このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

Happy Birthday Izo !!(2019)


『誕生日、おめでとうございます!!イゾウ隊長!!』

 風船が弾けるように声が上がる。うるさいと言ってしまえばそうなのだけれど、それすらも心地いいと思えるのはやはり家族だからだろうか。祝いの言葉を叫ぶ家族の中心で杯を少しばかり持ち上げて「ありがとさん」と薄く笑うのは我が船の16番隊隊長イゾウ隊長だ。

「おめでとうございます!!これ受け取ってください!」
「あ、俺も用意してるんで!」
「イゾウ隊長、後でこっちも来てください!!」

 次々に杯を満たされるのに、ひょいひょい水でも飲むかのように空けては受ける姿に若干頬が引きつる。ザルどころかワクだ。いや、知ってたけど。

 1600人の家族全員を祝うことは難しいが、原則として隊長各の皆さんは必ず船をあげてお祝いすることになっている。先日はマルコ隊長のお祝いもあって、それもまた盛大だった。サッチ隊長が大きなケーキを焼いてくれていてすごかったけど、でもよく考えたらマルコ隊長はそんなに甘いもの食べなかったはずと首を傾げた直後、隊長の皆さんがマルコ隊長の背を押したのはさすがに反応できなかった。気を抜いていたのかマルコ隊長はそのままケーキに突っこんで、隊長の皆さんは大爆笑。他の家族は笑えるわけがない。もちろんマルコ隊長は怒った。ケーキが食べる用ではなく、いたずら用とか本当に何を考えているのか……まあ、でも楽しそうだったしいいのかな。

 そんなこんなで今日はイゾウ隊長の誕生日なのだけれど、まさかそんなイゾウ隊長をケーキに突っこませるなんて恐ろしいことを考える家族はおらず、マルコ隊長と同じくらい盛大ではあるが心なしか落ち着いた雰囲気の甲板は笑顔で溢れている。

「まあ、私は見張りなんですけど」

 白ひげ海賊団は女の戦闘員を乗せない。よって、女は隊に所属しない。そもそも乗っている女性はナースがほとんどを占め、あとは航海士チームと船大工チームに何人かだ。
 私は航海士の一人としてこの船に乗っている。普段なら本当に航海の事だけを考え、航海室に引きこもっているような女だけれど、誕生日の日だけはこうやって私たちのような隊に所属していない者がしばし見張りを務めるのだ。
もちろん隊に所属をしていないとは言え、家族と認識されていないわけではない。

「おめでとうございます」

 視線を甲板に落とし、傍らに置いていた杯を見えるように持ち上げる。聞こえるはずのないほどの声だったけれど、こちらへと視線を向け杯を掲げたイゾウ隊長は聞こえたといった様子でにいっと口の端を吊り上げた。

「……いつも見ても綺麗な人だなぁ」

 話したことはほとんどない。けれど、数えられるほどしかない会話や、普段の姿から隊長にふさわしい人だと言うことはよく知っている。初めましての時、イゾウ隊長は女だからと変に気を回すこともなく、自然に手を差しだし「よろしく。まァ、気楽にやんな」と言ってくれた。少しばかり意地悪らしいけど、よく周りを見ていて細やかな気配りをしているのを知っている。

「グララララ!!めでてェなァイゾウ、いつものやんな!!」
「へーへー……ったく、俺が主役のはずなんだがなァ……」

 親父さんの声で甲板の中央が開けていく。ドーナッツのようにぽっかり空いた空間のそこに呆れ笑いを溢しながらイゾウ隊長が立った。ああ、いつものだ。

 いつもと違って少しだけ飾り模様のついた着物を着たイゾウ隊長が、ぱっと扇を広げれば普段うるさいばかりの家族も口を閉じる。ゆったりと舞い始める隊長に合わせて音楽に明るい家族が鈴や笛を鳴らした。
 イゾウ隊長の誕生日は毎年こうして舞を見る。長い黒髪がくるりと体をひねるごとに美しく波打ち、少し伏せられた目に、何とも言えない妖美な微笑み。激しい動きではないのにこんなに目を引かれるのは何なのか。海賊に情趣など分かるわけもないのだけれどなんだかすごく感動すると家族は毎回笑って言う。とても海賊とは思えない気品に誰もが魅せられるのだ。

