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Beckman

 副船長はたまに寝坊をする。いや、正確に言えば前日に「昼まで起きて来なかったら声をかけてくれ」とお頭か幹部の誰かに言っているから寝坊ではないのだけれど。
 そう宣言した次の日は本当に昼まで起きて来ないので誰かしらが起こしに行っていたのだが、あの日からその役目が私になっていた。

 あの日というのは副船長が昼まで休む日だと知らず、書類を届けに部屋に入ってしまった日だ。ノックしても返事がなく、失礼ながらも「副船長?」と、そっと部屋に入ったらベッドの上で身じろぎひとつしない副船長がいて。もしかして体調が悪いのかと慌てて駆け寄り声を掛けたらがしりと腕を掴まれ、一瞬睨まれたが直ぐに眠たげな目で一言「…眠い」と言われ。困惑する私を置き去りに副船長は寝落ち。私は掴まれた腕が外せず途方に暮れ。結局お昼になって起こしに来たお頭に驚かれながら救出されたのだ。

 幹部達はそれを聞いて大笑い。「よくうっかり殺されなかったな」なんてシャレにならないことまで言われて、最後にはお頭に「今度からお前がベックを起こせ」なんて笑って言われてしまって。

 お頭の命令は断れるはずもなく、ちょうど今日はその日でドタドタとわざと足音を立てながら私は副船長の部屋へ走っている。足音は防衛のためだ。うっかり敵だと思われて撃たれたりぶん投げられたりしないようにないようにわざと音を立てているのだ。私がお頭ぐらい強かったら足音なんて立てなくてもよいのだけれど、生憎そこまでは強くないから。そうお頭に溢したら「ンなことしなくたって平気だと思うぞ」と大笑いされたけれど私だって無駄な怪我はしたくない。

 ノックをして息を整える間も置かず「失礼します!」と部屋に足を踏み入れる。何も起こらなかったことにホッとしつつ、膨らみのあるベッドに目を向けた。そこにいることを確認しカーテンを開けると同時に素早く近寄り声を張る。

「副船長、お休みのところ申し訳ありませんがお昼です!」

 数秒の沈黙。小さな身じろぎ。そのまた数秒後すうっと瞳が薄く開かれた。私はまだはっきりしない目に「おはようございます」と声を落とした。そうしてやっとで副船長は「…おはよう」と体を起こすのだ。
 それからベッドから降り支度をする副船長に私は手短に報告していく。

「えっと、午前中に特に不備はありませんでしたがヤソップさんが後で確認したいことがあると仰ってました」
「分かった」
「昼食も出来ているのでよろしければ」

 初めは寝ぼけているのか私がいるのに着替え始める副船長に慌てたものだが今はもう着替え始める前に報告を終わらせるのもお手の物だ。予防にちゃんと背も向ける。

 今日も無事に全ての報告を終え「では、失礼します」とドアに手をかけた。が、その瞬間とん、とドアが押さえられた。え、と思って振り返ればまだ少し髪の濡れた副船長と目が合って。

「不用意に背を向けるな」

 食われるぞ、という言葉を理解するのに一拍。さらにぼっと顔が赤くなるのに一拍。それから副船長の目が普段と同じで口元に笑みが浮かんでいるのを認めて。

「副船長を警戒しろという方が無理じゃないですかっ!?」

 揶揄われたのだと理解して力の限り叫べば、くつくつと笑い声。いつの間に火をつけたのかタバコの煙まで揺れていて。船長命令で逆らえず健気に起こしに来ているというのに副船長は楽しそうで、畳み掛けるように「そういえば足音を立てなくとも間違って撃ち抜くことはないから安心しろ」なんて言うから。

「もう絶対起こしません!」

 私は船中に響き渡る声で叫んだ。

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