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本土連歌

『花屋』

レジに置かれた一輪の黒い薔薇の花。花に添えられた手の先を視線で辿ると、俺の予想通りそれはいつもの少女だった。毎日ではないが平日の夕方、この時間にこの花屋で黒い薔薇を買って行く黒いセーラー服の女の子。
「いつも精が出るね。思い人に渡すのかい?」
「はい、そんな所です」
少女は目線をこちらに動かす様子も無く、淡々と言葉を発する。
「黒い薔薇の花言葉、知って買っているんだね」
「……はい」
 少女の声が一瞬止まったのは、その言葉に思う所があったからだろう。
「『貴方は私のもの』……澄ました顔してなかなか激情的だこと」
「あまり客の事情を詮索するものじゃありませんよ」
もっともな事を言われ、やや大げさに肩をすくませる。代金を確認したら茎の棘を軽く落として持ちやすいようにしてやり、少女に持たせる。
「……いいねえ、俺もそんな風に、身を焼くような恋をしたいものだ」
店を出る少女の背中を見送りながら思ってもいないことを小声で吐き捨て、俺は新たな来客に向けて笑顔を作り直した。

二十時閉店。店の手前に掛かる板を裏返して「CLOSE」の面を向けるとレジを開いて清算作業に入る。今日も売り上げは上々、全て纏めて裏の事務室の金庫へ押し込める。
 閉店後にすることは基本的に毎日同じだ。清算作業と店の花の水替え、枯れてしまった花の弔い、雑貨の整理と床掃除、それから取引先からメールが来てないか、確認して、それから。
……花屋を開いてからというもの、ほぼ毎日その繰り返しだ。しかし俺はそれを大変だと思った事はあれど苦しい、辞めたいと思った事などない。当然だ、俺は花を深く愛しているのだから。

事務室のパソコンで新しい雑貨の入荷を検討しながら、俺はぼんやりとあの黒薔薇の少女を思い出していた。ほぼ毎日、あの子から誰かに贈られている黒い薔薇。繰り返し愛を綴る彼女は俺にとって赤の他人だが、不思議と親近感を覚えた。

「あの子は花を贈り続けることをその誰かへの愛とし、俺は花を提供し続ける事を花への愛とする。……うーん、やっぱりちょっと俺とあの子は違うかも、だな?」

そこでふと気づいてしまった。
俺は無数の他者に花を振る舞うが、特定の誰かに送る花は持ち合わせていないのだ。
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