として仕事を行っている。
 従来この組織は本土のみを活動場所としていたが、この度本土と隣接する島「白沖」において反社会勢力の抗争が激化している事により、白沖にも支部を設立することとなった。

「わたしが君たちの上司になるヒトツミだよ。何か聞きたいことはあるかな?」
 午後六時の白沖支部、執務室。柔らかな声で告げるヒトツミの前には、これから白沖支部に配属される三人の代行者が立っていた。

「アーク」
「……質問、は。ありません」
 先に呼ばれたのは、今にも眠りに落ちそうな程ふらふらとしている男。

「ゼル」
「私も右に同じです」
 次はアークの横に控える女。上品そうな振る舞いとは裏腹に女の雰囲気は無垢で軽薄そうな少女のそれだった。

「イト」
「……俺も、特に」

 最後に青年が素っ気なく答えるのを見届けて、ヒトツミは口を開く。
「うん、いい返事。荷物は家に送ってあるから、今日はこれで解散ね」
 はい、と声を挙げるとアークとゼルは早々にその場を立ち去る。一人、残りのイトだけはその場に立ったままヒトツミをじっと見据えていた。
「……ねえ、一ついい? 聞き忘れがあったんだけど」
「いいよ、何かな」
 イトは、ヒトツミから目を逸らす事なく言葉を続ける。

「あんたの『味』、人間のそれじゃないよね。何者だ?」
 味。およそ文脈としては違和感のある単語だったが、ヒトツミは平然とその言葉を受け止めて答える。
「成程、魂食いの夢魔には分かるんだね。別に隠してた訳じゃないよ」
 夢魔と呼ばれたその瞬間、イトは不快そうに顔を歪めたが、すぐに気を持ち直してヒトツミの次の言葉を待つ。

「私は、灰色(グレーカラー)」
「グレーカラー?」
「そう呼ばれている存在さ。法外の実験によって作られた、ヒトの形をした何かだ」
 ヒトツミは笑みを浮かべながら淡々と言葉を述べる。その様子にイトは気味悪さを覚えたが、態度には表さないように押し込めた。

「実はね、これから君たちが配属される『白沖』にはわたしと同じ……ではないな。灰色(グレ-カラ-)になるはずだった、出来損ないの生き残りがいるらしいんだ」
「出来損ない……ねえ」
「わたしのお友達だから、もし会ったら仲良くしてほしいな。くれぐれも、食べちゃったりしないでね?」
「分かってるよ」
 念を押され、イトは目を逸らす。ヒトツミの瞳は髪で覆われ、表情が見えない。声色もずっと平坦なままで、それが余計にイトの不安感を煽っていた。

「……イト? どうした?」
 その時、ずっとこちらに来ない仲間を気に掛けたのかアークが戻ってきてイトに声を掛けた。
「あ、ああ。……じゃあ、もう行くから」
 話を切り上げたいタイミングと仲間の助け舟が丁度一致し、イトは早々にヒトツミに背を向けた。
「うん。気を付けて家に向かってね」
 ヒトツミがひらひらと手を振るのに対してアークは軽く会釈してその場を後にする。

 帰路の途中、アークとゼルが今日の夕飯や部屋に入れる家具について話を弾ませる中、イトは適当に相槌を打ちながらヒトツミの話を思い返していた。
自分達が配属された地のみに存在する、人ならざるもの。その一人が、自分達の上司に就いている。それが何か自分達の今後、例えば任務などに影響を及ぼすのかもしれない。
 そんな事務的な予測の裏に、何か言いようの無い感覚が広がるのを押し込め、イトは笑顔を作った。

 これは、人と、人ではないものと、人になれなかったものが、それでも生きようとする話。
 その些細な序章である。
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