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Izo

<微笑みの裏>
※一番隊隊長視点

「逃がした魚は大きいんじゃねェかよい」

 船の柵に身を預けながらゆったりと煙管をふかす男に冗談半分に言葉を投げる。海を見ている目は黒く、その青を映しこむことはない。映しているのはー。口角だけはいつものように食えない笑みをたたえているがそれに俺は深くため息をついた。

「16番隊は今日は非番にしろってことかよい?」
「そりゃァいい。ちょうどサボろうと思ってたからな」

 俺は少し目を見開いた。イゾウは寝起きは最悪だし、口ではめんどくせェだの、他にやらせろだの言うが、基本的には仕事はサボらねェ。それがどうした。髪は結い上げてねェ、服装は珍しく洋服、極め付けは「そりゃァいい」だと?俺は二度目の大きなため息だ。
数日前まで停泊していた島で、イゾウが珍しくどこぞの女と歩いているのを見て、あいつが気にいる女か、とナースじゃねェならどう乗せるのかと考えていたというのに、こいつは停泊最終日船から降りず、女も来なかった。他の家族はそれを知らないのか、ただのイゾウの戯れだったと結論づけたのか、いづれにせよ問い詰めるなんて命知らずな事をする奴はいない訳だが、俺は結構気に入った女だったと勝手に確信していた訳で。
 
食えない笑みに隠された本当に気づける奴は少ねェもんだ。

「そんなになるなら掻っ攫って来いよい」

 ぼんやりと海ではない何かを映しているイゾウに、海賊らしく、と付け足して言えばすうっと黒い目が横目で見た。

「生憎俺ァおめえさんみたいに翼がねェなァ」
「あったら行くのかい?」
「いいや」

 クツっと笑い声。俺は食えない野郎だ、と三度目のため息。
まだ家族のほとんど起きていないほど早い早朝の空気はイゾウによく似合う。寝起きが最悪なせいで滅多にお目にかかれねェもんを最近ずっと見ている。じっとただ言葉を待てばカツン。「あー」と漏らされた声はおっさんくせェ。灰を落とした煙管を一度回して、頭を乱雑に掻いたかと思えば、次に大きなため息を吐いたのはイゾウだった。

「寝る」

 そう言い、大きく足を踏み出したと同時にわしゃっと髪を掻き乱された。おい、と抗議をしようと思ったがかち合った目は海を映しているのを認めて。

「普段の仕事なら副隊長で十分回るようになってる。回らねェなら俺を起こせ」
「…それは銃をぶっ放すやつだろうよい」
「だから一番隊隊長サマに頼んでるじゃねェか」

 零された笑いは楽しげで、それに呆れ笑いを漏らしつつ片手を上げて答えた。もうこいつはいいだろう。

「世話かけさせんない」
「掛けた覚えがねェなァ」
「女に骨抜きなんてらしくねェだろうよい」

 からかうつもりで直接的に言葉を投げればひょいと眉が上がった。かと思えば突然イゾウは笑いだした。怪訝にすれば笑いすぎて涙を浮かべたお前に愉快そうに肩を叩かれて。

「俺が骨抜き?やめてくれ、笑い死にしちまう!言っておくが俺ァあの女に恋慕を寄せてた訳じゃァねえぜ?」

 は、と声を漏らせばにいっとあの食えない笑みが。この笑みの裏は俺でも読めなかった。分かってないと分かったのかイゾウはヒントだと言うように「海賊って言うのは強ェ奴に震えるほど歓喜するもんだろう?」と言った。そして「それから」と。

「恋しいと思うのは離れてからだぜ?」

 ひょいと投げ渡されたのはイゾウの得物。船内に消えたイゾウに目を見張り、少し遅れて俺は声を上げて笑った。

「オメエも例外じゃねえってことかよい」

この得物はイゾウなりの詫びだ。俺はもう一度少し笑って偵察に飛び立った。


*******
 偵察に飛び立つと空中を歩く女に会った。月歩か。敵か?と思ったが、顔を見た瞬間俺は目を覆った。全く、あいつの賭け事は負け知らずだ。
 その女はイゾウに並ぶほどの銃の名手として16番隊の所属になった。それがきっと笑みの答えで、乾いた笑いが漏れるのは仕方ないだろうよい...。
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