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 遠くの雷の音が聞こえている。ようやく暖かくなってきた帰り道、もうすぐ春休み前の短縮授業も終わる頃だ。曇りとはいえいつもの下校時刻より明るい時間帯は、少しだけ足取りを浮かれさせた。

「かみなり」

 SNSを見ながら隣を歩く山村が、ふと顔を上げて呟く。揃って帰宅部の俺たちは二年連続同じクラスで、来年もそうだろうと根拠もなく信じていた。

「落ちてきたらやべーよな」
「ピンポイントに落雷って、どんくらいの確率なんだろうな」

 ゴロゴロと向こうの空が低く唸っている。そのくせ灰色の景色は春らしく呑気でもあった。おかげで間の抜けた会話が続いている。
 付かず離れず。近すぎず、遠すぎず。うるさくもなく、静かでもない。
 山村とはいつもこんな感じだ。賢い話に縁なんてないが、退屈もしなかった。
 ぴか、と稲妻が走る。このままダラダラと歩いていたい気持ちに微かな焦りが混じり始めていた。ドン、と少し遅れてきた雷音にようやく俺は「早歩きする?」と話を振った。山村はあー、とちょっとだけ考える素振りを見せる。

「てか俺んち寄れば?」
「……まじ?」
「うん」

 平然と俺を誘う山村。返答に困る俺。
 本来であれば二つ返事で喜んでついて行くところなのだ。断る理由になるような予定なんて、この後にはない。ないのだ、が。
 今は迷う理由が一つだけあった。だから言葉につまっていた。
 決めかねる俺を見兼ねて「そう身構えんでも」と山村が肩をすくめる。どうして悩んでいるかはお見通しらしい。

「いや、別に身構えてねぇし」
「ならなんで迷うん? 用事あんならいつもはっきり言うじゃん。やっぱ俺が一昨日キ」
「言わんでいい。つーかお前はなんでそんな平気〜な顔してんの? 謎」

 遮った言葉の続き、一昨日の出来事が鮮明に脳内で再生される。――今日と同じような帰り道、同じように誘われて家に寄って、それで。ゲームに勤しんでいただけのはずななのに、気づいたら、おかしなことになっていた。友達の唇の感触を知る日が来るなんて、それまで思いもしなかったのに、だ。
 青天の霹靂というやつである。
 それも知りたくて知ったわけではなく、教えられたに近いところがまた厄介だった。
 いや、なんで? と、ピンポイントで落雷にぶち当たったかのような衝動があった。

「謎〜って言われても。じゃあなんか気まずげな雰囲気とか、出してた方がよかった?」
「まぁ気まずくなんのもなんので、なんかガチっぽくて怖いけど」
「ハッシュタグ、ガチとは」
「俺が聞きたいんだよそれは」
「んーガチね〜……」

 山村はしれっとした顔で首を傾げた。そこに悪気などは微塵も感じられない。事実、そんなに悪気もなかったのだろう。今だって数学の問題を考える時見たく、明後日の方向を見ている。
 する前もした後も、昨日も今日も、山村は何も態度が変わらなかった。好きだとか何だとか言われるわけでもない。
 ちなみに山村の唇が離れてからの第一声は「あ、ごめん。我慢できんかったわ」で、それらしい反応は他に得になかった。突然のことに思考回路の停止したの俺が「我慢しとったんかーい」と脳内で言い放ったのもよく考えたら悪かった気がする。
 そうして、その後も何事もなかったかのようにゲームを進めた結果が今だ。

「ま、事故みたいなもんだと思ってもろて」
「事故じゃなく事件だろどっちかって言うと」
「あーそこは一つ、オレの部屋のストックポテチを譲るということで手を打ってもらえませんかね社長」
「示談ですか」
「今ならコーラも添えて」
「それお前ん家行ったらいつもあるやつじゃん」

 笑い声を上げる俺たちのやり取りは、もうほとんどいつも通りだった。山村はやはりキスの理由、その真相を語る気はないらしい。分かりやすく、曖昧にはぐらかそうとしている。――近くにドカンと落ちて、驚きこそすれ実害のない雷みたいに。あと三日も経てば忘れるような出来事に、しようとしているのだ。

「で、どーする? 来るor帰る」

 気がつけばもうほとんど山村の家の前だった。ゴロゴロと低い音を続ける雷が、俺の答えを急かす。また少し空が暗くなった。

「……行く」
「ん。スリキラやろ。5時から新イベのガチャくんじゃん、それまでにできるだけ成績と金稼ごーよ」

 満足気に頷いた山村が、二人してハマっているソシャゲのプレイを嬉しそうに打診した。
「スリリングキラー卍」はいわゆるサバイバルゲームだ。チームを組んで成績ロック解除と金稼ぎを効率よく並行することが、山村の今日の目的らしい。あるいは、俺に変な意識をさせない為の気遣いかもしれなかった。
 付かず離れず、ベストな距離の友達。それを守ろうとしてくれているということは、なんとなく察しがついた。いいやつだな、と思う。けど、俺はそれでいいとは思わない。

 辿り着いた山村家の表札を横目に見てから通り過ぎる。ぺたんこの鞄から山村が鍵を出して扉に差し込めば、ガチャリと錠の回る音がした。玄関を開けてもらう。その直前。
 俺は山村の背中をトンと叩いた。

「なあ、山村くん一個いいかね」
「はいなんでしょう」
「嫌じゃなかったから、別に」

 振り向いた山村が目を見開く。常に飄々とした面持ちがあからさまに動いたのを、久しぶりに見た気がした。

「え、なに、今それ言う?」
「なにが?」
「うーわとぼけちゃってぇ……川島ってたまにスケベなのなんなん? びっくりする」

 茶化すように笑って背を向けた山村が、今度こそ扉を開けた。いつも比較的ゆっくり喋る山村が早口になるのは、ゲームで死にそうな時と恥ずかしい時だけである。
 いい気味だと思いながら「スケベはお前だろ」と、俺はその背中を小突いた。連れ立って入った家の玄関が、ばたんと音を立てて閉まる。
 春の雷はまだ鳴り止む気配がない。
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