 誕生日は生まれた日を祝う日だ。人はどこで生まれ、どこで育ったのか、それによってかなり影響を受ける。

 イゾウ隊長の生まれはワノ国だ。私はまだ行ったことはないし、そもそも長い間鎖国しているという複雑な事情を持つ国だからいつ行けるかも分からないが、とても美しい国だと聞く。鎖国されているから、外の海に出ているワノ国の人間がそもそも少ない。私はイゾウ隊長ぐらいしか知らないから、いつだったか細やかな気配りにすごく感心して「ワノ国の人はみんなイゾウ隊長のような方なんですか?」と聞いたことがある。その時イゾウ隊長はひどく驚いた顔をして、それから笑った。

『そうだったら、もう少しマシな国だったろうよ』

 その「マシ」の中に隠された国の事情を私には知る由もない。けれど、その笑った横顔がひどく綺麗で、寂しげで、それから何かいろんなものを背負っているように見えたから、「ごめんなさい」と謝ったのを覚えている。そう言ったらイゾウ隊長は「何を謝ってんだい?」とまた笑っていたけれど。

 イゾウ隊長は誕生日をあんまり気にしていない。誕生日をちゃんと祝うようになったのも近年の事らしく、それまでは「覚えてねェなァ」とか「マルコと一緒でいいぞ」とか、適当にはぐらかされていたらしい。

 誕生日は生まれた日を祝う日だ。少なからず、故郷の記憶を思い出すだろう。

 見張り台の隅、誕生日の準備中にこっそり運び込んだものを手に取る。被せてあった布を取って、そっと抱える。必死に練習はしたけれど、船の中では聞こえてしまうから実際に音を鳴らして練習できたのは島に停泊した時に数回だけで、指だけが頼りだ。確かめるように指を動かして、一度だけ深呼吸。
 どうしてイゾウ隊長が海に出たのか私は知らない。どういう経緯でこの船に乗っているのかも私は知らない。それでもあの時の表情が、故郷を思うものだったから少しでもその故郷の何かを贈れたらと思って。

べん、べべんっ!

 意を決して私は弦を弾いた。独特な音色が船に響いて家族の視線がこちらに向いたのが分かった。でも気にする余裕もない。何せ、本当に初心者で弾けるのは拙く一曲。この「三味線」を譲ってもらったとある島の楽器店の店主から教えてもらった踊りのための曲だけなのだ。
 そもそもこの曲をイゾウ隊長が知っているのかも分からない。だから、激しく波打っている心臓を必死に抑えて甲板を見下ろした。そうしたら、イゾウ隊長はすでにこっちを見上げていて私は目を見開いた。

「ああ、懐かしい音だなァ……」

 穏やかで、何かを懐かしむような笑み。弦をもう一度弾けばイゾウ隊長は静かに扇を構えた。静かな甲板に三味線の音。だんだんと鈴と笛が加わって、その中でイゾウ隊長は美しく舞った。

 気が付けば一曲弾き終わり、甲板は初めのどんちゃん騒ぎが戻っている。ふと顔を上げれば、見張り台の柵にイゾウ隊長が腰かけていた。

「お誕生日、おめでとうございます」
「ああ、ありがとな」

 にいっと笑うイゾウ隊長はもう、海賊の顔だ。綺麗な笑みなのはいつものことだけれど、今向けられている笑みはいつもより嬉しそうだと感じるのはちょっと傲慢だろうか。

「来年はもう少しうまく弾けるように練習しておきますね」
「来年まで待たねえと聞かせてくれねェのかい?」

 思わぬ言葉に目を見開く。イゾウ隊長はそんな私から三味線を奪って私より綺麗な音を鳴らした。少し目を伏せて、穏やかに微笑む姿は海賊にしてはやっぱり穏やかで。
 「俺が知っている曲でよければ教える」と言ってくれたイゾウ隊長に、私は「ぜひ」と半ば食い気味に答えたのだった。



Happy Birthday Izo !! (2019)


1/1ページ
    スキ