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Beckman

「あ」

 ぱつんと軽い音がしてそれを目撃してしまったのはたまたまだ。タバコを加え、甲板で休憩中の副船長の髪紐が切れたのだ。海風に遊ばれ広がった髪に思わず本人より先に声が出てしまった。本人といえば、特に気にした様子もなくまだ長いタバコを吸っているのだけど。

 少し白髪が混じり始めた髪から横顔が覗く。目つきは悪いがその目が理由なく鋭くなることはないことはもう知っている。遠くを映す目が髪を気にする様子は見られないが、極たまに緩む目元や口元を髪が邪魔し、見逃してしまうのはなんとなく嫌だと思った。

「副船長」

 自分の髪を解きながら一歩。

 こちらに向けられた目が一瞬少しだけ見開かれたのは気のせいだろうか。
 「よかったら使ってください」と差し出した真っ黒なゴムは副船長が使っても変じゃない。洒落っ気のなさがこんなところで役立つとは。

 声をかけた事でやっとで髪に気を止めたのか「ああ」と言う返事。そしてすいっと屈まれた。

「結んでくれるか」

 パチリと瞬き。片手がふさがっていてな、とタバコを持つ手を見せられるがそんな馬鹿なと思う。髪を結ぶ一瞬咥えておけばいいのだから。訝しんで目で問うも撤回する気はなさそうなので。

「...好きに結んでいいんですか?」
「ああ。好きにしろ」

 すいっと副船長の髪に指を通すと思ったよりごわついた髪。海風に晒されてるからだろう。好きにしろと言われたけれど、やっぱり副船長はきっちり結んでいた方がしっくりくるから。

「できました」

 遊び心もなくきっちり結び直せばクツクツと「真面目だな」と。その言葉にムッとするも、笑った目元が見えるからやっぱりこの方がいい。

 勝手に自己満足して、失礼しますと踵を返せば後ろから伸びてきた腕に止められた。ふわりとタバコの匂いと「少し待て」と言う言葉。言われなくても動けず縛られたように動きを止めた。それにふっと息を漏らすのを感じるのとパチンとなにかを留める音がしたのは同時で。

 「礼だ」と言う言葉に後ろ手に髪をさわれば固い感触。ハーフアップのように上げられた髪に...バレッタ?

「よく似合う」

 振り向けばふっといつもよりうんと優しい笑みが映って。
 
 ああ、私は髪を下ろしていた方が良いかもしれない。こうも真っ赤な顔ではバレてしまうから。


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