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Happy Birthday Marco ‼︎ (2019)

「――ってことなんだけど、なにかある?」
『なんつーか、勇ましいお姉さま方で俺ァ惚れちまうよ』
「あははは!まあ、新規の家族よりよっぽど肝が据わってるのは確かだね」

 電伝虫の向こうで長く煙を吐く音が聞こえた。ちょっとばかし後ろの方で喧噪が聞こえるが、電話の相手はさほど意に介してないらしい。相変わらずあの食えない笑みを浮かべてよほどのことがない限り動かないスタンスなのだろうなとハルタは思った。

音貝トーン・ダイヤルで録音すんのかい?』
「何かあるならそうするつもり。電話がすぐつながるならそれでもいいけど?」
『いや、それはちと厳しいな。こっちもかなり動きが出始めてる。もう少し前だったらよかったんだがなァ』
「イゾウが動くような動きって面白いね」
『末っ子の生ける意志は誰が見たって面白いだろうよ』

 なるほどそれは面白い。ハルタは「へえ?」と笑って、音貝を受話器に近付けて置いた。カチ、と鳴ったのを合図にむかつくほど落ち着いた声が落とされる。落ち着いた声に反して内容がえげつなく煽るものであったからハルタは唇を噛んで笑いを耐えた。

「ちょっとこれ渡すの僕なんだけど?」
『知ってる。あの長男坊のことだ。どうせまたいらねェことまでしょい込んでやがるんだからこれぐらいじゃねえと意味ねェだろう?』
「殴られたら借り1つね」
『さて、いつ返せるかねェ……』
「不法入国してでも返してもらうから安心してよ」
『おー怖ェ怖ェ』

 「フォッサもそこにいる?」と尋ねれば、少し待てと。しばらく待てばイゾウよりも幾分歳が上の男の声。記憶していたものとさほど変わらないそれにこっちも相変わらずかと息を吐いた。

 ハルタは散り散りになっている家族に順番に電話を掛けていた。つながるものもつながらないものもあったが、つながればその機会越しに響く声はどれも耳馴染みのあるそれで少なからず喜びを覚えたのは確かだ。

『何人集まれそうなんだい?』
「半分は約束しちゃったから800……欲しかったけど、まあ親父のところにいっちゃったやつもいるから600かな」
『十分だろ。せいぜい脅かしてやんな』

 イゾウのこちらに丸投げをする言葉を最後に電話が切れた。ハルタは音貝のスイッチをもう一度押して録音を止めると、大きく息を吐きだして椅子に背を預けた。ずるずると背が滑っただらしない姿勢で音貝を額に当てた。これを聞く長男坊はどんな顔をするのだろうか。

 あの戦争のあと、いわゆる落とし前戦争にも敗れた後、家族は完全に散り散りになった。それぞれの使命を果たすためだ。決して決別したわけではないのだが、言われてみればアンジェラに言われるまで連絡を取り合っていなかった。それほど信頼している関係なのだと言えば聞こえはいいが、少々無頓着すぎるなと思うのも事実。連絡を取って欲しいと言われて初めて、四方に散る前に電伝虫が支給されたことを思い出したのだから相当だ。

 自分の少ない荷物の奥、電伝虫と一緒に保管されていたのは何十枚、何百枚ものビブルカード。引っ張り出した時カサが減っていたのは気のせいではない。けれど悲しくはなかった。どのように最後を迎えたのかは知らないが、イゾウにも言ったように先に親父のもとに逝っただけだから、そう思えば特に悲しむ必要を感じなかったのだ。
 ただ、一番必要とするビブルカードはなかった。絶対に生きていると言う確信はあったから、そもそもナース達がそう言ったのだから生死を疑うつもりはないが、だからこそ余計にカードがないことに腹が立った。

