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Happy birthday Doflamingo(2019)

ドンキホーテ・ドフラミンゴ。
初めて会ったときから、この男は成人をとうに超えているというのに子どものような男だった。

初めて彼を見た時、私は特に目立ちもしない海兵の一人だった。たまたま警護に当たっていたら、ちょうど七武海の集まりでもあったのか彼が通ったのだ。
でかい図体。目立つピンクのコート。もふもふしたそれはとても触り心地がよさそうだったけれど、触る機会なんてないだろうなと思ったのを覚えている。色の濃いサングラスのせいで目元は見えなかったが、常に口元には笑みを浮かべているような男だった。

凶悪な噂ばかり聞いていたけれど、実際見てみるとそうでもない。まあ、そうでもないと言ってもやはりうわさが立つ程度にはたちの悪いいたずらをするのだけれど、それも場合によっては「いい子だからおやめ」と言うおつるさんの注意ですんなりとやめるのだから、私は彼に特に嫌悪は抱いていなかった。

だからきっと彼と話すことができたのだと思う。

ある日、上層部の会議が長引いたせいで七武海の会議が遅れた日があった。対応にあたるように言われ、彼が待っているという部屋に行けば、かたかたと仲間の海兵が震えていた。その手には剣。向き合った彼らはもう割と血みどろ。その傍に立っているのはピンクのもふもふ。私はぱちぱちと瞬きをして、努めてゆったりと尋ねた。

「ドンキホーテ・ドフラミンゴ殿、何か気に入らないことでもありましたか?」
「いや?特に気に入らねェことはねェぜ。ただ退屈だったから遊んでただけだ」

ゆっくりと振り返った彼の口元にはやはり笑みが浮かんでいた。私はなるほど、とうなずいた。それから少し考えて「では、こんなのはいかがでしょう?」とぽん、と手の平から真っ赤な薔薇を一輪出して見せた。

単純な子供だましのマジックだ。でも。
たったそれだけで彼の動きは止まった。

「フッフッフ!!お前いつもそんなくだらねェもんを仕込んでるのか?」

沈黙の後、彼は笑った。それからからん、と剣が落ちる音。倒れる音もしたけれど、たぶん腰が抜けただけだろう。私は近づいてきた派手な男を見上げた。サングラスの奥は見えない。

「結構ウケがいいんですよ。よければどうぞ。あ、ちょっと待ってくださいね」
「フフフ。あァ、待て。そのままでいい、俺の能力を知っているだろう?」

髪を縛っていたリボンを解こうとすれば止められ同時にしゅるしゅると音がし、見れば合計5本の薔薇の花に揃いの色の糸が巻かれ、まとめられていた。

「便利な能力ですね」
「こんな下らねェことに使ったのは初めてだがなァ」

あァでも面白ェ、と笑う彼は不意に私を持ち上げた。それからご機嫌に椅子に座わり私を膝に乗せると「他に何か出せるのかァ?」と聞いてきた。私は期待に応えて旗を出して見せたり、ハンカチの色を変えて見せたり。マジックのネタが尽きれば、彼に糸を出してもらいあやとりもやって見せた。

そうして彼を退屈にさせた原因である上層部の会議が終わるまで過ごしたのだ。その間、彼はずっと笑っていた。成人男性に使うのは正しくない気もするが本当に「いい子」だった。
戻ってきた上官たちにはひどく驚かれたけれどその日初めて海兵の中で命を落とすものが出なかったからか、小言はあまり飛んでこなかった。

「フッフッフ、お前海軍なんかやめちまってファミリーにきたらどうだ?歓迎するぜェ?」
「堂々と海兵を海賊に誘うやつがあるかい。馬鹿を言うんじゃないよ」

勧誘の言葉はぴしゃりとおつるさんが断った。その横で私はじいっと彼を見つめていた。今思えばこの時から、凶悪な一面がある一方、子供の様に素直で純粋な一面が何となく気になっていたのだと思う。

彼と初めて話してから私はあらゆる伝手を使ってドンキホーテファミリーについての資料を集めすべてに目を通していた。彼と会ってからずいぶん月日も流れ、昇進もした私は毎日のようにおつるさんに溜息をつかれていた。他の雑務よりも真剣に彼についての資料を読み漁っていたから。自分でもバカだと分かっていたのだけれど、読めば読むほど思考は深まりやめることはできなかった。

天竜人、父、母、弟。死、迫害。
才能、能力、出会い、家族。
過去、現在、裏切り、少年、家族。

一海兵が知ってはいけないような情報も紛れ込んでいたけれど、おつるさんは何も言わなかった。

私が資料を読んでいる間は誰も近づかなかった。あとから聞いた話だが、資料を読んでいる時の私は目つきがそれはそれは恐ろしかったらしく、声を掛ければ噛み殺されるとまで言われていたらしい。

流石にそんなことはしないが、海兵が皆立派な志を持っているかと言われればそれは否だ。海兵だから海軍が好きかと言われればそれは必ずしもそうとは言えないし、海兵だから海賊が嫌いかと言われればそれも然りだ。

「あんたは本当に海兵が似合わないねェ」
「そうでしょうか」

 大きな戦争の後、世界は大きく揺らいだ。私もあの戦争で大きく自分が揺らいだのを自覚している。もともとご立派な志など持っていない海兵だったけれど、仮にも海軍に所属しているから正義を全うする意志ぐらいは持っていた。だけど、あの戦場の真っただ中、彼が叫んだ言葉に頭を殴られたようだった。

『正義は勝つって!?そりゃあそうだろ、勝者だけが正義だ!!!!』

海軍は正義を背負う。私たちが正義だとしたら、私たちは何かに勝ったということだ。

――なにに?
……海賊に。
――本当に?
……いや、負けた。

少なくとも私はそう思っている。

戦争が終わってから、私は遠征にまで出かけ他の海賊についても徹底的に調べるようになっていた。どこで生まれ、どのように育ち、海賊になって何をし、誰と関わって、今を生きているのか。
そうして調べて、調べて、調べて……本部に設置されている監獄も隅から隅まで歩かせてもらって……私は何度も、あの時の彼を思い出していた。

「おつるさん、私は間違っているでしょうか」
「あんたは良くも悪くも組織に染まらないねぇ……」

自分の事は自分で決めな。
私は今までで一番大きな溜息を聞いた。

海軍が必死になって守ろうとしているのは正義ではなく体裁だ。

「ドンキホーテ・ドフラミンゴ殿」
「……誰だ」

低い答え。冷たい監獄の中に新聞と薔薇を5輪投げ入れれば、ピクリと大きな体が揺れた。

「フッフッフ……久しぶりだなァ。中将殿がこんなことしていいのかァ?」
「ええ。……私は割と長く海兵をやってきましたが、今まで自分の正義を掲げてきませんでした。でも、貴方のおかげでやっとで決めることができたのでそのお礼と、験担ぎです」

海賊は悪。そう決めたのは誰だ。

少なくとも海兵の多くはそう思っているだろう。だが、それは本当か。本当に海賊を根絶すれば悪はなくなるのか。……答えは否である。

子供の様に笑う彼を恐れるか。
子供の様に笑う彼に希望を持つか。

希望を持つ私を「バカげている」と笑ってくれるならば本望だ。それが私の正義なのだから。

私は彼に夢を見る。垣間見せる、素直で、純粋なその心に希望を見る。
バカげた正義は歩み寄る。正義がつくった悪に夢を見て。

「……ドフィさん、お誕生日おめでとうございます」

こんな所でですけど、なんて苦笑い。
落ちた沈黙が第一歩。

fin.

Happy birthday Doflamingo(2019)
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