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 流行りの恋愛映画を暗い部屋で見ながらぼんやりしていた。
女子高生が二人の男に振り回される、よくある少女漫画テイスト。感情移入のしどころはほとんどないが、好きな人といて楽しいという気持ちだけはよく分かった。
 ヒロインの初恋をなんとなく自分のそれに重ねてみれば、反射的に眉間にシワがよった。

 初恋は実らない、というより、実らない方がいいのだ。少なくとも自分はそうだった。勝手に好きになって勝手に失恋していたなら、甘酸っぱい思い出ですんだはずなのだ。しかしなんの因果か間違いか、うっかり気持ちが届いてしまった。
 おかげで、もう何も忘れられない。ほぼ全ての「はじめて」を奪い尽くされて、彼に開発されたのだ。
 次なんて早々に考えられない。まったくむごい話である。

「おめーラブコメ見ながら難しい顔しすぎだろ」

 唐突に隣から声をかけられて、ハッとした。続け様にコーラをすする音が聞こえてくる。家だというのにわざわざ持参したストローを刺しているあたりが彼らしい。

「そんなつまんなそうに見てんなら、コレやめてホラー映画にしようぜ」 

 落とした照明の中で、男にしては大きな目が退屈そうにこちらを見ていた。たまに映画とチキンと(彼自身は飲まない)酒を片手に家を訪ねてくるこの男とは、一応高校の頃からの付き合いである。友人か、と問われればそうなのだが、特別仲がいいわけでもない。ただ卒業して7年、関係が途切れることもなかった。
 そんな彼は今日、もうずっと退屈しているらしい。自らこんな映画を借りてきたくせにだ。おそらくは話題作から適当に引っ張ってきたのだろう、そういう性格だ。

「ホラー映画はともかく……初恋なんて実らない方がいいと思わない?」

 僕は提案にはあえて応えなかった。一人暮らしにホラー映画を勧める鬼畜の所業に反応してはならない。
 画面の向こうでは、相変わらず初めての恋に奔走するヒロインが一喜一憂していた。演技なのだと分かっていても、高い純度に目を細めたくなる。

「初恋でなにもかも奪われたら、もう一生何もかえってこないのに」

 口から出た言葉は独り言のようで、そうではなかった。すぐに隣で大きなため息をつかれる。こんな時の彼の表情は、見なくたって察しがついていた。

「お前と一緒にすんじゃねぇよ。初恋なんて大抵の人間にとっちゃ通過点でしかねぇ」
「まぁ、それはそうだろうけど。初恋が実るインパクトって、ダメになった時の反動が大きすぎると思わない?」
「死んでねぇからセーフ」
「うわ極論」
「極論ついでに言うなら二回目の恋だって出来るのは一回だけだろうが。その次は三回目なんだからさ」
「……それはもう屁理屈では?」
「ほんとのことだろ」

 さっくりと言い切って、彼はチキンと並べて置いてあったポップコーンを一つ摘んだ。そのままふわりと宙に投げる。弧を描いて落下するポップコーンは、見事彼の口の中に吸い込まれて収まった。
 それが当然と言わんばかりに。正しいと、言わんばかりに。

「かっこいいかよ……なんか負けそう……」

 映画よりもずっとその光景に見とれていたことに気づいて、思わず膝を抱えて呟いた。自分が初恋で負った感傷が途端にちっぽけに思えてくる。酒のせいだろうか、視界も少し滲んでいた。
 隣の男はけらけらと笑い声を上げている。BGMとして耳に届くヒロインの涙声とも、これまた対照的だ。

「いいんじゃね? 俺に負けて、んで過去の失恋にさっさと勝てよ」
「勝てよって、どうやって」
「そんなん次の恋愛しかねーだろ」

 そう答えた彼の指はさっきまで飲んでいたコーラではなく、僕へと持ってきた缶ビールへと伸びる。今まで飲ませるばかりで、自分は一度も飲もうとしなかったものだ。

「一番手っ取り早いのはこれ」

 見せつけるように軽く振った缶の中身がちゃぷちゃぷと音を立てる。

「酒?」
「そう。それとつまんねー映画。あとは――」

 言いかけた途端、彼が飲み口に唇をつけた。途切れた話の続きが引っかかりながらも、目の前の状況に口を挟めなかった。
 浮き出た喉仏が上下して、まだ半分以上残ったビールが音を立てて飲み下されていく。やがてはぁと息を吐いて、彼は缶から口を離した。

「ほんとに知りてぇ?」

 ばちりと目が合えば、その口角がにやりと持ち上がる。僕はどきりとした。
 YESと告げればきっと、確実に何かが起こるだろう。久しぶりに感じるこの空気は、別れたあの人以外では知らなかったものだ。心臓が音を立てて脈を打つ。テレビからヒットした主題歌が流れ始めても、目が逸らせなかった。

「っ、」

小さく息を飲んだ。焦りと緊張を表すように、爪がソファーを引っ掻く。唾を飲み込んで一呼吸。それからようやく、震えそうな声を吐く。

「……知りたい、のかわからない」
「は、煮え切らねーの」

 やっと口にした本音に、彼は呆れたように小さく笑った。先程までの好戦的で誘うような眼差しがふっとなりを潜める。
――高校の頃からの友人で、そんなに仲がいいわけでもない。僕より小柄で、やんちゃそうな彼の、初めて見せる顔。
 冗談ならどこまでもタチが悪い。けれど、もしそうじゃないなら。

「お前のそういうとこ嫌いじゃないけど、なんか」

 呟きと共に映画の再生が彼によって停止される。都心のワンルームには即座に静けさが落ちた。無言の間に都合よく、遠い電車の音が聞こえてくる。
 そろそろ終電だろうか。どうあれこの男は、今夜もいつも通り、帰るつもりがないらしい。
「なんか……ってなに」と僕が聞く前に、彼は何も言わずにレンタルショップの袋から、新しいディスクを取りだした。
 そこでようやく、視線がこちらに向けられる。

「やっぱムカつくからホラー映画かけるわ」

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