「ねえ、アイツ脳みそまで鳥だったっけ?」
「言ってやるな。親父が死んで、アイツが実質仕切り役だったんだ。長男坊なりに考えるところがあったんだろう」

 音もなくドアを開けて入ってきたのはビスタ。苦笑いしつつ「こっちは終わったぞ」という声にハルタは視線を向けた。ビスタも何も変わらない。しいて言うなら目立たないように、白いワイシャツに黒いパンツという簡易な服装になったぐらいだ。頑なにシルクハットと、胸元のバラは差しているが。

「我らが長男坊は結構ポンコツだったよね。親父の実質右腕で、隊長で、能力者で、船医で、賢いはずで、何でも一人でできる癖に僕たち家族がいないと本当にポンコツだった」
「ポンコツかどうかは分からないが、かなり面倒臭がりだったな」
「そう、それ!それで自分の事には無頓着でさぁ!本当に腹立つよ!」

 思い出しただけで腹が立つ。船医のくせに自分は能力があるからと自分の怪我には無頓着。あの手のかかった末の弟よりも時に無鉄砲ともいえる戦闘スタイルを取るのだからあの澄ました横面を何度柄で殴ろうかと思ったか。いや、実際殴った。当然キレる長男坊を隊長各全員総出で喧嘩をしたのはいい思い出だ。あまりに派手にやったものだから、最終的には親父の鉄拳が落ちたんだったか。痛かった。

 隊長の仕事に、船医の仕事、書類の整理、全隊の総括。その大量の仕事が捌けるのは確かに彼しかいなかったから彼は多忙だった。それを気にした家族は一度彼に3日間全ての仕事を取り上げ、本当に自由に過ごしていいと言ったことがあった。そこで分かったのだ。我らが長男坊は実はものすごくポンコツだということが。

「あれは僕もちょっと引いたよ」
「ああ。まず朝起きてこないと思ったら、本当に部屋から出てこなかったからな。心配したサッチがこっそり部屋を除けば、脱ぎ散らかした服や書類が散らばったままで本人は死んだようにベッドで寝ていて、休んでいるならとそっとしておけばついに3日間部屋から出てこなかったな」
「まあ、部屋にトイレもシャワー室もあったのも要因だとは思うけど、あの後の4番隊はすごかったね」

 三日も食事をしていないと青ざめた戦うコックたちは3日明けた4日目、それはもう惜しみなく腕を振るい彼の好物をたらふく食わせた。

とにもかくにも、長男坊はある意味一人では生活できないことが判明したのだった。しっかり者の世話焼きと言う性格は持ち合わせているが、世話を焼くというのは人がいると言うのが前提になるし、どうやら彼の場合人がいないのならしっかりしている必要はないという考えになり、結果的に元来の「面倒くさがり」の面が強く出るらしい。自分の事に無頓着なのはその面倒くさがりの気質が出た結果であることが分かったときの隊長各は全員目を覆った。面倒くさい、で身心を粗末にしてもらっては困る。

「アイツはきっと……あの小さな村だろう」

 ビスタの言葉にハルタはうなずいた。ビブルカードがなかったのは意図的だ。我らが長男坊……マルコは家族が散ることを指示した本人。それぞれに役目と持ち場を与えられ別れたわけであるが、思い返してみれば彼は自分の持ち場だけ言わなかったのだ。

 しかし、何年一緒にいたと思っているのだ。決して短いとは言えない時を一緒に過ごした家族の性格など知り尽くしている。ハルタも、ビスタも、他の家族だってマルコが誰よりも一番守らなければならなくて、誰よりも危険な場所に行くことは考えなくとも分かった。

「ナミュールは?」
「海上から行った方が早いと、集められただけの人数で向かうと聞いた」
「ジョズ」
「少し遅れると」
「ナース」
「電話した時は取り込み中だったみたいだな」
「うわー怖い」

 家族は散り散りになった。長男坊はちゃんと生きているのだろうか。

「さてと、行きますか」

 勢いよく立ち上がればよく使いこまれた剣が腰のベルトで音を立てる。その柄ではなく刃を使えることを祈るばかりだとハルタは笑った。
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